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一章 田舎育ちの令嬢

23.神話と日記

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『神話に語られたことが真実である可能性に思い至らなかった、自分の浅はかさと傲慢さを今でも悔いている。』

 ディランは、あとがきの中の、この言葉に注目した。神話とは建国神話を代表とする、この国を作り、見守ってきた神々の逸話のことだ。神話では、シクノチェス王家は神々に選ばれ、この国を託された一族とされている。そのため、王族は小さい頃から家庭教師に神話を学ぶのだ。ディランももちろん例外ではない。

 しかし、魅了と思われるような神話など聞いたことがなかった。

(きっと、『魅了状態と精神訓練』の原書と同じ理由で、この部屋に隠されているんだよね……)

 ディランは半ば確信をもって探し、該当しそうな本を数冊探し当てた。斜め読みしていくと、ディランの知らない神話も多い。しかも、初めて知る神話は、一般に知られれば王家に不利益となるものばかりだ。

(シクノチェス王家って……)

 ディランもその一員だが、あまりキレイな王家ではなさそうだ。禁書室に入室できるのが、本来国王と王太子だけである理由も頷ける。

(なんだか、父上に逃げ道を塞がれていってる気がする……)

 ディランを王太子にしようとは思っていないだろうが、『ここまで信頼しているのだから、その気持ちに応えろ!』という圧を感じる。卒業後に王家から離れてのんびり暮らすディランの計画は実行できるのだろうか。ディランは王太子の信頼を面倒くさく感じながら、目的の記述を探した。

 その神話は2冊目に手に取った本の真ん中あたりに書かれていた。知らない人が見れば、どこにでもある、ありふれた物語だ。当時、魔道士アルビーが信じなかったのも納得できる。

 まとめると以下のような話だった。


 心優しい少女がいた。しかし、魔法も使えず容姿にも恵まれない少女は、誰にも相手にされなかった。ある日、少女は怪我をした狐を助ける。狐は怪我が治ると美しい女性に姿を変えた。なんと、狐は神々の世界を追われた女神の仮の姿だったのだ。
 女神は遠慮する少女に悩みを解決する特別な魔力を与える。
 少女は、その日を境にたくさんの人に囲まれるようになった。誰もが少女を愛し、誰もが少女を称賛する。
 やがて、少女は国王に見初められ王妃となり、幸せに暮らしたという。


 魔道士アルビーのあとがきから推測すると、この神話の出来事がヴァランティーヌ王女に起きていたということになる。

 女神の存在を無視すれば、エミリーに起きていることとも通じるものがある。

(人を魅了する魔力が存在するということか……)

 どんなに魔力の強い人間でも、魔法を使って人の精神に影響を及ぼすことはできないというのが定説だ。しかし、神話に出てくる『特別な魔力』を持った人間なら魅了の魔法を使うことが可能だということだろう。

 王女が処刑されたあと、アルビーは薬や魔道具を使わない、魅了の魔法の存在に気づいた。もしそうならば、アルビーは魅了状態を防ぐ研究だけでなく、魅了の魔法についても研究していたのではないだろうか。それを見つけることができれば、解決につながることは間違いない。

 ディランは再び、『魅了状態と精神訓練』を見つけた本棚の前に戻った。

 禁書室は項目ごとにまとまって並んでいる。同じ人物の著書なら近くにあるはずだと思ったのだ。ところが、中々アルビーの著書が見つからない。ディランは祈りながら本を探した。

(魔道士アルビー、僕があなたの意志を引き継いで、必ずエミリーを助けてみせます。だから、僕の力になって下さい)

 ガタン

「ヘッ!?」

 ディランは予想外の方向からの大きな音を聞いて振り返る。ディランからは遠く離れた床に、一冊の本がこれ見よがしに落ちていた。ディランは恐る恐る本に近づく。

(日記?)

 本の表紙の掠れた箔押しの文字を読むと日記帳と書かれている。その下には手書きの文字が添えられていた。

『私と同じ苦しみの中にいるあなたへ ヴァランティーヌ』

(……)

 どうやら、ヴァランティーヌ王女から、同じ状況に陥った人間へのメッセージのようだ。それが分かってもディランはすぐに触らなかった。死を予感した人間が命を魔力に変えて呪いを残すことはよく知られている。慎重に本の気配を魔法で探った。

(大丈夫そう。疑ってすみません、王女)

 ディランは邪悪なものが取り憑いていないことを確認して本を手に取った。

 一見すると、若い女性が好みそうな普通の日記帳だ。それなのに、ディランが表紙をめくろうとしても、ページがピッタリとくっついていて開くことができない。

(魔法か?)

「僕の名はディラン・シクノチェス。ヴァランティーヌ王女殿下、あなたと同じ苦しみを味わっている者がいます。助けていただけませんか?」

 ディランは願いを口にしながら日記に魔力を注ぎ込む。それでも表紙をめくることは出来なかった。日記からは抵抗するような魔力を感じるので、魔法で封印されているとみて間違いない。

(駄目だな)  

 しばらく、いろいろな方法を試して見たが、封印が解かれる気配がまったくない。

(読んでほしいと思っているはずなのに……)

 ディランの願いとはズレていたのに、日記帳はディランに存在を認識させた。おそらく、この本を封印した人物がディランのような人間に読ませたいと考えていたのだろう。ディランは手がかりを探して本を観察する。

(紋章?)

 本の裏に小さな紋章が押されていた。3輪の花を囲うように蔦の模様が施されている紋章。おそらく大きさから考えて、印章指輪を押したのだろう。自分の本に印章の図柄を箔押しすることは、よくあることだが……
 
(この紋章、どこかで見たことがある気がするんだよな)

 ディランはしばらく考えたが思い出せなかった。印章指輪の紋章は王族一人一人異なるが、歴史ある国なので王族の人数も多く似てしまうことはよくある。

(誰かの紋章に似てるだけかな?)

 とはいえ、印章を鍵として使うことは、王族の魔道士ならありうる。ヴァランティーヌ王女自身が本を封印したのかは不明だが、印章について調べてみる必要があるだろう。

(王家の印章といえば、王家の墓だよね。行きたくないな)

 お墓には印章と同じ紋章が刻まれているし、ヴァランティーヌ王女のお墓が存在すれば、お墓が本を開く鍵になっている可能性もある。

(また父上に会う申請をしないといけないな)

 禁書室の本の持ち出しは簡単にはできない。ディランは一度日記を棚に戻して、手続きに向かった。
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