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公認ゾンビになりました──そして、ゾ対にも -3-
しおりを挟む「これからどうなるのかな」
僕は自室のベランダから外を眺め、独りごちた。
薮木が案内してくれた部屋は6帖ほどのワンルームで、シングルベッドと小さなデスクセットが置かれていた。ユニットバスも付いていて、一人で過ごすには充分な広さだ。
不測の事態だったのに、一人部屋を用意してもらえたのは本当に助かった。15才にもなって母と同室は恥ずかしいし、何より一人の時間が欲しかった。
僕はフゥとため息を吐く。本格的に秋も深まってきた季節。煌々と満月が照らす夜の気温は肌寒さを覚える程低い。けれど、僕の息は白くはならなかった。
──体温が気温とそう変わらないから。
そんな些細なことが、どんなに取り繕っても自分が既に死んだ人間なのだということを痛感させる。
──なのに何故僕は体を得て動いているのか。
大抵の人間は死を迎えると体から魂が抜け出る、と薮木は言っていた。そうして未練のある魂が現世に留まり幽霊となるのだそうだ。
でも、僕は体から魂が抜け出せないまま、一般的にはゾンビと呼ばれるものになった。
その原因についてはゾ対の二人にも分からないらしい。
たぶん、僕が思うに、自分の未練というものはこの体を無くしては成し得ないものだから、ゾンビになったのだろう。
ただ、体を必要とする未練が何か、と問われたら、思い当たることはないけれど。
僕が薮木に願ったのは、学校に通い、バイトをし、友人とバカ騒ぎする、というものだ。
体が必要な願いではあるけれど、そこまでの執着のあるものでもない。だから、この望みが原因ということはなさそうだ。
僕はベランダの手摺りに顎を押し当て、もう一度、ため息を吐いた。
やっぱり息は白くならない。
──どうしてだろう。
僕は満月の光から逃れるように存在する闇に目を向ける。
生きていた頃は、常に誰かの世話になっていて、少しでも無茶をすれば誰かに止められた。自分が出来ることは限られていて、正直、今より生きている実感が薄かった。
──死んでからのほうが生きてる感じがするというのはおかしな話だけど。
でも、薮木に「僕の力を貸して欲しい」と言われた時、僕は本当に嬉しかった。彼の言う『僕の価値』というものに興味を惹かれた。
いつも誰かに守られていて、役立たずだった僕を必要としてくれた。僕にも人助けが出来るかもしれないと思ってしまった。
薮木の言う提案に、つい頷いてしまいそうになった。
けれど、薮木の提案を受けるということは、母に心配をかけてしまうということだ。
──それはいけない。
僕はフルフルと頭を振った。
母には今まで散々心配をかけてきたのだ。更に負担になることはしたくない。
コンコンッ。
不意に背後でドアをノックする音がした。
「……はい」
僕は虚を突かれて、警戒気味に返事をする。
「佑、起きてた?」
ドア越しに母の声が返ってきた。まるで僕の考えを見透かしたようなタイミングの訪問に、僕は慌てる。
「起きてるよ」
平静を装って答え、急いでドアに駆け寄った。ゆっくりと開けたドアの向こうには、いつもの穏やかな母の笑顔があった。
「佑、コンビニに行かない?」
母が明るい声で問うた。
「え?」
僕は一瞬言葉に詰まる。
「この前、言ってたでしょ。ポーソンの淡雪チーズケーキ食べたいなって」
「……それは言ったけど」
言ったけど、勝手に外出なんてしてもいいのかな。僕はゾンビだ。あまり他人の目につくのは良くないのではないのかな?
「だったら、行きましょう」
僕の迷いを無視して、母が半ば強引に手を引く。その触れた手が、思ったより小さいことに僕はハッとした。
いつのまに母の手はこんなに小さくなってしまったのだろう、と思う。僕が知る母の手はもっと大きくて、温かくて、僕の手を柔らかく包み込んでいてくれていた。なのに今触れているこの手は明らかに僕より小さい。
僕は自分の奢りが恥ずかしくなった。僕が守るべき相手は見知らぬ誰かではなくて、母なのだ。
情けなさに、キュッと唇を噛む。
「大丈夫。薮木さんには許可を頂いてきたから」
幼い子を宥めるように母が言う。本当に母は僕の考えを見透かしているのかもしれない。
僕は無言で頷き、母と連れ立って外へ出た。
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