上 下
10 / 44

第10話 数年後

しおりを挟む
 初めて図書館に行った日から数年の時が経ち、男爵が私を迎えに来るまで半年となった。私達は変わらず孤児院で暮らしながら、冒険者として日々を送っている。本当は孤児院を出ても良い年齢だが、お互いに利があるので院長が許してくれている。

 図書館で『聖女の花』の情報は得られたが、険しい北の山の奥にしか咲かない花で、その山には冒険者ランクB以上にならないと入山も許されない。冒険者Bとは上から三番目のランクだ。王子との出会いをきっかけにFランクからスタートした私達は、情報を得た当時、一つ上のEからDに上がったばかりだった。

 攻略対象者は、学園でヒロインと出会うまで激しい訓練などはしておらず、一学期の終わりにBランクまで上がっていたとは思えない。お金と権力を使って手に入れたのではないかと疑ってしまう。

 そんな不満はあっても、ないものを使うことはできない。私達にできるのは冒険者ギルドの依頼をこなし、ランクを上げることだけだ。

 そして経験を積んできた結果、現在のランクはC。もう少しでBランクに上がれるという所まできている。これでも聖女の加護を使ったことによる異例の出世だ。


 私達の住む街は比較的安全で、森の奥に行かないと強い魔獣には出会えない。日帰りで行ける依頼も少なくなり、最近は泊りがけの遠征も増えた。今日も朝から魔獣のいる森を奥へ奥へと進み、夕方になってテントが張れそうな場所に落ち着き野営の準備をしている。

「この空間が平和でありますように」

 私は倒した魔獣から取り出した魔石を使い、野営に使う場所を囲うように加護を施す。魔石とは魔力の籠もった石のことで、魔獣を倒すと一つずつ手に入れることができる。これを媒介として使うと人だけでなく空間にも加護が使えるようになるので野営には便利だ。

 私達はここを拠点に数日間留まり依頼された魔獣の討伐をする予定だ。

「今日の夕飯はどうするんだ?」

 アランが集めてきた薪を組みながら聞いてくる。私がやると燃やしている途中でなぜか崩れてしまうのでアランの仕事だ。

「アランの野菜たっぷりのスープが飲みたい!」

「まぁ、良いけど。ジャンヌが作ったほうが美味しいものが食べられるのにな」

 アランはがっかりした声で言いながら、火魔法を使って組み上げた薪に火を付ける。二年ほど前にお金が貯まり神殿で魔法の契約を行ったため、アランは火魔法の魔導師となっている。魔力が余った日は積極的に戦闘以外にも使って経験を積んている。

「今日仕留めた魔獣肉の下ごしらえをしておくから、明日にでも食べましょう」

「おう、明日の朝が楽しみだな」

 アランが嬉しそうに野菜を切り始めたのを横目に、私は魔獣を解体していく。本当は明日の夜の予定だったが、アランの要望なので明日は朝から肉になりそうだ。

 本当なら魔獣肉は普通の獣の肉以上に美味しく解体するのが難しい。しかし、聖女の力はここでも役に立つ。最初は目をつぶれば美味しいという仕上がりだったが、不器用な私も数をこなしたので見た目も美味しそうに見える解体が出来るようになった。

「美味しくなーれ、美味しくなーれ」

 私は歌うように言いながら血抜きしておいた肉を捌いて、ハーブと塩を擦り付ける。この言葉がお肉を美味しくしてくれる聖女の加護だ。保存を考えるなら氷魔法がほしいところだが、数日の保存なら常温で問題ない。お貴族様ならギョッとする扱いだろうが、庶民ならこんなものだ。それに私達は万が一お腹を壊しても聖女の力で治すことができる。

 今の目標は異空間に物を収納することのできるバッグを買うことだ。その中なら時を止めて保存できるし重さを感じずに運ぶ事ができる。冒険者ギルドに提出する魔獣を倒した証拠も楽に運べるだろう。

 庶民には買えない値段の物だが、聖女の力で作った治癒薬は力を抑えて作っても高値で売れるので夢の話ではない。男爵に引き取られるまでに購入し、アランにプレゼントしたいと思っている。

「美味そうだな。一枚ずつ焼こうぜ」

 手が空いたらしいアランが、私の手元の肉をキラキラした目で見つめている。生肉だが、アランの頭の中では美味しく焼かれていそうだ。

「やっぱり、そうなるわよね。本当は少し置かないと駄目なのよ」

「ジャンヌが解体した肉なら大丈夫だよ。いらないなら俺の分だけ……」

「食べるわよ」

 私はアランの言葉に被せるように言った。冒険者を始めるまでは肉なんて贅沢品でほとんど食べることができなかった。ちょっとぐらい味が落ちても、隣で美味しそうに食べているのに見ているだけなんてありえない。

「アランが焼いてくれるのよね?」

「それは任せてくれ」

 アランが手元に火柱を作る。私が肉を串に刺して渡すと、魔法で器用に焼き始めた。肉の焼ける良い匂いが聖女の加護で守られた空間に広がる。美味しいものを作っても匂いに釣られて魔獣が寄ってこないのが、聖女であることの一番の利点かもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

完 さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。

水鳥楓椛
恋愛
 わたくし、エリザベート・ラ・ツェリーナは今日愛しの婚約者である王太子レオンハルト・フォン・アイゼンハーツに婚約破棄をされる。  なんでそんなことが分かるかって?  それはわたくしに前世の記憶があるから。  婚約破棄されるって分かっているならば逃げればいいって思うでしょう?  でも、わたくしは愛しの婚約者さまの役に立ちたい。  だから、どんなに惨めなめに遭うとしても、わたくしは彼の前に立つ。  さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

花野未季
恋愛
公爵家令嬢のマリナは、父の命により辺境伯に嫁がされた。肝心の夫である辺境伯は、魔女との契約で見た目は『化物』に変えられているという。 お飾りの妻として過ごすことになった彼女は、辺境伯の弟リヒャルトに心惹かれるのだった……。 少し古風な恋愛ファンタジーですが、恋愛少な目(ラストは甘々)で、山なし落ちなし意味なし、しかも伏線や謎回収なし。もろもろ説明不足ですが、お許しを! 設定はふんわりです(^^;) シンデレラ+美女と野獣ですσ(^_^;) エブリスタ恋愛ファンタジートレンドランキング日間1位(2023.10.6〜7) Berry'z cafe編集部オススメ作品選出(2024.5.7)

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子

深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……? タイトルそのままのお話。 (4/1おまけSS追加しました) ※小説家になろうにも掲載してます。 ※表紙素材お借りしてます。

処理中です...