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52.留学先で
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祖国を出たクラウディアは、オキシドラス王国の田舎街にある屋敷に滞在していた。王都の学園に通う予定だが、見た目の年齢が入学に適するまでは、家庭教師を雇って勉学に励んでいる。
「クララ様、今日はここまでにいたしましょう」
「ありがとうございました」
フロレンツから与えられた仮の身分はクララ・タライロン。アルフレートが当主を務めるタライロン公爵家の遠縁の娘という設定だ。クラウディアがアルフレートの婚約者であることが縁で、病気がちなクララを医療の発達したオキシドラス王国に預けているということになっている。アルフレートからもらった変装の魔道具が、タライロン公爵家の銀髪と空色の瞳に変わるからというのが大きな理由だろう。
「明日はタライロン公爵領の産業でもある絹織物の流通について学んで頂こうと思います。予習をしておいて下さいね」
「はい、先生」
ただ、フロレンツが選んだ学ぶべきことには、タライロン公爵家の家業に関わる事柄が非常に多い。クラウディアがアルフレートから離れられない事を、フロレンツは分かっていたのだろう。あれだけ騒ぎ立てておいて、その通りになったのだから恥ずかしい。
「クララ様、応接室にお客様がお見えです」
「分かったわ」
侍女に声をかけられて、クラウディアは授業を受けていた部屋からまっすぐに応接室に向かう。身分を隠して暮らすクラウディアの元にやってくる者は限られている。侍女が軽々しく名前を告げない客となればなおさらだ。
「クラウディア、邪魔してるよ。また、うちに手紙が届いてたんだ。クラウディアの婚約者はマメだよね」
応接室には予想通り従弟のイグナーツが待っていた。クラウディアの暮らす街を治めているモトロ公爵の息子でもある。年齢は九歳で、クラウディアからすれば歳の離れた可愛い弟のような存在だ。しかし、見た目年齢が近くなってしまったため、再会してからは年上扱いされなくなっている。大人気ないので最近は指摘していないが、正直に言うと不満だ。
「ありがとう」
クラウディアはイグナーツが持ってきた手紙を奪い取るように受け取った。アルフレートからの手紙はモトロ公爵家を経由してやり取りしている。宛名や差出人は書かれていないが、飾り気のない封筒はアルフレートが愛用しているもので間違いない。イグナーツの視線を感じて緩みそうになる頬を引き締める。
「クラウディアは相変わらずだな」
「わたくしの事はクララと呼びなさい。何度言ったら分かるのかしら?」
部外者が来ることの少ない屋敷の中だが、クラウディアの事情を詳しく知らない者も下働きの中にはいるはずだ。
「だったら、クラウディアも公爵家の遠縁に相応しい言葉を使いなよ。僕はこう見えても公爵子息なんだよ」
「イグナーツ。あなた、生意気よ」
イグナーツと『クララ』の身分を比べれば言っている事は正しい。ただ、赤ん坊の頃を知っている子供には言われたくない。
「今のクラウディアなら、僕の方がお似合いだと思うけどな」
クラウディアが手紙をその場で開けて読んでいると、放置されて拗ねたイグナーツがブツブツと言う。
『従弟とあまり親しくしすぎないように』
アルフレートからの手紙に、そんな言葉が書かれていて、つい笑ってしまった。
「わたくしにはアルフレートしかいないのよ。イグナーツもわたくしにばかり構っていないで良い人を探しなさい」
「僕はまだ良いよ」
「そう」
クラウディアはイグナーツにそれだけ言って手紙に視線を戻した。イグナーツがクラウディアのそばを心地よく感じるのは、いずれ去る他国の姫だからだ。子供の頃のクラウディアにも覚えがある。
身分の高い人間は子供の頃から息抜きできる場所が限られている。気持ちが分かるから、イグナーツが毎回自ら手紙を持ってきても、使用人の仕事だと指摘することはしなかった。
時が経ち、クラウディアがオキシドラス王国の王都にある学園に入学し、寮に移ってからも同じような生活が続いた。アルフレートの手紙をイグナーツが届けに来て、二人でくだらない話をする。これが祖国に帰るまで続くのだと、クラウディアは疑いもしなかった。
しかし、アルフレートからの手紙が数年後に突然途絶える。
なぜ、手紙をくれないのか?
誰か好きな人でも出来たのか?
送れないままの手紙が積み上がって半年、祖国ドラード王国へ続く国境が封鎖されたことで、クラウディアはドラード王国がバルバード帝国との戦争に入った事を知った。
「クララ様、今日はここまでにいたしましょう」
「ありがとうございました」
フロレンツから与えられた仮の身分はクララ・タライロン。アルフレートが当主を務めるタライロン公爵家の遠縁の娘という設定だ。クラウディアがアルフレートの婚約者であることが縁で、病気がちなクララを医療の発達したオキシドラス王国に預けているということになっている。アルフレートからもらった変装の魔道具が、タライロン公爵家の銀髪と空色の瞳に変わるからというのが大きな理由だろう。
「明日はタライロン公爵領の産業でもある絹織物の流通について学んで頂こうと思います。予習をしておいて下さいね」
「はい、先生」
ただ、フロレンツが選んだ学ぶべきことには、タライロン公爵家の家業に関わる事柄が非常に多い。クラウディアがアルフレートから離れられない事を、フロレンツは分かっていたのだろう。あれだけ騒ぎ立てておいて、その通りになったのだから恥ずかしい。
「クララ様、応接室にお客様がお見えです」
「分かったわ」
侍女に声をかけられて、クラウディアは授業を受けていた部屋からまっすぐに応接室に向かう。身分を隠して暮らすクラウディアの元にやってくる者は限られている。侍女が軽々しく名前を告げない客となればなおさらだ。
「クラウディア、邪魔してるよ。また、うちに手紙が届いてたんだ。クラウディアの婚約者はマメだよね」
応接室には予想通り従弟のイグナーツが待っていた。クラウディアの暮らす街を治めているモトロ公爵の息子でもある。年齢は九歳で、クラウディアからすれば歳の離れた可愛い弟のような存在だ。しかし、見た目年齢が近くなってしまったため、再会してからは年上扱いされなくなっている。大人気ないので最近は指摘していないが、正直に言うと不満だ。
「ありがとう」
クラウディアはイグナーツが持ってきた手紙を奪い取るように受け取った。アルフレートからの手紙はモトロ公爵家を経由してやり取りしている。宛名や差出人は書かれていないが、飾り気のない封筒はアルフレートが愛用しているもので間違いない。イグナーツの視線を感じて緩みそうになる頬を引き締める。
「クラウディアは相変わらずだな」
「わたくしの事はクララと呼びなさい。何度言ったら分かるのかしら?」
部外者が来ることの少ない屋敷の中だが、クラウディアの事情を詳しく知らない者も下働きの中にはいるはずだ。
「だったら、クラウディアも公爵家の遠縁に相応しい言葉を使いなよ。僕はこう見えても公爵子息なんだよ」
「イグナーツ。あなた、生意気よ」
イグナーツと『クララ』の身分を比べれば言っている事は正しい。ただ、赤ん坊の頃を知っている子供には言われたくない。
「今のクラウディアなら、僕の方がお似合いだと思うけどな」
クラウディアが手紙をその場で開けて読んでいると、放置されて拗ねたイグナーツがブツブツと言う。
『従弟とあまり親しくしすぎないように』
アルフレートからの手紙に、そんな言葉が書かれていて、つい笑ってしまった。
「わたくしにはアルフレートしかいないのよ。イグナーツもわたくしにばかり構っていないで良い人を探しなさい」
「僕はまだ良いよ」
「そう」
クラウディアはイグナーツにそれだけ言って手紙に視線を戻した。イグナーツがクラウディアのそばを心地よく感じるのは、いずれ去る他国の姫だからだ。子供の頃のクラウディアにも覚えがある。
身分の高い人間は子供の頃から息抜きできる場所が限られている。気持ちが分かるから、イグナーツが毎回自ら手紙を持ってきても、使用人の仕事だと指摘することはしなかった。
時が経ち、クラウディアがオキシドラス王国の王都にある学園に入学し、寮に移ってからも同じような生活が続いた。アルフレートの手紙をイグナーツが届けに来て、二人でくだらない話をする。これが祖国に帰るまで続くのだと、クラウディアは疑いもしなかった。
しかし、アルフレートからの手紙が数年後に突然途絶える。
なぜ、手紙をくれないのか?
誰か好きな人でも出来たのか?
送れないままの手紙が積み上がって半年、祖国ドラード王国へ続く国境が封鎖されたことで、クラウディアはドラード王国がバルバード帝国との戦争に入った事を知った。
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