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7.鱗の毒
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「家に帰ろっか」
ハヤテが名残惜しそうに腕を解いて言うので、優花は黙って頷いた。二人は手を握り合って暗くなった道をゆっくり歩く。ハヤテの屋敷が近づいて来ると、優花は別れの時を感じて寂しくなった。
次はいつ会えるのだろう。
優花がハヤテを見上げると、彼は難しい顔をして考え込んでいる。
「ハヤ……」
「そうだ!」
ハヤテが突然大きな声を出すので、優花は驚いて彼の左腕にしがみつく。通行人が振り返っていたが、ハヤテはなぜだか嬉しそうで気づく様子もない。
「さっき、紅色ドラゴンを食べたでしょ?」
ハヤテは棒読みで、身振りだけがやたら大袈裟だ。優花にはこれから嘘を付くと宣言しているようにしか聞こえなかった。
「う、うん。一緒に食べたよね」
優花は戸惑いながら答える。ハヤテはそれを聞いて満足そうに大きく頷いた。
「鱗の毒は強力なんだ。優花はそれを食べちゃったから異世界に戻るのは難しいと思う。だから……」
優花は嘘をつかれているのに、ハヤテが必死なので怒る気にもならなかった。鱗の毒はアルコールで解毒したはずだが……指摘しないほうが良いだろう。
ハヤテが優花を帰さなくて済む方法を一生懸命考えてくれたと思えば、可愛く感じてしまうのだから重症だ。
「だから?」
優花は意地悪だと思いながらも聞いてしまう。ハヤテの言いたいことは分かったが、できれば彼の口から直接聞きたい。
「だから、帰らないで。僕のそばにいてほしい」
ハヤテが真剣な表情で見つめてくるので、優花は赤くなりながら頷いた。
「私も帰りたくない。ずっと、ハヤテのそばにいる」
「優花……」
優花が恥ずかしさを堪えて伝えると、ハヤテは本当に嬉しそうに笑った。この笑顔のおかげで、離れていても不安にならずに済みそうだ。
「でも、今日は帰るね。バイトのこともあるし……」
「えっ……帰っちゃうの?」
ハヤテが目を丸くして、素っ頓狂な声を出す。それでも仕方ない。この世界で暮らすなら、向こうの世界に未練は残したくない。
「うん。でも、絶対に戻ってくるから、私のこと待っててくれる? 怪我してるのに、無理言ってごめんね」
「それは気にしなくて良いよ。生活に支障があるような怪我じゃないし……本当に戻ってきてくれるんだよね?」
ハヤテが捨てられた子犬のような目で優花を見つめている。この世界の人は、何でこんなに可愛らしい瞳に怯えるのか、優花には今でもわからない。
「もちろん、帰ってくるよ」
「そっか。それなら、待ってる。なんか美味しいものを用意しておくから、絶対に戻ってきてね」
ハヤテがそう言ってニッコリ笑う。ハヤテが笑ってくれて嬉しいが、なんとなく不安にもなる。
「珍味じゃなくて良いから、危ないことはしないでね」
「分かってるよ」
ハヤテが口を尖らせて不貞腐れた声を出す。優花はその姿が可愛くて、思わずハヤテの腕をギュッと抱きしめた。
「そういえば、なんで嘘だって分かったの?」
ハヤテが今更聞いてくるので笑ってしまう。本当に知りたそうにしていたが、優花は今後のために教えてあげなかった。これからは、ずっと一緒にいるのだ。嘘は下手な方が良い。
「戻ってきたら、美味しいものをいっぱい作ってあげるね」
「うん、楽しみに待ってる。僕は優花と二人で食べるご飯が一番好きなんだ」
「ありがとう。私もよ」
二人は手を握り合って暗くなった道をゆっくり歩く。先程までとは違い、二人の足取りは軽かった。
終
ハヤテが名残惜しそうに腕を解いて言うので、優花は黙って頷いた。二人は手を握り合って暗くなった道をゆっくり歩く。ハヤテの屋敷が近づいて来ると、優花は別れの時を感じて寂しくなった。
次はいつ会えるのだろう。
優花がハヤテを見上げると、彼は難しい顔をして考え込んでいる。
「ハヤ……」
「そうだ!」
ハヤテが突然大きな声を出すので、優花は驚いて彼の左腕にしがみつく。通行人が振り返っていたが、ハヤテはなぜだか嬉しそうで気づく様子もない。
「さっき、紅色ドラゴンを食べたでしょ?」
ハヤテは棒読みで、身振りだけがやたら大袈裟だ。優花にはこれから嘘を付くと宣言しているようにしか聞こえなかった。
「う、うん。一緒に食べたよね」
優花は戸惑いながら答える。ハヤテはそれを聞いて満足そうに大きく頷いた。
「鱗の毒は強力なんだ。優花はそれを食べちゃったから異世界に戻るのは難しいと思う。だから……」
優花は嘘をつかれているのに、ハヤテが必死なので怒る気にもならなかった。鱗の毒はアルコールで解毒したはずだが……指摘しないほうが良いだろう。
ハヤテが優花を帰さなくて済む方法を一生懸命考えてくれたと思えば、可愛く感じてしまうのだから重症だ。
「だから?」
優花は意地悪だと思いながらも聞いてしまう。ハヤテの言いたいことは分かったが、できれば彼の口から直接聞きたい。
「だから、帰らないで。僕のそばにいてほしい」
ハヤテが真剣な表情で見つめてくるので、優花は赤くなりながら頷いた。
「私も帰りたくない。ずっと、ハヤテのそばにいる」
「優花……」
優花が恥ずかしさを堪えて伝えると、ハヤテは本当に嬉しそうに笑った。この笑顔のおかげで、離れていても不安にならずに済みそうだ。
「でも、今日は帰るね。バイトのこともあるし……」
「えっ……帰っちゃうの?」
ハヤテが目を丸くして、素っ頓狂な声を出す。それでも仕方ない。この世界で暮らすなら、向こうの世界に未練は残したくない。
「うん。でも、絶対に戻ってくるから、私のこと待っててくれる? 怪我してるのに、無理言ってごめんね」
「それは気にしなくて良いよ。生活に支障があるような怪我じゃないし……本当に戻ってきてくれるんだよね?」
ハヤテが捨てられた子犬のような目で優花を見つめている。この世界の人は、何でこんなに可愛らしい瞳に怯えるのか、優花には今でもわからない。
「もちろん、帰ってくるよ」
「そっか。それなら、待ってる。なんか美味しいものを用意しておくから、絶対に戻ってきてね」
ハヤテがそう言ってニッコリ笑う。ハヤテが笑ってくれて嬉しいが、なんとなく不安にもなる。
「珍味じゃなくて良いから、危ないことはしないでね」
「分かってるよ」
ハヤテが口を尖らせて不貞腐れた声を出す。優花はその姿が可愛くて、思わずハヤテの腕をギュッと抱きしめた。
「そういえば、なんで嘘だって分かったの?」
ハヤテが今更聞いてくるので笑ってしまう。本当に知りたそうにしていたが、優花は今後のために教えてあげなかった。これからは、ずっと一緒にいるのだ。嘘は下手な方が良い。
「戻ってきたら、美味しいものをいっぱい作ってあげるね」
「うん、楽しみに待ってる。僕は優花と二人で食べるご飯が一番好きなんだ」
「ありがとう。私もよ」
二人は手を握り合って暗くなった道をゆっくり歩く。先程までとは違い、二人の足取りは軽かった。
終
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