華村花音の事件簿

川端睦月

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エディブルフラワーの言伝

エディブルフラワーの言伝 -1-

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「少し散歩して帰ろっか」という花音の提案で、周辺を散策することになった。

「この近くに美味しい和菓子屋さんがあるんだ」
「和菓子屋さん? でも、ついさっきご飯食べたばかりですよ」
「だって咲ちゃん、デザート食べ損ねたでしょ」

 花音が申し訳なさそうに言う。

「ビュッフェのメインディッシュといえば、デザートだからね。デザートをお預けさせてしまったせめてもの罪滅ぼし」と片目を瞑って笑う。

「それに、悠太くんのお土産にもいいんじゃない?」

 花音は咲の手を取ると歩き出す。その手を見つめ、咲はため息をついた。

 ──いい加減、手は離してくれてもいいのだけど。

 チラリと花音を見上げると、目が合った。

「ん?」と花音は嬉しそうに笑い返す。そんな花音を見たら、無理やり振り解くのは躊躇われた。

「──そういえば、花音さんはどうして智美さんの恋人があのホテルのシェフだってわかったんですか?」

 ふと思いついて尋ねる。

 それに、ああ、と花音は大きく頷いた。

「それは、エディブルフラワーがきっかけかな」
「エディブルフラワー、ですか?」

 聞き覚えのない単語に、咲はパチパチと目を瞬かせた。

「エディブルフラワーっていうのは、いわゆる食用花のことだよ。食べられるように栽培したお花なんだ。食用昆虫と比べたら、だいぶロマンチックでしょ」

 花音が揶揄うように言った。

「食用昆虫って。……花音さん、もしかして話を聞いてました?」

 そりゃ、聞いてたよ、と花音はこともなげに答える。

「咲ちゃんだって、僕の話聞いていたんでしょ?」
「それは……聞こえてきたんです」
「そっか。聞こえてきたんだ」

 全然納得していない口調で、花音は王蟲返しをする。

 やっぱり花音さんは少し意地悪だと思う。咲はプクッと頬を膨らました。それを可笑しそうに笑い、花音が続ける。

「エディブルフラワーと言えば、昔は食用菊や菜の花くらいだったけど、今ではかなりの種類があるんだ。バラにパンジーにカーネーションにマリーゴールド。エディブルフラワーで花束を作れるくらいにね」
「へぇ。素敵ですね。食べられる花束ってもらってみたいです」

 食べられる花束、とつぶやいて、花音がプッと吹き出す。

「なんですか?」
「いや、咲ちゃんって、意外に食いしん坊だよね」

 プルプルと肩を震わせた。咲はムーッと眉間に皺を寄せる。

 ごめん、ごめん、と花音がまた可笑しそうに笑う。

「それで、料理の飾り付けにエディブルフラワーが使われていたんだけど。僕の料理だけお花の種類が違ったの」
「花音さんだけ違う?」

 咲は首を傾げた。

「うん。料理って盛り付けも込みで完成するものでしょ?」
「そうですね」
「一皿一皿が違うお花だったら、その人に合わせた盛り付けなのかな、って考えもするけど。僕のだけっていうのは、ちょっとおかしいよね……足りなくて間に合わせたっていうのも失礼な話だし」

 花音はそう言って肩を竦めた。たしかにそうかも、と咲も同意する。

「しかもその花が『セキチク』だったんだ」
「セキチク、ですか?」

 咲はキョトンとして花音の横顔を見つめた。

「セキチクってね、撫子の仲間で別名『カラナデシコ』っていうんだけど。『唐』って言葉からもわかるとおり、中国から入ってきたお花なんだ」

 そう言われてもいまいちどういう花なのかピンとこない。

「そうだな、カーネーションに近いかも」

 まだイメージの湧いてなさそうな咲を見て、花音が付け加えた。

「で、その花言葉が『あなたが嫌いです』なんだ」
「あなたが嫌い……それはストレートですね」

 本当だよ、と花音は苦笑いを浮かべる。

「で、よく観察していると、智美さんはソワソワ厨房の方を気にしているし、井上さんも然り。だから、そういうことなのかなって思ったの」

 だけどさ、と花音は嫌味っぽく口の端を歪めた。

「料理を使って嫌がらせするなんて、ちっちゃくない?」
「ちっちゃい、ですか……」
「そうだよ。ハッキリ言えばいいのに。『彼女に手を出すな』って」
「なんか今日の花音さん、ちょっと辛辣ですね」

 そりゃ、そうだよと、花音は不機嫌そうな顔をする。

「くだらない用事に付き合わされた挙句、咲ちゃんと凛太郎のイチャイチャぶりを見せつけられたんだからね」
「イチャイチャ……」

 花音さんからはそう見えたのか。咲は眉根を寄せた。

「別にイチャイチャではないです。揶揄われていただけです」

 心外だと言わんばかりにむくれてみせる。

「だけど楽しそうだった。僕もそっちで一緒に食べたかった」

 子供のようなことを言って、花音は恨みがましそうに咲を見た。

「なに変なワガママ言ってるんですか……」

 呆れて閉口する咲を、花音はクスリと笑う。

 それから急に一点を見つめ、「ま、僕をに使った井上さん親子には、しっかりバチが当たるだろうから、全然構わないんだけど」と怖いことを言い出した。

「……バチって?」

 咲は恐る恐る尋ねる。

「だってさ、井上さんはシェフのもてなしに感激したって言ってたけど、そのシェフは料理を使って私怨をぶつけてきたんだよ。裏表がすごいよね。大体、仕事道具を使って恨みを晴らすってダメじゃない? そんな人と結婚したら、苦労しそうだよね」

 楽しそうに言う。

 これは相当根に持っているな、と咲は顔を引き攣らせた。

 そんな咲に気がつき、「ま、他人事だから関係ないけど」と花音はバツが悪そうに呟いた。
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