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一章 田舎育ちの令嬢
36.日記の封印
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ディランがジャムを瓶に詰める作業をする横で、ボードゥアンはヴァランティーヌ・シクノチェスの日記を確認し始めた。禁書室から持ち出した日記は、ディランの寮に置いておくのも怖くて、この建物にある金庫に入れていたのだ。
「ヴァランティーヌ王女については何かご存知ですか?」
「いや、ボクは王女が冤罪だったことくらいしか知らないよ。アルビーが研究をはじめたきっかけについては、戒めの意味もあって代々の団長には伝わっていたみたい。でも、王女については周囲の人間を魅了状態にした原因さえ、ボクの師匠は推測で話していた。アルビーが研究しなかったのか、隠されて現代に残っていないだけなのかは分からないけどね」
「そうですか……」
ボードゥアンは極々限られた情報の中で、魔吸草を採取しようと考えたわけだ。その行動力と思考力がディランも欲しい。
「何かを研究するときには、一つやって駄目だったら次を探してっていうのも悪くないけど、魔道具は素材が必要になるからね。できるだけ候補を出しておいた方が時間短縮になる」
「勉強になります」
「ディランもボクの歳になれば自然にできるようになるよ」
ボードゥアンはそう答えて、今回採取してきたであろう他の多種多様な材料に視線を送った。見た目は二十代にも見える年齢不詳のボードゥアンも、四十歳を超えている現魔道士団長の兄弟子だ。ディランと違って色々な選択肢を思いつく知識も経験もある。
(実際、師匠って何歳なんだろう?)
ディランは何年も一緒にいるのに聞けないでいる。研究棟の団員にも聞かれたので、魔道士団でも知る人は少なそうだ。
「今回はディランのおかげで的が絞れているから楽ができるんだよ。積み重ねた経験がないなら、とことん調べるのも大切だよ」
ボードゥアンはディランの髪を乱暴に撫でる。ジッと見ていたので落ち込んでいると思われたのかもしれない。こういうときのボードゥアンは、ディランと個人的な関わりの少ない本当の両親より親のように感じる。
「師匠。ありがとうございます」
ディランはボードゥアンの優しい眼差しに笑顔でお礼を言った。
「じゃあ、ボクはこれを本格的に調べてるから、ちょっと待っててね」
「はい、よろしくお願いします」
ボードゥアンは、日記の封印を解くため、研究用の部屋に行ってしまった。
ディランはボードゥアンが魔法を使う気配を感じながら、ジャムの瓶詰めを続けた。ボードゥアンは、結界が張られた研究用の部屋から魔力が漏れるほどの魔法を使っているようだ。近くで見学したかった気もするが、ボードゥアンはディランの安全を考えて一人で行っているので頼んでも許してくれないだろう。
「駄目だったよ」
ディランが鍋を洗っていると、ボードゥアンが疲れた様子で戻ってきた。
「師匠でも難しいんですね」
ディランは冷やしておいたお茶をコップに注いで、ボードゥアンの前に置く。
「封印をかけたのは、魔道士団長クラスの人間だね。どうしても、この中に書いてあることを守りたいみたいだ」
ボードゥアンはお茶を飲みながら言った。
「じゃあ、魔道具が魅了の魔法を防げる可能性にかけるしかないですね」
「……」
「師匠?」
「ああ、ごめん。ディランは……エミリーちゃんに見せるつもりはないんだよね? エミリーちゃんのために残された日記だ。彼女なら簡単に開けられるかもしれないよ」
ボードゥアンは日記の表紙の文字に視線を向ける。
『私と同じ苦しみの中にいるあなたへ ヴァランティーヌ』
ここに書かれた『あなた』とは、エミリーのことも含まれる。もちろん、ディランも考えなかったわけではない。
「兄上が、僕とエミリーをくっつけようとしているんです。この日記は禁書室にあったものですから……」
「禁書室の秘密を知ったのだから、ディランと結婚しろって言い出すだろうね。でも、ディランは彼女の事を……だからこそか」
ディランは無言で頷いてお茶を飲む。ディランはエミリーの事を大切に思っている。だからこそ、逃げ道が塞ぐようなことはしたくない。王族に関わることが、幸せな事ではないことをディランはよく知っている。
「師匠、僕の勝手な我儘に付き合わせてしまって、すみません」
「気にしなくていいよ。でも、時間の問題だと思うよ」
「はい、分かっています」
チャーリーは、シャーロットを口説かないとあれだけ言っても、完全には信じていないようだった。何を見て勘違いしたのか分からないが、同じ学院に通うシャーロットに会わないようにするというのも現実的ではない。
ディランから告白してエミリーの本当の気持ちを確認するべきだろうか。もし、エミリーに他に好きな人がいるなら、チャーリーの手が回る前に、ディランが王子と結婚したいという野心的な令嬢と婚約してしまえばなんとかなる。
(エミリー……)
ディランにはエミリーに好きになってもらえるよう努力する時間も残されていない。ディランの告白だって、エミリーが断れるような言い方を選ばなければならないのだ。本来、王族からのアプローチを伯爵令嬢が拒むことは難しい。
「ディラン、後悔だけはしないようによく考えるんだよ」
「はい」
「今日はもう帰っていいよ。魔吸草は今度にしよう」
ボードゥアンがディランの髪をワシャワシャと撫でる。仕事があると言って研究用の部屋に戻っていくボードゥアンを見送って、ディランは台所で一人、ぼんやりと今後のことについて考えていた。
「ヴァランティーヌ王女については何かご存知ですか?」
「いや、ボクは王女が冤罪だったことくらいしか知らないよ。アルビーが研究をはじめたきっかけについては、戒めの意味もあって代々の団長には伝わっていたみたい。でも、王女については周囲の人間を魅了状態にした原因さえ、ボクの師匠は推測で話していた。アルビーが研究しなかったのか、隠されて現代に残っていないだけなのかは分からないけどね」
「そうですか……」
ボードゥアンは極々限られた情報の中で、魔吸草を採取しようと考えたわけだ。その行動力と思考力がディランも欲しい。
「何かを研究するときには、一つやって駄目だったら次を探してっていうのも悪くないけど、魔道具は素材が必要になるからね。できるだけ候補を出しておいた方が時間短縮になる」
「勉強になります」
「ディランもボクの歳になれば自然にできるようになるよ」
ボードゥアンはそう答えて、今回採取してきたであろう他の多種多様な材料に視線を送った。見た目は二十代にも見える年齢不詳のボードゥアンも、四十歳を超えている現魔道士団長の兄弟子だ。ディランと違って色々な選択肢を思いつく知識も経験もある。
(実際、師匠って何歳なんだろう?)
ディランは何年も一緒にいるのに聞けないでいる。研究棟の団員にも聞かれたので、魔道士団でも知る人は少なそうだ。
「今回はディランのおかげで的が絞れているから楽ができるんだよ。積み重ねた経験がないなら、とことん調べるのも大切だよ」
ボードゥアンはディランの髪を乱暴に撫でる。ジッと見ていたので落ち込んでいると思われたのかもしれない。こういうときのボードゥアンは、ディランと個人的な関わりの少ない本当の両親より親のように感じる。
「師匠。ありがとうございます」
ディランはボードゥアンの優しい眼差しに笑顔でお礼を言った。
「じゃあ、ボクはこれを本格的に調べてるから、ちょっと待っててね」
「はい、よろしくお願いします」
ボードゥアンは、日記の封印を解くため、研究用の部屋に行ってしまった。
ディランはボードゥアンが魔法を使う気配を感じながら、ジャムの瓶詰めを続けた。ボードゥアンは、結界が張られた研究用の部屋から魔力が漏れるほどの魔法を使っているようだ。近くで見学したかった気もするが、ボードゥアンはディランの安全を考えて一人で行っているので頼んでも許してくれないだろう。
「駄目だったよ」
ディランが鍋を洗っていると、ボードゥアンが疲れた様子で戻ってきた。
「師匠でも難しいんですね」
ディランは冷やしておいたお茶をコップに注いで、ボードゥアンの前に置く。
「封印をかけたのは、魔道士団長クラスの人間だね。どうしても、この中に書いてあることを守りたいみたいだ」
ボードゥアンはお茶を飲みながら言った。
「じゃあ、魔道具が魅了の魔法を防げる可能性にかけるしかないですね」
「……」
「師匠?」
「ああ、ごめん。ディランは……エミリーちゃんに見せるつもりはないんだよね? エミリーちゃんのために残された日記だ。彼女なら簡単に開けられるかもしれないよ」
ボードゥアンは日記の表紙の文字に視線を向ける。
『私と同じ苦しみの中にいるあなたへ ヴァランティーヌ』
ここに書かれた『あなた』とは、エミリーのことも含まれる。もちろん、ディランも考えなかったわけではない。
「兄上が、僕とエミリーをくっつけようとしているんです。この日記は禁書室にあったものですから……」
「禁書室の秘密を知ったのだから、ディランと結婚しろって言い出すだろうね。でも、ディランは彼女の事を……だからこそか」
ディランは無言で頷いてお茶を飲む。ディランはエミリーの事を大切に思っている。だからこそ、逃げ道が塞ぐようなことはしたくない。王族に関わることが、幸せな事ではないことをディランはよく知っている。
「師匠、僕の勝手な我儘に付き合わせてしまって、すみません」
「気にしなくていいよ。でも、時間の問題だと思うよ」
「はい、分かっています」
チャーリーは、シャーロットを口説かないとあれだけ言っても、完全には信じていないようだった。何を見て勘違いしたのか分からないが、同じ学院に通うシャーロットに会わないようにするというのも現実的ではない。
ディランから告白してエミリーの本当の気持ちを確認するべきだろうか。もし、エミリーに他に好きな人がいるなら、チャーリーの手が回る前に、ディランが王子と結婚したいという野心的な令嬢と婚約してしまえばなんとかなる。
(エミリー……)
ディランにはエミリーに好きになってもらえるよう努力する時間も残されていない。ディランの告白だって、エミリーが断れるような言い方を選ばなければならないのだ。本来、王族からのアプローチを伯爵令嬢が拒むことは難しい。
「ディラン、後悔だけはしないようによく考えるんだよ」
「はい」
「今日はもう帰っていいよ。魔吸草は今度にしよう」
ボードゥアンがディランの髪をワシャワシャと撫でる。仕事があると言って研究用の部屋に戻っていくボードゥアンを見送って、ディランは台所で一人、ぼんやりと今後のことについて考えていた。
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