7 / 54
チャプター1:「新たな邂逅」
1-6:「Huge Conflict」
しおりを挟む
城壁を離れた制刻、鐘霧等の5名の1機は、町の北西側より侵入した敵モンスターの一団と接触すべく、町内を進んでいた。
家屋の並ぶ町路上を、雑把に隊伍を組んで、警戒しながら駆け進む制刻等。
「――ストップ」
隊伍の先頭を進んでいた制刻が、片腕を掲げて後続に停止の号令を掛けたのは、その途中であった。
「どうした?」
続いていた各員の内の鐘霧から、少し訝しむ様子での、停止の理由を尋ねる声が上がる。
しかし制刻が言葉で返す前に、その回答は現象となって訪れた。
ズシン――という重々しい音。そして地面より伝わり来た振動。
制刻、鐘霧等各員は、それを聞くと同時に反射的に散会。周辺家屋建物の壁際に取り付き張り付く。あるいは路地に飛び込み隠れるなどし、身を守る態勢を取る。
そして各々の視線は、音の聞こえ来た方向。町路の現在地より先にある、十字路へと向く。
音と振動は連続し、どんどんと大きくなる。そして――
ヌォ――と。十字路の建物の影から、それ――巨大モンスター、ライマクの、巨大な体が姿を現した。
現れたライマクは、ズシンと足音を立てて十字路の中心まで踏み出て、その全身を露にする。その背には二体程のオークの乗る姿があり、さらに連弩までもが搭載されている様子が見える。
ライマクは明後日を向けていたその頭を鈍重な動きで動かし、制刻等の方を向いた。そしてライマクの眼は、制刻等を見つける。
「――ゴォオオオオオッ!!」
そして、その大口が開口され、鈍く重々しい咆哮が、制刻等に向けて上げられた。
「ッ!」
「ぅッ!」
ビリビリと響き襲い来たそれに、鐘霧や鳳藤は顔を顰め、僅かばかりだが怯む様子の声を零す。
「うっせぇヤツだ」
制刻だけは、咆哮を浴びても気圧されるような様子はまったく見せず、淡々とそんな言葉を発する。
咆哮を吐き出し終えたライマクは、頭に続け胴の向きを変える。そして、ドシンと制刻等に向けて、一歩を踏み出した。
「ッ!来るぞ!」
「おい、どうするんだ!?」
ライマクの姿を前に鐘霧が発し上げ、そして鳳藤は制刻に向けて、問う声を張り上げる。
「言ったろ。ヤツをおちょくって、蹴っ躓かせる」
対する制刻は、鳳藤の問う声に、淡々と返す。
「剱、こっから援護しろ。鐘霧二尉も、できりゃあ援護頼みます」
続け、そんな要請の言葉を各々へ発する制刻。
「解放、GONG。行くぞ」
「お、おいッ!」
そして制刻は敢日等に促すと、鐘霧の発した呼び止める声も聞かずに、迫るライマクを迎え撃つように、その場より駆け出した。
制刻と敢日、そしてGONGは、身を少し低くしながら駆け、ライマクへと向かってゆく。
その途中、駆ける制刻等の近場を、何かが飛び来て掠めた。
「っと!」
それは矢であった。その飛来元は、ライマクの背に乗せられ据えられた連弩。そこから放たれたいくつもの矢が、制刻等の元へと降り注いだのだ。
「ウゼぇな」
しかし制刻等は怯まず、路上を駆け続ける。
襲い来、降り注ぐ矢撃の雨を掻い潜り、制刻等は程なくして、ライマクの元へと到達。
「ゴォオオッ!」
足元へ踏み込んで来た制刻等に対して、ライマクは、正確にはその背に乗り操るオークが行動を起こした。御者のオークはライマクに繋がる手綱を引き、それに応じてライマクはその巨大な前脚を振り上げる。そしてすかさず、足元の制刻等を狙って、上げた前脚を振り下ろした。
ドシン、と。音と煙を立てて踏み下ろされた前脚。しかしそれは空振りに終わった。
制刻等は駆ける片手間に回避行動を行い、ライマクの踏み下ろしを悠々と回避して見せた。
「GONG、前脚をやれッ」
制刻は後続のGONGにそんな指示を飛ばしながら、自身はライマクの身体の真下へと駆け込む。目指すは、ライマクの後ろ片足。
「――どらぁッ」
ライマクの後ろ脚へのリーチまで踏み込んだ制刻。瞬間、制刻はライマクの後ろ脚目がけて、蹴りを放った。
――ズドン、と。半端でない衝撃音と、同時に肉や骨が拉げる嫌な音が響く。
見れば、制刻の放った蹴りがライマクの後ろ脚に入り、ライマク後ろ脚は、見事に折り崩されていた。
「ブォォォォッ!!」
時間差でその衝撃と痛覚がライマクを襲ったのだろう、ライマクから悲鳴であろう鳴き声が上がる。しかしそれをかき消すように、再びの衝撃音が響いた。
見ればGONGが、制刻に習うようにライマクの前脚にアームを叩き込み、ライマクの前脚を折り崩していた。
「ブォォォ――!」
前後の片足を折り崩され、バランスを失ったライマクの巨体は、ぐらりと崩れる。その背の上では、御者と連弩射手のオークが狼狽える様子を見せる。
一方の制刻等は、倒れ来るライマクの巨体に巻き込まれないよう、すかさず各方へ退避する。
そしてライマクは倒れ、大きな音と振動を上げ、砂埃を巻き上げて、その巨体を路上へと投げ出し沈めた。
「うまくいった」
転倒し沈んだライマクの姿に、制刻は退避先でそんな言葉を発する。
しかしそれに気を抜くことは無く、制刻はすぐさま続く行動に移った。
「ぅおオ……」
路上。転倒したライマクの巨体のすぐ傍には、その背より投げ出され落ちたオーク達の姿がある。未だ正確な状況を把握できていない様子のオーク達は、投げ出され痛む体をなんとか起こそうとしている。
「――ごぅ!?」
しかし、内の片方のオークの身に、突如鈍い痛みが走る。そしてオークの視界はぐるりと動き、オークは自身の意に反して仰向きにされる。
「ナ――!?」
突然の事態に驚くオーク。そのオークの眼が次に見たのは――自分達以上に禍々しい容姿の存在。その存在が振り上げる、片足。
「――ギェぅッ?」
それが、そのオークの見た最後の光景となった。
禍々しい存在――制刻の振り下ろした戦闘靴を履く脚が、オークの頭部に命中。オークはその首を思い切り捻り折られ、グキリ――という気持ちの悪い音が響く。それがオークの絶命を知らせる音となり、オークはその身体より力を失い、路上へと沈んだ。
「な――コイツッ!」
それを目の当たりにした、もう一体のオークが動きを見せる。オークは痛む体を鞭打ち起こし、身に着けていた手斧を抜く。そして今しがた屠られた相方の仇を討つべく、目の前の禍々しい存在に向けて、手斧を振り上げ襲い掛かろうとした。
「――ごッ!?」
しかし突如、オークの視界は何かに阻まれ奪われた。
オークの頭部は、何か大きな手に掴まれていた。それは、GONGの大きなアームハンドであった。GONGが制刻に襲い掛かろうとしたオークを、そのアームで捕まえたのだ。
GONGのアームにより、頭部を丸ごと掴まれ持ち上げられ、オークの身体は宙に浮かぶ。
「ご……!ごぁ……!」
オークは身体をがむしゃらに動かし暴れ、抵抗する。しかしオークの胴もGONGのもう片方のアームに掴まれ抑えられ、動きを封じられてしまう。
「放セ……やべ――こきゅッ」
そして次の瞬間、オークの口よりそんな乾いた悲鳴のような音が零れた。
見ればオークは、GONGのアームにより胴を捻じられていた。そして首と胴の向きが、あってはならない方向を、それぞれ向いていた。
GONGはオークの絶命を認識すると、捻り屠ったオークの身体を放して落とす。そして無残な姿となったオークの死体が、地面にぐたりと沈んだ。
二体のオークを無力化した制刻等。
しかし、やるべき事はまだ終わっていない。制刻等の横では、地面に倒れながらも咆哮を上げ、身を捩り暴れるライマクの巨体が未だにあった。
「よくやったGONG」
制刻はGONGの行動を評しながらも、行動を続ける。
「解放」
制刻は敢日に声を飛ばす。そして手榴弾を二発程繰り出すと、それを解放に向けて投げ放した。
「オーライ」
投げ寄越された手榴弾を受け取る敢日。
その彼のすぐ傍では、横倒しになったライマクが、その大口をかっぴらいて咆哮を上げ、その頭を捩ってもがいていた。
敢日はそんなライマクの様子を、顔を顰めながら一瞥。その片手間に、手榴弾のピンを引き抜く。
「ほら、うまいぞ」
そして敢日はそんな軽口と共に、かっぴらかれたライマクの口内、その喉奥めがけて、二発の手榴弾を纏めて放り込んだ。
同時に、制刻、敢日等は身を翻してライマクの傍より退避。距離を取る。
――ボゴォ、と。
直後にライマクの体内より鈍い音が響き、そしてライマクの巨体が微かに跳ね、膨らんだ。
「――グボォォォォォォッ!」
そして、ライマクより咆哮――いや、絶叫が上がった。
ライマクの体内、腹に落ちた手榴弾が爆発し、ライマクを体内より破り引き裂いたのだ。
「ゴォォ――ブォォ――!!」
体内よりの激痛に、ライマクは今まで以上に身を捩り、暴れ狂う様子を見せる。
「ゴォォ……」
しかしやがて力尽きたのか、絶叫は徐々に小さくなる。そしてやがて、ライマクはその頭をドシンと地面に垂れて沈め、動かなくなった。
「――うまくいったな」
「あぁ」
退避しライマクを遠巻きに見ていた制刻や敢日は、動かなくなったライマクの巨体に近づき、その無力化を確認。言葉を交わす。
「制刻ッ」
ライマクの巨体を観察していた制刻等へ、背後より声が掛かる。
見れば、鐘霧や鳳藤等のこちらへ駆け寄ってくる姿があった。
「鐘霧二尉。とりあえずデカブツ一体、蹴っ飛ばしました」
「まったく――どこまで無茶苦茶なんだ貴様はッ」
淡々と状況成果を報告する言葉を紡いだ制刻。それに対して鐘霧は、呆れと困惑の混じった様子の、渋い表情で言葉を返す。
「――いやぁぁぁぁぁ!」
その時であった。
その場へ割り込むように、微かに悲鳴のような物が聞こえき、各々の耳に届いたのは。
「今のは――!」
聞こえ来たそれに、鳳藤が声を上げる。
悲鳴の発生源は、先に見えるライマクの現れた十字路の、一方向からと思われた。
制刻等は十字路上へと駆け出て、そこから各方へ延びる町路の先へと、それぞれ観察の視線を向ける。
「ッ――あれだッ!」
内の朱真から、声が上がった。
彼は視線と銃口で十字路から延びる一本の町路の先を示し、各員それを追う。
その先に見えたのは、現在地よりさらに先にある別の十字路上。そこにはまた一体のライマクと、それに随伴する多数のオークの姿があった。
しかし確認できたのは、それだけに留まらなかった。
「あれは――!」
敢日が真っ先にそれに気づき、エアライフルを繰り出し構えて装着されたスコープを覗き、先のオークの群れの様子を確認する。
そのオークの群れの中。そこに見えたのは、一人の若い娘と、一人の子供。
姿から、おそらく町の住民。そして娘と子供は、オーク達に囲われその身を捕まえられている。先の悲鳴の主が彼女達からである事。そして状況が悪しきものである事は、疑う余地もなかった。
「逃げ遅れた住民か!?」
同様に93式5.56mm小銃の照準器を覗き、その様子を観察していた鳳藤が、焦った様子で声を上げる。
「また分かりやすい状況だなッ」
そして敢日が、どこか皮肉気な口調でそんな言葉を発する。
「ここに来て要救助対象か……狙えるか!?」
鐘霧は苦々しく発し、そして各員へ狙撃が可能かを尋ねる。
「いや、突っ込んだ方が早い」
しかしそこへ、そんな淡々とした言葉が割り込まれた。
「何?――お、おい!」
「解放、GONG。第2ラウンドだ」
声の主は制刻。そして鐘霧が気付いた時には、制刻はその場より駆けだし飛び出していた。
先の十字路上の一角では、オーク達が群がり、何かを囲っていた。それは一人の若い女であった。
「いやぁっ!やめてぇぇ!」
女は群がる内の二体のオークに捕まえられ、抑えられている。身を捩り必死の抵抗を見せているが、オークの腕力を前にはまったくの無意味であった。
「ママぁっ!」
その若い女とはまた別に、泣き叫ぶ高い声が上がる。見れば、そこには女とはまた別に、オークに捕まえられている、男の子の姿があった。
女と男の子は、この町に住まう母子であった。
町がモンスターの軍勢の襲撃を受けた際に逃げ遅れ、これまで住まいに身を隠していた彼女達。しかし先程ついにモンスター達に見つかってしまい、引きずり出され、今まさに襲われていたのであった。
「チッ、ガキはウるせぇなァ」
泣き叫ぶ男の子を捕まえているオークが、何か鬱陶しそうな様子で呟く声を上げる。
「おい、オスのガキは殺しチまっていいダろう?」
「いいや、待つンだ。オスのガキはガキで、好む物好きガいるんだ」
次いでそんな尋ねる言葉を発したオーク。しかしそれに傍にいた別のオークが、その厳つい顔に下卑た笑みを浮かべて返す。
「それに、ガキの目の前でメスを犯すのも、面白いじゃネぇか」
「へへ、確かニなぁ」
「ギャハハハハッ!」
次いで、オーク達はそんな下種な言葉を交わし合い、笑いあった。
そんなオーク達の視線の先では、若い母親が今まさに、纏っていたその服を破き脱がされ、裸に剥かれてしまった所であった。
オーク達は、戦利品である若い母親を、この場で犯し楽しむつもりなのであった。
「やめて!お願いします、許してください!」
若い母親は必死にオーク達に向けて懇願する。しかし、オーク達がそれを聞き入れる事などない。
「ママっ!ママぁっ!」
「だめ!ルミ君、見ちゃだめっ!見ないで!」
泣き叫ぶ男の子。子に向けて、必死に見ないよう懇願する若い母親。
そんな痛ましいまでの母子の姿を、囲むオーク達はニヤニヤとした表情で見、楽しみ笑いものにしている。
「ええィ、いい加減暴れるなヨッ」
「ゲゲゲ、泣くんじゃねぇ。すぐに、俺のモノに夢中になっからヨォ」
若い母親を抑え捕まえているオーク達が、声を荒げ、あるいは笑い上げる。
そして若い母親を抑えていたオークの股間のモノが、いよいよ若い母親を貫こうとした。
――ドゴッ――と。
それを遮り割り込むように、何かの衝撃音がオーク達の、そして娘達の耳に届いたのは、その瞬間であった。
「――何だ!?」
突然の事態に、オーク達の女を犯す行動は中断され、オーク達の視線は音の発生源を向く。
「ナ!?」
「……え?」
そしてオーク達は目を剥き、若い母親もその顔を驚きに染めた。
オーク達の眼に映ったのは、十字路の先で、鎮座し周囲を見張っていたはずのライマク。正確には、そのライマクが脚を折られ、地面に倒れ沈む光景であった。
「何が――」
突然の信じがたい光景。それに、驚愕の言葉を零しかけるオーク達。
「――どらッ」
「――ギェエッ!?」
しかしそれは、またしても割って入った何者かの声に。そして響いた悲鳴に阻まれた。
「ハ?」
「……え?」
オーク達からは、そして若い母親からも呆けた声が上がる。そしてその視線は一様に、一点に向けられた。
見れば、群がるオーク達の中心には、いつの間に踏み込み現れたのか、一人の存在の姿があった。
――あまりに禍々しい容姿、顔立ち。
――それと比べれば、囲うオーク達すら平凡な顔とも言える程の、恐ろしい存在。
そんな存在が、ヤクザ蹴りを放った直後のモーションを取って、その場に構えていた。
そして少し先には、その存在に蹴り飛ばされたのであろう。先に若い母親の自慢のモノで貫こうとしていたオークが、その自慢のモノを晒したまま、地面に叩きつけられ張り付き倒れている無様な姿があった。
「ごゥ!?」
さらに事態は続く。
若い母親を抑えていた内の、もう一体のオークから、悲鳴に近い声が上がった。
見れば、オークは現れた禍々しい存在に、その頭部を鷲掴みにされ捕まえられていた。
「がァ……」
「え……きゃっ」
オークの身体はそのまま禍々しい存在に持ち上げられ、宙に浮かぶ。それに伴い、オークに囚われていた若い母親は、オークより放され地面に崩れ落ちる。
「あが……なん……放……!」
禍々しい存在の手により、オークの頭は締め付けられる。
持ち上げられるオークは、事態を把握できないまま、覚える痛みに手足身体をばたつかせ藻掻き、必死の抵抗を見せる。
しかし禍々しい存在を前にそれは全て無駄に終わる。オークの頭からはミシミシと、ゴキュプチと。聞こえてはならない音が響き聞こえ。
「やべで――」
パァン――と。
オークの頭部が割れた果実のように弾けたのは、その瞬間であった。
オークの眼球が、脳症が、他パーツが周囲に飛び散る。
そして支えと、何より頭を丸ごと失ったオークの身体が、ドサリと地面に落ちた。
それから、周囲に訪れる一瞬の沈黙。
「――悪ぃが。オメェ等のお楽しみは、没収だ」
それを破るように、禍々しい存在――制刻は、オーク達に向けて端的に発した。
「……う、うワぁぁぁ!?」
「な、なんだコいつッ!?」
制刻の一言を皮切りに、堰を切ったようにオーク達に動揺が広がり走った。
「み、見た事ない種族だゾッ!」
「俺タチの獲物を、横取りする気カッ!」
しかし、続けオーク達が見せた反応は、何か少し変わった物であった。
オーク達は禍々しい姿の制刻の事を、母子を救いに来た者等では無く、自分達の戦利品を横取りしに現れた、また別の未知のモンスターだと認識したのだ。
「こ、こノォ!」
「させるカァ!」
そしてオーク達は、果敢にも斧等の得物を手に、制刻に向かって四方より一斉に襲い掛かる。
「――ギェッ!?」
「――ガァッ!?」
しかしその得物が届くよりも早く、オーク達の内から悲鳴が上がり、内の数体がもんどり打つ、あるいは横殴りに吹き飛ぶ姿を見せた。
制刻がチラリと視線を移せば、先の倒れたライマクの方向に、その現象の発生源が見えた。
ネイルガンを構え、撃ちながら歩み進む敢日の姿が、そこにあった。
敢日の操るネイルガンより放たれた五寸釘の群れが、オーク達を襲ったのだ。
「な、なんダこれ――ぶぉッ!?」
「な、どうし――もゴォ!?」
動揺が広がり出したオーク達を、さらに新たな事態が襲う。
群れの内、二体程のオークが、突如として視界を奪われる。そして頭を何かに鷲掴みにされる、身体が宙に持ち上げられる感覚を、オーク達は覚えた。
「うワぁッ!?」
「な、何だァ!?」
その他のオーク達からは、さらに狼狽える声が上がる。
オーク達の視線の先には、GONGの巨体があった。
制刻に続きその場に踏み込んだGONGは、手近な所にいた二体のオークを、左右それぞれのアームで捕まえたのだ。
「もご――ビョッ!?」
「ばびぇッ!?」
そして次の瞬間、GONGは鷲掴みにして持ち上げたそれぞれのオークの頭を、合掌でもするようにおもいきりぶつけ合った。
互いの頭をぶつけられ、さらにGONGにアームハンドに圧され、オーク達の頭は果実の言うにグシャリと潰れた。
手中のオーク達の絶命を確認し、GONGが両アームを放すと、頭の潰れた二体のオークは、支えを失いグシャリと地面に落ちた。
「わ、ウワァァッ!?」
「う、ウソダロウッ!?」
立て続いた正体不明の存在の襲撃。そして仲間達の凄惨な死に、まだ残るオーク達はより一層狼狽。
「な、なんナんだコイツ――びぇぅッ!?」
しかし、それすら僅かな時間しか許されなかった。
残るオーク達を、先の釘弾に似た現象が、いくつも襲い来た。それは5.56mm弾や7.62mm弾の火線であった。
制刻が火線を辿れば、その先には射撃行動を行いながら、追いついて来た鳳藤や鐘霧、朱真の姿。彼等の射撃が、十字路周囲に残るオーク達を襲い射貫いたのだ。
「展開しろ!」
制刻等に遅れて十字路へと踏み込んで来た鳳藤。鐘霧等。
そして鐘霧の発し上げた指示の声で、各員は十字路の周囲へと展開してゆく。
「片付いたか――ねーちゃん、大丈夫か?」
そんな鐘霧等の様子と、そして十字路周りから抵抗を見せるオーク達の姿が無くなったことを確認した制刻は、そこで初めて足元すぐ傍でへたり込んでいる、若い母親を見下ろし声を掛けた。
「ひッ!」
しかし、その若い母親から返って来たのは、小さくそして震えた悲鳴であった。その瞳は未だ絶望の色を見せ、怯えた様子で制刻を見上げている。
彼女もまた、制刻の事を新たに現れた別種のモンスターだと思っていたのだ。
「自由……また、お前の姿に怯えている……ッ」
「あ?」
そこへ傍から、呆れた声が飛んでくる。
制刻が見れば、背を向け銃を構え警戒姿勢を取っている鳳藤の姿がそこにあり、彼女は顔だけを振り向かせて呆れた色を覗かせていた。
「お前の容姿は、初見さんにはハードルが高いな」
さらに続け、今度は反対方向から揶揄うような声が飛んでくる。
制刻と鳳藤が同時に視線をそちらへ向ければ、そこには敢日の歩いて来る姿が。そして敢日の腕には、先にオークに囚われていた男の子が、抱きかかえられていた。
「ほら、お母さんは大丈夫だ」
敢日は制刻等の傍まで来ると、発しながら男の子を腕中より降ろしてやる。
「ママぁっ!」
「ルミ君!」
男の子は涙声で若い娘に駆け寄り抱き着く。そして若い母親も、男の子をその腕中に抱き寄せ、抱きしめた。
「んじゃ、剱。こっちはやっとけ」
そんな若い母親達の姿を見つつ、制刻は鳳藤に向けて不躾に要請する。
「ふん。言われるまでもない」
それに対して鳳藤は不機嫌そうに返すと、若い娘達の前に近寄り屈み、目線を合わせた。
「お身体は大丈夫ですか?」
「は、はい……あ、あの……あなた方は……?」
鳳藤は少し艶っぽい笑みを作り、母子に声を掛ける。
対する若い母親は、禍々しい存在に変わって目の前に現れた見目麗しい女に、それまでとはまた別種の戸惑う色を見せながら、答えそして質問を返す。
「心配いりません、もう大丈夫。私達は、日本国陸隊です――」
それに対して、鳳藤はお決まりの名乗り文句を紡ぎ始めた。
十字路上に散らばった多数のオークの死体の中に、一つ、未だ這い動く一体のオークの姿があった。
先に制刻のヤクザ蹴りを食らい吹き飛ばされた、真っ先に若い娘を犯そうとしていたオークだ。
(なんダコイツら……クゾ……)
突然の得体の知れない存在の襲撃により、瞬く間に屍と化していった仲間達。そんな中で未だ生き残っていたオークは、ひっそりとその場を這い逃げようとしていたのだ。
「――ぎぇッ!?」
しかし、そんなオークの胴を突如として、半端でない圧が襲った。
何か大きな脚に踏まれるような感覚――いや、それは正しかった。
地に這うオークの胴は、その傍に立ったGONGのレッグにより、踏みつけられ圧されていた。
「ぁが……ごぅ!?」
圧迫され苦し気な声を零したオークだが、今度はそんなオークの視界が阻まれ、そしてオークは頭から宙に持ち上げられる。
見れば、GONGがまたもオークの頭を鷲掴みにし、そのその身体をぶら下げていた。
「一抜けなんか、させねぇよ」
さらにオークの身に、そんな声が掛けられる。
GONGの傍には敢日の立つ姿があった。しかし彼の様子はこれまでとは違っていた。
普段、陽気な様子のその顔は、眼は、氷のように冷たい物に豹変していた。
「ぁが……はなセ……!」
頭を鷲掴みにされて宙にぶら下がるGONGは、手足をばたつかせて必死に藻掻く。
「――GONG」
そんなオークをつまらない物でも見るように一瞥し、それから敢日はGONGに何か促す言葉を発する。
GONGはそれに呼応し動きを見せる。
空いたもう片方のアームの、その先を変形させ、何かの工具デバイスを展開させる。
――それは、複雑な形状の刃が絡み合う装置――小型のボーリング装置だ。
ボーリング装置は展開されると同時に、起動。モーター音を響かせ回転を始める。
本来、掘削作業が必要とされる場合に備えて、GONGのボディに搭載されているそれは、しかし今、オークの制裁のために使われようとしていた。
「――やれ」
再び、藻掻くオークを冷たい眼で一瞥した後に、敢日は冷たい一言を発する。
それが合図であった。
「!?――ぎゃぁあああアアッ!?」
次の瞬間、鷲掴みにされたオークの頭部、その牙の覗く口より、えげつない悲鳴が上がった。
そして視線をオークの下腹部に移せば、オークの股間部には、GONGのアーム先のボーリング装置が付き込まれていた。
これが、母親と男の子を毒牙に駆けようとした、オークに対する制裁であった。
「いぎゃぁぁ!?あぎゃぁぁア!?」
ボーリング装置は激しく駆動し、オークの股間を掻き、堀り、血と肉を飛び散らせる。
背筋の凍るような肉の音、機械の音が。そしてオークの悲鳴が上がる。
そして――ボトリ――と。オークの股間部より何かが地面に落ちた。
地面に落ち転がったもの。それはオークの陰茎であった。
本来なら猛々しく立派な代物であるそれも、持ち主の身より切り離された今、一切の存在意義を無くしたのであった。
GONGはそれから程なくして、オークの股間部よりボーリング装置を引き抜く。
ボーリング装置が引き抜かれると、掻き掘られたオークの股間部から、ビチャリビチャリと精巣等の内臓物が零れ落ちた。
GONGはさらに追い打ちとばかりに、その大きなフットで、地面に落ちたオークの陰茎と内臓物を、ぐちゃりと踏みつけミンチへと変えた。
「ひぁ……びぁ……」
もはや悲鳴にならない悲鳴を上げ、GONGのアームよりぶら下がりピクリピクリと痙攣しているオークの身体。
「――ぴゃッ」
そんなオークの頭部が、次の瞬間、パァンと爆ぜた。GONGがハンド、マニピュレーターに力を込め、オークの頭部を圧し潰したのだ。
支えを失い、凄惨な姿となったオークの身体は、ドチャと地面に落ちる。
「お前の行いの、対価だ」
そんな地面に崩れたオークの死体に向けて、敢日は冷たい目を向けながら、静かに言葉を吐き捨てた。
「相変わらず、この手に容赦が無いな」
冷たくオークの死体を見下ろしていた敢日に、背後より端的な声が掛けられる。
敢日が振り向けば、制刻の姿がそこにあった。
その向こうには、近場の家屋より拝借して来た毛布で、母子を包んでやっている鳳藤の姿も見える。
「あぁ、当然だ。外道には、制裁をだ」
対する敢日は、引き続きの変わらぬ冷たい口調で返す。
普段は陽気で人当たりの良い敢日であるが、しかし敢日は、外道を前には徹底して冷酷な姿勢となる一面を持っていた。
「気持ちは分かるが、頭に血が上りすぎねぇようにな」
そんな敢日の様子に、一方の制刻はいつもと変わらぬ淡々とした様子で、忠告の言葉を発した。
「――おい、やたら来たぜぇ!」
発し上げる声が、十字路上に響き渡ったのはその時であった。
声の主は朱真。彼の視線と構える小銃は、制刻等が来た町路の反対方向を向いている。その向こうには、迫る新手の姿が見えた。
響く重々しい足音。見えるは、ライマクの巨大な姿が、縦列で2体。
さらにその足元には、少なくとも一個小隊規模のオークやゴブリンから成る群れ。
「北東からも新手だッ!」
次いで上がったのは、鐘霧の声。
見れば十字路のまた別方、該当方向からも、迫る新手の姿が見えた。
数にしてライマク3体。モンスター達がこちらも一個小隊規模。
「ッ、本隊のお出ましか!?」
「配置しろ、防護陣形を取れ!」
二方向から現れ迫るモンスター達の群れ、部隊。その姿に敢日が忌々し気に発し上げ、鐘霧は指示の声を発し上げる。
「かなりの数だぞ……!」
その数を前に、剱は若干の狼狽えの声を上げながらも、母子の肩を抱いて、二人を近場の家屋へ避難させる。
「第3ラウンド――ちと、しんどそうだなッ」
敢日はどこか皮肉気に発しながら、ネイルガンを構え直す。
「んだが、蹴っ飛ばし散らかすしかねぇ」
そして制刻だけは、いつものように淡々と、そんな言葉を発する。
そして各々が、迫る手勢に対応行動を始めようとした――その時であった。
制刻等の後方、十字路の南西方向より、ドッ――という音と、それに伴う衝撃が伝わり来たのは。
「ッ――!?」
そして制刻等は、直上を何かが掠め飛ぶ感覚を覚える。
――直後であった。
十字路の北東方向町路より、重々しい足音を響かせて迫りつつあった3体のライマク。
その先頭に位置していた1体の頭部で、突如として爆炎が上がった。
上がった爆炎は、ライマクの頭部を完全に包み込み、焼き尽くす。そしてライマクは、悲鳴を上げる事すらなく、その太い脚を折り、地面に沈んで砂埃を上げた。
「今の――」
「あぁ」
今しがた起こった現象に、鳳藤が目を剥きながら声を零し、そして制刻は予測が付いている様子で一言発する。
「見ろよ、来やがった。こっちの〝モンスター〟の到着だ!」
そして朱真から、そんな歓喜の色の声が発し上がった。朱真始め各々の視線は、背後南西方向の町路の向こうへと向く。
その先に姿を現していたのは、待ちかねていた、鋼鉄の怪物――
日本国陸隊、機甲科戦車隊の保有運用する、〝90式戦車〟の姿であった。
現れた90式戦車。その砲塔に搭載する凶悪な得物――主砲である、〝ラインメタル120㎜L44戦車砲〟の砲口からは、微かに煙が上がっている。
その砲身より撃ち出された成形炸薬弾(HEAT)が、迫るライマクを撃ち、焦がし、崩して見せたのだ。
鋼鉄の怪物の登場に沸いたのも束の間、さらに別方――制刻等が来た南東方向の町路より、またしても、ドッ――という音と衝撃音が来て、頭上を再び飛翔体が掠める。
そして今度は、北西方向より迫っていた2体のライマクの内の1体が、爆炎に包まれた。
そして崩れるライマク。動揺する足元に随伴していたオークやゴブリン達。
再び視線を戻せば、南東側の町路の向こうには、その状況を作り出した主――2両目の90式戦車が、先に制刻等が倒したライマクの死骸を押しのけ、現れた姿があった。
さらにこちらには、一個班程の普通科隊員等が随伴している姿も見えた。
「戦車小隊が到着したのか!」
二方向より、新手のモンスター達を迎え撃つように現れた90式戦車の姿に、鐘霧が声を上げる。
《――十字路上の班へ。こちら、ニュー・アライヴァル4-1。流れ込んだ敵への、遊撃対応に出た班というのはそちらか?》
そんな所へ、各員のインカムに通信音声が飛び込んで来た。どうやら現れた戦車隊からの物であるようであった。
「――そうだッ!ニュー・アライヴァル4-1、こちらはラインガン4ヘッド。こちらは今しがた、大きな敵勢力と接触ッ。また、現在避難の遅れた民間人を保護中ッ。こちらは急ぎの、各支援を必要としているッ!」
聞こえ来た問いかけに、鐘霧は肯定の言葉と、こちらの現在の状況を説明する言葉を捲し立てる。
《了解、ラインガン4ヘッド。まず敵を蹴っ飛ばす、こちらで片づける。撃つから頭を上げるなよ》
鐘霧の捲し立てた要請に、戦車隊からは了承、そして警告の言葉が返ってくる。
そして直後、再び南東側に位置する90式戦車が、咆哮を上げた。
成形炸薬弾がまたも十字路真上を飛び抜け、そして北西側より迫っていた、2体のライマクの内の残るもう一体を直撃。
ライマクその表面を抉り、焦がし、鈍く痛々しい悲鳴を上げさせる。そしてその巨体を仰け反らせ、崩し地面に沈めた。
さらに間髪入れずに十字路上を、今度は南西方向から北東方向へ、成形炸薬弾が飛び抜けた。最初に姿を現した90式戦車からの、二射目だ。
その二射目は、3体揃いで縦隊を組んでいたライマクの、2体目を撃ち仕留め、先に崩れ沈んだ同族達へとその巨体を加えさせた。
射撃行動を行いながらも、履帯を鳴らし町路を進んでいた最初の90式戦車は、制刻等の配置展開する十字路へと到着。乗り込んで来た。
《ニュー・アライヴァル4-2よりラインガン4。避けてくれ、十字路を通過する》
90式戦車から通信で要請が寄越され、制刻等はそれぞれ割れ散り、十字路の各角の建物へ寄って退避、カバー。退避を終えた各々を割るように。90式戦車は履帯を鳴らして十字路を通過、反対側へと出る。
「〝樺方戦〟か」
通り過ぎる最中の戦車の、その砲塔に描かれたエンブレムを見て、制刻はそんな一言を呟いた。
〝樺太方面戦車隊〟。
樺太の地の防衛を担当する、樺太方面隊の下に編成される、戦車部隊。
それが、到着した90式戦車の所属であった。
《撃つぞ。耳を塞げ》
傍を通り抜けた90式戦車より、通信越しの警告が、制刻等各員に寄越される。
その砲身は仰角を取り、残る3体目――最後のライマクに向いていた。
最後のライマクは、御者のオークが形勢不利を悟り、反転逃走しようとしたのだろう。その巨体の横腹を晒していた。しかし町路は狭い。その途中で引っ掛かり、それ以上回頭できず、身動きが取れなくなっている。
90式戦車は、そんな無防備を晒したライマクに向けて、容赦なく三射目を撃ち放った。
「っと」
「ッ!」
重く、しかし劈くような轟音と、衝撃が、十字路上に響き渡る。それに制刻や鳳藤は、それぞれ声を零す。
そして砲身より撃ち出された成形炸薬弾は、ライマクのどてっ腹に見事に命中。
爆炎が上がり、そしてライマク横腹に大穴が空き、ライマクからは「ブォォォォッ!」という鈍く痛々しい絶叫が上がる。そしてライマクはその巨体を横倒しにし、地面に沈んだ。
《――マンモスモドキ、全て沈黙。歩兵との交戦に移行する》
90式戦車からの、再度の通信。
同時に、90式戦車は少し砲塔を旋回させる姿を見せる。そして主砲に同軸装備されている、74式7.62mm機関銃による射撃掃射を開始した。
狙うは当然、先で全てのライマクを倒され、同様混乱しているオークやゴブリン達。
その彼等を、撃ち出され形成された7.62㎜弾の火線は、端から撃ち抜き始めた。
「どうナって――ぎゃァ!?」
「うワ――ギェェ!?」
「ニゲ――ギュィッ!?」
町路の向こうから、射貫かれてゆくオークやゴブリン達の悲鳴が、微かに聞こえ来る。しかし90式戦車からの機銃掃射は、そんな彼等を容赦なく射貫き攫えていった。
北西側から迫っていたモンスター達が、90式戦車により屠られてゆく一方。十字路上には、もう一輌の90式戦車に随伴していた普通科班が駆け込み到着していた。
「鐘霧二尉ッ、第3小隊12班ですッ。そちらの指揮下に入るよう、言われています」
その普通科班の内から一人の陸曹が、建物にカバーする鐘霧の元へ駆け寄って来る。陸曹は、鐘霧に習ってその隣にカバーし、預かっている命令を言葉にする。
到着した普通科班は、鐘霧と同じく77連隊の第4中隊に所属する隊員等であった。
「よく来てくれた。十字路上各方へ展開、敵の迎撃行動へ当たれ。それとそこの家屋内に、保護した住民がいる。その回収保護を頼む」
「了ッ――聞いたな!一組は北東へ――」
鐘霧は陸曹へ、労う言葉を。続いてそれぞれに対応に当たるよう、指示の言葉を発し上げ告げる。
それを陸曹は了承。声を張り上げ、班員等に指示を与え始める。そして普通科班の班員等は、十字路の各方へ展開配置。それぞれの方向に残る、モンスター達相手に、攻撃行動を開始した。
「――よぉ、懐かしい顔がいるなッ」
展開してゆく普通科班の班員等を眺めていた制刻等。そんな制刻等に、声が掛けられ飛んで来たのはその時であった。
見れば十字路上には、展開してゆく普通科班に続くように、もう一輌の90式戦車が履帯の音を鳴らして乗り込んできている。そしてその90式戦車の、砲塔に設けられた車長用キューポラ上より、こちらを見降ろす戦車搭乗員の姿があった。
「樺太の特異点さんじゃねぇか」
キューポラ上の搭乗員――戦車長であろう二等陸曹の隊員は、制刻へと視線を寄越して、そしてそんな言葉を発して見せた。
「よーォ。アンタか、浜明」
一方の制刻は、カバーを解いて90式戦車の横まで歩み寄ると、車上を見上げて、その戦車長の物であろう名を口にした。
「制刻。アンタもこの異世界に、ぶっ飛ばされてたとは、ビックリだ」
「あぁ、お互いにな」
端的に、しかし再開を歓迎するように、制刻と浜明と呼ばれた戦車長は、言葉を交わす。
制刻と浜明、樺太事件において縁があり、見知った間柄なのであった。
「樺太ん時は、まだドライバーだったろ。それが、今では戦車長か」
「あぁ、やっと立派なマイカー持ちさ」
制刻は浜明に向けて、揶揄う様に言葉を投げる。それに対して浜明は、戦車砲塔の上面を軽く叩きながら、カラカラと笑ってそんな言葉を返した。
「制刻、雑談は後にしろ」
再開を歓迎し盛り上がっていた制刻だったが、そこへ背後から声が飛ぶ。振り向けば、そこに少し咎める様子の顔を作った、鐘霧の姿があった。
「あぁ、失礼」
しかし咎める言葉に、制刻は悪びれもせずに端的な言葉を返す。
鐘霧はそれに難しい顔を引き続き作りつつも、制刻の横を抜けて戦車の傍へと立った。
「失礼、二尉。そちらに合流し、支援に当たるよう言われています」
浜明は車上より、謝罪と同時に軽い敬礼を鐘霧へ返し、そして預かっている命令を言葉にして寄越す。
「あぁ、感謝する――これよりここから押し上げる」
それに対して鐘霧も返答。そして、これよりの動きの説明を始める。
「君の車輛は、引き続き普通科班と一緒に、北西方向進路へ押し上げてくれ。そして、もう一輌の戦車を借りるぞ。私達ともう一輌で、北東方向へ押し上げる」
「了解です」
これよりの行動を告げた鐘霧。それに浜明も了承。
「じゃ、後でな制刻――前進ッ」
そして制刻にそう言葉を寄越すと、浜明はインカムで操縦手に向けた物であろう、指示の言葉を送る。それを合図に、90式戦車は再びエンジンと履帯の音を響かせ、前進を再開。
普通科班と共に、十字路より北西方向への押し上げを開始した。
「よし、私達も行くぞッ。――ニュー・アライヴァル4-2。私達ラインガン4が随伴する、前進押し上げを始めてくれッ」
北西方向へ押し上げ始めた90式戦車と普通科班を見送った鐘霧は、続け、十字路北東方向で鎮座待機している、もう一輌の90式戦車へ、インカムで指示の言葉を送る。
《了解ラインガン4。前進開始する》
それに返答が返り、そしてもう一輌の90式戦車が前進を再開。
「行くぞッ!」
そして鐘霧が周辺各員へ声を張り上げる。
それを合図に制刻、鐘霧等も、北東方向への押し上げを開始した。
制刻等の随伴する90式戦車は、先に打ち倒した、町路上に沈み倒れるライマク達の死骸を、押し退け、あるいは乗り越えて道を切り開く。
連なり倒れていたライマクの亡骸の内、最後の一つをその履帯で悠々と乗り越え、その向こうへと出た90式戦車。
そこにはライマクの巨体に進路を阻まれ、手をこまねいていた、残存のオークやゴブリン達の群れがいた。
「敵残存、接敵ッ!」
車長用キューポラから頭部、目線だけを出していた戦車長が、それを目視確認して発し上げる。それと同時に、同軸機銃が再び火を噴き、先に固まるモンスター達を襲った。
「ぎゃッ!?」
「うワぁッ!?来たゾォッ!」
悲鳴、そして驚き狼狽える声が、モンスター達から上がる。
そんなモンスター達に向かって、90式戦車は乗り越えたライマクの死体上を滑り降り、そして鋼鉄の巨体を突っ込ませた。
「ひ――ギュェッ!?」
「ごびぇッ!?」
滑り降り突っ込んで来た90式戦車の履帯に、その巨体に、オーク達が踏みつぶされ、あるいは轢き飛ばされる。
戦車砲に耐えうる複合装甲。そして50tもの重量を持つ90式戦車の強襲を前には、屈強なオーク達といえどもひとたまりも無かった。
「うワぁぁぁッ!?」
「ニゲロぉ!」
モンスター達からすれば、ライマク達を瞬く間に屠って見せた、正体不明の怪物。
そんな怪物の強襲踏み込みを前に、モンスター達は戦意を喪失。蜘蛛の子を散らすように逃走を始めた。
しかし、背を向けたモンスター達に向けて、90式戦車の同軸機銃が火を噴き、容赦なく襲った。
背に7.62㎜弾を受け、バタバタと倒れてゆくモンスター達。
そして逃げてゆくモンスター達を追いかけ追い立てるように、90式戦車は前進を再開する。
「テンパって、逃げてくな」
背後。ライマクの死骸上で、光景に対するそんな感想が発される。そこに制刻の立ち構える姿があった。
90式戦車に続いて、ライマクの死骸を乗り越え、あるいは側面を抜け出て、制刻等が姿を現していたのだ。
「逃がさねぇよ」
制刻その横では、敢日が冷たい声で発しながら、立膝を着いて射撃姿勢を取っている。
そして逃げるモンスター達に向けて、構えたネイルガンの引き金を引いた。
照準の先で、一体のオークが五寸釘を背に向けて、悲鳴を上げて倒れる。
モンスター達を襲うのは、それだけに留まらない。
ライマクの死骸横を抜け出て展開した、鳳藤や鐘霧、朱真がそれぞれ各個射撃を開始。始まったいくつもの銃火が、モンスター達を襲い始めた。
「戦車に着いていくんだッ!」
鐘霧が、モンスター達を追い立て進む戦車を指し示し、戦車への随伴を各員へ張り上げ命ずる。
「だそうだ」
「あぁ」
指示を聞き、応じるべく、制刻と敢日は言葉を交わし、ライマクの亡骸をその腹を利用して滑り降りる。そして先を行く戦車を追いかける。
その比類なき堅牢さ、そして力で、90式戦車はモンスター達を容赦なく屠り、追い立て、押し上げてゆく。そして制刻等は90式戦車の後方へ随伴展開。90式戦車の撃ち零したモンスター達を、各個射撃で確実に仕留めてゆく。
押し進んで行く90式戦車。
「――前方交差路、新手ッ!」
その車上で、戦車長が張り上げたのはその時。
戦車長の眼は、進行方向先にある交差路の建物の影より、ヌッと現れた巨大な存在を見止めた。それは新たな一体のライマク、そして随伴する分隊規模のモンスター達。
「行所(ゆきどころ)!目標、マンモスモドキの新手ッ。弾種、HEATのままッ!」
それを見止めた瞬間、戦車長はすかさず砲手に向けて命じる声を張り上げる。
すぐさまその指示が反映され、90式戦車の砲塔は、少し旋回。その砲身を新手のライマクに向ける。
「――撃ッ!」
そして、咆哮が上がった。
周辺に響いた、劈く砲声と、衝撃派。
その次の瞬間、先に現れたライマクの、頭部横面が爆炎に包まれた。
成形炸薬弾の直撃を受けたライマクは、悲鳴を上げる事すらなく、ぐらりと倒れて傍の家屋に衝突。ずるりと崩れて地面に沈む姿を見せる。
「よし、対歩兵戦闘へ――ヅッ!」
ライマクの無力化を確認し、対歩兵戦闘への復帰を砲手へ命じようとした戦車長。しかしその時、戦車長の頭上を何かが掠め飛ぶ。そして続き、カンカンと、何かが90式戦車の表面を叩く音が、立て続き響き渡った。
「戦車長、矢撃だ!交差路奥側、左手ッ!」
90式戦車を襲った物の正体は、すぐに判明した。
戦車の近くで、遮蔽物に身を隠してカバー体勢を取っていた鐘霧から、言葉が寄越される。それを頼りに戦車長が該当方向を見れば、示された交差路にある建物の、その上階窓。そこから連弩らしき物が複数、突き出されている様子が微かにだが確認できた。そうやら、連弩装備のモンスター達が、建物内に陣取っているようだ。
「確認しましたッ。再装填、引き続きHEATッ」
敵の姿を確認し、戦車長は車内の砲手へ再び指示を発する。
砲塔内に備えられた自動装填装置が作動。作動音が上がりながら、主砲へ新たな成形炸薬弾が装填される。
「次弾、装填。射撃可能ッ」
「目標、交差路奥側、左手建物ッ」
砲手から装填完了の報告の声が上がってくる。それを受けた戦車長は、続け砲手へ目標を指示。指示は反映され、砲塔は再び旋回。続け砲身が仰角を取り、該当の建物を睨む。
「――叩ッ込めッ!」
戦車長の合図。
瞬間、90式戦車の主砲がまたしても咆哮を上げた。
そして間髪入れずに、主砲の狙った該当建物が、爆炎に覆われる。成形炸薬弾の直撃を受けた建物上階は、広まった爆炎と一緒に木っ端微塵に吹き飛び散る。
爆炎と破片に交じって、陣取っていたであろうオーク達の身体が飛び、散る姿も微かに見えた。
「排除した、前進再開する。浮舟、前進しろ」
脅威排除を確認した戦車長は、随伴している鐘霧等へ向けて、前進再開の旨を告げる。
そして続け、操縦手に指示。それが反映され、90式戦車は前進を再開する。
90式戦車と随伴する制刻等によって、蹴散らされ、無力化されてゆくモンスター達。
身体の屈強さ。手勢物量。他、あらゆる面において、この町に騎士団の力を凌駕していたはずのモンスター達の軍勢。
しかしそのはずは、まるで想定していなかった存在。
陸隊の存在、火力の前には、まったくの無力であった。
あらゆる障害をその巨体により蹴散らして来た、巨獣ライマクは、しかし突如として現れた正体不明の鋼の怪物――90式戦車によって、悉く無力され、沈んでいった。
さらに屈強なはずのオーク達の身は。物量を以て脅威を体現するゴブリン達は。重軽機関銃や小銃火力の前に、まるで塵でも掃いて退けるかのように、バタバタと撃ち倒されてゆく。
当初こそ、その果敢さと獰猛さを以て、それに挑み排除を試みたモンスター達。しかし、迫る90式戦車。そして班の火力を前に、それらは悉く跳ね退けられた。
時に、オークやトロルといった種のモンスター達は、その屈強さを生かすべく、隙を突き肉薄攻撃を仕掛けて来た。しかしそれも、多くは火力を前に押し留められる。
そしてモンスター達にとっては最悪な事に、隊側には制刻とGONGという存在が居た。
わずかに肉薄に成功したオークやトロル達は、しかしGONGの機械による力。そして制刻の超常的力を以て、儚くも悠々と叩き潰される。あるいは捕まえられた上で、握りつぶされ、もしくは千切り捨てられる末路を辿った。
見れば今も、制刻がその手で捕まえた一体のオークを、生きたまま肉の盾として掴み突き出し、そして戦車と並んでズカズカと突き進んでいる。
いつしか、モンスター達は町中を逃走する一途となっていた。
90式戦車と班、そして制刻等による、一方的な殺戮の様子を見せつけられたモンスター達。彼等はこの僅かな時間の内に、目の前の存在が、自分達より生命として強い存在である事を、本能で悟っていた。
そしてモンスター達のその心には、恐怖が宿っていた。
家屋の並ぶ町路上を、雑把に隊伍を組んで、警戒しながら駆け進む制刻等。
「――ストップ」
隊伍の先頭を進んでいた制刻が、片腕を掲げて後続に停止の号令を掛けたのは、その途中であった。
「どうした?」
続いていた各員の内の鐘霧から、少し訝しむ様子での、停止の理由を尋ねる声が上がる。
しかし制刻が言葉で返す前に、その回答は現象となって訪れた。
ズシン――という重々しい音。そして地面より伝わり来た振動。
制刻、鐘霧等各員は、それを聞くと同時に反射的に散会。周辺家屋建物の壁際に取り付き張り付く。あるいは路地に飛び込み隠れるなどし、身を守る態勢を取る。
そして各々の視線は、音の聞こえ来た方向。町路の現在地より先にある、十字路へと向く。
音と振動は連続し、どんどんと大きくなる。そして――
ヌォ――と。十字路の建物の影から、それ――巨大モンスター、ライマクの、巨大な体が姿を現した。
現れたライマクは、ズシンと足音を立てて十字路の中心まで踏み出て、その全身を露にする。その背には二体程のオークの乗る姿があり、さらに連弩までもが搭載されている様子が見える。
ライマクは明後日を向けていたその頭を鈍重な動きで動かし、制刻等の方を向いた。そしてライマクの眼は、制刻等を見つける。
「――ゴォオオオオオッ!!」
そして、その大口が開口され、鈍く重々しい咆哮が、制刻等に向けて上げられた。
「ッ!」
「ぅッ!」
ビリビリと響き襲い来たそれに、鐘霧や鳳藤は顔を顰め、僅かばかりだが怯む様子の声を零す。
「うっせぇヤツだ」
制刻だけは、咆哮を浴びても気圧されるような様子はまったく見せず、淡々とそんな言葉を発する。
咆哮を吐き出し終えたライマクは、頭に続け胴の向きを変える。そして、ドシンと制刻等に向けて、一歩を踏み出した。
「ッ!来るぞ!」
「おい、どうするんだ!?」
ライマクの姿を前に鐘霧が発し上げ、そして鳳藤は制刻に向けて、問う声を張り上げる。
「言ったろ。ヤツをおちょくって、蹴っ躓かせる」
対する制刻は、鳳藤の問う声に、淡々と返す。
「剱、こっから援護しろ。鐘霧二尉も、できりゃあ援護頼みます」
続け、そんな要請の言葉を各々へ発する制刻。
「解放、GONG。行くぞ」
「お、おいッ!」
そして制刻は敢日等に促すと、鐘霧の発した呼び止める声も聞かずに、迫るライマクを迎え撃つように、その場より駆け出した。
制刻と敢日、そしてGONGは、身を少し低くしながら駆け、ライマクへと向かってゆく。
その途中、駆ける制刻等の近場を、何かが飛び来て掠めた。
「っと!」
それは矢であった。その飛来元は、ライマクの背に乗せられ据えられた連弩。そこから放たれたいくつもの矢が、制刻等の元へと降り注いだのだ。
「ウゼぇな」
しかし制刻等は怯まず、路上を駆け続ける。
襲い来、降り注ぐ矢撃の雨を掻い潜り、制刻等は程なくして、ライマクの元へと到達。
「ゴォオオッ!」
足元へ踏み込んで来た制刻等に対して、ライマクは、正確にはその背に乗り操るオークが行動を起こした。御者のオークはライマクに繋がる手綱を引き、それに応じてライマクはその巨大な前脚を振り上げる。そしてすかさず、足元の制刻等を狙って、上げた前脚を振り下ろした。
ドシン、と。音と煙を立てて踏み下ろされた前脚。しかしそれは空振りに終わった。
制刻等は駆ける片手間に回避行動を行い、ライマクの踏み下ろしを悠々と回避して見せた。
「GONG、前脚をやれッ」
制刻は後続のGONGにそんな指示を飛ばしながら、自身はライマクの身体の真下へと駆け込む。目指すは、ライマクの後ろ片足。
「――どらぁッ」
ライマクの後ろ脚へのリーチまで踏み込んだ制刻。瞬間、制刻はライマクの後ろ脚目がけて、蹴りを放った。
――ズドン、と。半端でない衝撃音と、同時に肉や骨が拉げる嫌な音が響く。
見れば、制刻の放った蹴りがライマクの後ろ脚に入り、ライマク後ろ脚は、見事に折り崩されていた。
「ブォォォォッ!!」
時間差でその衝撃と痛覚がライマクを襲ったのだろう、ライマクから悲鳴であろう鳴き声が上がる。しかしそれをかき消すように、再びの衝撃音が響いた。
見ればGONGが、制刻に習うようにライマクの前脚にアームを叩き込み、ライマクの前脚を折り崩していた。
「ブォォォ――!」
前後の片足を折り崩され、バランスを失ったライマクの巨体は、ぐらりと崩れる。その背の上では、御者と連弩射手のオークが狼狽える様子を見せる。
一方の制刻等は、倒れ来るライマクの巨体に巻き込まれないよう、すかさず各方へ退避する。
そしてライマクは倒れ、大きな音と振動を上げ、砂埃を巻き上げて、その巨体を路上へと投げ出し沈めた。
「うまくいった」
転倒し沈んだライマクの姿に、制刻は退避先でそんな言葉を発する。
しかしそれに気を抜くことは無く、制刻はすぐさま続く行動に移った。
「ぅおオ……」
路上。転倒したライマクの巨体のすぐ傍には、その背より投げ出され落ちたオーク達の姿がある。未だ正確な状況を把握できていない様子のオーク達は、投げ出され痛む体をなんとか起こそうとしている。
「――ごぅ!?」
しかし、内の片方のオークの身に、突如鈍い痛みが走る。そしてオークの視界はぐるりと動き、オークは自身の意に反して仰向きにされる。
「ナ――!?」
突然の事態に驚くオーク。そのオークの眼が次に見たのは――自分達以上に禍々しい容姿の存在。その存在が振り上げる、片足。
「――ギェぅッ?」
それが、そのオークの見た最後の光景となった。
禍々しい存在――制刻の振り下ろした戦闘靴を履く脚が、オークの頭部に命中。オークはその首を思い切り捻り折られ、グキリ――という気持ちの悪い音が響く。それがオークの絶命を知らせる音となり、オークはその身体より力を失い、路上へと沈んだ。
「な――コイツッ!」
それを目の当たりにした、もう一体のオークが動きを見せる。オークは痛む体を鞭打ち起こし、身に着けていた手斧を抜く。そして今しがた屠られた相方の仇を討つべく、目の前の禍々しい存在に向けて、手斧を振り上げ襲い掛かろうとした。
「――ごッ!?」
しかし突如、オークの視界は何かに阻まれ奪われた。
オークの頭部は、何か大きな手に掴まれていた。それは、GONGの大きなアームハンドであった。GONGが制刻に襲い掛かろうとしたオークを、そのアームで捕まえたのだ。
GONGのアームにより、頭部を丸ごと掴まれ持ち上げられ、オークの身体は宙に浮かぶ。
「ご……!ごぁ……!」
オークは身体をがむしゃらに動かし暴れ、抵抗する。しかしオークの胴もGONGのもう片方のアームに掴まれ抑えられ、動きを封じられてしまう。
「放セ……やべ――こきゅッ」
そして次の瞬間、オークの口よりそんな乾いた悲鳴のような音が零れた。
見ればオークは、GONGのアームにより胴を捻じられていた。そして首と胴の向きが、あってはならない方向を、それぞれ向いていた。
GONGはオークの絶命を認識すると、捻り屠ったオークの身体を放して落とす。そして無残な姿となったオークの死体が、地面にぐたりと沈んだ。
二体のオークを無力化した制刻等。
しかし、やるべき事はまだ終わっていない。制刻等の横では、地面に倒れながらも咆哮を上げ、身を捩り暴れるライマクの巨体が未だにあった。
「よくやったGONG」
制刻はGONGの行動を評しながらも、行動を続ける。
「解放」
制刻は敢日に声を飛ばす。そして手榴弾を二発程繰り出すと、それを解放に向けて投げ放した。
「オーライ」
投げ寄越された手榴弾を受け取る敢日。
その彼のすぐ傍では、横倒しになったライマクが、その大口をかっぴらいて咆哮を上げ、その頭を捩ってもがいていた。
敢日はそんなライマクの様子を、顔を顰めながら一瞥。その片手間に、手榴弾のピンを引き抜く。
「ほら、うまいぞ」
そして敢日はそんな軽口と共に、かっぴらかれたライマクの口内、その喉奥めがけて、二発の手榴弾を纏めて放り込んだ。
同時に、制刻、敢日等は身を翻してライマクの傍より退避。距離を取る。
――ボゴォ、と。
直後にライマクの体内より鈍い音が響き、そしてライマクの巨体が微かに跳ね、膨らんだ。
「――グボォォォォォォッ!」
そして、ライマクより咆哮――いや、絶叫が上がった。
ライマクの体内、腹に落ちた手榴弾が爆発し、ライマクを体内より破り引き裂いたのだ。
「ゴォォ――ブォォ――!!」
体内よりの激痛に、ライマクは今まで以上に身を捩り、暴れ狂う様子を見せる。
「ゴォォ……」
しかしやがて力尽きたのか、絶叫は徐々に小さくなる。そしてやがて、ライマクはその頭をドシンと地面に垂れて沈め、動かなくなった。
「――うまくいったな」
「あぁ」
退避しライマクを遠巻きに見ていた制刻や敢日は、動かなくなったライマクの巨体に近づき、その無力化を確認。言葉を交わす。
「制刻ッ」
ライマクの巨体を観察していた制刻等へ、背後より声が掛かる。
見れば、鐘霧や鳳藤等のこちらへ駆け寄ってくる姿があった。
「鐘霧二尉。とりあえずデカブツ一体、蹴っ飛ばしました」
「まったく――どこまで無茶苦茶なんだ貴様はッ」
淡々と状況成果を報告する言葉を紡いだ制刻。それに対して鐘霧は、呆れと困惑の混じった様子の、渋い表情で言葉を返す。
「――いやぁぁぁぁぁ!」
その時であった。
その場へ割り込むように、微かに悲鳴のような物が聞こえき、各々の耳に届いたのは。
「今のは――!」
聞こえ来たそれに、鳳藤が声を上げる。
悲鳴の発生源は、先に見えるライマクの現れた十字路の、一方向からと思われた。
制刻等は十字路上へと駆け出て、そこから各方へ延びる町路の先へと、それぞれ観察の視線を向ける。
「ッ――あれだッ!」
内の朱真から、声が上がった。
彼は視線と銃口で十字路から延びる一本の町路の先を示し、各員それを追う。
その先に見えたのは、現在地よりさらに先にある別の十字路上。そこにはまた一体のライマクと、それに随伴する多数のオークの姿があった。
しかし確認できたのは、それだけに留まらなかった。
「あれは――!」
敢日が真っ先にそれに気づき、エアライフルを繰り出し構えて装着されたスコープを覗き、先のオークの群れの様子を確認する。
そのオークの群れの中。そこに見えたのは、一人の若い娘と、一人の子供。
姿から、おそらく町の住民。そして娘と子供は、オーク達に囲われその身を捕まえられている。先の悲鳴の主が彼女達からである事。そして状況が悪しきものである事は、疑う余地もなかった。
「逃げ遅れた住民か!?」
同様に93式5.56mm小銃の照準器を覗き、その様子を観察していた鳳藤が、焦った様子で声を上げる。
「また分かりやすい状況だなッ」
そして敢日が、どこか皮肉気な口調でそんな言葉を発する。
「ここに来て要救助対象か……狙えるか!?」
鐘霧は苦々しく発し、そして各員へ狙撃が可能かを尋ねる。
「いや、突っ込んだ方が早い」
しかしそこへ、そんな淡々とした言葉が割り込まれた。
「何?――お、おい!」
「解放、GONG。第2ラウンドだ」
声の主は制刻。そして鐘霧が気付いた時には、制刻はその場より駆けだし飛び出していた。
先の十字路上の一角では、オーク達が群がり、何かを囲っていた。それは一人の若い女であった。
「いやぁっ!やめてぇぇ!」
女は群がる内の二体のオークに捕まえられ、抑えられている。身を捩り必死の抵抗を見せているが、オークの腕力を前にはまったくの無意味であった。
「ママぁっ!」
その若い女とはまた別に、泣き叫ぶ高い声が上がる。見れば、そこには女とはまた別に、オークに捕まえられている、男の子の姿があった。
女と男の子は、この町に住まう母子であった。
町がモンスターの軍勢の襲撃を受けた際に逃げ遅れ、これまで住まいに身を隠していた彼女達。しかし先程ついにモンスター達に見つかってしまい、引きずり出され、今まさに襲われていたのであった。
「チッ、ガキはウるせぇなァ」
泣き叫ぶ男の子を捕まえているオークが、何か鬱陶しそうな様子で呟く声を上げる。
「おい、オスのガキは殺しチまっていいダろう?」
「いいや、待つンだ。オスのガキはガキで、好む物好きガいるんだ」
次いでそんな尋ねる言葉を発したオーク。しかしそれに傍にいた別のオークが、その厳つい顔に下卑た笑みを浮かべて返す。
「それに、ガキの目の前でメスを犯すのも、面白いじゃネぇか」
「へへ、確かニなぁ」
「ギャハハハハッ!」
次いで、オーク達はそんな下種な言葉を交わし合い、笑いあった。
そんなオーク達の視線の先では、若い母親が今まさに、纏っていたその服を破き脱がされ、裸に剥かれてしまった所であった。
オーク達は、戦利品である若い母親を、この場で犯し楽しむつもりなのであった。
「やめて!お願いします、許してください!」
若い母親は必死にオーク達に向けて懇願する。しかし、オーク達がそれを聞き入れる事などない。
「ママっ!ママぁっ!」
「だめ!ルミ君、見ちゃだめっ!見ないで!」
泣き叫ぶ男の子。子に向けて、必死に見ないよう懇願する若い母親。
そんな痛ましいまでの母子の姿を、囲むオーク達はニヤニヤとした表情で見、楽しみ笑いものにしている。
「ええィ、いい加減暴れるなヨッ」
「ゲゲゲ、泣くんじゃねぇ。すぐに、俺のモノに夢中になっからヨォ」
若い母親を抑え捕まえているオーク達が、声を荒げ、あるいは笑い上げる。
そして若い母親を抑えていたオークの股間のモノが、いよいよ若い母親を貫こうとした。
――ドゴッ――と。
それを遮り割り込むように、何かの衝撃音がオーク達の、そして娘達の耳に届いたのは、その瞬間であった。
「――何だ!?」
突然の事態に、オーク達の女を犯す行動は中断され、オーク達の視線は音の発生源を向く。
「ナ!?」
「……え?」
そしてオーク達は目を剥き、若い母親もその顔を驚きに染めた。
オーク達の眼に映ったのは、十字路の先で、鎮座し周囲を見張っていたはずのライマク。正確には、そのライマクが脚を折られ、地面に倒れ沈む光景であった。
「何が――」
突然の信じがたい光景。それに、驚愕の言葉を零しかけるオーク達。
「――どらッ」
「――ギェエッ!?」
しかしそれは、またしても割って入った何者かの声に。そして響いた悲鳴に阻まれた。
「ハ?」
「……え?」
オーク達からは、そして若い母親からも呆けた声が上がる。そしてその視線は一様に、一点に向けられた。
見れば、群がるオーク達の中心には、いつの間に踏み込み現れたのか、一人の存在の姿があった。
――あまりに禍々しい容姿、顔立ち。
――それと比べれば、囲うオーク達すら平凡な顔とも言える程の、恐ろしい存在。
そんな存在が、ヤクザ蹴りを放った直後のモーションを取って、その場に構えていた。
そして少し先には、その存在に蹴り飛ばされたのであろう。先に若い母親の自慢のモノで貫こうとしていたオークが、その自慢のモノを晒したまま、地面に叩きつけられ張り付き倒れている無様な姿があった。
「ごゥ!?」
さらに事態は続く。
若い母親を抑えていた内の、もう一体のオークから、悲鳴に近い声が上がった。
見れば、オークは現れた禍々しい存在に、その頭部を鷲掴みにされ捕まえられていた。
「がァ……」
「え……きゃっ」
オークの身体はそのまま禍々しい存在に持ち上げられ、宙に浮かぶ。それに伴い、オークに囚われていた若い母親は、オークより放され地面に崩れ落ちる。
「あが……なん……放……!」
禍々しい存在の手により、オークの頭は締め付けられる。
持ち上げられるオークは、事態を把握できないまま、覚える痛みに手足身体をばたつかせ藻掻き、必死の抵抗を見せる。
しかし禍々しい存在を前にそれは全て無駄に終わる。オークの頭からはミシミシと、ゴキュプチと。聞こえてはならない音が響き聞こえ。
「やべで――」
パァン――と。
オークの頭部が割れた果実のように弾けたのは、その瞬間であった。
オークの眼球が、脳症が、他パーツが周囲に飛び散る。
そして支えと、何より頭を丸ごと失ったオークの身体が、ドサリと地面に落ちた。
それから、周囲に訪れる一瞬の沈黙。
「――悪ぃが。オメェ等のお楽しみは、没収だ」
それを破るように、禍々しい存在――制刻は、オーク達に向けて端的に発した。
「……う、うワぁぁぁ!?」
「な、なんだコいつッ!?」
制刻の一言を皮切りに、堰を切ったようにオーク達に動揺が広がり走った。
「み、見た事ない種族だゾッ!」
「俺タチの獲物を、横取りする気カッ!」
しかし、続けオーク達が見せた反応は、何か少し変わった物であった。
オーク達は禍々しい姿の制刻の事を、母子を救いに来た者等では無く、自分達の戦利品を横取りしに現れた、また別の未知のモンスターだと認識したのだ。
「こ、こノォ!」
「させるカァ!」
そしてオーク達は、果敢にも斧等の得物を手に、制刻に向かって四方より一斉に襲い掛かる。
「――ギェッ!?」
「――ガァッ!?」
しかしその得物が届くよりも早く、オーク達の内から悲鳴が上がり、内の数体がもんどり打つ、あるいは横殴りに吹き飛ぶ姿を見せた。
制刻がチラリと視線を移せば、先の倒れたライマクの方向に、その現象の発生源が見えた。
ネイルガンを構え、撃ちながら歩み進む敢日の姿が、そこにあった。
敢日の操るネイルガンより放たれた五寸釘の群れが、オーク達を襲ったのだ。
「な、なんダこれ――ぶぉッ!?」
「な、どうし――もゴォ!?」
動揺が広がり出したオーク達を、さらに新たな事態が襲う。
群れの内、二体程のオークが、突如として視界を奪われる。そして頭を何かに鷲掴みにされる、身体が宙に持ち上げられる感覚を、オーク達は覚えた。
「うワぁッ!?」
「な、何だァ!?」
その他のオーク達からは、さらに狼狽える声が上がる。
オーク達の視線の先には、GONGの巨体があった。
制刻に続きその場に踏み込んだGONGは、手近な所にいた二体のオークを、左右それぞれのアームで捕まえたのだ。
「もご――ビョッ!?」
「ばびぇッ!?」
そして次の瞬間、GONGは鷲掴みにして持ち上げたそれぞれのオークの頭を、合掌でもするようにおもいきりぶつけ合った。
互いの頭をぶつけられ、さらにGONGにアームハンドに圧され、オーク達の頭は果実の言うにグシャリと潰れた。
手中のオーク達の絶命を確認し、GONGが両アームを放すと、頭の潰れた二体のオークは、支えを失いグシャリと地面に落ちた。
「わ、ウワァァッ!?」
「う、ウソダロウッ!?」
立て続いた正体不明の存在の襲撃。そして仲間達の凄惨な死に、まだ残るオーク達はより一層狼狽。
「な、なんナんだコイツ――びぇぅッ!?」
しかし、それすら僅かな時間しか許されなかった。
残るオーク達を、先の釘弾に似た現象が、いくつも襲い来た。それは5.56mm弾や7.62mm弾の火線であった。
制刻が火線を辿れば、その先には射撃行動を行いながら、追いついて来た鳳藤や鐘霧、朱真の姿。彼等の射撃が、十字路周囲に残るオーク達を襲い射貫いたのだ。
「展開しろ!」
制刻等に遅れて十字路へと踏み込んで来た鳳藤。鐘霧等。
そして鐘霧の発し上げた指示の声で、各員は十字路の周囲へと展開してゆく。
「片付いたか――ねーちゃん、大丈夫か?」
そんな鐘霧等の様子と、そして十字路周りから抵抗を見せるオーク達の姿が無くなったことを確認した制刻は、そこで初めて足元すぐ傍でへたり込んでいる、若い母親を見下ろし声を掛けた。
「ひッ!」
しかし、その若い母親から返って来たのは、小さくそして震えた悲鳴であった。その瞳は未だ絶望の色を見せ、怯えた様子で制刻を見上げている。
彼女もまた、制刻の事を新たに現れた別種のモンスターだと思っていたのだ。
「自由……また、お前の姿に怯えている……ッ」
「あ?」
そこへ傍から、呆れた声が飛んでくる。
制刻が見れば、背を向け銃を構え警戒姿勢を取っている鳳藤の姿がそこにあり、彼女は顔だけを振り向かせて呆れた色を覗かせていた。
「お前の容姿は、初見さんにはハードルが高いな」
さらに続け、今度は反対方向から揶揄うような声が飛んでくる。
制刻と鳳藤が同時に視線をそちらへ向ければ、そこには敢日の歩いて来る姿が。そして敢日の腕には、先にオークに囚われていた男の子が、抱きかかえられていた。
「ほら、お母さんは大丈夫だ」
敢日は制刻等の傍まで来ると、発しながら男の子を腕中より降ろしてやる。
「ママぁっ!」
「ルミ君!」
男の子は涙声で若い娘に駆け寄り抱き着く。そして若い母親も、男の子をその腕中に抱き寄せ、抱きしめた。
「んじゃ、剱。こっちはやっとけ」
そんな若い母親達の姿を見つつ、制刻は鳳藤に向けて不躾に要請する。
「ふん。言われるまでもない」
それに対して鳳藤は不機嫌そうに返すと、若い娘達の前に近寄り屈み、目線を合わせた。
「お身体は大丈夫ですか?」
「は、はい……あ、あの……あなた方は……?」
鳳藤は少し艶っぽい笑みを作り、母子に声を掛ける。
対する若い母親は、禍々しい存在に変わって目の前に現れた見目麗しい女に、それまでとはまた別種の戸惑う色を見せながら、答えそして質問を返す。
「心配いりません、もう大丈夫。私達は、日本国陸隊です――」
それに対して、鳳藤はお決まりの名乗り文句を紡ぎ始めた。
十字路上に散らばった多数のオークの死体の中に、一つ、未だ這い動く一体のオークの姿があった。
先に制刻のヤクザ蹴りを食らい吹き飛ばされた、真っ先に若い娘を犯そうとしていたオークだ。
(なんダコイツら……クゾ……)
突然の得体の知れない存在の襲撃により、瞬く間に屍と化していった仲間達。そんな中で未だ生き残っていたオークは、ひっそりとその場を這い逃げようとしていたのだ。
「――ぎぇッ!?」
しかし、そんなオークの胴を突如として、半端でない圧が襲った。
何か大きな脚に踏まれるような感覚――いや、それは正しかった。
地に這うオークの胴は、その傍に立ったGONGのレッグにより、踏みつけられ圧されていた。
「ぁが……ごぅ!?」
圧迫され苦し気な声を零したオークだが、今度はそんなオークの視界が阻まれ、そしてオークは頭から宙に持ち上げられる。
見れば、GONGがまたもオークの頭を鷲掴みにし、そのその身体をぶら下げていた。
「一抜けなんか、させねぇよ」
さらにオークの身に、そんな声が掛けられる。
GONGの傍には敢日の立つ姿があった。しかし彼の様子はこれまでとは違っていた。
普段、陽気な様子のその顔は、眼は、氷のように冷たい物に豹変していた。
「ぁが……はなセ……!」
頭を鷲掴みにされて宙にぶら下がるGONGは、手足をばたつかせて必死に藻掻く。
「――GONG」
そんなオークをつまらない物でも見るように一瞥し、それから敢日はGONGに何か促す言葉を発する。
GONGはそれに呼応し動きを見せる。
空いたもう片方のアームの、その先を変形させ、何かの工具デバイスを展開させる。
――それは、複雑な形状の刃が絡み合う装置――小型のボーリング装置だ。
ボーリング装置は展開されると同時に、起動。モーター音を響かせ回転を始める。
本来、掘削作業が必要とされる場合に備えて、GONGのボディに搭載されているそれは、しかし今、オークの制裁のために使われようとしていた。
「――やれ」
再び、藻掻くオークを冷たい眼で一瞥した後に、敢日は冷たい一言を発する。
それが合図であった。
「!?――ぎゃぁあああアアッ!?」
次の瞬間、鷲掴みにされたオークの頭部、その牙の覗く口より、えげつない悲鳴が上がった。
そして視線をオークの下腹部に移せば、オークの股間部には、GONGのアーム先のボーリング装置が付き込まれていた。
これが、母親と男の子を毒牙に駆けようとした、オークに対する制裁であった。
「いぎゃぁぁ!?あぎゃぁぁア!?」
ボーリング装置は激しく駆動し、オークの股間を掻き、堀り、血と肉を飛び散らせる。
背筋の凍るような肉の音、機械の音が。そしてオークの悲鳴が上がる。
そして――ボトリ――と。オークの股間部より何かが地面に落ちた。
地面に落ち転がったもの。それはオークの陰茎であった。
本来なら猛々しく立派な代物であるそれも、持ち主の身より切り離された今、一切の存在意義を無くしたのであった。
GONGはそれから程なくして、オークの股間部よりボーリング装置を引き抜く。
ボーリング装置が引き抜かれると、掻き掘られたオークの股間部から、ビチャリビチャリと精巣等の内臓物が零れ落ちた。
GONGはさらに追い打ちとばかりに、その大きなフットで、地面に落ちたオークの陰茎と内臓物を、ぐちゃりと踏みつけミンチへと変えた。
「ひぁ……びぁ……」
もはや悲鳴にならない悲鳴を上げ、GONGのアームよりぶら下がりピクリピクリと痙攣しているオークの身体。
「――ぴゃッ」
そんなオークの頭部が、次の瞬間、パァンと爆ぜた。GONGがハンド、マニピュレーターに力を込め、オークの頭部を圧し潰したのだ。
支えを失い、凄惨な姿となったオークの身体は、ドチャと地面に落ちる。
「お前の行いの、対価だ」
そんな地面に崩れたオークの死体に向けて、敢日は冷たい目を向けながら、静かに言葉を吐き捨てた。
「相変わらず、この手に容赦が無いな」
冷たくオークの死体を見下ろしていた敢日に、背後より端的な声が掛けられる。
敢日が振り向けば、制刻の姿がそこにあった。
その向こうには、近場の家屋より拝借して来た毛布で、母子を包んでやっている鳳藤の姿も見える。
「あぁ、当然だ。外道には、制裁をだ」
対する敢日は、引き続きの変わらぬ冷たい口調で返す。
普段は陽気で人当たりの良い敢日であるが、しかし敢日は、外道を前には徹底して冷酷な姿勢となる一面を持っていた。
「気持ちは分かるが、頭に血が上りすぎねぇようにな」
そんな敢日の様子に、一方の制刻はいつもと変わらぬ淡々とした様子で、忠告の言葉を発した。
「――おい、やたら来たぜぇ!」
発し上げる声が、十字路上に響き渡ったのはその時であった。
声の主は朱真。彼の視線と構える小銃は、制刻等が来た町路の反対方向を向いている。その向こうには、迫る新手の姿が見えた。
響く重々しい足音。見えるは、ライマクの巨大な姿が、縦列で2体。
さらにその足元には、少なくとも一個小隊規模のオークやゴブリンから成る群れ。
「北東からも新手だッ!」
次いで上がったのは、鐘霧の声。
見れば十字路のまた別方、該当方向からも、迫る新手の姿が見えた。
数にしてライマク3体。モンスター達がこちらも一個小隊規模。
「ッ、本隊のお出ましか!?」
「配置しろ、防護陣形を取れ!」
二方向から現れ迫るモンスター達の群れ、部隊。その姿に敢日が忌々し気に発し上げ、鐘霧は指示の声を発し上げる。
「かなりの数だぞ……!」
その数を前に、剱は若干の狼狽えの声を上げながらも、母子の肩を抱いて、二人を近場の家屋へ避難させる。
「第3ラウンド――ちと、しんどそうだなッ」
敢日はどこか皮肉気に発しながら、ネイルガンを構え直す。
「んだが、蹴っ飛ばし散らかすしかねぇ」
そして制刻だけは、いつものように淡々と、そんな言葉を発する。
そして各々が、迫る手勢に対応行動を始めようとした――その時であった。
制刻等の後方、十字路の南西方向より、ドッ――という音と、それに伴う衝撃が伝わり来たのは。
「ッ――!?」
そして制刻等は、直上を何かが掠め飛ぶ感覚を覚える。
――直後であった。
十字路の北東方向町路より、重々しい足音を響かせて迫りつつあった3体のライマク。
その先頭に位置していた1体の頭部で、突如として爆炎が上がった。
上がった爆炎は、ライマクの頭部を完全に包み込み、焼き尽くす。そしてライマクは、悲鳴を上げる事すらなく、その太い脚を折り、地面に沈んで砂埃を上げた。
「今の――」
「あぁ」
今しがた起こった現象に、鳳藤が目を剥きながら声を零し、そして制刻は予測が付いている様子で一言発する。
「見ろよ、来やがった。こっちの〝モンスター〟の到着だ!」
そして朱真から、そんな歓喜の色の声が発し上がった。朱真始め各々の視線は、背後南西方向の町路の向こうへと向く。
その先に姿を現していたのは、待ちかねていた、鋼鉄の怪物――
日本国陸隊、機甲科戦車隊の保有運用する、〝90式戦車〟の姿であった。
現れた90式戦車。その砲塔に搭載する凶悪な得物――主砲である、〝ラインメタル120㎜L44戦車砲〟の砲口からは、微かに煙が上がっている。
その砲身より撃ち出された成形炸薬弾(HEAT)が、迫るライマクを撃ち、焦がし、崩して見せたのだ。
鋼鉄の怪物の登場に沸いたのも束の間、さらに別方――制刻等が来た南東方向の町路より、またしても、ドッ――という音と衝撃音が来て、頭上を再び飛翔体が掠める。
そして今度は、北西方向より迫っていた2体のライマクの内の1体が、爆炎に包まれた。
そして崩れるライマク。動揺する足元に随伴していたオークやゴブリン達。
再び視線を戻せば、南東側の町路の向こうには、その状況を作り出した主――2両目の90式戦車が、先に制刻等が倒したライマクの死骸を押しのけ、現れた姿があった。
さらにこちらには、一個班程の普通科隊員等が随伴している姿も見えた。
「戦車小隊が到着したのか!」
二方向より、新手のモンスター達を迎え撃つように現れた90式戦車の姿に、鐘霧が声を上げる。
《――十字路上の班へ。こちら、ニュー・アライヴァル4-1。流れ込んだ敵への、遊撃対応に出た班というのはそちらか?》
そんな所へ、各員のインカムに通信音声が飛び込んで来た。どうやら現れた戦車隊からの物であるようであった。
「――そうだッ!ニュー・アライヴァル4-1、こちらはラインガン4ヘッド。こちらは今しがた、大きな敵勢力と接触ッ。また、現在避難の遅れた民間人を保護中ッ。こちらは急ぎの、各支援を必要としているッ!」
聞こえ来た問いかけに、鐘霧は肯定の言葉と、こちらの現在の状況を説明する言葉を捲し立てる。
《了解、ラインガン4ヘッド。まず敵を蹴っ飛ばす、こちらで片づける。撃つから頭を上げるなよ》
鐘霧の捲し立てた要請に、戦車隊からは了承、そして警告の言葉が返ってくる。
そして直後、再び南東側に位置する90式戦車が、咆哮を上げた。
成形炸薬弾がまたも十字路真上を飛び抜け、そして北西側より迫っていた、2体のライマクの内の残るもう一体を直撃。
ライマクその表面を抉り、焦がし、鈍く痛々しい悲鳴を上げさせる。そしてその巨体を仰け反らせ、崩し地面に沈めた。
さらに間髪入れずに十字路上を、今度は南西方向から北東方向へ、成形炸薬弾が飛び抜けた。最初に姿を現した90式戦車からの、二射目だ。
その二射目は、3体揃いで縦隊を組んでいたライマクの、2体目を撃ち仕留め、先に崩れ沈んだ同族達へとその巨体を加えさせた。
射撃行動を行いながらも、履帯を鳴らし町路を進んでいた最初の90式戦車は、制刻等の配置展開する十字路へと到着。乗り込んで来た。
《ニュー・アライヴァル4-2よりラインガン4。避けてくれ、十字路を通過する》
90式戦車から通信で要請が寄越され、制刻等はそれぞれ割れ散り、十字路の各角の建物へ寄って退避、カバー。退避を終えた各々を割るように。90式戦車は履帯を鳴らして十字路を通過、反対側へと出る。
「〝樺方戦〟か」
通り過ぎる最中の戦車の、その砲塔に描かれたエンブレムを見て、制刻はそんな一言を呟いた。
〝樺太方面戦車隊〟。
樺太の地の防衛を担当する、樺太方面隊の下に編成される、戦車部隊。
それが、到着した90式戦車の所属であった。
《撃つぞ。耳を塞げ》
傍を通り抜けた90式戦車より、通信越しの警告が、制刻等各員に寄越される。
その砲身は仰角を取り、残る3体目――最後のライマクに向いていた。
最後のライマクは、御者のオークが形勢不利を悟り、反転逃走しようとしたのだろう。その巨体の横腹を晒していた。しかし町路は狭い。その途中で引っ掛かり、それ以上回頭できず、身動きが取れなくなっている。
90式戦車は、そんな無防備を晒したライマクに向けて、容赦なく三射目を撃ち放った。
「っと」
「ッ!」
重く、しかし劈くような轟音と、衝撃が、十字路上に響き渡る。それに制刻や鳳藤は、それぞれ声を零す。
そして砲身より撃ち出された成形炸薬弾は、ライマクのどてっ腹に見事に命中。
爆炎が上がり、そしてライマク横腹に大穴が空き、ライマクからは「ブォォォォッ!」という鈍く痛々しい絶叫が上がる。そしてライマクはその巨体を横倒しにし、地面に沈んだ。
《――マンモスモドキ、全て沈黙。歩兵との交戦に移行する》
90式戦車からの、再度の通信。
同時に、90式戦車は少し砲塔を旋回させる姿を見せる。そして主砲に同軸装備されている、74式7.62mm機関銃による射撃掃射を開始した。
狙うは当然、先で全てのライマクを倒され、同様混乱しているオークやゴブリン達。
その彼等を、撃ち出され形成された7.62㎜弾の火線は、端から撃ち抜き始めた。
「どうナって――ぎゃァ!?」
「うワ――ギェェ!?」
「ニゲ――ギュィッ!?」
町路の向こうから、射貫かれてゆくオークやゴブリン達の悲鳴が、微かに聞こえ来る。しかし90式戦車からの機銃掃射は、そんな彼等を容赦なく射貫き攫えていった。
北西側から迫っていたモンスター達が、90式戦車により屠られてゆく一方。十字路上には、もう一輌の90式戦車に随伴していた普通科班が駆け込み到着していた。
「鐘霧二尉ッ、第3小隊12班ですッ。そちらの指揮下に入るよう、言われています」
その普通科班の内から一人の陸曹が、建物にカバーする鐘霧の元へ駆け寄って来る。陸曹は、鐘霧に習ってその隣にカバーし、預かっている命令を言葉にする。
到着した普通科班は、鐘霧と同じく77連隊の第4中隊に所属する隊員等であった。
「よく来てくれた。十字路上各方へ展開、敵の迎撃行動へ当たれ。それとそこの家屋内に、保護した住民がいる。その回収保護を頼む」
「了ッ――聞いたな!一組は北東へ――」
鐘霧は陸曹へ、労う言葉を。続いてそれぞれに対応に当たるよう、指示の言葉を発し上げ告げる。
それを陸曹は了承。声を張り上げ、班員等に指示を与え始める。そして普通科班の班員等は、十字路の各方へ展開配置。それぞれの方向に残る、モンスター達相手に、攻撃行動を開始した。
「――よぉ、懐かしい顔がいるなッ」
展開してゆく普通科班の班員等を眺めていた制刻等。そんな制刻等に、声が掛けられ飛んで来たのはその時であった。
見れば十字路上には、展開してゆく普通科班に続くように、もう一輌の90式戦車が履帯の音を鳴らして乗り込んできている。そしてその90式戦車の、砲塔に設けられた車長用キューポラ上より、こちらを見降ろす戦車搭乗員の姿があった。
「樺太の特異点さんじゃねぇか」
キューポラ上の搭乗員――戦車長であろう二等陸曹の隊員は、制刻へと視線を寄越して、そしてそんな言葉を発して見せた。
「よーォ。アンタか、浜明」
一方の制刻は、カバーを解いて90式戦車の横まで歩み寄ると、車上を見上げて、その戦車長の物であろう名を口にした。
「制刻。アンタもこの異世界に、ぶっ飛ばされてたとは、ビックリだ」
「あぁ、お互いにな」
端的に、しかし再開を歓迎するように、制刻と浜明と呼ばれた戦車長は、言葉を交わす。
制刻と浜明、樺太事件において縁があり、見知った間柄なのであった。
「樺太ん時は、まだドライバーだったろ。それが、今では戦車長か」
「あぁ、やっと立派なマイカー持ちさ」
制刻は浜明に向けて、揶揄う様に言葉を投げる。それに対して浜明は、戦車砲塔の上面を軽く叩きながら、カラカラと笑ってそんな言葉を返した。
「制刻、雑談は後にしろ」
再開を歓迎し盛り上がっていた制刻だったが、そこへ背後から声が飛ぶ。振り向けば、そこに少し咎める様子の顔を作った、鐘霧の姿があった。
「あぁ、失礼」
しかし咎める言葉に、制刻は悪びれもせずに端的な言葉を返す。
鐘霧はそれに難しい顔を引き続き作りつつも、制刻の横を抜けて戦車の傍へと立った。
「失礼、二尉。そちらに合流し、支援に当たるよう言われています」
浜明は車上より、謝罪と同時に軽い敬礼を鐘霧へ返し、そして預かっている命令を言葉にして寄越す。
「あぁ、感謝する――これよりここから押し上げる」
それに対して鐘霧も返答。そして、これよりの動きの説明を始める。
「君の車輛は、引き続き普通科班と一緒に、北西方向進路へ押し上げてくれ。そして、もう一輌の戦車を借りるぞ。私達ともう一輌で、北東方向へ押し上げる」
「了解です」
これよりの行動を告げた鐘霧。それに浜明も了承。
「じゃ、後でな制刻――前進ッ」
そして制刻にそう言葉を寄越すと、浜明はインカムで操縦手に向けた物であろう、指示の言葉を送る。それを合図に、90式戦車は再びエンジンと履帯の音を響かせ、前進を再開。
普通科班と共に、十字路より北西方向への押し上げを開始した。
「よし、私達も行くぞッ。――ニュー・アライヴァル4-2。私達ラインガン4が随伴する、前進押し上げを始めてくれッ」
北西方向へ押し上げ始めた90式戦車と普通科班を見送った鐘霧は、続け、十字路北東方向で鎮座待機している、もう一輌の90式戦車へ、インカムで指示の言葉を送る。
《了解ラインガン4。前進開始する》
それに返答が返り、そしてもう一輌の90式戦車が前進を再開。
「行くぞッ!」
そして鐘霧が周辺各員へ声を張り上げる。
それを合図に制刻、鐘霧等も、北東方向への押し上げを開始した。
制刻等の随伴する90式戦車は、先に打ち倒した、町路上に沈み倒れるライマク達の死骸を、押し退け、あるいは乗り越えて道を切り開く。
連なり倒れていたライマクの亡骸の内、最後の一つをその履帯で悠々と乗り越え、その向こうへと出た90式戦車。
そこにはライマクの巨体に進路を阻まれ、手をこまねいていた、残存のオークやゴブリン達の群れがいた。
「敵残存、接敵ッ!」
車長用キューポラから頭部、目線だけを出していた戦車長が、それを目視確認して発し上げる。それと同時に、同軸機銃が再び火を噴き、先に固まるモンスター達を襲った。
「ぎゃッ!?」
「うワぁッ!?来たゾォッ!」
悲鳴、そして驚き狼狽える声が、モンスター達から上がる。
そんなモンスター達に向かって、90式戦車は乗り越えたライマクの死体上を滑り降り、そして鋼鉄の巨体を突っ込ませた。
「ひ――ギュェッ!?」
「ごびぇッ!?」
滑り降り突っ込んで来た90式戦車の履帯に、その巨体に、オーク達が踏みつぶされ、あるいは轢き飛ばされる。
戦車砲に耐えうる複合装甲。そして50tもの重量を持つ90式戦車の強襲を前には、屈強なオーク達といえどもひとたまりも無かった。
「うワぁぁぁッ!?」
「ニゲロぉ!」
モンスター達からすれば、ライマク達を瞬く間に屠って見せた、正体不明の怪物。
そんな怪物の強襲踏み込みを前に、モンスター達は戦意を喪失。蜘蛛の子を散らすように逃走を始めた。
しかし、背を向けたモンスター達に向けて、90式戦車の同軸機銃が火を噴き、容赦なく襲った。
背に7.62㎜弾を受け、バタバタと倒れてゆくモンスター達。
そして逃げてゆくモンスター達を追いかけ追い立てるように、90式戦車は前進を再開する。
「テンパって、逃げてくな」
背後。ライマクの死骸上で、光景に対するそんな感想が発される。そこに制刻の立ち構える姿があった。
90式戦車に続いて、ライマクの死骸を乗り越え、あるいは側面を抜け出て、制刻等が姿を現していたのだ。
「逃がさねぇよ」
制刻その横では、敢日が冷たい声で発しながら、立膝を着いて射撃姿勢を取っている。
そして逃げるモンスター達に向けて、構えたネイルガンの引き金を引いた。
照準の先で、一体のオークが五寸釘を背に向けて、悲鳴を上げて倒れる。
モンスター達を襲うのは、それだけに留まらない。
ライマクの死骸横を抜け出て展開した、鳳藤や鐘霧、朱真がそれぞれ各個射撃を開始。始まったいくつもの銃火が、モンスター達を襲い始めた。
「戦車に着いていくんだッ!」
鐘霧が、モンスター達を追い立て進む戦車を指し示し、戦車への随伴を各員へ張り上げ命ずる。
「だそうだ」
「あぁ」
指示を聞き、応じるべく、制刻と敢日は言葉を交わし、ライマクの亡骸をその腹を利用して滑り降りる。そして先を行く戦車を追いかける。
その比類なき堅牢さ、そして力で、90式戦車はモンスター達を容赦なく屠り、追い立て、押し上げてゆく。そして制刻等は90式戦車の後方へ随伴展開。90式戦車の撃ち零したモンスター達を、各個射撃で確実に仕留めてゆく。
押し進んで行く90式戦車。
「――前方交差路、新手ッ!」
その車上で、戦車長が張り上げたのはその時。
戦車長の眼は、進行方向先にある交差路の建物の影より、ヌッと現れた巨大な存在を見止めた。それは新たな一体のライマク、そして随伴する分隊規模のモンスター達。
「行所(ゆきどころ)!目標、マンモスモドキの新手ッ。弾種、HEATのままッ!」
それを見止めた瞬間、戦車長はすかさず砲手に向けて命じる声を張り上げる。
すぐさまその指示が反映され、90式戦車の砲塔は、少し旋回。その砲身を新手のライマクに向ける。
「――撃ッ!」
そして、咆哮が上がった。
周辺に響いた、劈く砲声と、衝撃派。
その次の瞬間、先に現れたライマクの、頭部横面が爆炎に包まれた。
成形炸薬弾の直撃を受けたライマクは、悲鳴を上げる事すらなく、ぐらりと倒れて傍の家屋に衝突。ずるりと崩れて地面に沈む姿を見せる。
「よし、対歩兵戦闘へ――ヅッ!」
ライマクの無力化を確認し、対歩兵戦闘への復帰を砲手へ命じようとした戦車長。しかしその時、戦車長の頭上を何かが掠め飛ぶ。そして続き、カンカンと、何かが90式戦車の表面を叩く音が、立て続き響き渡った。
「戦車長、矢撃だ!交差路奥側、左手ッ!」
90式戦車を襲った物の正体は、すぐに判明した。
戦車の近くで、遮蔽物に身を隠してカバー体勢を取っていた鐘霧から、言葉が寄越される。それを頼りに戦車長が該当方向を見れば、示された交差路にある建物の、その上階窓。そこから連弩らしき物が複数、突き出されている様子が微かにだが確認できた。そうやら、連弩装備のモンスター達が、建物内に陣取っているようだ。
「確認しましたッ。再装填、引き続きHEATッ」
敵の姿を確認し、戦車長は車内の砲手へ再び指示を発する。
砲塔内に備えられた自動装填装置が作動。作動音が上がりながら、主砲へ新たな成形炸薬弾が装填される。
「次弾、装填。射撃可能ッ」
「目標、交差路奥側、左手建物ッ」
砲手から装填完了の報告の声が上がってくる。それを受けた戦車長は、続け砲手へ目標を指示。指示は反映され、砲塔は再び旋回。続け砲身が仰角を取り、該当の建物を睨む。
「――叩ッ込めッ!」
戦車長の合図。
瞬間、90式戦車の主砲がまたしても咆哮を上げた。
そして間髪入れずに、主砲の狙った該当建物が、爆炎に覆われる。成形炸薬弾の直撃を受けた建物上階は、広まった爆炎と一緒に木っ端微塵に吹き飛び散る。
爆炎と破片に交じって、陣取っていたであろうオーク達の身体が飛び、散る姿も微かに見えた。
「排除した、前進再開する。浮舟、前進しろ」
脅威排除を確認した戦車長は、随伴している鐘霧等へ向けて、前進再開の旨を告げる。
そして続け、操縦手に指示。それが反映され、90式戦車は前進を再開する。
90式戦車と随伴する制刻等によって、蹴散らされ、無力化されてゆくモンスター達。
身体の屈強さ。手勢物量。他、あらゆる面において、この町に騎士団の力を凌駕していたはずのモンスター達の軍勢。
しかしそのはずは、まるで想定していなかった存在。
陸隊の存在、火力の前には、まったくの無力であった。
あらゆる障害をその巨体により蹴散らして来た、巨獣ライマクは、しかし突如として現れた正体不明の鋼の怪物――90式戦車によって、悉く無力され、沈んでいった。
さらに屈強なはずのオーク達の身は。物量を以て脅威を体現するゴブリン達は。重軽機関銃や小銃火力の前に、まるで塵でも掃いて退けるかのように、バタバタと撃ち倒されてゆく。
当初こそ、その果敢さと獰猛さを以て、それに挑み排除を試みたモンスター達。しかし、迫る90式戦車。そして班の火力を前に、それらは悉く跳ね退けられた。
時に、オークやトロルといった種のモンスター達は、その屈強さを生かすべく、隙を突き肉薄攻撃を仕掛けて来た。しかしそれも、多くは火力を前に押し留められる。
そしてモンスター達にとっては最悪な事に、隊側には制刻とGONGという存在が居た。
わずかに肉薄に成功したオークやトロル達は、しかしGONGの機械による力。そして制刻の超常的力を以て、儚くも悠々と叩き潰される。あるいは捕まえられた上で、握りつぶされ、もしくは千切り捨てられる末路を辿った。
見れば今も、制刻がその手で捕まえた一体のオークを、生きたまま肉の盾として掴み突き出し、そして戦車と並んでズカズカと突き進んでいる。
いつしか、モンスター達は町中を逃走する一途となっていた。
90式戦車と班、そして制刻等による、一方的な殺戮の様子を見せつけられたモンスター達。彼等はこの僅かな時間の内に、目の前の存在が、自分達より生命として強い存在である事を、本能で悟っていた。
そしてモンスター達のその心には、恐怖が宿っていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
TS陸上防衛隊 〝装脚機〟隊の異世界ストラテジー
EPIC
SF
陸上防衛隊のTS美少女部隊(正体は人相悪い兄ちゃん等)と装脚機(ロボット歩行戦車)、剣と魔法とモンスターの異世界へ――
本編11話&設定1話で完結。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
周りの女子に自分のおしっこを転送できる能力を得たので女子のお漏らしを堪能しようと思います
赤髪命
大衆娯楽
中学二年生の杉本 翔は、ある日突然、女神と名乗る女性から、女子に自分のおしっこを転送する能力を貰った。
「これで女子のお漏らし見放題じゃねーか!」
果たして上手くいくのだろうか。
※雑ですが許してください(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる