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19.噂

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 クラウディアは冷たいお茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。アルフレートはそんなクラウディアを待ってからゆっくり説明してくれた。

 どうやら、学園では何かに付けて『クラウディアは悪役令嬢だ』と言われているらしい。その言葉を故意に広める者がいるようだ。

「聖女様に対するイジメもすべてクラウディアに押し付けようとしているんだ。『悪役を押し付けられている令嬢』という意味で使っている者も中にはいるが、大半が裏事情など知らずに『悪女』の意味で使っているように思う」

 聖女カタリーナの周囲では最近嫌がらせが横行しているらしい。持ち物を隠す、大事な連絡を伝えない、階段から突き落とすなんてことまであったようだ。

「そんな卑怯なことしてないわ!」

「分かってる。クラウディアなら真正面から一対一でぶつかるもんな」

 アルフレートは噂が真実とは思えなかったため、すぐに信頼できる生徒を使い調査したようだ。しかし、噂が学園中に広がりすぎていて出どころは掴めなかった。

「全てが嘘じゃないから難しい。聖女様とクラウディアが揉めているところを見た者は、噂が真実だと確信したはずだ」

 アルフレートが疲れたようにクラウディアを見る。

『殿下、後できちんと話しましょう。このままにはしておけない』

 カタリーナとの言い争いの後、アルフレートが言った言葉も今なら正確に理解できる。二人の婚約についてではなく、クラウディアの学園での行動をこのままにはしておけなかったのだろう。

「せめて俺が説明を求めたときには、感情的にならずに順序立てて説明してほしかった」

「無理よ。アルを取られると思ってたんだもの」

 あのときの感情を思い出して、クラウディアの瞳に涙が浮かぶ。見られたくなくて、アルフレートの肩に顔を押し付けた。

「ごめん。何が何でも直接話して教えるべきだったよな」

 アルフレートがカタリーナのそばを離れるたびに何かが起こるため、アルフレートの立場も厳しいものになっていたようだ。カタリーナがアルフレートに要求する我儘が警護のスキになっていたが、護衛の増員もまた我儘により許されなかった。一人しかいない護衛を買い物に行かせるなんてクラウディアでもありえない。

 アルフレートはクラウディアと学園で会話をする時間が取れなかったため、手紙で忠告してくれていたようだ。それも届いていなかったが……

「クラウディアからみれば、ひどい言い訳だよな」

「もういいわよ。アルも大変だったのよね? 今度アルの代わりに聖女様にガツンと言ってあげるから安心なさい。わたくしのアルフレートをこき使うなんて許せないわ」  

「……クラウディア。それも駄目だからな」

 喜ぶと思っていたのに、アルフレートからは冷ややかな声が返ってくる。クラウディアは気合いを入れるために突き出した拳を力なく下げた。

「なぜかしら?」

「内容が聞こえていなければイジメと取られるからだよ。そういう土壌が出来てしまってるんだ。この際だから言っておくけど、聖女様へのイジメを理由にクラウディアの国外追放だって有り得る状況だったんだ。クラウディアを唯一庇える立場のフロレンツ殿下はこの国にはいない。本当に慎重に接してほしい」

「国外追放!?」

 国外追放となれば王女の身分も当然なくなる。国を出るまではちゃんとした宿が用意されるにしても、落ち着き先の屋敷や侍女や使用人たちは自分で探さなくてはいけないだろう。リタについてきてもらうのは流石に申し訳ない。

「なんか、のほほんとした想像をしてそうだけど、国外で庶民の暮らしをするってことだぞ」

「庶民? 庶民って使用人は何人雇えるのかしら? 孤児院には修道女だけで使用人はいなかったわよ」

 クラウディアは首を傾げる。王宮からほとんど出してもらえなかったので、クラウディアには庶民の暮らしが分からない。絵本や歌劇の中の世界だ。

「庶民は使用人なんて雇えないから自分でやるんだよ。いくら俺が六属性持ちでも、ドラード王家と対立してまで雇ってくれる国なんて近くにはない。何年続くか分からない旅にクラウディアが耐えられるわけないだろう? 隣国で庶民としてひっそり暮らすしかないんだよ。だから……」

「あら? アルも一緒に行くのかしら?」

「当たり前だろう? 危なっかしくて野放しになんか出来るか」

 どうやらアルフレートと二人で行くのは決定らしい。大変そうだった『国外追放』が、急に楽しい旅行に思えてくる。世界を二人で巡るなんていうのも素敵だと思う。

「ありがとう。アルがいるなら安心ね。国外追放されても、何とかなると思うわ」

「全部人任せにするつもりなのに自信満々に言うな。クラウディアには絶対に耐えられないから、そうならないように慎重に行動しろよ」

 アルフレートはクラウディアの言葉に呆れていたが、少しだけ嬉しそうだった。
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