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チューリップはよく動く
アトリエ花音 -3-
しおりを挟む「よく生けたね、咲ちゃん」
咲が生けた花を窓際の白い丸テーブルの上に飾って、花音は労いの言葉をかける。
今回、彼が教えてくれたのは、フリースタイルという花器に直接花を生けていくアレンジだった。生け花の『投げ入れ』に当たるそうだ。
「吸水スポンジを使ったアレンジより使用するお花が少ないから、初心者向きなんだよ」
花音はそう言ったが、そんなことはなく、とても難しかった。
まず、花器に花を挿していくが難しい。思ったとおりの位置で花を固定出来ないのだ。その上、ちょうどいい位置で固定出来ても、新たに花を追加すると動いてしまう。
その度に花音のフォローが入り、なんとか形にすることができた。
「疲れたでしょ」
知らず知らずのうちに気が張っていたのだろう。生け終わると一気に疲れが押し寄せて来た。それでも心地良い疲れだった。
「あ、はい……」
咲はぼんやりとしたまま返事をした。それを花音がクスリと笑い、
「どうぞ」
紅茶の入ったティーカップを咲の前に置いた。爽やかな紅茶の香りが広がり、鼻をくすぐる。
「……ありがとうございます」
ティーカップを両手で包み込むと、ほんわりとした温かさが指先に伝わった。
「どう? 初めてのフラワーアレンジメントは」
「とても難しかったです」
咲は花音を見上げ答えた。それから、窓際に飾られた自分の花を見る。
「でも、お花を生けるって、すごく楽しいことなんですね」
「そう思う?」
「今までこんなにじっくりお花を触る機会がなかったんですけど。──元気を分けてもらった気がします」
おや、と花音が声を上げた。
「すごいところに気がついたね。咲ちゃんはお花の才能があるよ」
そんな、と咲は謙遜した。
「全然、上手に生けられませんでしたよ」
「このくらいできれば充分。……いや、むしろ、このチューリップの茎の伸びやかな使い方は、初心者とは思えないくらいだよ」
花音は真剣な眼差しで咲の花を見つめる。
「それにね、花の出来の良し悪しより、さっき咲ちゃんが言った気持ちのほうが大事なんだ」
「気持ち……」
そう、と花音は笑った。
「お花って、そこにあるだけで気持ちを明るくしてくれるでしょ?」
確かにそうかもしれない。咲はコクリと頷いた。
「──まだ時間は大丈夫?」
チラリと時計を見て、花音が尋ねた。
「はい。今日の予定はここだけなので」
「それなら、ケーキなんてどう?」
「ケーキ?」
「うん。昨日、仕入れて来たんだ」
花音はショーケースのドアを開け、一番下の段から箱を取り出した。箱にはチョコのケーキが二つ入っていた。
── ショーケースって、冷蔵庫の代わりにもなるんだ。
咲は変なところに感心してしまった。
「このケーキ、一階の喫茶店のものなの」
「一階に喫茶店、ありました?」
咲は首を傾げた。
「あれ、気づかなかった? ちょっと小汚い外観だけど、内装はナチュラルに仕上がってて、ケーキとコーヒーが美味しいんだよ」
「そうなんですか? シャッターが降りてたから、気がつきませんでした」
「シャッターが降りてた?」
「はい」
咲の答えに、花音は怪訝そうな顔をする。
「いつもなら営業してる時間なのに……。悠太くん、何かあったのかな?」
花音はケーキを皿に取り分けていた手を止め、独りごちた。
その時、玄関のドアが乱暴に開閉する音が聞こえた。
続いて「武雄さん、助けて下さいっ」
すがるような情けない声が響き、玄関へと続くアンティークのドアが開く。
そこに現れたのは、まだ幼さの残る顔をした小柄な男性だった。少し茶色いショートヘアの髪は乱れ、寝癖もついていて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「どうしました、悠太くん」
咲にはとても優しく接してくれた花音だが、なぜか困っている人を目の前にして、表情はピリついていた。声も冷たく感じる。
──ていうか、武雄って?
「ミーちゃんが……」
しかし、そんなことお構いなしに、悠太は続ける。
「ミーちゃん?」
その剣幕に圧されて、花音は表情を崩した。
「ミーちゃんが、いなくなったんです」
悠太はその場に崩れ落ちた。
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