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水仙の誘惑
エピローグ
しおりを挟む宴会の後片付けをしていると、スマートフォンの着信音が鳴った。画面には『柏木亮介』と表示されている。
花音は小さく息を吐き、応答ボタンを押した。
「おお、オレオレ」
それと同時に、遠慮のない声が響く。
「どちら様ですか?」
花音は素っ気なく応じる。
「つれないねぇ」
電話の向こうの声が笑った。
「オレオレなんて、いまどき詐欺でも言いませんよ」
花音は呆れて肩を竦めた。
「──それで、今日はどういったご用件で?」
「ああ。今日は悪かったなと思ってな」
亮介が謝罪する。
「文乃と顔を出すつもりだったが、急な事件が入っちまってな。……今日は家にも帰れない」と嘆く。
「それはご愁傷様です」
花音は冷たく返す。
「それで、文乃から聞いたんだが……」との言葉に、菜摘の一件が浮かぶ。
「お前、彼女出来たんだってな」
だが、亮介の口から出たのは思いがけない言葉だった。
「彼女?」
花音は眉をひそめた。
「なんだっけ、たしか、咲ちゃん、だったか?」
記憶を探るように、亮介が名前を口にする。
「いえ、彼女は……」
「お前、彼女が出来たんなら、まず俺に報告しろ」
慌てて弁明しようとする花音を遮り、亮介が続ける。
「じゃないないと、俺は良心の呵責に苛まれて、いてもたってもいられない」
「良心の呵責?」
「お前から、文乃を奪った罪だよ」
亮介はナルシストめいたことを口にする。
いや、奪われてはいませんが、と花音は心の中でボヤいた。
花音と文乃が別れたあと、亮介が猛アピールの末、付き合い出しただけですが。
むしろ、そのことに花音は感謝をしている。自分が傷つけ、突き放した文乃を癒してくれたのだから。
「お前もいい加減、あの時の呪縛から解き放たれたわけだ」
亮介が安心したように笑った。その亮介を呼ぶ声が電話の向こうから聞こえた。
「わりぃ。ちょっと急な会議が入っちまった。──また今度」
そう言って、亮介は一方的に電話を切った。
「まったく、なんなんだ慌ただしい」
花音はスマートフォンをテーブルの上に置き、独りごちた。
亮介からの電話はいつもこうだ。勝手にベラベラと捲し立てて、言いたいことが終わったら切る。
それは手短に済んで楽ではあるが、こちらの言い分にも少しは耳を傾けて欲しい、と花音は思う。
それにしても、今の電話の様子だと、文乃は菜摘の一件を亮介には伝えなかったのだろう。菜摘と友人関係を続けるのなら、それは懸命な判断だと言える。
「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける」
花器に生けた桜を見つめ、花音はぽつりと呟いた。
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