華村花音の事件簿

川端睦月

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水仙の誘惑

人はいさ…… -3-

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 咲は、午後七時きっかりに『アトリエ花音』を訪れた。インターホンを押すと、すぐに花音がドアから顔を覗かせる。

「こんばんは、咲ちゃん」

 柔らかな笑顔を浮かべて、花音はドアを押し開けた。

 こんばんは、と咲も挨拶を返す。そんな咲を「さぁ、入って」と花音は招いた。

「え? 中ですか?」

 てっきりお花見に出かけるものだと思って、トレンチコートを着てきた咲は、パチクリと目を見開いた。

 うん、ここで、と花音は当たり前のように頷く。

「でも……」と咲は花音を見上げた。

 いくら無害な花音さんとは言え、夜に密室に二人っきりというのは、あまり宜しくないのでは。

「いいから、おいでよ」

 花音は半ば強引に咲の手を取ると、アンティーク扉へと向かって歩く。咲は引きずられる形で、花音の後ろに付き従った。

 花音の手の温もりに鼓動が高鳴る。それが花音にバレてしまわないかと、さらに鼓動が早まる。完全な悪循環だ。

 そんな咲の気持ちをよそに、花音は扉の前で立ち止り、振り返って、ニコリと笑った。

「ここが、お花見会場」とアンティーク扉を指し示した。

 それから、咲の手を繋いでいない方の手で、ドアノブを押し下げる。

 勢いよく開かれた扉の向こうには、明かりの消えた部屋。

 その部屋の中央に据えられたオーバルのテーブルの上にスポットライトが配され、大型の壺が浮かび上がる。壺には、満開の桜の枝が生けられていた。

 まるで桜の樹がそこに生えているかのように錯覚させる。

「わぁ……素敵……」

 思わず漏れ出た感嘆の声に、「気に入ってもらえてよかった」と花音が笑みを浮かべた。

「教室で使おうと思ってた桜がちょうど見頃だったから。お花見にいいかな、って思って」
「ありがとうございます」

 咲は顔を綻ばせた。

「それからね……」と花音は部屋の明かりをつける。と同時に、クラッカーの音が鳴り響いた。

「ようこそ、華村ビルへ」

 テーブルの下から、クラッカーを手にした悠太と凛太郎が姿を現す。

「え?」

 クラッカーのテープを浴びながら、咲は呆然と彼らを見つめた。悠太はニコニコと、凛太郎は不服そうな表情を浮かべている。

「フフッ。咲ちゃん、また鳩豆だよ」

 花音が可笑しそうに声を上げて笑う。

「は、鳩豆?」

 対して、咲はまだ状況が掴めず、おうむ返しをするのがやっとだ。

「鳩が豆鉄砲を食うの略だろ」

 そんなことも知らないのか、という顔で凛太郎が睨む。

「まあまあ、凛太郎くん、仲良くしてね」と花音は凛太郎を宥めた。

「今日は咲ちゃんの歓迎会なんだから」
「歓迎会?」

 ようやく我に返り、尋ねる。

「うん。まだ、やってなかったでしょ、歓迎会。お花見ついでにいいかなって」

 花音はニコリと笑った。

「あ、料理は、僕が持ってきましたよ」と悠太が重箱の包みを掲げる。

「ちなみに、僕のときは歓迎会はなかったんですけどね」

 やんわりと恨みがましいことを曰う。ハハッと咲は頬を引きつらせた。

「お前、今、そういうこと言うか?」

 目を細めた凛太郎が、悠太の頭をワシャワシャと掻き回す。

 やめてくださいよ、と悠太は凛太郎から距離を取ろうとするが、やはり体格差で押し負け、なすがままだ。

「まあまあ、あの時は忙しかったから」

 花音がフォローを入れ、凛太郎の手を悠太から引き剥がした。

「それに、男三人で宴会なんて、むさ苦しいだけだから」と遠慮のない言葉を投げる。

「それはそうですけど……」

 悠太は唇を尖らせる。

 それじゃあ、と咲はパンッと手を打ち鳴らした。

「一緒にやりませんか、歓迎会っ」

 咲の提案に、「えっ、いいんですか?」と悠太は嬉しそうだ。

「ね、いいですよね、花音さん」

 咲は花音を見上げた。花音は、うーん、と首を捻り、

「……そうですね。不公平は事件の元、ですからね」

 片目を瞑った。

「ついでに、凛太郎も混ざっとく?」

 花音は揶揄うように凛太郎を見て、笑った。
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