公認ゾンビになりました

川端睦月

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事案1─学校の七不思議事件─

学校生活始めました -3-

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 *

「たぶんその人物が、例のスケッチブックの男の子だと思うんです」

 午後九時を回った校内は教師も生徒も既に下校していてシーンと静まり返っている。

「高山さんが志望校を変えるきっかけを作った人物、ですか……」

 薮木は暗い廊下の先を懐中電灯で照らしながら進む。そうして端から二番目の教室の前で立ち止まり、廊下の上方を照らした。

 『美術室』と書かれた教室札が浮かび上がる。

「──やはり何の気配もありませんね」

 少しの間美術室の前に立ち尽くし、薮木はフルフルと首を横に振った。

「単なる噂話なんでしょうか?」

 僕は薮木を見上げる。

 もう何度か美術室の見回りを行ってはいるけれど、未だに高山さんの幽霊には出会えていない。

「どうでしょうね……」

 薮木は首を捻った。

「中の確認もしてみましょうか」

 そう言ってスーツのポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。懐中電灯で足元を照らしながら、教室の窓際まで進む。

 その横手に、窓から差し込む明かりでぼんやりとドアが見えた。

 例の絵が保管されている美術準備室のドアだ。

 薮木は手にしていた鍵で解錠すると、美術準備室に入り、素早く窓のカーテンを閉めた。カーテンを閉めるのは外から中の様子が見えないようにするためだ。

「佑さん、照明をお願いします」と入り口横の僕へ指示を出す。

「あ、はい」

 壁を指先で探る。すぐにスイッチが指に触れ、それを押し込む。途端、室内が急に明るくなり、暗闇に慣れた目が眩んで何度か瞬きを繰り返す。

 その間に薮木は例の絵の傍らに歩み寄る。布で覆い隠されたその絵は、窓際とは反対の壁側に置かれてあった。薮木が布を外し、絵画をじっくりと観察する。

「何か変わったことありました?」

 僕は薮木に近づき、尋ねた。僕の目には、なんの変化も感じられなかった。

「そうですね……」と薮木は顎を撫でる。

 絵は清原の話どおり、赤色の絵の具でキャンパス全体が塗りつぶされている。そのため、元々何が描かれていたのか、判別することはできない。

 噂では少女の霊の仕業になっていたが、本当にそうなのだろうか?

 生前の高山さんが塗り潰した可能性も考えられなくはない。……まぁ、その理由はわからないけれど。

「特に変化は見受けられませんね」

 僕が考えを巡らせている横で、薮木が言う。

「そうですよね……」

 僕も薮木に同意した。

 やっぱり幽霊の仕業だなんて噂話に過ぎないのだ。

 きっと吹聴されているような怪談話は、元々のキャンバスの異質さとその持ち主が既に亡くなっていることを結びつけたことで出来上がったものなのだろう。

 それでも薮木はすぐに結論を出さず、もう一週間も見回りを続けている。

「この後はどうするんですか?」

 僕は投げやりに問うた。連日の見回りにいい加減うんざりしていた。高山さんの霊が本当にいるのなら何とかしてあげたいとは思うけれど。

「そうですね……」

 薮木は軽く息を吐いた。

「この絵の内容が分かるのなら、そこからヒントも得られるでしょうが……残念ながらそれは無理そうです」

 キャンパスから目を逸らし、

「スケッチブックを拝見できれば、糸口も掴めそうではありますが──」

 チラリと僕を見る。

「しかし、私達特殊班は表立っては動けませんから。勝手に高山家にお邪魔してスケッチブックを盗み見るわけにも行きません」

 何かを促すように思わせぶりな口調で言う。そういうところは只野に似ているな、と僕は渋面を作る。

「……つまり、僕にそのスケッチブックを確認して来いと」
「いえ、決してこれは命令ではありません。ただ、佑さんが少し飽きてしまわれているようなので、速やかに事態を変えられる方法を提案したまでです」

 やっぱりその物言いは只野にすごく似ていて。腐っても彼は薮木の部下なのだ、と感心する。

「あくまでも提案です──どうでしょうか?」

 薮木はいつもの無表情で言う。その仮面の下に、大人の強かさが垣間見えた。

 そういう狡さが僕にはまだない。

 つまりまだまだ子供だということを身に染みて感じる。それでも身体は今後変化はしなくても、精神的には色んな経験を通して大人になっていけるはずで。

 ──きっと。……たぶん。

 それなら僕は自分に出来ることは全てやってみようと思う。自分の精神の成長のために。

「分かりました」

 僕は素直に頷いた。
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