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百合の葯
百合の葯 -2-
しおりを挟むそれでね、と花音が続けた。咲の胸のうちを知ってか、いつもよりのんびりした口調で言う。
「チャペルの男のことは、僕も知らないんだ。ただ、彼が二階堂の仲間だということは分かったから、何か悪さをしないかと見張っていたの」
「悪さ、ですか?」
「うん──二階堂とはちょっとした因縁があってね。けして良い因縁じゃないから、下手なことされたら困るなぁって」
そうなんですか、と咲は頷く。
詳細を告げないのは、咲は知らなくていいことなのだろう。少し寂しい気持ちになる。
とはいえ、仮に二階堂と結婚するようなことになった場合、花音とは微妙な関係になりそうだ。
「あ、でも、どうしてチャペルの彼が二階堂の仲間だって分かったんですか?」
咲はふと気になり、尋ねる。花音はフロントガラスを見つめたまま、
「チャペルの席って聖壇から向かって左側が新郎の参列者、右側が新婦の参列者って決まっているんだけど。彼は右側──つまり、新婦側にいたの」と告げる。
「えっと、それが?」
咲は意味が分からず、再び尋ね返す。
「考えてみてよ、咲ちゃん──新婦側に男の人が一人でいるって、微妙じゃない?」
「あ、たしかに……」
言われて納得する。
結婚式に一人で出席するほど新婦とは親密な関係なのか、と勘違いされてしまう可能性がある。普通なら避けるだろう。
「──でも、親族なら……」
「親族は前方の席に座るもの」
花音は人差し指を立て、それを振ってみせた。
「僕だってギリだよ。元カレなんだから」
戯けたように肩を竦め、
「僕なら咲ちゃんがいなかったら、新郎側に座ってたよ」と笑った。
それにね、と更に花音は続ける。
「あの男が元カレだと仮定した場合、年齢的にちょっと厳しいかな、って思ったの」
「年齢的に厳しい……」
咲は首を捻った。
「僕と文乃さんが付き合っていたのは、六年ほど前。別れたあと、彼女は亮介とずっと付き合っていた。だとすれば、彼が付き合っていたのは、僕より前のはずだよね」
そうですね、と咲は頷く。
「まぁ、文乃さんが浮気をしていたら、そのかぎりではないけど」と悪戯っぽい笑みを浮かべる。
返事に困り、曖昧な笑みを返す咲を、花音はクスリと笑う。
「そうじゃないとして──彼、二〇代半ばくらいに見えなかった?」
咲は花音の意地の悪い冗談に顔をしかめながら、はい、と頷いた。それをまた花音がクスリと笑う。
「そうすると文乃さんと付き合っていたのは、彼が高校生くらいのときってことにならない?」
「ああ、たしかに……そう考えると、元カレの線はなさそうですね。文乃さん、年下は得意じゃなさそうですから」
咲の言葉に、花音はキョトンとした顔をする。
「そう? でも、僕も文乃さんより年下なんだけど」
バツが悪そうに言う。
「えっ? そうなんですか?」
うん、と花音は頷いた。
「ただ、さすがに十代とは付き合えないって、文乃さんが言ってたから。彼が元カレの線はないなって思ったの」
そういった会話の端々に、まだ文乃に対する未練のようなものを感じる。咲はモヤモヤとしてしまう。
「だから、二階堂悟の仲間じゃないかと思ったの」
「それだけでわかるものなんですね」
咲はその気持ちを押し隠して相槌を打った。
「まぁ、メッセージカードでわざわざ予告めいたことを言ってくるし、なにかあるんじゃないかとは思っていたからね」
それに、と花音は遠くを眺めるようにフロントガラスを見つめた。
「彼のベンチのチェア装花……」
「チェア装花?」
咲はベンチの横に飾られたフラワーアレンジメントを思い出す。
白い薔薇と百合を使った華やかなアレンジメントだった。
特段変わったところは見受けられなかったが、花音にはなにか発見があったようだ。
実際、そこからドローンが飛び出したのだけれど──
「あのチェア装花、アレンジ自体は完璧に真似できていたんだ」
花音は感心したように言う。
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