上 下
27 / 52
一章 役目を終えて【ミシュリーヌ】

第26話 手紙

しおりを挟む
 ミシュリーヌは手紙を書き終えて、羽根ペンを置く。向かいに座るヤニックとギルド長は戦闘時に感じたことなどをまとめ、ニコラは地図の写しを作ってくれている。それぞれ二通ずつだ。

「どうやって届けるのか聞いても良いか?」

「はい。直接伝える方法も考えましたが、治療がありますし……個人的にも王都には戻りたくないんです。ですから、今回はこれを使おうと思っています」

 ミシュリーヌはマジックバッグから木箱を取り出す。箱を開けて、ガラス瓶に入った蝋をヤニックに手渡した。

「封蝋? 魔法がかかっているのか?」

「そのとおりです。特殊なものですが、回復薬や浄化薬のような魔法薬の一種なんですよ」

 オーギュストが手紙を送る際には、必ず使っていたものだ。これで封をした手紙は、指定した相手にしか開封することができない。封蝋を施したのが誰なのかも、その相手が魔道具で鑑定すれば正確に知ることができる。

 ミシュリーヌが説明すると、皆が感心したように頷く。オーギュストなら、自分宛てではなくても見ただけで差出人の魔力を鑑定できるが、特殊すぎるので言わなくても良いだろう。

「ギルド長は見たことがあるんじゃないですか?」

「送られて来たことはあるが、冒険者ギルドでこんな高価なものは買えねぇよ」

「わ、私も知人が作ったのをもらっただけです!」

 ミシュリーヌが慌てて言い訳をすると、ヤニックがニコラに口止めを始めた。ヤニックとギルド長にはバレていそうだが、このままではニコラにまで正体を知られてしまいそうだ。ミシュリーヌの周りの常識が、どれだけ国民の非常識だったかを痛感させられる。

 ミシュリーヌは冷や汗をかきながら、蝋を専用の道具を使って溶かし手紙に垂らした。

「【この手紙の開封は、前ヴァーグ伯爵にのみ許します】」

 ミシュリーヌは前ヴァーグ伯爵の顔を思い浮かべながら、封蝋印に魔力を流して蝋に押し付けた。ほのかに輝いて、光が手紙に吸い込まれる。

 ミシュリーヌは封蝋に触れて開かないことを確認しホッと息を吐いた。

「前ヴァーグ伯爵というと、魔導師団長を務めていた人物か?」

「はい。公表されているわけではありませんが、前伯爵の次男のジョエル様は、現魔導師団長の侍従をしています。前伯爵が手紙を読んだら、彼に伝書鳩を飛ばして下さると思うので、確実に魔導師団の上層部に状況が伝わります」

 他にも同じことができる人物はいるが、オーギュストの絶対的な味方と呼べる者に託したい。その点、前ヴァーグ伯爵はオーギュストの師匠であるし、その夫人は乳母を務めていた。

 前伯爵はジョエルの兄である伯爵に全てを譲り、王都の祝賀パーティにも出席していなかった。パーティで会った伯爵の話によれば、領都の屋敷で隠居生活を楽しんでいるらしい。居場所が確定しているというのも選んだ理由の一つだ。

「……前伯爵が手紙を読んで下さるかが問題だな」

「大丈夫だと思いますが、念のためにこれを使います」

 ミシュリーヌはマジックバックから浄化薬を取り出す。

「ヴァーグ伯爵領にある屋敷に着いたら、浄化薬を執事か無理なら門番に渡してもらおうと思います。そうすれば、取り次いでくれるでしょう。魔導師の家系ですから、そういった知識は使用人にも浸透しているはずです」

「なるほど、浄化薬があれば確実だな」

 祝賀パーティの日は例外だったが、一般人が浄化薬を持っている可能性はゼロに近い。それを見せるだけで、神殿やミシュリーヌにつながる。

「ギルド長、王都とヴァーグ伯爵領に手紙を届けてもらいたいのですが、人員の確保をお願いできますか?」

「それは構わないが……」

「ミーシャの護衛も必要だな。俺もついて行くつもりだが、二人はまずいだろう」

「いいえ、私の護衛は必要ありません。ヤニックさんも手伝って下さるなら、王都への手紙をお願いしたいです。直接、魔導師団長に説明していただけませんか? 手紙を渡せば、魔導師団から呼び出されると思うんです」

 伝書鳩は一度に送れる重さの上限がある。魔力で補強しても、用意した全ての情報を送るのは難しい。前伯爵が王都に人を送ってくれるだろうが、時間がかかりすぎる。それに、オーギュストが書き出したこと以外のことを知りたがる可能性もある。

「魔導師団に俺が行っても無理じゃないか? 仲間の中には魔導師団に直接訴えに行って追い出された奴もいるんだぞ」

「手紙があるので大丈夫だと思いますが……念のために、前伯爵への手紙にもヤニックさんのことを書いておきましょう」

 結局、ヴァーグ伯爵領にはニコラが護衛とともに向かうことになった。ヤニックがクドクドとニコラに言い聞かせていたが、ギルド長が共に向かう護衛の名を告げると、安心したように黙った。どうやら、信頼できる人物らしい。

「本当はミーシャの護衛に付けようと思って呼んだんだ。本当に大丈夫か? 噂については聞いたんだろう? 印象は最悪だぞ」

「覚悟しています。その印象を変えるためにも、できるだけのことはしたいんです」

 この地の夜は危険だが、日のあるうちならば、他領の夜のように魔素を浄化しながら進むことができる。魔獣に合わなければ、早く移動することが可能だ。だが、広範囲を浄化しながら動くのは難しい。馬を癒しながら進む必要もあり、一人でなければ使えない手だ。

「でもな……」

「それより、回復薬がほしいです。これで買えるだけ用意して頂けませんか?」

 ミシュリーヌはドサリと麻袋に入った金貨を机の上に置く。回復薬は浄化薬の原料だ。なるべく多くを確保しておきたい。

 ギルド長は諦めたように息を吐いて、机の上の麻袋を開けた。

「上級回復薬は不足しているんだ。掻き集めても30本が限度だな」

「いいえ、低級回復薬でお願いします」

 神官が浄化薬を作る場合には上級を原料にするが、ミシュリーヌなら低級からでも作ることができる。完成後の効果は同じだ。

「低級ならある程度の数を用意できるが……何万本ほしいんだ?」

「へ?」

 ギルド長が引き攣った顔でミシュリーヌを見ている。

 ミシュリーヌは低級回復薬の値段を聞いて、金貨を三枚だけ残してバッグにしまった。恥ずかしくて頬が熱を持つ。

 お金の価値は難しい。

 ギルド長が薬草採取の依頼と、回復薬製作の依頼を出してくれたので、この街の患者の治療を終えて出発する日までには、必要量を揃えることができそうだ。


 一章 終


―――――――― 
【あとがき】
 お読みいただきありがとうございます。二章はお昼12:10の公開となりますので、よろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。

青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。 婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。 王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

聖女に選ばれた令嬢は我が儘だと言われて苦笑する

しゃーりん
恋愛
聖女がいる国で子爵令嬢として暮らすアイビー。 聖女が亡くなると治癒魔法を使える女性の中から女神が次の聖女を選ぶと言われている。 その聖女に選ばれてしまったアイビーは、慣例で王太子殿下の婚約者にされそうになった。 だが、相思相愛の婚約者がいる王太子殿下の正妃になるのは避けたい。王太子妃教育も受けたくない。 アイビーは思った。王都に居ればいいのであれば王族と結婚する必要はないのでは?と。 65年ぶりの新聖女なのに対応がグダグダで放置され気味だし。 ならばと思い、言いたいことを言うと新聖女は我が儘だと言われるお話です。  

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

処理中です...