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チャプター4:「異海に轟く咆哮」《海隊編》

4-9:「立ち入り検査」

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 みごと漆黒の竜を討ち仕留めた、護衛艦かまくらより後方。
 かまくらの援護態勢に入っていた護衛艦なにわの、その艦内CIC。

《――お見事だったね》

 そのCIC内に、通信越しの透る声が響く。それは艦橋上階のブリッジに座乗する群司令の魅宮遠の、かまくらの健闘勝利を評し称えるものだ。

「まったく……肝が冷えた」

 その透る声に続き、今度はCIC内に肉声での美麗な。しかしやや気疲れしたような言葉が響く。
 声の主はこの護衛艦なにわの艦長、湊邸。彼女はその王子様のような耽美な顔を、しかしいささか顰めながら視線を前に向けている。
 彼女が注視するはCICに設けられたモニターの一つ。
そこに映し出されるは、艦外カメラの捉え拡大した先の光景――護衛艦かまくらの姿だ。
 映像のかまくらは、艦全体を覆っていた透き通る威力フォールドを消し、そして最大戦速であった速度を緩やかに巡行速度へと戻す様子を見せていた。
 湊邸の言葉は。脅威である漆黒の竜を前に真正面から挑み、紙一重の戦いを見せた護衛艦かまくらに対する感情を吐露するものであった。

「ハッ、巌流島の真似事かよ?」

 そこへ背後から声が飛ぶ。声の主はシートに着きコンソールに向かっていた、副艦長の路氏。

「可憐とはとても言えないわね」

 さらに別方から、砲雷長の御堂院の声が聞こえ来る。
 どこか気に入らなそうな両者のそれは、かまくらの見せた戦いの姿に対して、辛い評価をするもの。かまくらを預かる都心とは徹底的に価値観の相いれない彼女達は、その都心の采配にも面白い感情を抱いていない様子であった。

「――いや。だが武蔵は、あの脅威的な竜を前に真正面から挑み、そして見事打ち倒して見せた。それを成した比類無き豪胆さは、称えるに値するものだよ」

 しかし湊邸にあっては。難しい顔を浮かべながらも、そう肯定的に評する言葉を述べる。気質こそ相いれず、同期の都心の事を面白くは思っていない湊邸であったが。しかし同時にその実力にあっては認めていたのであった。

「ハんッ、まぁな」
「最終的に勝利したことだけは、まぁ評価してあげてもいいかしらぁ」

 その湊邸の言葉に。他二人は変わらぬ気に入らそうな捨て台詞のようなそれで、しかし一応の同意肯定の意を返した。


――ゴゴゴゴゴゴゴ。


 湊邸たち三人の女が、背後に凄まじいオーラを感じ取ったのはその時。

「――ゴゴゴゴゴゴゴ」

 三人がハッと気づき振り返れば、そこに凄まじいオーラを発し、そしてそれを自らの口でも効果音を表現しながら仁王立ちで立つ。先任兵長、存所の凄まじい体躯姿があった。

「「「ウワァッ!?」」」

 湊邸たちはそれに、先程と同じ形で目を突き出さんまでの表情で驚愕。

「ゴゴゴ――これより立検(立ち入り検査)ぞ」

 一方の存所はそれをよそに、そのドスの聞いた声色でしかし静かに告げる。
 そして片腕を伸ばすと、すぐ近場の座席に着いていた砲雷長の御堂院を、首根っこを掴んでヒョイと摘まみ上げた。

「え?」

 唐突なそれに、耽美な妖しいその眼をしかし丸くする御堂院。

「すでに立検隊の編制準備は進んどる、あんたも仕度せい」

 その御堂院に告げながら、しかしその彼女を小脇に荷物のように抱え。そして身を翻す。

「ちょ、ちょっ!またこの私(わたくし)に無礼を……わ、分かったから降ろしなさい……っ!聞いてまして!?」

 存所の腕中で、身じろぎをしながら文句の声を訴え上げる御堂院だったが。しかし結局彼女は存所の小脇に荷物のように抱えられたまま。
 存所と一緒に水密扉を潜り、そのまま連れていかれた。
 他二名の女、湊邸と路氏は。戸惑いそして存所のオーラに気圧されながら、ただそれを見送った。



 海隊戦闘群の各艦艇による砲雷撃戦闘は、その相手とする『嵐鮫の大海団』がほぼ壊滅に陥った様子を見止め。停止の令が群司令の魅宮遠より下った。
 100に届かん数が居たはずの『嵐鮫の大海団』の船舶群は、しかし今やその大半が深い海へと沈み。辛うじて沈没こそ免れた船も、そのほとんどは大破損壊し、航行もままならぬ状態に陥っていた。
 後方上空で情報支援を提供するウェーザーリポート――E-1B早期警戒機からの新手の出現の報も無く。これより海隊戦闘群は作戦の第二フェーズへと移行した。

 これより行われるは、立ち入り検査――未だ残る船団船に対しての移乗戦闘である。

 戦闘開始より前に、剣と拳の大公国からの派遣武官等からは一つの依頼事項を受けていた。それは船団の一部を確保、正確には船団を率いる主要人物の身柄拘束を試みて欲しいとのものだ。
 巷では魔王軍の大陸上陸の報が騒がれるが、その詳細情報は未だ多くが掴めていない。それに関わる情報を、剣と拳の大公国は、いや地翼の大陸の各国は少しでも欲していた。
 そして、船団を率いる人物が魔王軍と少なからずつながりを持つことは最早明白。それは貴重な情報源となり得、確保しておきたいものなのであった。
 そして情報を得たいという点で、日本国隊とはその利害が一致していた。


 立ち入り検査の実施にあっては、護衛艦かまくらと護衛艦なにわから2個分隊づつ。計4個分隊が、それぞれの乗員の海隊隊員より要員が選抜され編成、発出された。
 各護衛艦より2隻づつ、分隊を乗せたRHIB――複合ボートが発進。2隻1組で警戒隊形を組み、モーターを唸らせ滑るように海面を進んでいる。それぞれが目指すは、未だ海上に浮かぶいくつかの巨大な船影。戦列艦やガレオン船のような船形をした、船団の中核と思しき船たちだ。
 移乗からの確保拘束を実施する想定から、敵船団の中でも旗艦あるいは指揮船と思しき船に対して、海隊戦闘群は直接の強力な火力投射を避けていた。ただ――第1魚雷・ミサイル艇隊の行った火力投射によって、船たちのその舵や帆は破壊無力化され、最早己の意思で海原を駆ける事は叶わぬものとなっていたが。


 その最早浮かぶだけの大船に向かって、高速で進むRHIBの内の。護衛艦なにわより発った2隻の内の1号艇、「なにわ01」。
 その艇上には護衛艦なにわ乗員により編成された分隊、なにわ第1立検分隊の海隊隊員10名の姿が在った。各員は作業服の上に着ける装具を灰色の救命ジャケットから、防弾チョッキや各種プロテクターを装着する立ち入り検査へと臨むものへと変え。RHIB上で身を低くして、時に船体に掴み着いて、時に武装装備である銃火器を支え庇いながら揺られている。

「――いいこと、皆さんッ?」

 そのRHIB上の船首側で、荒々しい状況に反した美麗ながらも妖しい声色が上がる。
 声の主は御堂院。彼女はその黒髪映える美麗な容姿を、しかし今は他隊員と同じく武骨な立ち入り検査に臨む装備で包んでいた。
 その彼女の振り向いて発した声は、同乗する第1立検分隊の各員へ向けたもの。

「静かに素早く、美麗にそれでいて恐ろしいまでに。それを心がけて頂戴」

 彼女は今、護衛艦なにわ側から発した2個分隊の指揮を預かっていた。その彼女が各員に向けて発するは、これより立ち入り検査に臨む上での、各々に要求する姿勢心構え。
 訴える御堂院のその眼は、その要求する姿勢をまず己で示すように、鋭く冷たく彩られている。

「求めるのは獣への徹底的な躾け、お分かり?私(わたくし)の指揮下である以上、無様を晒してはくださらな――」


「――いらん気色の悪い事を垂れるんじゃないッッ!!」


「マ゛ッ!?」

 しかし。
 ドスの聞いた号声が割り入り。サディスティックな色で宣っていた御堂院の台詞は、それを最後まで紡ぎ切る前におかしな悲鳴に変わった。見れば御堂院の頭、顔面はRHIBの船首部に叩き込まれ押し潰されている。
 最早想像に易いであろう――その御堂院の背後には今の号声の主、先任兵長の存所の姿があった。
 姿装備は他隊員同様に立ち入り検査に臨む際のものだが、装備が変わってもその体躯とオーラは変わらずの存在感だ。その肩によりベルトで下げる9㎜機関けん銃が、一層小さく見える。
そしてその片腕の拳の底は、ヘルメット越しの御堂院の脳天に落ちて、彼女の頭部を叩き潰し圧していた。

「余計なコトで、皆の意識がブレるでしょうがッ」

 その拳底の下の御堂院に向けて、彼女の言葉が逆効果である事を示して叱る存所。
 RHIB上の他の隊員等は、いつもの事とでも言うようにシラけあるいは興味の無さそうな様子であったが。

「――各々、相手はどんな得体の知れぬ摩訶不思議を繰り出して来るか皆目不明です」

 その各員へ向けて、存所は取り直して振り向き、訴える言葉を発し始める。

「怪しいと思う事を大事に、危険と感じたら退避を迷わないで。いらんイキりは不要です」

 それはこれよりの移乗戦闘において、各員に求める注意点を伝えるもの。これまでも荒事を経験して来た立場の存所から、各員への要請。存所は念を押すように、各員へ視線を流しながらその言葉を紡いだ。

笹植ささうえ二曹、何ぞありますか?」

 それから存所は、すぐ斜め後ろに座す一人の男性海曹に尋ねる。彼はこの第1立検査分隊の分隊長を務める者だ。

「特には。何にせよ、うまくやってくれ」

 尋ねられた笹植は、その狡猾を体現したような顔つきから。しかし淡々と端的なそんな要請の言葉だけを発し、それぞれへ促した。

「――む」

 その直後。存所始め各員はRHIBのモーターの稼働音に混じり、また別の異音が、そして気配が増えたことを感じ取る。
 気配は後方から。存所がその視線を後方へと向け見上げた瞬間――轟音を響かせ。なにかの大きな物体が、立て続けて真上上空を飛び抜けた。

「向こうも到着か」

 真上を飛び抜けた気配と影を追いかけ、前方上空を見上げながら笹植が零す。視線の先、上空にあったのは、特異な翼を回転させて飛ぶ物体――2機のヘリコプターであった。
 斜めの隊形を成して飛ぶ姿を見せる2機、2種のヘリコプターは、いずれも海隊の保有装備する対潜哨戒ヘリコプターだ。
 内の1機。先行する、縦長の胴体を持つ機体は、海隊の主力対潜哨戒ヘリコプターであるSH-60K。
 そしてもう一機。SH-60Kと比較して、ずんぐりした胴体を持つ後続の機体――〝HSS-2D〟だ。


 HSS-2シリーズは、シコルスキーS-61を原型とする哨戒ヘリコプターであり。SH-60系が採用される前の海隊の主力哨戒ヘリコプターだ。
 HSS-2/2A/2Bと発展し、2Cを得ての最終発展改良系がHSS-2Dとなる。
 近代化改修を受けているとはいえ、初飛行は1960年代となる、言ってしまえば最早骨董品。海隊でもそのほとんどは退役し、今や片手で数えるほどの数が現役であるのみだが。逆を言えばその少数は未だ現役に留まっている現実が、日本国隊の行き過ぎたまでの貧乏性を体現していた。


 そのHSS-2DとSH-60Kからなる2機編隊は。戦闘群の作戦エリアの〝後方〟より、立ち入り検査の応援のために飛来したのだ。
 2機のヘリコプターは、それぞれがまた立検隊を搭乗させている。
 まずはその両機から立ち入り検査対象の各船に、4~5名1組のチームが順次降下乗船。船上の最低限の安全を確保し、そこへ主力であるRHIB各艇の各分隊が移乗乗船するという手はずが組まれていた。

「17号が援護位置に」

 さらに今度はRHIB上で、分隊員の長身の女三等海曹の知らせの声が上がる。
 各RHIBより少し距離を保った位置に、魚雷艇17号が位置取りこちらに続く姿が見えた。魚雷艇17号は、立ち入り検査各隊への直掩警戒援護を提供する。
 同、第1魚雷・ミサイル艇隊のミサイル艇4号と7号は、船団より距離を取って警戒位置に付き、不測の事態に備える手はずだ。
 そして護衛艦かまくらは、後方より護衛艦なにわの警戒援護を受けながらも。可能な限り船団へ接近しての、生存者の救助活動を開始していた。
 第二フェーズ、立ち入り検査の行程は着々と進行しつつある。
 存所等を乗せるRHIB、「なにわ01」を始め。立検隊を搭載した各艇も、目標である船団へと近づく。

「ぷぇ……――っ、舞台の始まりよッ。あなたたち、演じる準備はよろしくてッ?」

 そこへ、顔面を沈めていた御堂院が顔を起こし。崩れていた姿体裁を整え直して、そんな高飛車に演じるような、促す言葉を各員へ向ける。
 各々は御堂院のその言葉は、さして真面目に受け取らずに聞き流す様子であったが。しかしそれはそれとして、立ち入り検査に臨むための意識を確固とした。
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