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藤の花の咲く頃に
観覧車 -3-
しおりを挟む「キャッ」
咲は小さく悲鳴を上げ、思わず身を縮めた。それを花音がフフッと笑う。
──全然、笑えない……。
相次ぐ醜態を花音に見られ、咲はしょんぼりと肩を落とした。
「もう、しょうがないな……」
花音はクスリと笑い、ゴンドラに捕まる咲の手を取った。
「どうせしがみつくなら、僕にすればいいのに」と咲の頭を自分の肩へと引き寄せた。
「え? 花音さん?」
戸惑う咲の背中に、花音はもう一方の腕を回し、ギュッと力を込める。すっかり抱きすくめられ、咲は大人しく花音の胸に顔を埋めた。
──花音さんに触れられるのは、全然嫌ではない。
むしろ、ジンワリと伝わってくる体温に、萎縮した咲の心は解きほぐされていく。
「どう? 少しは落ち着いた?」
花音が尋ね、咲はコクリと頷いた。
花音さんが傍にいてくれるだけで、とても心強く感じる。
同時に、それだけ花音に頼りきっている自分に気づいて、咲は少し怖くなった。
いずれ華村ビルを去るときが来て、彼との繋がりを失うことが……
「……最初から、隣に座っておけばよかったね」
背中を優しく撫でながら、花音がポツリと呟く。
太陽の光を反射して笑う花音は、茶褐色の瞳も明るく、長く黒い髪も日に透け、眩く感じた。
「……綺麗」
思わず見惚れて、心の声が口からこぼれてしまう。
「え?」
花音が驚いたように咲の瞳を覗き込んだ。
「あ、いえ、……いつも思っていたんですけど。花音さんの髪、とっても綺麗だなって。……触ってもいいですか?」
誤魔化しついでに、ちょっと踏み込んだお願いをしてみる。
花音は呆気に取られたまま、いいよ、と頷いた。
ありがとうございます、と恐る恐る花音の髪に触れる。
黒々としたその長い髪は、絹のように滑らかな肌触りで、とてもいい香りがした。
どうやら、いつも花音さんから香ってくるフローラル系の香りは、シャンプーの匂いだったらしい。
咲はフフッと小さく笑った。
「なに?」と花音が不思議そうに咲を見つめた。
「いいえ。花音さんの秘密がわかったから、嬉しくて……」
「僕の秘密?」
花音が片眉を上げ、ゴクリと唾を飲む。
「はい──花音さん、いつもいい香りがしているから、なんの匂いかなって思っていたんです。フローラル系の……」
「ああ、シャンプーの匂いだ」
そうなんです、と咲は頷いた。
「……うん?」
「はい?」
「え? それだけ?」
花音がキョトンとして咲を見つめる。
「そうですよ」と咲は首を傾げた。
──他に何があるのだろう?
花音の考えを探ろうとジッと彼を見つめる。花音はしばらくそれに付き合って咲を見返していたが、やがてグシャグシャと自分の前髪を掻き乱した。
「あのさ、咲ちゃん……」
「はい?」
花音が口元を手で覆い、尋ねる。気のせいか、少し顔が赤らんでいるように見えた。
「……その、ジッと見つめるの、癖なの?」
「ああ、そうですね。……興味を惹かれると、ついジッと見てしまう癖があります」
咲は慌てて花音から目を逸らし、答えた。
この癖は、人によってはいい印象を持たれないらしいので、気をつけていたのだけど。
「嫌でしたよね。……ごめんなさい」
咲はしょんぼりとうなだれた。
「ああ、違うの」と花音が焦ったように否定する。
「え? 違う?」
咲は再度花音を見つめた。
「……その、他意があるのかと思って……」
「他意、ですか?」
──やはり花音さんの言うことはいまいち理解できない。
咲は眉を顰めた。
「や、あのね……」
珍しく花音が動揺を見せる。それから「あー、もうっ」と自分の頭をグシャグシャと掻き回すと、「咲ちゃんっ」と咲の肩を掴んだ。
「は、はいっ」
花音は驚いて目を丸くした咲の唇を、指で軽くなぞった。その心地良さに、咲はそっと目を閉じる。
やがて、指が離れ、代わりに柔らかいものが唇を覆った。
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