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チャプター1:「新たな邂逅」

1-6:「Huge Conflict」

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 城壁を離れた制刻、鐘霧等の5名の1機は、町の北西側より侵入した敵モンスターの一団と接触すべく、町内を進んでいた。
 家屋の並ぶ町路上を、雑把に隊伍を組んで、警戒しながら駆け進む制刻等。

「――ストップ」

 隊伍の先頭を進んでいた制刻が、片腕を掲げて後続に停止の号令を掛けたのは、その途中であった。

「どうした?」

 続いていた各員の内の鐘霧から、少し訝しむ様子での、停止の理由を尋ねる声が上がる。
 しかし制刻が言葉で返す前に、その回答は現象となって訪れた。
 ズシン――という重々しい音。そして地面より伝わり来た振動。
 制刻、鐘霧等各員は、それを聞くと同時に反射的に散会。周辺家屋建物の壁際に取り付き張り付く。あるいは路地に飛び込み隠れるなどし、身を守る態勢を取る。
そして各々の視線は、音の聞こえ来た方向。町路の現在地より先にある、十字路へと向く。
 音と振動は連続し、どんどんと大きくなる。そして――
 ヌォ――と。十字路の建物の影から、それ――巨大モンスター、ライマクの、巨大な体が姿を現した。
 現れたライマクは、ズシンと足音を立てて十字路の中心まで踏み出て、その全身を露にする。その背には二体程のオークの乗る姿があり、さらに連弩までもが搭載されている様子が見える。
 ライマクは明後日を向けていたその頭を鈍重な動きで動かし、制刻等の方を向いた。そしてライマクの眼は、制刻等を見つける。

「――ゴォオオオオオッ!!」

 そして、その大口が開口され、鈍く重々しい咆哮が、制刻等に向けて上げられた。

「ッ!」
「ぅッ!」

 ビリビリと響き襲い来たそれに、鐘霧や鳳藤は顔を顰め、僅かばかりだが怯む様子の声を零す。

「うっせぇヤツだ」

 制刻だけは、咆哮を浴びても気圧されるような様子はまったく見せず、淡々とそんな言葉を発する。
 咆哮を吐き出し終えたライマクは、頭に続け胴の向きを変える。そして、ドシンと制刻等に向けて、一歩を踏み出した。

「ッ!来るぞ!」
「おい、どうするんだ!?」

 ライマクの姿を前に鐘霧が発し上げ、そして鳳藤は制刻に向けて、問う声を張り上げる。

「言ったろ。ヤツをおちょくって、蹴っ躓かせる」

 対する制刻は、鳳藤の問う声に、淡々と返す。

「剱、こっから援護しろ。鐘霧二尉も、できりゃあ援護頼みます」

 続け、そんな要請の言葉を各々へ発する制刻。

「解放、GONG。行くぞ」
「お、おいッ!」

 そして制刻は敢日等に促すと、鐘霧の発した呼び止める声も聞かずに、迫るライマクを迎え撃つように、その場より駆け出した。



 制刻と敢日、そしてGONGは、身を少し低くしながら駆け、ライマクへと向かってゆく。
 その途中、駆ける制刻等の近場を、何かが飛び来て掠めた。

「っと!」

 それは矢であった。その飛来元は、ライマクの背に乗せられ据えられた連弩。そこから放たれたいくつもの矢が、制刻等の元へと降り注いだのだ。

「ウゼぇな」

 しかし制刻等は怯まず、路上を駆け続ける。
 襲い来、降り注ぐ矢撃の雨を掻い潜り、制刻等は程なくして、ライマクの元へと到達。

「ゴォオオッ!」

 足元へ踏み込んで来た制刻等に対して、ライマクは、正確にはその背に乗り操るオークが行動を起こした。御者のオークはライマクに繋がる手綱を引き、それに応じてライマクはその巨大な前脚を振り上げる。そしてすかさず、足元の制刻等を狙って、上げた前脚を振り下ろした。
 ドシン、と。音と煙を立てて踏み下ろされた前脚。しかしそれは空振りに終わった。
 制刻等は駆ける片手間に回避行動を行い、ライマクの踏み下ろしを悠々と回避して見せた。

「GONG、前脚をやれッ」

 制刻は後続のGONGにそんな指示を飛ばしながら、自身はライマクの身体の真下へと駆け込む。目指すは、ライマクの後ろ片足。

「――どらぁッ」

 ライマクの後ろ脚へのリーチまで踏み込んだ制刻。瞬間、制刻はライマクの後ろ脚目がけて、蹴りを放った。
 ――ズドン、と。半端でない衝撃音と、同時に肉や骨が拉げる嫌な音が響く。
 見れば、制刻の放った蹴りがライマクの後ろ脚に入り、ライマク後ろ脚は、見事に折り崩されていた。

「ブォォォォッ!!」

 時間差でその衝撃と痛覚がライマクを襲ったのだろう、ライマクから悲鳴であろう鳴き声が上がる。しかしそれをかき消すように、再びの衝撃音が響いた。
 見ればGONGが、制刻に習うようにライマクの前脚にアームを叩き込み、ライマクの前脚を折り崩していた。

「ブォォォ――!」

 前後の片足を折り崩され、バランスを失ったライマクの巨体は、ぐらりと崩れる。その背の上では、御者と連弩射手のオークが狼狽える様子を見せる。
 一方の制刻等は、倒れ来るライマクの巨体に巻き込まれないよう、すかさず各方へ退避する。
 そしてライマクは倒れ、大きな音と振動を上げ、砂埃を巻き上げて、その巨体を路上へと投げ出し沈めた。

「うまくいった」

 転倒し沈んだライマクの姿に、制刻は退避先でそんな言葉を発する。
 しかしそれに気を抜くことは無く、制刻はすぐさま続く行動に移った。



「ぅおオ……」

 路上。転倒したライマクの巨体のすぐ傍には、その背より投げ出され落ちたオーク達の姿がある。未だ正確な状況を把握できていない様子のオーク達は、投げ出され痛む体をなんとか起こそうとしている。

「――ごぅ!?」

 しかし、内の片方のオークの身に、突如鈍い痛みが走る。そしてオークの視界はぐるりと動き、オークは自身の意に反して仰向きにされる。

「ナ――!?」

 突然の事態に驚くオーク。そのオークの眼が次に見たのは――自分達以上に禍々しい容姿の存在。その存在が振り上げる、片足。

「――ギェぅッ?」

 それが、そのオークの見た最後の光景となった。
 禍々しい存在――制刻の振り下ろした戦闘靴を履く脚が、オークの頭部に命中。オークはその首を思い切り捻り折られ、グキリ――という気持ちの悪い音が響く。それがオークの絶命を知らせる音となり、オークはその身体より力を失い、路上へと沈んだ。

「な――コイツッ!」

 それを目の当たりにした、もう一体のオークが動きを見せる。オークは痛む体を鞭打ち起こし、身に着けていた手斧を抜く。そして今しがた屠られた相方の仇を討つべく、目の前の禍々しい存在に向けて、手斧を振り上げ襲い掛かろうとした。

「――ごッ!?」

 しかし突如、オークの視界は何かに阻まれ奪われた。
オークの頭部は、何か大きな手に掴まれていた。それは、GONGの大きなアームハンドであった。GONGが制刻に襲い掛かろうとしたオークを、そのアームで捕まえたのだ。
GONGのアームにより、頭部を丸ごと掴まれ持ち上げられ、オークの身体は宙に浮かぶ。

「ご……!ごぁ……!」

 オークは身体をがむしゃらに動かし暴れ、抵抗する。しかしオークの胴もGONGのもう片方のアームに掴まれ抑えられ、動きを封じられてしまう。

「放セ……やべ――こきゅッ」

 そして次の瞬間、オークの口よりそんな乾いた悲鳴のような音が零れた。
 見ればオークは、GONGのアームにより胴を捻じられていた。そして首と胴の向きが、あってはならない方向を、それぞれ向いていた。
 GONGはオークの絶命を認識すると、捻り屠ったオークの身体を放して落とす。そして無残な姿となったオークの死体が、地面にぐたりと沈んだ。
 二体のオークを無力化した制刻等。
 しかし、やるべき事はまだ終わっていない。制刻等の横では、地面に倒れながらも咆哮を上げ、身を捩り暴れるライマクの巨体が未だにあった。

「よくやったGONG」

 制刻はGONGの行動を評しながらも、行動を続ける。

「解放」

 制刻は敢日に声を飛ばす。そして手榴弾を二発程繰り出すと、それを解放に向けて投げ放した。

「オーライ」

 投げ寄越された手榴弾を受け取る敢日。
 その彼のすぐ傍では、横倒しになったライマクが、その大口をかっぴらいて咆哮を上げ、その頭を捩ってもがいていた。
 敢日はそんなライマクの様子を、顔を顰めながら一瞥。その片手間に、手榴弾のピンを引き抜く。

「ほら、うまいぞ」

 そして敢日はそんな軽口と共に、かっぴらかれたライマクの口内、その喉奥めがけて、二発の手榴弾を纏めて放り込んだ。
 同時に、制刻、敢日等は身を翻してライマクの傍より退避。距離を取る。
 ――ボゴォ、と。
 直後にライマクの体内より鈍い音が響き、そしてライマクの巨体が微かに跳ね、膨らんだ。

「――グボォォォォォォッ!」

 そして、ライマクより咆哮――いや、絶叫が上がった。
 ライマクの体内、腹に落ちた手榴弾が爆発し、ライマクを体内より破り引き裂いたのだ。

「ゴォォ――ブォォ――!!」

 体内よりの激痛に、ライマクは今まで以上に身を捩り、暴れ狂う様子を見せる。

「ゴォォ……」

 しかしやがて力尽きたのか、絶叫は徐々に小さくなる。そしてやがて、ライマクはその頭をドシンと地面に垂れて沈め、動かなくなった。

「――うまくいったな」
「あぁ」

 退避しライマクを遠巻きに見ていた制刻や敢日は、動かなくなったライマクの巨体に近づき、その無力化を確認。言葉を交わす。

「制刻ッ」

 ライマクの巨体を観察していた制刻等へ、背後より声が掛かる。
 見れば、鐘霧や鳳藤等のこちらへ駆け寄ってくる姿があった。

「鐘霧二尉。とりあえずデカブツ一体、蹴っ飛ばしました」
「まったく――どこまで無茶苦茶なんだ貴様はッ」

 淡々と状況成果を報告する言葉を紡いだ制刻。それに対して鐘霧は、呆れと困惑の混じった様子の、渋い表情で言葉を返す。

「――いやぁぁぁぁぁ!」

 その時であった。
 その場へ割り込むように、微かに悲鳴のような物が聞こえき、各々の耳に届いたのは。

「今のは――!」

 聞こえ来たそれに、鳳藤が声を上げる。
 悲鳴の発生源は、先に見えるライマクの現れた十字路の、一方向からと思われた。
 制刻等は十字路上へと駆け出て、そこから各方へ延びる町路の先へと、それぞれ観察の視線を向ける。

「ッ――あれだッ!」

 内の朱真から、声が上がった。
 彼は視線と銃口で十字路から延びる一本の町路の先を示し、各員それを追う。
 その先に見えたのは、現在地よりさらに先にある別の十字路上。そこにはまた一体のライマクと、それに随伴する多数のオークの姿があった。
 しかし確認できたのは、それだけに留まらなかった。

「あれは――!」

 敢日が真っ先にそれに気づき、エアライフルを繰り出し構えて装着されたスコープを覗き、先のオークの群れの様子を確認する。
 そのオークの群れの中。そこに見えたのは、一人の若い娘と、一人の子供。
 姿から、おそらく町の住民。そして娘と子供は、オーク達に囲われその身を捕まえられている。先の悲鳴の主が彼女達からである事。そして状況が悪しきものである事は、疑う余地もなかった。

「逃げ遅れた住民か!?」

 同様に93式5.56mm小銃の照準器を覗き、その様子を観察していた鳳藤が、焦った様子で声を上げる。

「また分かりやすい状況だなッ」

 そして敢日が、どこか皮肉気な口調でそんな言葉を発する。

「ここに来て要救助対象か……狙えるか!?」

 鐘霧は苦々しく発し、そして各員へ狙撃が可能かを尋ねる。

「いや、突っ込んだ方が早い」

 しかしそこへ、そんな淡々とした言葉が割り込まれた。

「何?――お、おい!」
「解放、GONG。第2ラウンドだ」

 声の主は制刻。そして鐘霧が気付いた時には、制刻はその場より駆けだし飛び出していた。



 先の十字路上の一角では、オーク達が群がり、何かを囲っていた。それは一人の若い女であった。

「いやぁっ!やめてぇぇ!」

 女は群がる内の二体のオークに捕まえられ、抑えられている。身を捩り必死の抵抗を見せているが、オークの腕力を前にはまったくの無意味であった。

「ママぁっ!」

 その若い女とはまた別に、泣き叫ぶ高い声が上がる。見れば、そこには女とはまた別に、オークに捕まえられている、男の子の姿があった。
 女と男の子は、この町に住まう母子であった。
 町がモンスターの軍勢の襲撃を受けた際に逃げ遅れ、これまで住まいに身を隠していた彼女達。しかし先程ついにモンスター達に見つかってしまい、引きずり出され、今まさに襲われていたのであった。

「チッ、ガキはウるせぇなァ」

 泣き叫ぶ男の子を捕まえているオークが、何か鬱陶しそうな様子で呟く声を上げる。

「おい、オスのガキは殺しチまっていいダろう?」
「いいや、待つンだ。オスのガキはガキで、好む物好きガいるんだ」

 次いでそんな尋ねる言葉を発したオーク。しかしそれに傍にいた別のオークが、その厳つい顔に下卑た笑みを浮かべて返す。

「それに、ガキの目の前でメスを犯すのも、面白いじゃネぇか」
「へへ、確かニなぁ」
「ギャハハハハッ!」

 次いで、オーク達はそんな下種な言葉を交わし合い、笑いあった。
 そんなオーク達の視線の先では、若い母親が今まさに、纏っていたその服を破き脱がされ、裸に剥かれてしまった所であった。
 オーク達は、戦利品である若い母親を、この場で犯し楽しむつもりなのであった。

「やめて!お願いします、許してください!」

 若い母親は必死にオーク達に向けて懇願する。しかし、オーク達がそれを聞き入れる事などない。

「ママっ!ママぁっ!」
「だめ!ルミ君、見ちゃだめっ!見ないで!」

 泣き叫ぶ男の子。子に向けて、必死に見ないよう懇願する若い母親。
 そんな痛ましいまでの母子の姿を、囲むオーク達はニヤニヤとした表情で見、楽しみ笑いものにしている。

「ええィ、いい加減暴れるなヨッ」
「ゲゲゲ、泣くんじゃねぇ。すぐに、俺のモノに夢中になっからヨォ」

 若い母親を抑え捕まえているオーク達が、声を荒げ、あるいは笑い上げる。
 そして若い母親を抑えていたオークの股間のモノが、いよいよ若い母親を貫こうとした。


 ――ドゴッ――と。


 それを遮り割り込むように、何かの衝撃音がオーク達の、そして娘達の耳に届いたのは、その瞬間であった。

「――何だ!?」

 突然の事態に、オーク達の女を犯す行動は中断され、オーク達の視線は音の発生源を向く。

「ナ!?」
「……え?」

 そしてオーク達は目を剥き、若い母親もその顔を驚きに染めた。
 オーク達の眼に映ったのは、十字路の先で、鎮座し周囲を見張っていたはずのライマク。正確には、そのライマクが脚を折られ、地面に倒れ沈む光景であった。

「何が――」

 突然の信じがたい光景。それに、驚愕の言葉を零しかけるオーク達。


「――どらッ」
「――ギェエッ!?」


 しかしそれは、またしても割って入った何者かの声に。そして響いた悲鳴に阻まれた。

「ハ?」
「……え?」

 オーク達からは、そして若い母親からも呆けた声が上がる。そしてその視線は一様に、一点に向けられた。
見れば、群がるオーク達の中心には、いつの間に踏み込み現れたのか、一人の存在の姿があった。
 ――あまりに禍々しい容姿、顔立ち。
 ――それと比べれば、囲うオーク達すら平凡な顔とも言える程の、恐ろしい存在。
 そんな存在が、ヤクザ蹴りを放った直後のモーションを取って、その場に構えていた。
 そして少し先には、その存在に蹴り飛ばされたのであろう。先に若い母親の自慢のモノで貫こうとしていたオークが、その自慢のモノを晒したまま、地面に叩きつけられ張り付き倒れている無様な姿があった。

「ごゥ!?」

 さらに事態は続く。
 若い母親を抑えていた内の、もう一体のオークから、悲鳴に近い声が上がった。
 見れば、オークは現れた禍々しい存在に、その頭部を鷲掴みにされ捕まえられていた。

「がァ……」
「え……きゃっ」

 オークの身体はそのまま禍々しい存在に持ち上げられ、宙に浮かぶ。それに伴い、オークに囚われていた若い母親は、オークより放され地面に崩れ落ちる。

「あが……なん……放……!」

 禍々しい存在の手により、オークの頭は締め付けられる。
 持ち上げられるオークは、事態を把握できないまま、覚える痛みに手足身体をばたつかせ藻掻き、必死の抵抗を見せる。
 しかし禍々しい存在を前にそれは全て無駄に終わる。オークの頭からはミシミシと、ゴキュプチと。聞こえてはならない音が響き聞こえ。

「やべで――」

 パァン――と。
 オークの頭部が割れた果実のように弾けたのは、その瞬間であった。
 オークの眼球が、脳症が、他パーツが周囲に飛び散る。
 そして支えと、何より頭を丸ごと失ったオークの身体が、ドサリと地面に落ちた。
 それから、周囲に訪れる一瞬の沈黙。

「――悪ぃが。オメェ等のお楽しみは、没収だ」

 それを破るように、禍々しい存在――制刻は、オーク達に向けて端的に発した。

「……う、うワぁぁぁ!?」
「な、なんだコいつッ!?」

 制刻の一言を皮切りに、堰を切ったようにオーク達に動揺が広がり走った。

「み、見た事ない種族だゾッ!」
「俺タチの獲物を、横取りする気カッ!」

 しかし、続けオーク達が見せた反応は、何か少し変わった物であった。
 オーク達は禍々しい姿の制刻の事を、母子を救いに来た者等では無く、自分達の戦利品を横取りしに現れた、また別の未知のモンスターだと認識したのだ。

「こ、こノォ!」
「させるカァ!」

 そしてオーク達は、果敢にも斧等の得物を手に、制刻に向かって四方より一斉に襲い掛かる。

「――ギェッ!?」
「――ガァッ!?」

 しかしその得物が届くよりも早く、オーク達の内から悲鳴が上がり、内の数体がもんどり打つ、あるいは横殴りに吹き飛ぶ姿を見せた。
 制刻がチラリと視線を移せば、先の倒れたライマクの方向に、その現象の発生源が見えた。
 ネイルガンを構え、撃ちながら歩み進む敢日の姿が、そこにあった。
 敢日の操るネイルガンより放たれた五寸釘の群れが、オーク達を襲ったのだ。

「な、なんダこれ――ぶぉッ!?」
「な、どうし――もゴォ!?」

 動揺が広がり出したオーク達を、さらに新たな事態が襲う。
 群れの内、二体程のオークが、突如として視界を奪われる。そして頭を何かに鷲掴みにされる、身体が宙に持ち上げられる感覚を、オーク達は覚えた。

「うワぁッ!?」
「な、何だァ!?」

 その他のオーク達からは、さらに狼狽える声が上がる。
 オーク達の視線の先には、GONGの巨体があった。
 制刻に続きその場に踏み込んだGONGは、手近な所にいた二体のオークを、左右それぞれのアームで捕まえたのだ。

「もご――ビョッ!?」
「ばびぇッ!?」

 そして次の瞬間、GONGは鷲掴みにして持ち上げたそれぞれのオークの頭を、合掌でもするようにおもいきりぶつけ合った。
 互いの頭をぶつけられ、さらにGONGにアームハンドに圧され、オーク達の頭は果実の言うにグシャリと潰れた。
 手中のオーク達の絶命を確認し、GONGが両アームを放すと、頭の潰れた二体のオークは、支えを失いグシャリと地面に落ちた。

「わ、ウワァァッ!?」
「う、ウソダロウッ!?」

 立て続いた正体不明の存在の襲撃。そして仲間達の凄惨な死に、まだ残るオーク達はより一層狼狽。

「な、なんナんだコイツ――びぇぅッ!?」

 しかし、それすら僅かな時間しか許されなかった。
 残るオーク達を、先の釘弾に似た現象が、いくつも襲い来た。それは5.56mm弾や7.62mm弾の火線であった。
 制刻が火線を辿れば、その先には射撃行動を行いながら、追いついて来た鳳藤や鐘霧、朱真の姿。彼等の射撃が、十字路周囲に残るオーク達を襲い射貫いたのだ。

「展開しろ!」

 制刻等に遅れて十字路へと踏み込んで来た鳳藤。鐘霧等。
 そして鐘霧の発し上げた指示の声で、各員は十字路の周囲へと展開してゆく。

「片付いたか――ねーちゃん、大丈夫か?」

 そんな鐘霧等の様子と、そして十字路周りから抵抗を見せるオーク達の姿が無くなったことを確認した制刻は、そこで初めて足元すぐ傍でへたり込んでいる、若い母親を見下ろし声を掛けた。

「ひッ!」

 しかし、その若い母親から返って来たのは、小さくそして震えた悲鳴であった。その瞳は未だ絶望の色を見せ、怯えた様子で制刻を見上げている。
 彼女もまた、制刻の事を新たに現れた別種のモンスターだと思っていたのだ。

「自由……また、お前の姿に怯えている……ッ」
「あ?」

 そこへ傍から、呆れた声が飛んでくる。
 制刻が見れば、背を向け銃を構え警戒姿勢を取っている鳳藤の姿がそこにあり、彼女は顔だけを振り向かせて呆れた色を覗かせていた。

「お前の容姿は、初見さんにはハードルが高いな」

 さらに続け、今度は反対方向から揶揄うような声が飛んでくる。
 制刻と鳳藤が同時に視線をそちらへ向ければ、そこには敢日の歩いて来る姿が。そして敢日の腕には、先にオークに囚われていた男の子が、抱きかかえられていた。

「ほら、お母さんは大丈夫だ」

 敢日は制刻等の傍まで来ると、発しながら男の子を腕中より降ろしてやる。

「ママぁっ!」
「ルミ君!」

 男の子は涙声で若い娘に駆け寄り抱き着く。そして若い母親も、男の子をその腕中に抱き寄せ、抱きしめた。

「んじゃ、剱。こっちはやっとけ」

 そんな若い母親達の姿を見つつ、制刻は鳳藤に向けて不躾に要請する。

「ふん。言われるまでもない」

 それに対して鳳藤は不機嫌そうに返すと、若い娘達の前に近寄り屈み、目線を合わせた。

「お身体は大丈夫ですか?」
「は、はい……あ、あの……あなた方は……?」

 鳳藤は少し艶っぽい笑みを作り、母子に声を掛ける。
 対する若い母親は、禍々しい存在に変わって目の前に現れた見目麗しい女に、それまでとはまた別種の戸惑う色を見せながら、答えそして質問を返す。

「心配いりません、もう大丈夫。私達は、日本国陸隊です――」

 それに対して、鳳藤はお決まりの名乗り文句を紡ぎ始めた。



 十字路上に散らばった多数のオークの死体の中に、一つ、未だ這い動く一体のオークの姿があった。
 先に制刻のヤクザ蹴りを食らい吹き飛ばされた、真っ先に若い娘を犯そうとしていたオークだ。

(なんダコイツら……クゾ……)

 突然の得体の知れない存在の襲撃により、瞬く間に屍と化していった仲間達。そんな中で未だ生き残っていたオークは、ひっそりとその場を這い逃げようとしていたのだ。

「――ぎぇッ!?」

 しかし、そんなオークの胴を突如として、半端でない圧が襲った。
 何か大きな脚に踏まれるような感覚――いや、それは正しかった。
 地に這うオークの胴は、その傍に立ったGONGのレッグにより、踏みつけられ圧されていた。

「ぁが……ごぅ!?」

 圧迫され苦し気な声を零したオークだが、今度はそんなオークの視界が阻まれ、そしてオークは頭から宙に持ち上げられる。
 見れば、GONGがまたもオークの頭を鷲掴みにし、そのその身体をぶら下げていた。

「一抜けなんか、させねぇよ」

 さらにオークの身に、そんな声が掛けられる。
 GONGの傍には敢日の立つ姿があった。しかし彼の様子はこれまでとは違っていた。
 普段、陽気な様子のその顔は、眼は、氷のように冷たい物に豹変していた。

「ぁが……はなセ……!」

 頭を鷲掴みにされて宙にぶら下がるGONGは、手足をばたつかせて必死に藻掻く。

「――GONG」

 そんなオークをつまらない物でも見るように一瞥し、それから敢日はGONGに何か促す言葉を発する。
 GONGはそれに呼応し動きを見せる。
 空いたもう片方のアームの、その先を変形させ、何かの工具デバイスを展開させる。
 ――それは、複雑な形状の刃が絡み合う装置――小型のボーリング装置だ。
 ボーリング装置は展開されると同時に、起動。モーター音を響かせ回転を始める。
 本来、掘削作業が必要とされる場合に備えて、GONGのボディに搭載されているそれは、しかし今、オークの制裁のために使われようとしていた。

「――やれ」

 再び、藻掻くオークを冷たい眼で一瞥した後に、敢日は冷たい一言を発する。
 それが合図であった。

「!?――ぎゃぁあああアアッ!?」

 次の瞬間、鷲掴みにされたオークの頭部、その牙の覗く口より、えげつない悲鳴が上がった。
 そして視線をオークの下腹部に移せば、オークの股間部には、GONGのアーム先のボーリング装置が付き込まれていた。
 これが、母親と男の子を毒牙に駆けようとした、オークに対する制裁であった。

「いぎゃぁぁ!?あぎゃぁぁア!?」

 ボーリング装置は激しく駆動し、オークの股間を掻き、堀り、血と肉を飛び散らせる。
 背筋の凍るような肉の音、機械の音が。そしてオークの悲鳴が上がる。
 そして――ボトリ――と。オークの股間部より何かが地面に落ちた。
 地面に落ち転がったもの。それはオークの陰茎であった。
 本来なら猛々しく立派な代物であるそれも、持ち主の身より切り離された今、一切の存在意義を無くしたのであった。
 GONGはそれから程なくして、オークの股間部よりボーリング装置を引き抜く。
 ボーリング装置が引き抜かれると、掻き掘られたオークの股間部から、ビチャリビチャリと精巣等の内臓物が零れ落ちた。
 GONGはさらに追い打ちとばかりに、その大きなフットで、地面に落ちたオークの陰茎と内臓物を、ぐちゃりと踏みつけミンチへと変えた。

「ひぁ……びぁ……」

 もはや悲鳴にならない悲鳴を上げ、GONGのアームよりぶら下がりピクリピクリと痙攣しているオークの身体。

「――ぴゃッ」

 そんなオークの頭部が、次の瞬間、パァンと爆ぜた。GONGがハンド、マニピュレーターに力を込め、オークの頭部を圧し潰したのだ。
 支えを失い、凄惨な姿となったオークの身体は、ドチャと地面に落ちる。

「お前の行いの、対価だ」

 そんな地面に崩れたオークの死体に向けて、敢日は冷たい目を向けながら、静かに言葉を吐き捨てた。

「相変わらず、この手に容赦が無いな」

 冷たくオークの死体を見下ろしていた敢日に、背後より端的な声が掛けられる。
 敢日が振り向けば、制刻の姿がそこにあった。
 その向こうには、近場の家屋より拝借して来た毛布で、母子を包んでやっている鳳藤の姿も見える。

「あぁ、当然だ。外道には、制裁をだ」

 対する敢日は、引き続きの変わらぬ冷たい口調で返す。
 普段は陽気で人当たりの良い敢日であるが、しかし敢日は、外道を前には徹底して冷酷な姿勢となる一面を持っていた。

「気持ちは分かるが、頭に血が上りすぎねぇようにな」

 そんな敢日の様子に、一方の制刻はいつもと変わらぬ淡々とした様子で、忠告の言葉を発した。

「――おい、やたら来たぜぇ!」

 発し上げる声が、十字路上に響き渡ったのはその時であった。
 声の主は朱真。彼の視線と構える小銃は、制刻等が来た町路の反対方向を向いている。その向こうには、迫る新手の姿が見えた。
 響く重々しい足音。見えるは、ライマクの巨大な姿が、縦列で2体。
 さらにその足元には、少なくとも一個小隊規模のオークやゴブリンから成る群れ。

「北東からも新手だッ!」

 次いで上がったのは、鐘霧の声。
 見れば十字路のまた別方、該当方向からも、迫る新手の姿が見えた。
 数にしてライマク3体。モンスター達がこちらも一個小隊規模。

「ッ、本隊のお出ましか!?」
「配置しろ、防護陣形を取れ!」

 二方向から現れ迫るモンスター達の群れ、部隊。その姿に敢日が忌々し気に発し上げ、鐘霧は指示の声を発し上げる。

「かなりの数だぞ……!」

 その数を前に、剱は若干の狼狽えの声を上げながらも、母子の肩を抱いて、二人を近場の家屋へ避難させる。

「第3ラウンド――ちと、しんどそうだなッ」

 敢日はどこか皮肉気に発しながら、ネイルガンを構え直す。

「んだが、蹴っ飛ばし散らかすしかねぇ」

 そして制刻だけは、いつものように淡々と、そんな言葉を発する。
 そして各々が、迫る手勢に対応行動を始めようとした――その時であった。
 制刻等の後方、十字路の南西方向より、ドッ――という音と、それに伴う衝撃が伝わり来たのは。

「ッ――!?」

 そして制刻等は、直上を何かが掠め飛ぶ感覚を覚える。
 ――直後であった。
 十字路の北東方向町路より、重々しい足音を響かせて迫りつつあった3体のライマク。
 その先頭に位置していた1体の頭部で、突如として爆炎が上がった。
 上がった爆炎は、ライマクの頭部を完全に包み込み、焼き尽くす。そしてライマクは、悲鳴を上げる事すらなく、その太い脚を折り、地面に沈んで砂埃を上げた。

「今の――」
「あぁ」

 今しがた起こった現象に、鳳藤が目を剥きながら声を零し、そして制刻は予測が付いている様子で一言発する。

「見ろよ、来やがった。こっちの〝モンスター〟の到着だ!」

 そして朱真から、そんな歓喜の色の声が発し上がった。朱真始め各々の視線は、背後南西方向の町路の向こうへと向く。
 その先に姿を現していたのは、待ちかねていた、鋼鉄の怪物――
 日本国陸隊、機甲科戦車隊の保有運用する、〝90式戦車〟の姿であった。



 現れた90式戦車。その砲塔に搭載する凶悪な得物――主砲である、〝ラインメタル120㎜L44戦車砲〟の砲口からは、微かに煙が上がっている。
 その砲身より撃ち出された成形炸薬弾(HEAT)が、迫るライマクを撃ち、焦がし、崩して見せたのだ。
 鋼鉄の怪物の登場に沸いたのも束の間、さらに別方――制刻等が来た南東方向の町路より、またしても、ドッ――という音と衝撃音が来て、頭上を再び飛翔体が掠める。
 そして今度は、北西方向より迫っていた2体のライマクの内の1体が、爆炎に包まれた。
 そして崩れるライマク。動揺する足元に随伴していたオークやゴブリン達。
 再び視線を戻せば、南東側の町路の向こうには、その状況を作り出した主――2両目の90式戦車が、先に制刻等が倒したライマクの死骸を押しのけ、現れた姿があった。
 さらにこちらには、一個班程の普通科隊員等が随伴している姿も見えた。

「戦車小隊が到着したのか!」

 二方向より、新手のモンスター達を迎え撃つように現れた90式戦車の姿に、鐘霧が声を上げる。

《――十字路上の班へ。こちら、ニュー・アライヴァル4-1。流れ込んだ敵への、遊撃対応に出た班というのはそちらか?》

 そんな所へ、各員のインカムに通信音声が飛び込んで来た。どうやら現れた戦車隊からの物であるようであった。

「――そうだッ!ニュー・アライヴァル4-1、こちらはラインガン4ヘッド。こちらは今しがた、大きな敵勢力と接触ッ。また、現在避難の遅れた民間人を保護中ッ。こちらは急ぎの、各支援を必要としているッ!」

 聞こえ来た問いかけに、鐘霧は肯定の言葉と、こちらの現在の状況を説明する言葉を捲し立てる。

《了解、ラインガン4ヘッド。まず敵を蹴っ飛ばす、こちらで片づける。撃つから頭を上げるなよ》

 鐘霧の捲し立てた要請に、戦車隊からは了承、そして警告の言葉が返ってくる。
 そして直後、再び南東側に位置する90式戦車が、咆哮を上げた。
 成形炸薬弾がまたも十字路真上を飛び抜け、そして北西側より迫っていた、2体のライマクの内の残るもう一体を直撃。
 ライマクその表面を抉り、焦がし、鈍く痛々しい悲鳴を上げさせる。そしてその巨体を仰け反らせ、崩し地面に沈めた。
 さらに間髪入れずに十字路上を、今度は南西方向から北東方向へ、成形炸薬弾が飛び抜けた。最初に姿を現した90式戦車からの、二射目だ。
 その二射目は、3体揃いで縦隊を組んでいたライマクの、2体目を撃ち仕留め、先に崩れ沈んだ同族達へとその巨体を加えさせた。
 射撃行動を行いながらも、履帯を鳴らし町路を進んでいた最初の90式戦車は、制刻等の配置展開する十字路へと到着。乗り込んで来た。

《ニュー・アライヴァル4-2よりラインガン4。避けてくれ、十字路を通過する》

 90式戦車から通信で要請が寄越され、制刻等はそれぞれ割れ散り、十字路の各角の建物へ寄って退避、カバー。退避を終えた各々を割るように。90式戦車は履帯を鳴らして十字路を通過、反対側へと出る。

「〝樺方戦〟か」

 通り過ぎる最中の戦車の、その砲塔に描かれたエンブレムを見て、制刻はそんな一言を呟いた。
 〝樺太方面戦車隊〟。
 樺太の地の防衛を担当する、樺太方面隊の下に編成される、戦車部隊。
 それが、到着した90式戦車の所属であった。

《撃つぞ。耳を塞げ》

 傍を通り抜けた90式戦車より、通信越しの警告が、制刻等各員に寄越される。
 その砲身は仰角を取り、残る3体目――最後のライマクに向いていた。
 最後のライマクは、御者のオークが形勢不利を悟り、反転逃走しようとしたのだろう。その巨体の横腹を晒していた。しかし町路は狭い。その途中で引っ掛かり、それ以上回頭できず、身動きが取れなくなっている。
 90式戦車は、そんな無防備を晒したライマクに向けて、容赦なく三射目を撃ち放った。

「っと」
「ッ!」

 重く、しかし劈くような轟音と、衝撃が、十字路上に響き渡る。それに制刻や鳳藤は、それぞれ声を零す。
 そして砲身より撃ち出された成形炸薬弾は、ライマクのどてっ腹に見事に命中。
 爆炎が上がり、そしてライマク横腹に大穴が空き、ライマクからは「ブォォォォッ!」という鈍く痛々しい絶叫が上がる。そしてライマクはその巨体を横倒しにし、地面に沈んだ。

《――マンモスモドキ、全て沈黙。歩兵との交戦に移行する》

 90式戦車からの、再度の通信。
 同時に、90式戦車は少し砲塔を旋回させる姿を見せる。そして主砲に同軸装備されている、74式7.62mm機関銃による射撃掃射を開始した。
 狙うは当然、先で全てのライマクを倒され、同様混乱しているオークやゴブリン達。
 その彼等を、撃ち出され形成された7.62㎜弾の火線は、端から撃ち抜き始めた。

「どうナって――ぎゃァ!?」
「うワ――ギェェ!?」
「ニゲ――ギュィッ!?」

 町路の向こうから、射貫かれてゆくオークやゴブリン達の悲鳴が、微かに聞こえ来る。しかし90式戦車からの機銃掃射は、そんな彼等を容赦なく射貫き攫えていった。
 北西側から迫っていたモンスター達が、90式戦車により屠られてゆく一方。十字路上には、もう一輌の90式戦車に随伴していた普通科班が駆け込み到着していた。

「鐘霧二尉ッ、第3小隊12班ですッ。そちらの指揮下に入るよう、言われています」

 その普通科班の内から一人の陸曹が、建物にカバーする鐘霧の元へ駆け寄って来る。陸曹は、鐘霧に習ってその隣にカバーし、預かっている命令を言葉にする。
 到着した普通科班は、鐘霧と同じく77連隊の第4中隊に所属する隊員等であった。

「よく来てくれた。十字路上各方へ展開、敵の迎撃行動へ当たれ。それとそこの家屋内に、保護した住民がいる。その回収保護を頼む」
「了ッ――聞いたな!一組は北東へ――」

 鐘霧は陸曹へ、労う言葉を。続いてそれぞれに対応に当たるよう、指示の言葉を発し上げ告げる。
 それを陸曹は了承。声を張り上げ、班員等に指示を与え始める。そして普通科班の班員等は、十字路の各方へ展開配置。それぞれの方向に残る、モンスター達相手に、攻撃行動を開始した。

「――よぉ、懐かしい顔がいるなッ」

 展開してゆく普通科班の班員等を眺めていた制刻等。そんな制刻等に、声が掛けられ飛んで来たのはその時であった。
 見れば十字路上には、展開してゆく普通科班に続くように、もう一輌の90式戦車が履帯の音を鳴らして乗り込んできている。そしてその90式戦車の、砲塔に設けられた車長用キューポラ上より、こちらを見降ろす戦車搭乗員の姿があった。

「樺太の特異点さんじゃねぇか」

 キューポラ上の搭乗員――戦車長であろう二等陸曹の隊員は、制刻へと視線を寄越して、そしてそんな言葉を発して見せた。

「よーォ。アンタか、浜明はまあけ

 一方の制刻は、カバーを解いて90式戦車の横まで歩み寄ると、車上を見上げて、その戦車長の物であろう名を口にした。

「制刻。アンタもこの異世界に、ぶっ飛ばされてたとは、ビックリだ」
「あぁ、お互いにな」

 端的に、しかし再開を歓迎するように、制刻と浜明と呼ばれた戦車長は、言葉を交わす。
 制刻と浜明、樺太事件において縁があり、見知った間柄なのであった。

「樺太ん時は、まだドライバーだったろ。それが、今では戦車長か」
「あぁ、やっと立派なマイカー持ちさ」

 制刻は浜明に向けて、揶揄う様に言葉を投げる。それに対して浜明は、戦車砲塔の上面を軽く叩きながら、カラカラと笑ってそんな言葉を返した。

「制刻、雑談は後にしろ」

 再開を歓迎し盛り上がっていた制刻だったが、そこへ背後から声が飛ぶ。振り向けば、そこに少し咎める様子の顔を作った、鐘霧の姿があった。

「あぁ、失礼」

 しかし咎める言葉に、制刻は悪びれもせずに端的な言葉を返す。
 鐘霧はそれに難しい顔を引き続き作りつつも、制刻の横を抜けて戦車の傍へと立った。

「失礼、二尉。そちらに合流し、支援に当たるよう言われています」

 浜明は車上より、謝罪と同時に軽い敬礼を鐘霧へ返し、そして預かっている命令を言葉にして寄越す。

「あぁ、感謝する――これよりここから押し上げる」

 それに対して鐘霧も返答。そして、これよりの動きの説明を始める。

「君の車輛は、引き続き普通科班と一緒に、北西方向進路へ押し上げてくれ。そして、もう一輌の戦車を借りるぞ。私達ともう一輌で、北東方向へ押し上げる」
「了解です」

 これよりの行動を告げた鐘霧。それに浜明も了承。

「じゃ、後でな制刻――前進ッ」

 そして制刻にそう言葉を寄越すと、浜明はインカムで操縦手に向けた物であろう、指示の言葉を送る。それを合図に、90式戦車は再びエンジンと履帯の音を響かせ、前進を再開。
 普通科班と共に、十字路より北西方向への押し上げを開始した。

「よし、私達も行くぞッ。――ニュー・アライヴァル4-2。私達ラインガン4が随伴する、前進押し上げを始めてくれッ」

 北西方向へ押し上げ始めた90式戦車と普通科班を見送った鐘霧は、続け、十字路北東方向で鎮座待機している、もう一輌の90式戦車へ、インカムで指示の言葉を送る。

《了解ラインガン4。前進開始する》

 それに返答が返り、そしてもう一輌の90式戦車が前進を再開。

「行くぞッ!」

 そして鐘霧が周辺各員へ声を張り上げる。
 それを合図に制刻、鐘霧等も、北東方向への押し上げを開始した。



 制刻等の随伴する90式戦車は、先に打ち倒した、町路上に沈み倒れるライマク達の死骸を、押し退け、あるいは乗り越えて道を切り開く。
 連なり倒れていたライマクの亡骸の内、最後の一つをその履帯で悠々と乗り越え、その向こうへと出た90式戦車。
 そこにはライマクの巨体に進路を阻まれ、手をこまねいていた、残存のオークやゴブリン達の群れがいた。

「敵残存、接敵ッ!」

 車長用キューポラから頭部、目線だけを出していた戦車長が、それを目視確認して発し上げる。それと同時に、同軸機銃が再び火を噴き、先に固まるモンスター達を襲った。

「ぎゃッ!?」
「うワぁッ!?来たゾォッ!」

 悲鳴、そして驚き狼狽える声が、モンスター達から上がる。
 そんなモンスター達に向かって、90式戦車は乗り越えたライマクの死体上を滑り降り、そして鋼鉄の巨体を突っ込ませた。

「ひ――ギュェッ!?」
「ごびぇッ!?」

 滑り降り突っ込んで来た90式戦車の履帯に、その巨体に、オーク達が踏みつぶされ、あるいは轢き飛ばされる。
 戦車砲に耐えうる複合装甲。そして50tもの重量を持つ90式戦車の強襲を前には、屈強なオーク達といえどもひとたまりも無かった。

「うワぁぁぁッ!?」
「ニゲロぉ!」

 モンスター達からすれば、ライマク達を瞬く間に屠って見せた、正体不明の怪物。
 そんな怪物の強襲踏み込みを前に、モンスター達は戦意を喪失。蜘蛛の子を散らすように逃走を始めた。
 しかし、背を向けたモンスター達に向けて、90式戦車の同軸機銃が火を噴き、容赦なく襲った。
 背に7.62㎜弾を受け、バタバタと倒れてゆくモンスター達。
 そして逃げてゆくモンスター達を追いかけ追い立てるように、90式戦車は前進を再開する。

「テンパって、逃げてくな」

 背後。ライマクの死骸上で、光景に対するそんな感想が発される。そこに制刻の立ち構える姿があった。
 90式戦車に続いて、ライマクの死骸を乗り越え、あるいは側面を抜け出て、制刻等が姿を現していたのだ。

「逃がさねぇよ」

 制刻その横では、敢日が冷たい声で発しながら、立膝を着いて射撃姿勢を取っている。
 そして逃げるモンスター達に向けて、構えたネイルガンの引き金を引いた。
 照準の先で、一体のオークが五寸釘を背に向けて、悲鳴を上げて倒れる。
 モンスター達を襲うのは、それだけに留まらない。
 ライマクの死骸横を抜け出て展開した、鳳藤や鐘霧、朱真がそれぞれ各個射撃を開始。始まったいくつもの銃火が、モンスター達を襲い始めた。

「戦車に着いていくんだッ!」

 鐘霧が、モンスター達を追い立て進む戦車を指し示し、戦車への随伴を各員へ張り上げ命ずる。

「だそうだ」
「あぁ」

 指示を聞き、応じるべく、制刻と敢日は言葉を交わし、ライマクの亡骸をその腹を利用して滑り降りる。そして先を行く戦車を追いかける。



 その比類なき堅牢さ、そして力で、90式戦車はモンスター達を容赦なく屠り、追い立て、押し上げてゆく。そして制刻等は90式戦車の後方へ随伴展開。90式戦車の撃ち零したモンスター達を、各個射撃で確実に仕留めてゆく。
 押し進んで行く90式戦車。

「――前方交差路、新手ッ!」

 その車上で、戦車長が張り上げたのはその時。
 戦車長の眼は、進行方向先にある交差路の建物の影より、ヌッと現れた巨大な存在を見止めた。それは新たな一体のライマク、そして随伴する分隊規模のモンスター達。

「行所(ゆきどころ)!目標、マンモスモドキの新手ッ。弾種、HEATのままッ!」

 それを見止めた瞬間、戦車長はすかさず砲手に向けて命じる声を張り上げる。
 すぐさまその指示が反映され、90式戦車の砲塔は、少し旋回。その砲身を新手のライマクに向ける。

「――撃ッ!」

 そして、咆哮が上がった。
 周辺に響いた、劈く砲声と、衝撃派。
 その次の瞬間、先に現れたライマクの、頭部横面が爆炎に包まれた。
 成形炸薬弾の直撃を受けたライマクは、悲鳴を上げる事すらなく、ぐらりと倒れて傍の家屋に衝突。ずるりと崩れて地面に沈む姿を見せる。

「よし、対歩兵戦闘へ――ヅッ!」

 ライマクの無力化を確認し、対歩兵戦闘への復帰を砲手へ命じようとした戦車長。しかしその時、戦車長の頭上を何かが掠め飛ぶ。そして続き、カンカンと、何かが90式戦車の表面を叩く音が、立て続き響き渡った。

「戦車長、矢撃だ!交差路奥側、左手ッ!」

 90式戦車を襲った物の正体は、すぐに判明した。
 戦車の近くで、遮蔽物に身を隠してカバー体勢を取っていた鐘霧から、言葉が寄越される。それを頼りに戦車長が該当方向を見れば、示された交差路にある建物の、その上階窓。そこから連弩らしき物が複数、突き出されている様子が微かにだが確認できた。そうやら、連弩装備のモンスター達が、建物内に陣取っているようだ。

「確認しましたッ。再装填、引き続きHEATッ」

 敵の姿を確認し、戦車長は車内の砲手へ再び指示を発する。
 砲塔内に備えられた自動装填装置が作動。作動音が上がりながら、主砲へ新たな成形炸薬弾が装填される。

「次弾、装填。射撃可能ッ」
「目標、交差路奥側、左手建物ッ」

 砲手から装填完了の報告の声が上がってくる。それを受けた戦車長は、続け砲手へ目標を指示。指示は反映され、砲塔は再び旋回。続け砲身が仰角を取り、該当の建物を睨む。

「――叩ッ込めッ!」

 戦車長の合図。
 瞬間、90式戦車の主砲がまたしても咆哮を上げた。
 そして間髪入れずに、主砲の狙った該当建物が、爆炎に覆われる。成形炸薬弾の直撃を受けた建物上階は、広まった爆炎と一緒に木っ端微塵に吹き飛び散る。
 爆炎と破片に交じって、陣取っていたであろうオーク達の身体が飛び、散る姿も微かに見えた。

「排除した、前進再開する。浮舟うきふね、前進しろ」

 脅威排除を確認した戦車長は、随伴している鐘霧等へ向けて、前進再開の旨を告げる。
 そして続け、操縦手に指示。それが反映され、90式戦車は前進を再開する。



 90式戦車と随伴する制刻等によって、蹴散らされ、無力化されてゆくモンスター達。
 身体の屈強さ。手勢物量。他、あらゆる面において、この町に騎士団の力を凌駕していたはずのモンスター達の軍勢。
 しかしそのはずは、まるで想定していなかった存在。
 陸隊の存在、火力の前には、まったくの無力であった。
 あらゆる障害をその巨体により蹴散らして来た、巨獣ライマクは、しかし突如として現れた正体不明の鋼の怪物――90式戦車によって、悉く無力され、沈んでいった。
 さらに屈強なはずのオーク達の身は。物量を以て脅威を体現するゴブリン達は。重軽機関銃や小銃火力の前に、まるで塵でも掃いて退けるかのように、バタバタと撃ち倒されてゆく。
 当初こそ、その果敢さと獰猛さを以て、それに挑み排除を試みたモンスター達。しかし、迫る90式戦車。そして班の火力を前に、それらは悉く跳ね退けられた。
 時に、オークやトロルといった種のモンスター達は、その屈強さを生かすべく、隙を突き肉薄攻撃を仕掛けて来た。しかしそれも、多くは火力を前に押し留められる。
 そしてモンスター達にとっては最悪な事に、隊側には制刻とGONGという存在が居た。
 わずかに肉薄に成功したオークやトロル達は、しかしGONGの機械による力。そして制刻の超常的力を以て、儚くも悠々と叩き潰される。あるいは捕まえられた上で、握りつぶされ、もしくは千切り捨てられる末路を辿った。
 見れば今も、制刻がその手で捕まえた一体のオークを、生きたまま肉の盾として掴み突き出し、そして戦車と並んでズカズカと突き進んでいる。
 いつしか、モンスター達は町中を逃走する一途となっていた。
 90式戦車と班、そして制刻等による、一方的な殺戮の様子を見せつけられたモンスター達。彼等はこの僅かな時間の内に、目の前の存在が、自分達より生命として強い存在である事を、本能で悟っていた。
そしてモンスター達のその心には、恐怖が宿っていた。
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