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一章 役目を終えて【ミシュリーヌ】

第20話 療養所

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 ニコラから聞き出した話は、ミシュリーヌの耳を疑うものだった。

「この街に魔獣が押し寄せて来たのは、8ヶ月前のことだ」

 それまでにも、魔獣の襲撃にはあっていたが、いずれも冒険者や町を守る騎士が退けてきたらしい。それは浄化が終わった現在も、どの町にでも起こりうる日常だ。

 ただ、8ヶ月前に起こった出来事は、『魔素の中で暮らす日常』で片付けられるものではなかったようだ。

「数も異常だったが、魔獣の目つきも違った気がする」

 ニコラもサビーヌやリュックとともに、その魔獣との衝突に参戦していたらしい。

「魔獣は戦闘に入ると興奮して目つきが変わります。そういう状態だったということでしょうか?」

「いいや、あれとも違う。うまく言えないが、狂ったように凶暴だった」

 ニコラは落ち着いてから冒険者仲間と話しあったが、皆の意見も一致していたようだ。

「考えながら戦う余裕なんてなかったから、俺にはよく分からない。ただ、『何かに先導されているようだった』って言っている奴もいたよ」

 数日かけて何とか殲滅することはできたが、亡くなった者もいたようだ。怪我人も多かったことだろう。

 リュックが魔素に侵されていると気づいたときには、療養所が同じような症状の者で溢れかえっていた。ニコラたちはそこにいても休まらないだろうと考え、リュックを自宅で療養させることにしたようだ。

「それで浄化薬が不足しているわけですね」

「いいや。あのときの怪我で浄化薬を手にできた奴なんて一人もいないと思うぞ。一年くらい前から浄化薬の値段が急激に上がっていただろう? この街に暮らすような冒険者には手が出せないよ」

「浄化薬の値段が上がった?」

 ミシュリーヌは耳を疑った。ただ、真剣な表情のニコラが嘘をついているとも思えない。

 浄化薬はいろいろな事情があり、無料にはせず販売の形をとっている。ただ、値段は中央の会議で話し合って決められており、庶民でも買えるよう設定されている。

「あ、ああ。まさか、王都では違うのか?」

「え、ええ。そのはずです」

 ミシュリーヌが実際に販売に関わったのは数回だが、管理はきちんとされているはずだ。

「そうなのか……。サビーヌが王都で浄化薬を手に入れられたのは、お祝いで値段が下がっていたからだと思っていたよ」

 この地の浄化薬は、サビーヌやリュックの蓄え、ニコラやシモーヌのお金を足しても買えないようだ。
 
 無理に笑うニコラの表情が印象的だった。

 ……

 その晩、ミシュリーヌはサビーヌの家に泊めてもらい、翌朝になって、ニコラの案内で療養所へと向かう。

 ミシュリーヌは一晩考えたが、こんな状況に陥っている理由がよく分からなかった。神殿で不正を行う者がいても、領主の監査が入って発覚するはずだ。

 それなのに、現実は……とても、ミシュリーヌの手に負えるような話ではない。

「ここが療養所だ」

 ニコラが古びた扉を開けると、すぐに横たわる患者の姿があった。病室以外の場所も使わないといけないほど、患者の数が多いらしい。

「ミーシャ?」

 声をかけられて振り返ると、ヤニックの姿があった。水の入った桶を持っていて、療養所の手伝いをしていることが分かる。

 何となくだが、ヤニックの表情が暗い。ヤニックの浄化薬も効果を発揮しなかったことが想像できて、ミシュリーヌの胸が痛んだ。

「この子はミーシャ。高名な神官のお弟子さんだ。この街の現状を知って、手を差し伸べて下さった」

 ニコラが、昨晩のうちに皆で考えておいたミシュリーヌの設定を語りだす。サビーヌが、ミシュリーヌ自身が治療できると言ったら危険だと助言してくれたのだ。

 ミシュリーヌも対面した経験があるが、身内を助けたい一心で、理性的でない行動をとる者も残念ながらいる。

 ミシュリーヌはあまり良くない気配が部屋に混ざっているのを確認して、サビーヌに感謝した。一日でここにいる人数を浄化するのは不可能だ。揉める危険性がある。

 静まり返った部屋の中から、壮年の男性が歩み出てくる。

「私がここの責任者です。詳しい話をお伺いします」

 話しかけてきた男性は、常駐する医師のようだ。ニコラに促されて、ミシュリーヌは説明を始めた。

「ここに師匠が作った特別な浄化薬が五本あります。ここにいる方に使えば、回復される方もいるでしょう。治る可能性にかけて治療したい方がいれば、名乗り出ていただけますか?」

「鑑定させて頂いてもよろしいですか?」

「もちろんです」

 ミシュリーヌは今朝作ったばかりの浄化薬を医師に手渡す。医師はそれを魔導具に一滴垂らして鑑定を始めた。

 ミシュリーヌは鑑定の様子をドキドキしながら見守る。ただ、手渡したのは特別でもなんでもない普通の浄化薬だ。正常な魔導具なら反応しないわけがない。

「確かに浄化薬ですね。しかし……」

 魔導具が正常に作動して、ミシュリーヌはホッと息を吐く。ただ、医師の表情は暗いままだ。

 ミシュリーヌたちの周囲にいる患者は、リュックと同じくらい病状が進行している。医師が戸惑うのも無理はない。

「全員助かるかどうかは、私にも分かりません。でも、試してみる価値はあると思います。足りなければ、明日以降も同じだけなら用意できます」

「俺の兄さんは、ここにいる人たちと同じような状態だった。それでも、この薬で目を覚ましたよ」

 ニコラの助言を受けても、医師は半信半疑といった様子だ。患者の家族も牽制しあっている。 

「信じてくれよ!」

 ニコラが一生懸命語りかけているが、それでも名乗り出る者はいない。ずっと、神殿に見放されて来たのだ。信じられなくても無理はない。

 ミシュリーヌが困っていると、ヤニックがコソコソと近づいてきた。

「俺の相棒には浄化薬を飲ませたが効かなかった。それでも、治る可能性があるのか? 一人目で失敗すると、助かる命も助けられなくなるだろう?」

 ミシュリーヌは、ヤニックに相棒の居場所を聞いて移動する。ヤニックの相棒もリュックと同じような状況だった。

「必ず助けられるとは言い切れません」

「分かった。助かる可能性もあるんだな」

「はい」

 ミシュリーヌが頷くと、ヤニックはミシュリーヌから距離をとる。

「俺の相棒を治療してほしい」

 ヤニックは改めて部屋にいる人に聞こえるように言った。その言葉に驚いたような視線が集まる。

「俺はミーシャの実力を知っている。俺の相棒をよろしく頼む」

 ヤニックは部屋のざわめきに隠して、そんなことを口にした。ミシュリーヌに向かって、深々と頭を下げる。

「最善を尽くします」

 ミシュリーヌは言い訳せずに頷いた。一緒に旅をしてきたヤニックに『師匠』の存在を匂わせても無駄だろう。
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