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終章 王子様の決断

16.覚悟

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 ディランとエミリーが食後のお茶を飲んでいると、ボードゥアンが帰宅した。

「師匠、お帰りなさい」
「お師匠様、お邪魔しています」

「ただいま。その様子なら、2人とも大きな怪我はなかったのかな?」

「はい! ご心配おかけしました」

 エミリーが立ち上がってペコリと頭を下げる。ボードゥアンは安心した様子で微笑んだ。しばらく泊めてほしいという申し出も、二つ返事で了承してくれた。条件は時間がある日に夕食を作ることだけだ。


 夕方になって、ディランはボードゥアンの研究部屋に呼び出された。ディランは2人分のお茶を持って、ボードゥアンの部屋に入る。ボードゥアンはいつになく険しい表情でディランを待っていた。エミリーがいてはできない話をするのだろう。

「ボクが王都を離れることになった本当の理由を教えてくれるかい?」

「はい」

 手紙には込み入った話はかけなかった。ディランは改めてエミリーに起こった事や今に至る過程を細かくボードゥアンに説明する。

「だから、王族は嫌いなんだ」 

 ボードゥアンがボソリと低い声を出す。ボードゥアンは、ディランと出会った頃から王族に嫌悪感を抱いているようだった。自分の目的のために駒のように人を動かす事が許せないのだろう。

 魔道士団は変わった人間が多いが、裏表のない素直な者が多いので利用されやすい。気づかないうちに危険に巻き込まれていたなんて話はよく聞く。

 今回は身を守る術のないエミリーが使われたのだ。怒りも一入ひとしおだろう。

「それもあるけど、ディランのことも含めてだよ。エミリーちゃんを人質にして、ディランを追い込んだんでしょ」

「エミリーのことに関しては僕も苛立っています。でも、僕のことは大したことないですよ。エミリーを人質にとられたわけでもないですし」

「同じようなものだよ。エミリーちゃんのために早く解決したいディランの気持ちを利用したわけでしょ?」

「そういうことになるんでしょうか?」

 ディランはボードゥアンの剣幕に頭をかく。チャーリーはディランの能力を知らなかったようだが、王太子や国王についてはそう言えるかもしれない。ボードゥアンは、そんなディランを見て、呆れたようにため息をついた。

「ディラン、自分の置かれている状況をちゃんと理解してる?」

 ディランはボードゥアンに真っ直ぐ見られて姿勢を正す。

「大丈夫です……たぶん」

 ディランの曖昧な回答に、ボードゥアンはもう一度ため息をついた。

「その指輪の意味は分かってるの?」

「最初は知りませんでしたが、先程、入浴したときに気が付きました」

「……」

 ボードゥアンはディランの右手にある魔道士団の紋章が入った指輪を睨みつけている。ディランは自分の肩を撫でて苦笑した。

「じゃあ、魔道士団長になる覚悟は出来てるんだね」

「はい」

 ディランは迷いを振り切るようにはっきりと言う。

 後継者に指名されたときに肩に刻まれた魔道士団を表す紋章は、ディランの肩には。魔道士団長が『新しい団長に代わったときに消える』と言っていたものだ。

「そっか。ディランならそう言うよね」

 ボードゥアンはディランの返事を聞いて諦めたような顔をした。ディランが団長になることを望まないと言えば、どんな手を使ってでも協力してくれたのだろう。

 ボードゥアンも魔道士団長の後継者だったため、魔道士団の紋章を肩に持っていた。ディランが王太子の謁見室で消えたらしい。

『我々はシクノチェスの名を持つ者なり。魔道士団を率いてきた者たちよ。この者、ディラン・シクノチェスに魔道士団を率いる力を与えよ』

 あの儀式は魔道士団長の力を一時的に得るものではなく、魔道士団長になるための儀式だったのだ。

「どっちにしろディランが受けざるを得ないにしても、儀式を始める前に話すべきだったと思うよ。魔道士団長は、覚悟もなくつけるような立場じゃないんだ。あの人たちはおかしい」

「僕のために怒って下さってありがとうございます」

 ディランはボードゥアンに心からのお礼を言う。ディランを本気で心配してくれる大人は、ボードゥアンしかいない。

「僕も祖父たちの思惑をすべて受け入れるつもりはないんです」

 ディランがニッコリと笑うと、ボードゥアンは驚いた顔をする。

「意外だね」

「僕にも譲れないものができたってだけですよ」

「なるほどね」  

 エミリーを危険に晒すほどの高い地位に、だらだらと居座るつもりはない。

「そのために、師匠の力が必要なんです。手伝ってもらえますか?」

 ディランのこういう反発すら国王たちの予想の範疇かもしれない。もしかしたら、ディランが進もうとする道が、ボードゥアンを巻き込むために国王が真に望んだものであるとも考えられる。ボードゥアンもディランが考えつくことなど既に把握しているだろう。

「いいよ」

「……お願いしておいて聞くのも変ですけど、本当にいいんですか?」

 ボードゥアンは想像以上にあっさりと了承した。ボードゥアンは受け入れた相手には、とことん優しい。だからこそ、王族に利用されて嫌な思いをしてきたのだろう。

 ディランは勝手だと自分でも思うが、自分のせいでボードゥアンが傷つくのは見たくない。

「うん、君が望むならチャーリー王子を病院送りにしてもいいよ。ボクなら、証拠を残さずにうまくやる」

「あ、えっと……」

「なに? まさか本当にやってほしいの?」

 ボードゥアンが多くの者を震え上がらせてきた得意魔法をディランの前に出して見せる。冗談だとしても部屋の中ではやめてほしい。

「だめですよ! 兄上のことはもう殴っちゃったので、これ以上はやめてあげて下さい」

 ディランが慌てて言うと、ボードゥアンが目を丸くする。

「チャーリー王子をディランが殴ったの? ちょっと手が当たっちゃったとかじゃなくて?」

 ディランは気まずく思いながら小さく頷く。ボードゥアンはそれを見て吹き出した。

「守りたい人ができるってすごいことだね」

 ボードゥアンが笑いながらも感心したように言う。ディランは顔が赤くなっていることを自覚した。

「……師匠に頼みたかったのは、魔道士団の改革についてなんです」

「うん、多分そうだと思ってた」   

 ボードゥアンはクスクス笑いながら改革の手助けを了承してくれた。実際に動き出すのは、色々片付いてからになるだろう。ボードゥアンが手伝ってくれるなら、こんなに心強いことはない。
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