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二章 誘惑の秘宝と王女の日記

31.山奥で

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 ディランとトーマスは女の誘導で建物を出て、用意されていた馬車に乗った。魅了されていると思っているからか、比較的自由で手を縛られたり目隠しされたりもない。さすがに馬車に窓はなかったが、女はトーマスの粘っこい視線が煩わしかったのか御者台に座っており、監視の目もなかった。ディランは乗り心地の悪い馬車に揺られながら、音を頼りに状況の把握に努める。

 ディランたちを乗せた馬車は、人の喧騒を抜け出して整備の行き届かない道を半日ほど進んだ。キシスの町を出た後、街道を外れたことは察していたが、馬車から降りるとそこは森の中だった。

「こっちよ」

 女の指し示す先には古びた建物が立っている。朽ちてきているが立派な建物で、設備からすると貴族が別荘として使っていたものだと推測できた。

 ディランは近くに魔道士がいない事を確認し、魔法での警戒を始める。すると、少し離れた場所にシーと思われる気配を感じた。巻かれることなく追跡してきたようだ。それなら、ディランたちの居場所を改めて知らせる必要もない。ディランは黙って女の指示に従った。

 女の案内で入った部屋の中には、ひと目で魅了状態だと分かる男たちが数十人いた。誰もが女の姿を愛おしそうに目で追っている。

「俺に仕事を下さい。もっと働けます」
「いや、私の方が……」
「抜け駆けするな!」

 男たちは自分を女に売り込みたくて、あちこちで争い合っている。エミリーを奪い合っていた男子学生たちと同じ症状だ。

「皆さん、落ち着いて。私は皆さんを平等に愛しているわ。だから、争わないでほしいの」

 女の言葉に気持ちは入っていないが、トーマスを含めディラン以外の全員が幸せそうに頷く。ディランも一生懸命周囲に合わせて、目立たないよう気をつけた。

 魅了状態のトーマスはそのまま好きなようにさせておくしかない。ディランが見なかったことにすれば、何をしていても無かったことになる。ディランの複雑な気持ちは置いておくとして、とにかく、チャーリーに調べるように言われたのは、この場所で間違いなさそうだ。

「……私のために働いてね」

 女の言葉に部屋が揺れるような歓声が上がる。

 ディランたちがそのまま説明もなしに連れて行かれたのは、屋敷から少し歩いたところにある人工的な洞窟だった。薄暗い洞窟の中を進むと多勢の男たちがいて、女の姿を見つけると虚ろな目をしたまま喜びの声を上げる。

 男たちが運んでいる物をちらりと見ると、キラキラと光っているのが分かる。ディランは、他の魔道士がいないのを良いことに堂々と魔法で鑑定した。

(金か……)

 どうやら、ここは隠し金山のようだ。金山が見つかったなら、国に報告し採掘量に合わせて税を収める必要がある。しかし、イチに道中で見せられたエビネ伯爵領の資料には、金山があるというような記述はなかった。公にできない金山であるため、魅了状態にした者を労働力として使っているのだろう。

(とりあえず、あの女だけが魅了の対象者か確認が必要だな)

 『誘惑の秘宝』を使っているのが一人だけなら、それで良い。しかし、他にも同じような女がいるなら、同時に捕まえておかないと面倒なことになる。

 一人でも取り逃がすと、被害者がその女に先導されて襲って来る場合があるのだ。襲ってくる人間は本人の意思ではないので、傷つけないように対応しなければならず厄介だ。

(本当に面倒だな)

 ディランは女子寮での出来事を思い出してため息をつく。あの時と同じ失敗をするわけにはいかない。貴族と違い、平民には魅了状態に対する訓練の習慣はない。抗えなくても本人のせいではなく、もし傷つければディラン側に十割の過失になる。身分的には簡単に揉み消してしまえるが、だからこそ、後味の悪さが貴族に対するときの比ではない。

 ディランは慎重に状況を確かめながら働いた。休憩時間もほとんどなく、魔法を駆使しなければ一日で抗う気力を無くしていただろう。トーマスを見ると平然と人より多い仕事をこなしている。

 声を大にして言いたいが、やっぱりこれは、王子であり軟弱なディランの仕事ではないと思う。
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