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二章 誘惑の秘宝と王女の日記

9.伯爵領へ

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 翌日、ディランは一人でチャーリーのもとへ行き、カランセ伯爵の書状をもう一度確認した。きちんと読んでみると、伯爵が婚約を望んでいないことが伺い知れる。チャーリーが伯爵家に送ったのは婚約の打診というより、エミリーが学院を騒がせたことを持ち出しての脅しに近い。親族がディランとの婚約を不安に思うのは当たり前だろう。

 チャーリーは目的を達成させる力を人一倍持っているが、踏むべき手順とか人の心など大事な部分を省くことが多い。身分故に許されてしまうことも少なくないが、今回は完全に失策だ。チャーリーがそのことに気づくことはないだろうが、ディランは伯爵としっかり話をして信頼を回復する必要がある。

(婚約を許して下さるといいけど……)

 ディランはエミリーのためにも、彼女の家族には祝福してもらいたい。

 ディランは出発の予定を数日伸ばして、魔道士ディーンではなく、王子ディランが婚約者の実家に挨拶に行くのに失礼のない準備を整えた。


 当日、魔道士団研究棟の前に2台の馬車が乗り付ける。王家の紋章もなく質素な馬車に見えるが、内装は王族と婚約者が乗るにふさわしい豪華なものにした。馬車1台に対し馬に乗った騎士が2名ずつ護衛としてついている。王子の移動にしては少人数だが、ディランにしては仰々しいくらいだ。 

 馬車から3名の侍女が出てきたのを見て、エミリーが目を丸くしていた。侍女たちは、テキパキとディランたちの荷物を馬車に乗せる。エミリーは手伝おうとしていたが、ベテラン侍女に「にそのようなことはさせられません」と言われて固まっていた。

「王都に来たときには、私と父と御者の方だけだったんです。やっぱり、王子様ってすごいですね……」 
 
「侍女は一緒じゃなかったんだね。母上に今回のことを話したら、泊りがけなら最低でも侍女は10人以上必要だって叱られたんだ。でも、4人以上だと馬車をもう一台追加しないといけなくてさ。あまり多いと目立って危険だし……3人で大丈夫そう?」

「デ、ディラン様が不自由でないなら大丈夫です。私は自分で何でもできます!」

 エミリーは姿勢を正して答える。もちろん、エミリーは伯爵令嬢なので、領地では侍女や乳母に世話をしてもらっていた。学院に通うために一人で何でもできるよう練習してきたようだ。

 ちなみに学院の寮では、掃除や洗濯等は寮の使用人がやってくれるし、体調を崩せば看護も頼める。食事も時間を問わず食堂で用意してもらえるので、魔法で整えられたボードゥアンの洋館より環境はいい。そのため、学院で侍女や侍従を連れているのは、シャーロットやチャーリーなど一部の人間だけだ。

「旅に侍女がついて来るなんて、考えてもみませんでした。カランセ伯爵家はそもそも王都に来ることもあまりないので……」

「やっぱり、カランセ伯爵はパーティに興味ないんだね」

 シクノチェス王国では、王都で社交のためのパーティが頻繁に開かれている。しかし、近年は国政に介入したい野心がある者の集まりと化しているのだ。

 中央と距離をおいている領主は、領主会議が行われるときのみ王都に来るというのも珍しくない。伯爵もその一人なら、王家と繋がりを持つことに興味もないだろう。結婚の許しを得るためにディランの身分は役に立ちそうもない。

「殿下、お嬢様をご紹介頂けますか?」

 会話が途切れたタイミングで、同行してくれる者を代表して、騎士のルークが声をかけてくる。騎士が4名、御者2名、侍女2名、侍女のふりをした女医が1名、ずらりと並ぶ。

「僕の婚約者のエミリーだ。みんな、急で悪いけどよろしくね」

「エミリー・カランセです。よろしくお願いします」

 エミリーがペコリと頭を下げると、それぞれが簡単に自己紹介していった。

「みんな、普段は母に仕えてくれているんだ」

「俺はディラン殿下の専属だって、いつも言ってるのに……」

 ルークの言葉に賛同するように、彼の部下の騎士たちも頷いている。彼らはチャーリーのもとで働く近衛騎士だったが、シャーロットに対する態度を理由に解雇されたので、ディランのところに来てもらったのだ。かなり前の出来事なので、4人ともディランとは長い付き合いだ。

「ありがとう。ルーク、みんな」

「エミリー様、聞いてください。ディラン殿下はひどいんですよ。学院にもついて行くって言ったのに、『護衛なんていらないよ』の一言で、俺らを母上のところに置き去りにしたんです」

「そ、そうなんですね」

 エミリーが巨木のようにでかい4人を見上げて困惑した表情を浮かべている。貴族出身の近衛騎士にしては粗野で騎士特有の暑苦しさがある。

「ルーク、エミリーが困ってるから変な絡み方しないでよ」

 王子として公務があるときには来てもらうが、魔法があるので学院の中まで護衛は必要ない。ディランは、入学時にルークともめたことを思い出してげんなりした。

「ディラン殿下がエミリー様を庇った!」
「なんか、考え深いな」
「ディラン殿下も大人になっちゃったんだな」
「俺、ちょっと寂しいかも」

 ルークたちは、ディランにバッチリ聞こえていることも気にせず、楽しそうに語り合っている。チャーリーに追い出されたのは、こういうところが災いしたのだと思うが指摘はしない。

「エミリー、腕は保証するから安心してね」

 エミリーがなんとも言えない表情で4人を見上げているので、ディランはエミリーの耳元で囁く。エミリーは恥ずかしそうに頬を赤らめて頷いた。

「イチャイチャしないで下さいよ」
「俺も可愛い彼女が欲しい」

「出発するよ」

 ルークたちはまだ騒いでいたが、ディランは気にせずエミリーとともに馬車に乗り込む。それを見て、仕事を思い出したのか、それぞれ動き出した。

「休憩をなるべく挟むようにするけど、疲れたらすぐ言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 ディランはエミリーが王都に来たときの日程を聞き出して、それよりもゆったりとした日程を組んだ。王都に着いてすぐに寝込んだと言っていたエミリーに配慮してのことだ。

 エミリーは馬車の中で不安そうな顔をしていたが、走り出してしばらくすると普段どおりの元気を取り戻した。

「何で揺れないんですか?」

「馬車の揺れが気になるから改善してほしいってご要望があって、振動を吸収する座席を師匠と開発したんだ」

「王都に来たときより、ずっと快適です」

「それなら良かった」

 座席の改善はチャーリーの母である王太子妃の要望だ。王太子妃の無茶振りは毎回ディランを困らせるが、チョコレートの事といい、エミリーに会ってからは役立つことも多い。ディランは投げ出さずに師匠と最後までやり遂げた自分を密かに褒めた。
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