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22.過去の記憶(後)【アルフレート】

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 アルフレートが次に目を覚ましたときには、見慣れた自室のベッドの上だった。どうやら、二日ほど眠っていたらしい。看病してくれたエトムントの話によれば、倒れたのは式典の外の廊下で、人目に触れないように公爵邸に連れ帰ってくれたようだ。

大事おおごとにはなっておりませんのでご安心下さい。坊ちゃまは、次期公爵としての責務を果たされたのですよ」

 エトムントの言葉をそのまま信じたわけではない。しかし、廃嫡の話が蒸し返されることもなく、アルフレートは穏やかに療養することができた。

 ベッドから起き上がれない日々を過ごしたが、アルフレートにとっては日常だ。本を読んだりしながらいつも通り過ごした。ただ、一つだけ変わったことがある。クラウディアが見舞いに来るようになったのだ。

「殿下、お越しいただきありがとうございます。ご心配おかけして申し訳ありません」

「別にあなたを心配して来たわけじゃないわ。王宮の外に出てみたかっただけよ」

「……」

 最初の頃こそクラウディアの言動には戸惑ったが、慣れればとっても分かりやすい。繊細な心を守るために何重にも武装しているだけで、中身は純粋で裏表のない女の子だった。

「明日も暇だったら来てあげても良いわよ」

「お待ちしています」

 クラウディアは冷たい声で言うくせに、不安そうな顔でアルフレートを見ている。そして、アルフレートが肯定すると嬉しそうに笑って去っていくのだ。

 アルフレートへの同情や哀れみで来ていたのなら、途中で見舞いを断っていただろう。アルフレートが受け入れられたのは、彼女も自分との時間を必要としていることに早い段階から気づいていたからだ。

「ユリアお姉様に酷いことを言われたの」

「今日の朝はふわっふわのオムレツを食べたの」

 クラウディアはその日にあった辛いこと、楽しかったことをアルフレートに何でも話して聴かせた。王女という立場のクラウディアには、本当の意味で気を許せる相手はいなかったのだろう。

「明日までの課題があるの。代わりに解きなさい」

「自分で解かなきゃ駄目だろ。教えてやるから見せてみろ」

「別に解けないなんて言ってないわよ」

「分かったから、そこに座れ」

 時々泣きそうな顔で助けを求めてくるのも、必要とされているようで嬉しかった。クラウディアを受け持つ教師陣は優秀だが厳しい。

「せ、先生がアルのことを褒めてたわ。その……昨日見せた課題のことで……」

「そうか。クラウディアも良く頑張ったな。諦めずに解いて偉かったぞ」

「うん!」

 教師たちが滅多にクラウディアを褒めなかったのは、この国の王家の中で彼女が生き抜くために必要な知識が身についていなかったからかもしれない。それでも、アルフレートは頑張りを認めてあげたくて代わりに彼女を褒めていた。

 甘やかした自覚はあるが思い返しても必要だったと思っている。結婚後はアルフレートが守れば良い。この頃から、絶対に魔力に負けて死ぬわけにはいかないと気持ちを強く持てるようになった。それもクラウディアのおかげだ。

 二人で過ごした半年間は、とっても心地よく楽しい日々だった。

 屋敷どころか部屋もほとんど出られないアルフレートは、それがまさか、クラウディアの立場を犠牲にした上で成り立っていたとは思ってもみなかった。

 それを教えてくれたのはアルフレートの後継者争いの相手でもある同い年の従兄弟いとこだった。

「年下の姫に助けられて、のうのうと暮らしているなんて恥ずかしくないのか?」

 親族会議に出る親について屋敷にやってきた従兄弟は、寝室で休むアルフレートのもとに忍び込むようにやってきて、開口一番そう言った。

「どういう意味だ?」

「クラウディア殿下の我儘に振り回されて、アルフレートは体調を崩したことになっている。でも、本当は違うんだろう? お前が元気だったところなんて俺は見たことがない。体調が悪いのは、殿下のせいじゃないよな?」

 即位五周年の式典でクラウディアは体調を崩したアルフレートを連れ出すために大きな声を出した。それはアルフレートが思っている以上に問題になっていたらしい。しかも、彼女を助けるべきタライロン公爵家は味方になるどころか、それを利用してアルフレートの立場を守ったのだ。

 アルフレートは、後日やってきたクラウディアを問い詰めた。

「あら? わたくしのせいでアルが体調を崩したのは事実でしょ。何を言っているのかしら?」

「クラウディア、それは違うだろう」

 クラウディアがそう言ったことで、噂を把握していることを知った。王女の立場なら社交デビュー前から人前に立つことが多々ある。彼女は何度悪意に満ちた魔力の前に立たされていたのだろう。それなのに、アルフレートは何も知らずに部屋でのんびりしていたのだ。

「フロレンツお兄様が決めたの。その方がみんなのためになるのでしょ?」

「それは父上から聞いたよ。それでも俺は!」

 みんなじゃなくて、クラウディアを守りたい。しかし、アルフレートにそんな力はどこにもないので、その先を伝えることはできなかった。目の前で泣きそうな顔をしているクラウディアに守られていたのはアルフレートの方なのだ。

 クラウディアを守る力がほしい!

 アルフレートはすぐに魔女に弟子入りし、数年かけて魔法使いとしての力をつけた。それは全部クラウディアのためであるはずだった。

 思わぬ形で公爵位を継ぐことになり忙しかったのもあるが、もう少しうまいやり方があった気がする。過去を思い出したアルフレートは、自分の不甲斐なさに更に落ち込むことになった。
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