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35.朝の散歩

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 クラウディアは夜明けとともに目を覚ました。静かに入ってきたリタに手伝ってもらって着替えると、待ち合わせ場所の玄関に向かう。そこには軽装のディータが待っていた。

「クラウディア様、おはようございます」 

「おはよう」

 カタリーナの拘束から半年、クラウディアは相変わらず公爵邸でお世話になっていた。今ではディータに護衛されて、早朝に散歩するのが日課となっている。

 アルフレートに買ってもらった歩きやすい靴で、芝生の生える庭を歩く。リタとディータがその後ろをゆっくりと付いてきていた。そして……

「おはよう、クラウディア。時間ができたから俺も一緒に行くよ」

 アルフレートがどこからともなく現れてクラウディアの隣に並ぶ。最初の頃は偶然を装っていたが、最近は当たり前のように散歩に加わっている。朝食までの僅かな時間がアルフレートとの唯一の交流となる日も多い。

「おはよう、アル。また、徹夜したのかしら? 寝不足だと顔に書いてあるわ」

「そんなことないよ」

 アルフレートはカタリーナの護衛から開放されて、一時期は余裕のある生活を送っていた。屋敷内ではあるが、二人でピクニックをしたりもしたのだ。しかし、学園の長期休暇を前に再び根詰めて仕事をしている。

 学園が休みに入ったら、クラウディアと共にアルフレートの師匠である魔女に会いに行く。クラウディアを元に戻せないか調べてもらうためだ。その時間を作るためだと分かっていても、アルフレートの働き方は容認できない。

「アルのお父様が手伝って下さるって言っているのでしょ? もう少し甘えても良いのではなくて?」

 前公爵はアルフレートが公爵位を継いだ当時は寝たきりだったが、リハビリが上手くいって現在は領地で元気に過ごしている。アルフレートが魔女のもとにいる間は、領地で仕事を代わりに務めて下さることになっているのだ。

「公爵の仕事は俺の仕事だ。今できる仕事を終わらせておくのは当たり前だろう?」

「だからって……」

 一緒に暮らして気がついたが、アルフレートはそんなに器用ではない。前から知っていたなら、放置されていた日々も余裕を持って過ごせていただろう。本人に自覚はあるのだろうか? 明らかに許容を越えて働いていることから考えると分かっていない気もする。

「どっちにしろ、クラウディアが気にすることじゃないよ。早く行くぞ。料理長を待たせてしまう」

「う、うん」

 クラウディアは早足になったアルフレートを走って追いかける。心配すら邪魔だというようなひどい拒絶だが、普段の自分の言動を思い出せば文句も言えない。クラウディアは説得を諦めて、労るようにアルフレートの手を握った。速度を緩めたアルフレートと鶏小屋に向かって歩く。

 早朝の散歩は、ディータの卵を集める仕事のお手伝いも兼ねている。卵には毒があるそうで、それを取り除かないと危険らしい。普通は数人で協力して火、水、風の魔法をかけて取り除くらしいが、ディータなら一人で出来る。

「魔法をかけたから、卵を探して良いよ」

「今日もピカピカで綺麗ね」

 クラウディアは静かに鳥小屋に入って卵を一つ手に取った。今日はアルフレートがいるので光魔法も加わり、驚くほど輝く卵を拾うことができる。

 クラウディアが卵を眺めている間に、ディータとリタがテキパキと卵を拾っている。あっという間にお手伝いは終了となった。

「この卵、高く売れると思うわ」

 こんな素敵な卵は王宮でも用意できない。味も美味しいし、自分たちだけで味わっているのがもったいなく感じてしまう。

「アルフレート様はクラウディア様に食べて頂くために育てているのですから、売ることは絶対ないですよ」

「ディータ、余計な事を言うな」

 アルフレートが慌てて言うので、ディータの言葉に真実味が帯びる。よく見るとアルフレートの耳が赤い。言い合いで沈みかけていた心がふわふわと浮き上がる。

「早く料理してもらいましょう。朝ごはん、楽しみね」

「ああ」

 クラウディアはアルフレートの手をグイグイ引っ張って、公爵家の広い庭を歩く。ディータが結婚生活の準備の一環だと言っていたが、都合の悪い言葉は聞こえなかったことにした。
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