華村花音の事件簿

川端睦月

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藤の花の咲く頃に

悠太の過去

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 悠太の要望で遊園地の最寄り駅で待ち合わせる。

 同じビルなんだし、一緒に出かければいいのに、と咲は提案したが、「それだとワクワクが半減しちゃいますから」と押し切られ、今に至る。

 咲は腕時計をチラリと見た。

 待ち合わせ時刻は、午前十時。今は五分前だから、そろそろ悠太が現れてもいい頃だろう。

「咲さーん」

 予想通りのタイミングで、悠太が大きく手を振り、駆け寄ってくる。

 今日の悠太は白のパーカーに紺のデニムパンツ、紺のジャケットを合わせたキレイめカジュアルだ。背中に大きめのリュックを背負い、カタカタと音を立てながら走ってくる。

 その様子がまるで尻尾を振る子犬のようで、咲はクスリと頬を綻ばせた。

「……お待たせ、してしまって、申し訳、……ありません」

 咲の前で、悠太は息も絶え絶えに謝辞を述べる。

「ううん。まだ時間前だから、そんなに焦らなくても良かったのよ」

 咲は首を振り、笑った。

「でも、自分から誘っておいて、お待たせしてしまうのはちょっと……」

 悠太はしょんぼりと肩を落とした。

「本当に大丈夫よ」と咲は笑う。

「私もついさっき着いたばかりだし。それより……」

 咲は周囲を見渡した。悠太が大きな声を上げて走ってきたので、注目を浴びてしまったようだ。探るような視線に当てられ、居心地が悪い。

「……遊園地行こっか」

 咲は居た堪れず、悠太を促し、その場をあとにした。

 なかやまランドは最寄り駅から徒歩で十分ほどの距離にある。日曜日ということもあり、道すがら目につくのは、親子連れとカップルばかりだ。

 たぶん目的地は一緒なのだろう。

「実は昨日あまり眠れなくて」

 横に並んで歩く悠太がポリポリと頭を掻いた。

「張り切り過ぎちゃって?」

 咲は冗談めかす。それに、そうなんです、と悠太は頷いた。

「興奮しすぎて、全然眠れなくて。……お陰で寝坊してしまいました」
「大丈夫? 寝不足じゃない?」

 咲は悠太の顔色を窺う。大丈夫です、と答える悠太の表情はハツラツとしていた。

「咲さんは、なかやまランドには行ったことがありますか?」
「そうね……」

 咲は記憶を呼び起こす。
 
「幼い頃に両親に連れられて、何度か。でも、最後に行ったのは十五年も前だから、もう随分様変わりしてるかも」

 そうかもしれませんね、と悠太は頷いた。悠太は咲と会話している間も落ち着きなく、辺りを見渡している。

「いいですね、ああいう親子」

 すぐ前を歩く子供が、両手を両親と繋いでブランコをしている光景に、目を細める。

「僕、親がいないんで、ああいうのに憧れるんですよ」
「え? そうなの?」

 突然のカミングアウトに、咲は驚いて、思わず立ち止まった。

「はい。幼い頃に母が亡くなったので」

 つられて悠太も歩みを止め、咲を振り返る。

「……それで父も、頼れる親戚もいなかったので、擁護施設に預けられたんです」

 そうなの、と返して、咲は黙り込んでしまう。

「やだなぁ、咲さん」

 悠太がいつもの明るい調子で言った。

「そんな深刻そうな顔しないでください。僕、施設暮らしは結構楽しくやっていましたので」
「そうなの?」
「はい。──施設暮らしっていうと、不幸だって思われがちですけど、全然そんなことありませんよ。施設の方は皆んないい人ばかりで、温かい思い出しかありません」

 悠太はニコリと笑う。

「むしろ、施設を出てからが大変でした」と肩を竦めた。

「施設を出てから?」

 はい、と頷き、悠太は「行きましょうか」と咲を促した。それで咲は悠太と並んで歩き出す。

「擁護施設って、高校を卒業すると退所することになるんですけど。……僕、就職に失敗しちゃって」
「就職に失敗?」
「ええ。あの、就職はできたんですよ。でも、就職した会社が一年も経たずに倒産して……」
「倒産……」

 それはついてない。咲は眉を顰めた。

「それで会社の寮に住んでいたので、倒産と同時に住むところもなくなって」

 それは本当についてない。咲はますます眉を顰めた。

「それが真冬の、雪がチラつく寒い日でして……もう本当にマッチ売りの少女気分でしたよ」

 悠太は冗談めかして言う。

 しかし、口調とは裏腹に当時を思い出したのか、その表情は神妙だ。

「お金もなくって、コンビニのイートインコーナーでどうしようかなってボーっとしていたら、花音さんに声をかけられたんです」

 悠太の表情に明るさが戻る。きっと悠太はそれで本当に救われたのだろう。

 頼る先のないお先真っ暗な状況で、手を差し伸べてくれた花音に。

「当時の僕は童顔でして」と悠太は笑う。

 いや、今でも童顔ですから、と咲は心の中でツッコミを入れた。

「家出少年と思われたようです」
「家出少年……」

 それは誰が見てもそう思うだろう。

「大量の荷物を持ってるし、顔色は悪いし。長時間、イートインコーナーに居座っているし」
「え? 花音さんずっと悠太くんのこと見ていたの?」

 あ、いいえ、と悠太は首を振った。

「コンビニの店長さんが花音さんの知り合いだったらしくて。心配して花音さんに連絡したみたいなんです」と説明する。

「それで、そのまま住むところと職を提供して貰いました」
「職って、喫茶カノンの店長?」

 そうなんですよ、と悠太は頷く。

 初めてあった子を喫茶店の店長に据えるなんて。花音の大らかさに感心する。

 ふいに頭上から、ワーッという歓声が上がった。

 見上げると、遊園地の敷地内全体をグルリと取り囲むように敷かれたジェットコースターのレールの上をコースターが通り過ぎていく。奥の方には大きな観覧車も見えた。

「すごいっ」

 悠太の目が明らかにイキイキとする。

「咲さん、急ぎましょう」

 そう言って咲の手を取り、悠太は遊園地に向かって走り出した。
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