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21.過去の記憶(前)【アルフレート】

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 アルフレートとクラウディアの婚約は、アルフレートが七歳のときに成立した。アルフレートの父、前タライロン公爵の願いにより、アルフレートの立場を守るために王家が後ろ盾になった形だ。当時のアルフレートは病気がちで、同い年の従兄弟を次期公爵にすべきだとする親族との間で対立が起きていた。

 アルフレートの病弱さは、自分の膨大すぎる魔力に身体が悲鳴を上げた結果だ。ドラード王家としても、アルフレートが親類に負われて失脚するより、恩を売って王家に忠誠を誓わせたほうが良いと考えたのだろう。アルフレートの身体が耐えきれず万が一の事があったとしても、婚約だけであれば王女の経歴に傷はつかない。

 最初は同い年である第一王女ユリアに話がいったようだが、ユリアとその母親が拒絶したことにより、最終的には第二王女クラウディアに決められた。後で知ったことたが、この辺りはアルフレートを味方につけておきたかったフロレンツの暗躍もあったようだ。

 二人の婚約はアルフレートの体調を考慮して、書類の上だけで行われた。

 それから二年後の九歳のとき、やっと医師から許可がおり顔合わせを兼ねたお茶会のためクラウディアに贈るドレスを作った。だが、緊張や不安で魔力が乱れ、再び体調が悪化したため、誘いの手紙を送る直前で話は裁ち切れになったのだ。

 実際に初めて二人が顔を合わせたのは更に一年後。アルフレートが十歳のときに行われたドラード王の即位五周年を祝う式典の場だった。その日も体調が万全とは言えなかったが、国王に忠誠を誓う大切な式典であり、公爵になるためには欠席はありえない。前公爵夫婦にとっては苦渋の決断だったのだと思う。

「あなたがアルフレートね。わたくしのことをしっかりエスコートなさい」

「畏まりました。王女殿下、よろしくお願い致します」

 クラウディアは当時も物言いは尊大だった。しかし、親族と違い病気がちで貧弱だったアルフレートを馬鹿にしたりはしない。緊張して震える手でアルフレートの腕を掴むクラウディアに悪い感情を抱くことはなかった。

「まぁ、クラウディア殿下もこちらの席に座るのね」
「そういう意味でもお似合いの二人だわ」

 会場に入ると大人たちの悪意に満ちた視線に晒された。クラウディアは王族にも関わらず、臣下が座る席にアルフレートと一緒に案内されたのだ。クラウディアは睨みつけるように周囲を威嚇していたが、ちらりとこちらを見たルビー色の瞳はアルフレートに見捨てないでと訴えているかのように弱々しかった。

 この頃、彼女の母である王妃はすでに鬼籍に入っており、暗躍しているとはいえフロレンツは十一歳。クラウディアの立場はアルフレートの想像より厳しいものになっていたのだろう。

「アルフレート、緊張しているの? わたくしが一緒なのだから心配はいらないわよ」

「お心遣いありがとうございます。式典が終わるまで、クラウディア殿下のおそばに居させて下さい」

「ええ。よろしくってよ」

 クラウディアが安心したようにアルフレートを見てふんわりと笑う。自分の存在が彼女の役に立っている。その事がただただ嬉しかった。

 クラウディアを守りたい。そう思っていたのに……

 アルフレートがクラウディアを気にかけてあげられたのは、他の王族が入ってきて頭を下げたあたりまでだった。多くの味方とは思えない魔力に囲まれて、膨大な魔力の制御が怪しくなっていく。遅れて突き刺すような頭痛と吐き気が襲ってきた。

 魔力が制御を失った。それが分かっても立て直す術はない。目の前がグラグラ揺れているが、自分を大切に思う人たちのために退席するわけにはいかなかった。

 早く終われ、早く終われ。

 アルフレートは赤い絨毯の一点を見つめて、倒れてしまわないように集中する。
 
「わたくし、飽きてしまったわ! あなたも付き合いなさい」

 突然、クラウディアが静まり返った式典会場で声を上げた。アルフレートは反応も出来ないまま、クラウディアに引きづられるようにして連れて行かれる。

「坊ちゃま、大丈夫ですか?」

 執事のエトムントの声が聴こえて、式典会場の外に出た事を知った。ここで倒れても両親に迷惑はかからない。そう思った瞬間、フッと身体の力が抜けた。

「アルフレート! 死んじゃイヤ!」

 クラウディアの悲鳴に近い声が近くで聴こえる。アルフレートは返事もできないまま意識を手放した。
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