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ブルースターの色彩
バレンタインの贈り物 -4-
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「ペンダントトップをなくした……」
ええ、と小峰夫人の表情がますます曇った。
「いろいろ探してはみたのですけど──小さいものですから、なかなか見つからなくて」
フゥとため息をつく。
「きっともう出てこないんだわと、思い始めたところです」
「それは困りましたね」
花音は腕組みをし、小峰夫人を見つめた。
「ちなみ、ペンダントトップが失くなられたことにお気づきになったのは、どちらででしょう?」
花音の問いに、小峰夫人は「この玄関です」と辺りを見渡した。
「ペンダントのチェーンが切れていたんです。古いものなので仕方がないのでしょうけど」
小峰夫人はしょんぼりと肩を落とした。
「チェーンが切れていることに気づいたのも、こちらの玄関ですか?」
「ええ」
「どこかお出かけになられたあとだったのですか?」
その問いに、小峰夫人は「いいえ」と首を横に振った。
「宅配便が来ましたので、その応対に。その日は外出はしていないので、家の中にあると思うのですけど」
そうですか、と花音は顎に手を当てた。
「それはいつ頃のお話ですか?」
「五日前です」
「五日前……」
花音の視線が、靴箱の上のアレンジメントに注がれた。
「では、あのアレンジメント」とそれを指差す。
「五日前にもありましたよね」
「ええ、そうですね。ありました。一週間前に買ってきたものですから」
小峰夫人は頷いた。
「それなら、たぶん」と花音は靴箱に近づき、アレンジメントを手に取った。それから吸水スポンジごと花を取り出し、中を覗き込む。
「……ありました」
そう言って、花音は隣にいた咲に花器を差し出た。
花器を覗くと、キラリと輝く小さな金属片が見えた。咲は中に手を入れ、それを摘み取った。
「桜?」
それは五片の花びらを象った真鍮の花びらに水色のガラスが嵌めてあるペンダントトップだった。
──でも、水色だから桜ではない?
「あっ、それです」
小峰夫人は慌てて駆け寄り、手のひらを差し出した。その上に、丁重にペンダントトップを置く。
「ありがとうございます」と頭を下げた小峰夫人は、嬉しそうにそれを握りしめた。
「でも、どうして分かったのかしら?」
不思議そうに花音を見つめる。花音は、そうですね、と軽く頭を掻いた。
「失くしたものは、失くした場所で見つかる、ということです」
花音は当たり前のことを曰う。
はぁ、と小峰夫人は生返事をして、小首を傾げた。
「小峰さんは、玄関でチェーンが切れていることに気がついたと、言ってましたよね」
ええ、と小峰夫人が頷いた。
「そうだとすれば、チェーンが切れたのも玄関だと推測ができます」
花音は当然の結論のように述べる。が、咲も小峰夫人もイマイチ納得できない。二人で顔を見合わせた。
花音がクスリと笑う。
「小峰さんは、ペンダントを触るクセがありますよね」
あ、そうですね、と今まさにペンダントを触りながら小峰夫人が答えた。
「ですから、もしペンダントのチェーンが切れたとしたら、すぐに気がつくはずです」
「そうかもしれませんね」
花音の指摘に、小峰夫人は頷いた。
「であるなら、この玄関がチェーンの切れた場所としての確率が高い。──ひいては、失くした場所である、ということです」
花音はニコリと笑みを浮かべた。
「そして、この玄関ですが」
花音は玄関を見回す。
「なかなかの広さですが、きちんと掃除が行き届いてます。だから、もし落ちていたとしたら、すぐ気がつくはずでしょ?」
そうですね、と小峰夫人は頷いた。
きっと掃除のついでに何度も探したのだろうから、見逃すはずがない。
「宅配の応対で玄関に来たということでしたが──」
花音は視線を小峰夫人に定める。
「宅配の応対で、靴箱やシューズクロークを利用することはないですよね」
「ええ」
「つまりその中に落ちている可能性はない」
「たしかに、そうですね」
もはや、咲も小峰夫人も花音の言うことに相槌を打つことしかできない。
「でも、宅配の受け取ったついでに、アレンジメントの手入れを行うことはありますよね」
あっ、と小峰夫人が小さく声を上げた。何かに思い当たったのだろう。
「そういえば、萎れた花を一輪、抜き取りました」
その答えに、花音はニコリと笑った。
「そのとき落ちたのだと思います」
咲と小峰夫人は大きく頷いた。
「すぐに見つからなかったのは、運悪く器の奥まで落ち込んでいたから。──普通の方は、中身を持ち上げて探したりはしませんからね」
言いながら、花音は手にしていたアレンジメントを元の状態に戻し、靴箱の上に置いた。
「本当にありがとうございます」
小峰夫人は深々と頭を下げ、礼を述べる。
「このペンダント、結婚前に主人からプレゼントされて、それ以来、ずっと肌身離さず着けているものなんです。だから、失くしてしまって、すごく心細かったんです」
愛おしげに手のひらの上のペンダントトップを見つめる。
「御守りのようなものですね」
花音は目を細めた。
本当にそうだわ、と小峰夫人は小さく笑った。
「──そういえば、ごめんなさいね」
それから、二人へと視線を移し、謝辞を述べた。
「え?」
咲はその意図が分からず、首を傾げた。
「バレンタインデーですもの。このあとデートの予定でしょう?」
咲と花音を交互に見比べ、小峰夫人が申し訳なさそうな顔をする。
「デ、デート?」
思いがけない言葉に、咲は素っ頓狂な声を上げた。
「お時間取らせて、ごめんなさいね」
そんな咲の様子には構わず、小峰夫人は続ける。だいぶ思い込みの強い人なのかもしれない。
「いいえ、大丈夫ですよ。まだまだ時間はありますから」
続く花音の答えに、咲はギョッとして、今度は彼を見上げた。花音は楽しげな笑顔を浮かべている。
「あら、いいわね。若いって」
小峰夫人は羨望の眼差しを咲に向け、満面の笑みを浮かべたのだった。
ええ、と小峰夫人の表情がますます曇った。
「いろいろ探してはみたのですけど──小さいものですから、なかなか見つからなくて」
フゥとため息をつく。
「きっともう出てこないんだわと、思い始めたところです」
「それは困りましたね」
花音は腕組みをし、小峰夫人を見つめた。
「ちなみ、ペンダントトップが失くなられたことにお気づきになったのは、どちらででしょう?」
花音の問いに、小峰夫人は「この玄関です」と辺りを見渡した。
「ペンダントのチェーンが切れていたんです。古いものなので仕方がないのでしょうけど」
小峰夫人はしょんぼりと肩を落とした。
「チェーンが切れていることに気づいたのも、こちらの玄関ですか?」
「ええ」
「どこかお出かけになられたあとだったのですか?」
その問いに、小峰夫人は「いいえ」と首を横に振った。
「宅配便が来ましたので、その応対に。その日は外出はしていないので、家の中にあると思うのですけど」
そうですか、と花音は顎に手を当てた。
「それはいつ頃のお話ですか?」
「五日前です」
「五日前……」
花音の視線が、靴箱の上のアレンジメントに注がれた。
「では、あのアレンジメント」とそれを指差す。
「五日前にもありましたよね」
「ええ、そうですね。ありました。一週間前に買ってきたものですから」
小峰夫人は頷いた。
「それなら、たぶん」と花音は靴箱に近づき、アレンジメントを手に取った。それから吸水スポンジごと花を取り出し、中を覗き込む。
「……ありました」
そう言って、花音は隣にいた咲に花器を差し出た。
花器を覗くと、キラリと輝く小さな金属片が見えた。咲は中に手を入れ、それを摘み取った。
「桜?」
それは五片の花びらを象った真鍮の花びらに水色のガラスが嵌めてあるペンダントトップだった。
──でも、水色だから桜ではない?
「あっ、それです」
小峰夫人は慌てて駆け寄り、手のひらを差し出した。その上に、丁重にペンダントトップを置く。
「ありがとうございます」と頭を下げた小峰夫人は、嬉しそうにそれを握りしめた。
「でも、どうして分かったのかしら?」
不思議そうに花音を見つめる。花音は、そうですね、と軽く頭を掻いた。
「失くしたものは、失くした場所で見つかる、ということです」
花音は当たり前のことを曰う。
はぁ、と小峰夫人は生返事をして、小首を傾げた。
「小峰さんは、玄関でチェーンが切れていることに気がついたと、言ってましたよね」
ええ、と小峰夫人が頷いた。
「そうだとすれば、チェーンが切れたのも玄関だと推測ができます」
花音は当然の結論のように述べる。が、咲も小峰夫人もイマイチ納得できない。二人で顔を見合わせた。
花音がクスリと笑う。
「小峰さんは、ペンダントを触るクセがありますよね」
あ、そうですね、と今まさにペンダントを触りながら小峰夫人が答えた。
「ですから、もしペンダントのチェーンが切れたとしたら、すぐに気がつくはずです」
「そうかもしれませんね」
花音の指摘に、小峰夫人は頷いた。
「であるなら、この玄関がチェーンの切れた場所としての確率が高い。──ひいては、失くした場所である、ということです」
花音はニコリと笑みを浮かべた。
「そして、この玄関ですが」
花音は玄関を見回す。
「なかなかの広さですが、きちんと掃除が行き届いてます。だから、もし落ちていたとしたら、すぐ気がつくはずでしょ?」
そうですね、と小峰夫人は頷いた。
きっと掃除のついでに何度も探したのだろうから、見逃すはずがない。
「宅配の応対で玄関に来たということでしたが──」
花音は視線を小峰夫人に定める。
「宅配の応対で、靴箱やシューズクロークを利用することはないですよね」
「ええ」
「つまりその中に落ちている可能性はない」
「たしかに、そうですね」
もはや、咲も小峰夫人も花音の言うことに相槌を打つことしかできない。
「でも、宅配の受け取ったついでに、アレンジメントの手入れを行うことはありますよね」
あっ、と小峰夫人が小さく声を上げた。何かに思い当たったのだろう。
「そういえば、萎れた花を一輪、抜き取りました」
その答えに、花音はニコリと笑った。
「そのとき落ちたのだと思います」
咲と小峰夫人は大きく頷いた。
「すぐに見つからなかったのは、運悪く器の奥まで落ち込んでいたから。──普通の方は、中身を持ち上げて探したりはしませんからね」
言いながら、花音は手にしていたアレンジメントを元の状態に戻し、靴箱の上に置いた。
「本当にありがとうございます」
小峰夫人は深々と頭を下げ、礼を述べる。
「このペンダント、結婚前に主人からプレゼントされて、それ以来、ずっと肌身離さず着けているものなんです。だから、失くしてしまって、すごく心細かったんです」
愛おしげに手のひらの上のペンダントトップを見つめる。
「御守りのようなものですね」
花音は目を細めた。
本当にそうだわ、と小峰夫人は小さく笑った。
「──そういえば、ごめんなさいね」
それから、二人へと視線を移し、謝辞を述べた。
「え?」
咲はその意図が分からず、首を傾げた。
「バレンタインデーですもの。このあとデートの予定でしょう?」
咲と花音を交互に見比べ、小峰夫人が申し訳なさそうな顔をする。
「デ、デート?」
思いがけない言葉に、咲は素っ頓狂な声を上げた。
「お時間取らせて、ごめんなさいね」
そんな咲の様子には構わず、小峰夫人は続ける。だいぶ思い込みの強い人なのかもしれない。
「いいえ、大丈夫ですよ。まだまだ時間はありますから」
続く花音の答えに、咲はギョッとして、今度は彼を見上げた。花音は楽しげな笑顔を浮かべている。
「あら、いいわね。若いって」
小峰夫人は羨望の眼差しを咲に向け、満面の笑みを浮かべたのだった。
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