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二章 誘惑の秘宝と王女の日記

20.乗馬

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 数日後、ディランは厨房を借りて作った軽食をカゴいっぱいにつめて、エミリーと厩舎に来ていた。日記を開いて以来、部屋で籠もっていることの多いエミリーを気分転換に連れ出すためだ。伯爵家の人々も誘ってみたが、ニコニコしながら遠慮されてしまった。

「ディラン殿下は、チャーリー殿下とシンビジウム公爵令嬢のデートに同行したいのですか?」

「……」

 夏期休暇が終われば、エミリーは王都に帰ることになる。ディランは短い家族との再会を邪魔したくなかっただけなのだが、レジーの指摘ももっともなので、遠慮なく2人で出かけることにする。

「ディラン様。私……馬に乗れないんです」

「うん、大丈夫だよ」

「あれ? 言いましたっけ?」

 ディランが驚かなかったので、エミリーが不思議そうに見上げてくるが、不思議でも何でもない。伯爵家の人々はディランが行き先を伝えると、聞くより先に色々な事を教えてくれた。エミリーのことが心配でしょうがないのだろう。

 それでも、一番エミリーに過保護なのは他領に嫁いだ姉だと言うのだから驚いてしまう。今回の王家とのゴタゴタは伝えていないそうなのでありがたい。

「僕が馬を操るから、一緒に乗ればいいよ。僕もレジー殿ほどうまくはないけど、魔法で補うから安全は保証するよ」

「はい、よろしくお願いします。ちょっと、乗ってみたかったので楽しみです」

 それもレジーから聞いている。ディランはエミリーのワクワクした顔を見て、同乗する役目を譲ってくれたレジーに感謝した。

「それじゃあ、行こうか」
 
 ディランはカランセ伯爵の愛馬だという立派な黒い馬を馬丁から預かる。伯爵から指示が出ていたようで、2人で乗りやすいような鞍がしっかりと着けられていた。ディランは軽食の入ったカゴを護衛につくルークに預けて、馬に飛び乗る。

「エミリー」

 ディランが馬上から手を伸ばすと、エミリーが恥ずかしそうにディランの手を取った。ディランは魔法を使ってエミリーをふわりと浮かせてディランの前に座らせる。

「怖くない?」

「はい! 楽しみです」

「じゃあ、出発するね」

 ディランの言葉を受けてカランセ伯爵家の騎士が2人、ディランの前を先導するように馬を走らせる。ディランの後ろにはルークもいるので、二人っきりのデートと言っても5人での行動だ。これでも、伯爵にディランの力を見せて護衛を減らしてもらった。エミリーは気がついてもいないようだが、エミリーに懸想する若い騎士を連れて行くのは遠慮したい。

「エミリー、寄りかかっていいよ」

「は、はい」

 ディランは横座りしたエミリーに腕を回して抱き寄せてから馬を走らせる。最初は遠慮していたエミリーも徐々に力を抜いてディランに身体を預けた。

「恐い?」

「怖くないです。思ったよりゆっくり進むんですね」

「急ぐわけではないからね」

「そうですよね。お兄様たちが馬に乗っているのを見たときには、振り落とされそうだなって思ったんですけど、揺れが少なくてホッとしました」

 カランセ伯爵領は広い。レジーは何かあったときに、馬で駆けつけられるよう訓練していたのだろう。馬に乗る目的も違うし、ディランは魔法で振動を抑えてしまっている。

「速く走ることもできるよ。どうする?」

「それじゃあ、もうちょっとだけ速く走ってみてほしいです!」

 ディランが揶揄うように聞いてみると、意外にものってくる。エミリーはホッとしたと言いながら、レジーたちの乗り方に憧れもあるのかもしれない。

「じゃあ、ちょっとだけね」

 エミリーが期待するような顔で見てくるので、ディランは馬に支持して速度を上げる。伯爵の馬は任せろとばかりにグンと加速した。

 伯爵家の騎士たちはディランの行動に驚いた様子で振り返ったが、こちらが抜かしてしまう前に速度を上げた。

「ディラン様、風が気持ちいいですね!」

「うん」

 エミリーは日よけの帽子を片手で抑えながら楽しそうに笑う。後ろのルークを振り返ると、カゴの中身を優先するようにゆっくり走っていた。ディランが目線を送ると置いていって構わないというように笑う。付近に危険はないようだ。

 ディランはエミリーの望むまま、伯爵領の畑の間を風を切って走った。
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