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一章 田舎育ちの令嬢
9.エミリーの事情
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エミリー・カランセは、シクノチェス王国の端に領地を持つカランセ伯爵家の次女として生まれた。子供の頃は身体が弱く領地を出たことはなかったが、優しい両親と兄姉に囲まれて何不自由ない生活を送っていたようだ。
カランセ伯爵家は、シクノチェス王国建国当初からある由緒正しい家系である。しかし、どの時代の当主も野心がなく国の政治史に名を連ねた者はいない。逆に領民と寄り添う生活を送ってきたことから、農作物の品種改良などに尽力し農業史には度々登場する家系でもある。
「学院に入学するために、初めて王都に来たんです。長距離を馬車で移動するのも今回が初めてで……」
エミリーは移動中も緊張の連続で、学院の寮に到着するとすぐに熱を出して寝込んでしまったらしい。初登校は入学式から5日後だったようだ。
「クラスの子たちは、みんなグループができてしまっていて……。田舎者なので気後れしたのもあって、馴染めなかったんです」
この辺りは、一人を求めているディランには分からない感情だ。ほっといてくれる環境は羨ましくもある。しかし、エミリーは、しゃくりあげながら話しているので、余計な口は挟まなかった。
「しばらく、一人で過ごしていたんですけど……ある日の朝、椅子に座って授業が始まるのを待っていたら、クラスの男子に囲まれたんです」
最初は因縁を付けられるのではないかとビクビクしたらしいが、全員が友好的だったので、数日は会話を楽しんでいたようだ。
「でも……、だんだん人数が増えてきて他のクラスの男子も加わって、私の隣に誰が座るかとか私に話しかける順番とかを争って、喧嘩するようになったんです。おかしいですよね? 私、こんなに平凡なのに……」
「エミリーは可愛いいよ。自信を持っていい」
「あ、ありがとうございます」
ディランはつい本音を言ってしまって、スープに視線を落とす。しかも、論点とは全く関係ない。お互い気まずくなって黙って食事を続けた後、このままでは昼休みが終わってしまうと思い至って、話の先を促した。
「私の回りにいる男の人たちは、みんな普通じゃないんです。婚約者がいる方も混ざっているようですし、本当に訳が分かりません」
エミリーに収拾がつけられなくなった頃、取り巻きにチャーリーの側近であるハリソンとトーマスが加わったようだ。エミリーにべったりくっついて回るようになったトーマスに周囲は遠慮して喧嘩をしなくなった。トーマス・ゴンゴラは騎士団長の息子だけあって、同世代に力で適う者はいない。
「トーマスも他の奴らと同じような雰囲気だったの?」
「はい。私の周りにいた人で普通の反応をして下さっていたのは、オンシジューム様だけだったと思います」
(トーマスも魅了状態だったのかな?)
トーマスが暴走しそうになったときにはハリソン・オンシジュームがさり気なくエミリーから遠ざけていたようだ。宰相の息子でもあるハリソンは父親に似て頭がキレる。単純なトーマスを誘導することなど簡単なことだっただろう。
「それじゃあ、ハリソンとトーマスが学院に来なくなってから大変だったでしょ? 今は2人とも兄上と一緒に外交に出てるんだ」
「はい。オンシジューム様たちが学院に来なくなってから、ずっとあの人たちに追いかけ回されて……」
エミリーの瞳に再び涙が滲む。
「なんで、僕に話そうと思ったの?」
「ご迷惑お掛けして申しわけありません。シャーロット様に森に連れて行かれたとき、私なんかにも優しくして下さったので、ディラン殿下なら真剣に私の話を聞いてくださると思ったんです」
「その……僕も他の奴らと変わらないよね?」
「他の方と変わらないとは、どういう意味でしょう?」
エミリーはコテンと可愛らしく首を傾げる。ディランは見惚れてしまいそうになって頭を振った。エミリーの仕草一つ一つが可愛く見えるのは、ディランもやっぱり魅了状態にあるからだろう。
「僕もふつうじゃないでしょ? エミリーに纏わりついていた男たちと何も変わらない」
ディランは直接的な表現を避けて聞いてみたが、エミリーは力強く首を振る。
「ディラン殿下は他の人とは違います。目を見れば分かるんです」
エミリーはハリソンと他の取り巻きを見比べているうちに、ハリソン以外の人間はトーマスも含めて、目の焦点が合っていないことに気づいたようだ。これは、授業でも習う魅了された人間の特徴でもある。
「僕はハリソンと同じ目をしているの?」
「え? はい、そうです」
エミリーは当然の事のように言った。ディランは自分の感覚とは違う答えに正直戸惑う。ここで、自分も魅了されているなんて言ったら、ただ単に愛の告白をしているようなものだ。
(あれ? もしかして……)
ディランは頭に浮かんだ疑問を慌てて追い出した。今は精神衛生上、考えない方がいい。
「ちなみに……兄上は?」
「チャーリー殿下が一番よく分かりません。私に魅力を感じているとも思えない冷たい目を向けてくるのに、あんなこと……」
エミリーはチャーリーの行動を思い出したのか、顔を真っ赤にしている。なんだか面白くない。
エミリーの言葉を信じるなら、チャーリーは魅了されていない。では、チャーリーが直接エミリーに接触した理由はなんだろう? エミリーの状況について知りたいならハリソンの報告を待つだけで十分だ。
(まさか……いまの状況を作りだすために……?)
ディランの脳裏には、シャーロットがエミリーに詰め寄る姿が過る。エミリーが相談する相手にディランを選んだのは、あの出来事がきっかけだった。
(……いま考えてもしょうがないか)
チャーリーの策略だとしても、本人が外国に行っている以上確かめようもない。それに、エミリーの話を聞くことに決めたのは、間違いなくディランだ。
「考えをまとめたいから続きは食べ終えてからにしよう」
「はい」
エミリーはコクリと頷く。ディランはエミリーが食事に集中する様子を眺めながら、小さく息を吐き出した。考えをまとめる必要があったのも本当だが、嫌なことを聞かなくてはいけないので、食事をしながらにはしたくなかったのだ。
カランセ伯爵家は、シクノチェス王国建国当初からある由緒正しい家系である。しかし、どの時代の当主も野心がなく国の政治史に名を連ねた者はいない。逆に領民と寄り添う生活を送ってきたことから、農作物の品種改良などに尽力し農業史には度々登場する家系でもある。
「学院に入学するために、初めて王都に来たんです。長距離を馬車で移動するのも今回が初めてで……」
エミリーは移動中も緊張の連続で、学院の寮に到着するとすぐに熱を出して寝込んでしまったらしい。初登校は入学式から5日後だったようだ。
「クラスの子たちは、みんなグループができてしまっていて……。田舎者なので気後れしたのもあって、馴染めなかったんです」
この辺りは、一人を求めているディランには分からない感情だ。ほっといてくれる環境は羨ましくもある。しかし、エミリーは、しゃくりあげながら話しているので、余計な口は挟まなかった。
「しばらく、一人で過ごしていたんですけど……ある日の朝、椅子に座って授業が始まるのを待っていたら、クラスの男子に囲まれたんです」
最初は因縁を付けられるのではないかとビクビクしたらしいが、全員が友好的だったので、数日は会話を楽しんでいたようだ。
「でも……、だんだん人数が増えてきて他のクラスの男子も加わって、私の隣に誰が座るかとか私に話しかける順番とかを争って、喧嘩するようになったんです。おかしいですよね? 私、こんなに平凡なのに……」
「エミリーは可愛いいよ。自信を持っていい」
「あ、ありがとうございます」
ディランはつい本音を言ってしまって、スープに視線を落とす。しかも、論点とは全く関係ない。お互い気まずくなって黙って食事を続けた後、このままでは昼休みが終わってしまうと思い至って、話の先を促した。
「私の回りにいる男の人たちは、みんな普通じゃないんです。婚約者がいる方も混ざっているようですし、本当に訳が分かりません」
エミリーに収拾がつけられなくなった頃、取り巻きにチャーリーの側近であるハリソンとトーマスが加わったようだ。エミリーにべったりくっついて回るようになったトーマスに周囲は遠慮して喧嘩をしなくなった。トーマス・ゴンゴラは騎士団長の息子だけあって、同世代に力で適う者はいない。
「トーマスも他の奴らと同じような雰囲気だったの?」
「はい。私の周りにいた人で普通の反応をして下さっていたのは、オンシジューム様だけだったと思います」
(トーマスも魅了状態だったのかな?)
トーマスが暴走しそうになったときにはハリソン・オンシジュームがさり気なくエミリーから遠ざけていたようだ。宰相の息子でもあるハリソンは父親に似て頭がキレる。単純なトーマスを誘導することなど簡単なことだっただろう。
「それじゃあ、ハリソンとトーマスが学院に来なくなってから大変だったでしょ? 今は2人とも兄上と一緒に外交に出てるんだ」
「はい。オンシジューム様たちが学院に来なくなってから、ずっとあの人たちに追いかけ回されて……」
エミリーの瞳に再び涙が滲む。
「なんで、僕に話そうと思ったの?」
「ご迷惑お掛けして申しわけありません。シャーロット様に森に連れて行かれたとき、私なんかにも優しくして下さったので、ディラン殿下なら真剣に私の話を聞いてくださると思ったんです」
「その……僕も他の奴らと変わらないよね?」
「他の方と変わらないとは、どういう意味でしょう?」
エミリーはコテンと可愛らしく首を傾げる。ディランは見惚れてしまいそうになって頭を振った。エミリーの仕草一つ一つが可愛く見えるのは、ディランもやっぱり魅了状態にあるからだろう。
「僕もふつうじゃないでしょ? エミリーに纏わりついていた男たちと何も変わらない」
ディランは直接的な表現を避けて聞いてみたが、エミリーは力強く首を振る。
「ディラン殿下は他の人とは違います。目を見れば分かるんです」
エミリーはハリソンと他の取り巻きを見比べているうちに、ハリソン以外の人間はトーマスも含めて、目の焦点が合っていないことに気づいたようだ。これは、授業でも習う魅了された人間の特徴でもある。
「僕はハリソンと同じ目をしているの?」
「え? はい、そうです」
エミリーは当然の事のように言った。ディランは自分の感覚とは違う答えに正直戸惑う。ここで、自分も魅了されているなんて言ったら、ただ単に愛の告白をしているようなものだ。
(あれ? もしかして……)
ディランは頭に浮かんだ疑問を慌てて追い出した。今は精神衛生上、考えない方がいい。
「ちなみに……兄上は?」
「チャーリー殿下が一番よく分かりません。私に魅力を感じているとも思えない冷たい目を向けてくるのに、あんなこと……」
エミリーはチャーリーの行動を思い出したのか、顔を真っ赤にしている。なんだか面白くない。
エミリーの言葉を信じるなら、チャーリーは魅了されていない。では、チャーリーが直接エミリーに接触した理由はなんだろう? エミリーの状況について知りたいならハリソンの報告を待つだけで十分だ。
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ディランの脳裏には、シャーロットがエミリーに詰め寄る姿が過る。エミリーが相談する相手にディランを選んだのは、あの出来事がきっかけだった。
(……いま考えてもしょうがないか)
チャーリーの策略だとしても、本人が外国に行っている以上確かめようもない。それに、エミリーの話を聞くことに決めたのは、間違いなくディランだ。
「考えをまとめたいから続きは食べ終えてからにしよう」
「はい」
エミリーはコクリと頷く。ディランはエミリーが食事に集中する様子を眺めながら、小さく息を吐き出した。考えをまとめる必要があったのも本当だが、嫌なことを聞かなくてはいけないので、食事をしながらにはしたくなかったのだ。
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