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終章 王子様の決断

3.病室

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 ディランたちはエミリーの様子を見るため、近衛騎士の案内で病院内にある特別室に向かった。本来は王族が入院する際にしか使われない場所だ。ディランは歩きながら、先に気になっていたことを確認する。

「エミリーに怪我がないって本当? ルークがあんなにひどい怪我をしているのに、無傷だなんて信じられないんだけど……」

「それはどういう意味でしょう?」

 ディランの質問に近衛騎士は不思議そうな顔をした。ディランはよく分からない反応に、トーマスと顔を見合わせる。

「僕、何かおかしいこと言ったかな?」

「失礼いたしました。我々は殿下の魔道具がエミリー様をお守りしたと聞いておりましたので……」

「えっ?」

 近衛騎士は戸惑いながら詳しい説明をはじめる。

 護衛していた秘密部隊や戦闘に気がついて駆けつけた騎士の証言によると、エミリーはつけていたイヤリングの魔法に守られていたそうだ。状況が落ち着いてからエミリーに聞いてみると、イヤリングはディランに渡された魔道具だと分かった。近衛騎士たちは、当然のようにディランの魔法による守護だと判断していたらしい。

(何? その便利な魔道具……)

 ディランはイヤリングに隠蔽の魔法しか込めていない。あのとき、エミリーがイヤリングに守られることを願っていたので、込めた魔法がいつもの隠蔽と異なっていたのだろうか。想いが魔法として現れるため、稀に想いが強すぎると魔道具に違う効果も付与してしまうと聞いたことがある。しかし、そうそうあることではないし、ディランがイヤリングに付加効果を与えていたなら、初めての経験だ。

「エミリー様は、この奥でお休みになっています」

 ディランが考えているうちに、簡素な扉の前まで来ていた。王族用の部屋だと分からないようになっているため、扉の前には騎士も立っておらず静まり返っている。

「私は中には入れませんので、ここで失礼いたします」

 扉の中には護衛の待機場所があるはずだ。共に入るのだと思っていたが、近衛騎士は一礼すると扉から距離をとる。ディランが疑問を口にする前に扉が開いて、殺気立った騎士が顔を出した。

「ディラン殿下、お帰りなさいませ」

 扉から出てきたのはルークの部下の一人だった。近衛騎士を仇のように睨んだあと、何事もなかったかのように笑顔でディランに一礼する。近衛騎士が扉から離れたのも納得だ。

 扉の中には警戒した様子の騎士が数名いて、さらに奥の扉を守っている。そちらの扉は王宮にあるような立派な扉だ。

「ディラン、こいつらに何とか言ってくれ」

「トーマスは味方だから安心していいよ」 

 騎士は全員ルークの部下で、表面上友好的だが、トーマスを警戒しているのが伝わってくる。ディランが声をかけても変わらないので、トーマスは苦笑していた。

「ディラン、仕方ないから俺はここで待つよ」

 トーマスはそう言って、騎士のいる前室のソファにドカリと座る。

「いやいや、夜中に寝ているエミリーに会わせるわけないでしょ」

 ディランが思わず突っ込むと、騎士たちの警戒があがる。トーマスは殺気に気づいているはずなのに気にする様子もない。先程の発言は疲弊している騎士たちへの気遣いだったのだろう。

「俺はお茶でも飲むことにするかな」

「それが良いんじゃない? 待たせるけど、ごめんね」

 ディランはトーマスを前室に残して、荘厳な扉をゆっくりと開ける。病室は夜中にも関わらず灯りがついていた。女性の看護師が2名、部屋の隅でディランに一礼する。

「お疲れ様」

 ディランは小声で言って、部屋の中心にあるベッドに近づいた。エミリーは大きなベッドの端っこに小さくなっている。眠っているはずなのに、何かを警戒するように眉を寄せていた。

 ディランは近くにあった椅子を引き寄せて座ると、エミリーの頭をゆっくり撫でる。しばらくそうしていると、エミリーの表情が少しだけ穏やかになった。エミリーの手は色が変わるほどギュッと握られていたが、力が緩んでイヤリングがポロリと滑り落ちる。ディランが渡した隠蔽の魔道具だ。

(あれ? 宝石がない?)

 イヤリングにはディランの瞳の色になってしまった琥珀がついていたはずだ。イヤリングの金属にはキズ一つないのに、宝石があった場所だけポッカリと空いている。これから宝石が入るのを待っているかのようだ。

(宝石が強い魔法に耐えられなかったのかな?)

 造り手のディラン自身、そんなに強い魔法の発動を考えて宝石を選んでいない。そう考えるのが妥当だろう。

「エミリー?」

 エミリーがイヤリングを探すように手を動かすので、ディランはその小さな手を握った。顔を覗き込んでみるが、起きた様子はない。

「一人にしてごめんね」

 ディランはイヤリングをサイドテーブルにおいて、エミリーの手を両手で握りしめた。
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