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番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜

8.誤算

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 クリスティーナはその後も時間を見つけては森に入り、ウサギやネズミなどの魔獣討伐をこなした。伯爵が教師を雇ってクリスティーナに教えてくれた『護身術』は優秀で、魔獣に遅れを取ることはない。冒険者の仕事に慣れてきて、獲物が狸や猪などの中型魔獣になってもそれは変わらなかった。

 自分は強い。クリスティーナはそんなふうに考えるようになっていた。そして、その驕りが仇となる……


 クリスティーナはいつものように仕留めた猪の魔獣を担いで街に帰ろうとしていた。そんなときに、感知魔法で熊の魔獣の接近を知る。熊の魔獣は、ドリコリン伯爵領にある森の中で最大級の魔獣である。魔獣災害時にもこの魔獣が最大の被害をもたらした。

「熊の魔獣は初めてね」

 お目当ての魔獣が見つからず、森の深いところまで入っている自覚はあった。相手はまだ気がついていない。クリスティーナのような駆け出しの冒険者なら感知できた時点で迷わず逃げる敵だ。

 しかし、クリスティーナはそうしなかった。幼いクリスティーナは喜びさえ感じていた。

「熊の魔獣を倒せば、お父様も認めてくださるわ」

 クリスティーナは今日の戦利品を木の陰に置くと弓を構える。熊の魔獣を目視すると、気づかれる前に目を狙って弓矢を放った。

 クリスティーナの風魔法に制御されて、弓は吸い込まれるように熊の左目に突き刺さる。

 ギャァァァ

 熊が痛みで恐ろしい雄叫びをあげた。その声を聞いた他の魔獣たちが一斉に逃げ出ていく。しかし、クリスティーナは熊の魔獣だけを見ていて怯える他の魔獣に気づかない。

「上手く当てたわ!」

 クリスティーナは上達した弓の精度に一人歓喜した。魔力も無駄にしていないし、伯爵に見せたら褒めてくれるだろう。

 熊の魔獣はしばらく苦しそうにしていたが、自分の目を奪った相手を探して残った右目をギラつかせる。クリスティーナと目があったと思ったら、そのまま突進するように向かってきた。

「早い!」

 クリスティーナが焦って放った二本目の矢は、大きな熊の手によって薙ぎ払われてしまった。風魔法をのせた自慢の矢に、魔獣がこんなことをするのは初めてだ。クリスティーナは足が震えだしたのを無視して、弓を投げ捨てて剣を抜く。

「大丈夫。お兄様は一度に二頭を相手にするんだもの」

 ガスパールが精鋭集まる王都の騎士学校で首席であることは、考えないようにする。どちらにしろ、今から逃げるのは難しい。クリスティーナは身体を強化する魔法を足にかけて、勢いよく地面を蹴った。

 クリスティーナは左手で風魔法を放ちながら、熊の死角になる位置に回り込む。熊の近くで思い切り飛び上がって、両手に握り直した剣を振り下ろした。

 クリスティーナの渾身の一撃は、熊の硬い皮膚を貫いて、肩に大きな傷を作る。

 ギャァァァ

 倒せるかもしれない。そう思った瞬間だった。地面に着地した直後のクリスティーナを熊の大きな爪が襲う。

 足を魔法で強化して横に飛んだが間に合いそうにない。

 クリスティーナは咄嗟に顔を庇うように右手を出す。その直後、右腕に感じたことのない痛みが走った。手を出していなかったらと考えると恐ろしい。

 クリスティーナはパニックになって、熊の魔獣に風魔法を連続で放つ。力いっぱい後ろに飛んで、なんとかして、熊の魔獣から距離をとった。

「痛い……」

 右腕を見なくてもひどく出血していることが分かる。怖くて患部を確かめることは出来なかった。

「お父様、助けて! お兄様!」

 クリスティーナは風魔法を放ちながら叫ぶ。瞳からは涙がこぼれ落ちた。思い浮かべるのは、クリスティーナの自慢の家族の顔だ。伯爵は竜騎士として自由に空を舞う。ガスパールはいつも表情一つ変えずに魔法を放っていた。

 きっとガスパールなら、得意の土魔法で熊を翻弄しながら、優雅に倒すのだろう。ガスパールが伯爵家の庭に作り出す壁は、いつもクリスティーナの目を楽しませてくれていた。

「そうよ! 土魔法!」 

 クリスティーナも一時期ガスパールに憧れて、ひたすら土魔法を練習していたことがある。風魔法の方が扱いやすくて諦めたが、足止め程度の高さなら作り出すことができるだろう。

 クリスティーナは重く感じ始めた剣を捨てて、両手で風魔法を力いっぱい放つ。熊が怯んでいる間に、地面に両手をついて祈るように土魔法を繰り出した。

 ドンッ

 クリスティーナの目の前の地面が一気にせり上がる。出来上がった壁は熊の背より高い。

「やった……」

 囲うことは難しかったが、視界からクリスティーナを消すことには成功した。ただ、厚みがあまりないので、どのくらい持つかは分からない。クリスティーナは熊に背を向けると、魔法で身体を強化し全速力でその場を離れた。
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