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〈番外編〉皇太子殿下の苦悩
21.兄妹
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ジェラルドは紅茶を飲んで一息つくとアメリアに今後の事を話した。
「ごめんね、ジェラルド。賭博場の摘発で潜入することになっているの。それが終わるまでは騎士団で過ごすつもりよ。」
アメリアの言葉にジェラルドは頭を抱える。ミカエルが会議室でアメリアを発見したと聞いていたが、まさか潜入に選ばれていたとは思っていなかった。確かに女性に見える隊員が見つからず苦戦しているとは聞いていた。だからといってアメリアがやるような事ではない。
ジェラルドは何とか説得を試みたが埒が明かなかった。
アメリアは懇願するようにジェラルドを見つめている。その澄んだ紫色の瞳には強い決意が籠もっていて何を言っても無駄だとジェラルドは悟った。
(この瞳には逆らってはいけない。)
経験からそれが分かっていた。
「婚約者の言うことが聞けないのか?」
それでもやっぱり心配でジェラルドは言葉を重ねてしまう。
「もう、じゃあ、婚約破棄しちゃうから。」
頬を膨らませたアメリアはそんな事を言ってプイッと視線をそらす。
「なんでそうなるんだよ。」
ジェラルドはアメリアの可愛さに緩みそうになる顔を引き締めなおした。分かっていたが、今回はジェラルドが折れるしかなさそうだ。ジェラルドは当日の動きを思い出しながら安全な潜入について考えを巡らせた。
潜入を阻止することはできなかったが、ジェラルドは何とか警備騎士団の寮ではなく、ヴィクトルの王宮内にある私室に移る事をアメリアに了承させた。そこであればヴィクトルがいるので夜1人になる事はないだろうし、何より王宮内なので警備がきちんとしている。ジェラルドは廊下で待っていたヴィクトルを呼び入れて状況を説明した。
「では、そのように致します。妹が大変ご迷惑をおかけ致しました。」
ヴィクトルはいつも以上に丁寧に頭を下げているが、怒りが身体から滲み出ている。
アメリアが隣で震えながらジェラルドに何か目で訴えている。これから起こることから守って欲しいのだろう。ジェラルドも可愛い婚約者の味方をしてあげたかった。しかし、ヴィクトルがこの数ヶ月の間どれだけアメリアを心配していたかよく知っている。今回はヴィクトルの味方をするべきだと思ったジェラルドはアメリアの視線に気づかない振りをした。
ジェラルドがさり気なく立ち上がって執務用の椅子に座り直すとヴィクトルがその場でアメリアに説教を始めた。
(あんなに心配してたのに無事で良かったとか怪我はないかとかはないんだな。)
兄弟のいないジェラルドにはそのへんがよく分からない。
「お兄様、ごめんなさい。」
ヴィクトルの説教をアメリアはしゅんとなりながら聞いている。ジェラルドも子供の頃はよくアメリアと一緒に叱られていた。2人より10才年上のヴィクトルは当時、護衛というより教育係の側面の方が強かったのだ。ジェラルドは昔を懐かしみながら平和の象徴のようなその光景を静かに眺めていた。
「ヴィクトル、そのくらいにしてやれ。今回はアメリアだけの責任ではない。」
アメリアが涙目になってきたのでジェラルドが口を挟む。
「分かりました。後は部屋に戻ってからに致します。今日はこの後お休みを頂きますね。」
ヴィクトルは笑顔で要求してくる。まだ説教を続ける気でいる事にジェラルドも驚いてしまうが反論出来そうにない。
「お兄様、私のことは気にせず仕事に戻って下さい。」
必死に訴えるアメリアを引き摺ってヴィクトルは執務室を出ていった。
アメリアは少し可愛そうだが仕方ない。
今日は久しぶりに安心して眠れそうだ。ジェラルドはそんなことを思いながら机の上の仕事に戻った。
「ごめんね、ジェラルド。賭博場の摘発で潜入することになっているの。それが終わるまでは騎士団で過ごすつもりよ。」
アメリアの言葉にジェラルドは頭を抱える。ミカエルが会議室でアメリアを発見したと聞いていたが、まさか潜入に選ばれていたとは思っていなかった。確かに女性に見える隊員が見つからず苦戦しているとは聞いていた。だからといってアメリアがやるような事ではない。
ジェラルドは何とか説得を試みたが埒が明かなかった。
アメリアは懇願するようにジェラルドを見つめている。その澄んだ紫色の瞳には強い決意が籠もっていて何を言っても無駄だとジェラルドは悟った。
(この瞳には逆らってはいけない。)
経験からそれが分かっていた。
「婚約者の言うことが聞けないのか?」
それでもやっぱり心配でジェラルドは言葉を重ねてしまう。
「もう、じゃあ、婚約破棄しちゃうから。」
頬を膨らませたアメリアはそんな事を言ってプイッと視線をそらす。
「なんでそうなるんだよ。」
ジェラルドはアメリアの可愛さに緩みそうになる顔を引き締めなおした。分かっていたが、今回はジェラルドが折れるしかなさそうだ。ジェラルドは当日の動きを思い出しながら安全な潜入について考えを巡らせた。
潜入を阻止することはできなかったが、ジェラルドは何とか警備騎士団の寮ではなく、ヴィクトルの王宮内にある私室に移る事をアメリアに了承させた。そこであればヴィクトルがいるので夜1人になる事はないだろうし、何より王宮内なので警備がきちんとしている。ジェラルドは廊下で待っていたヴィクトルを呼び入れて状況を説明した。
「では、そのように致します。妹が大変ご迷惑をおかけ致しました。」
ヴィクトルはいつも以上に丁寧に頭を下げているが、怒りが身体から滲み出ている。
アメリアが隣で震えながらジェラルドに何か目で訴えている。これから起こることから守って欲しいのだろう。ジェラルドも可愛い婚約者の味方をしてあげたかった。しかし、ヴィクトルがこの数ヶ月の間どれだけアメリアを心配していたかよく知っている。今回はヴィクトルの味方をするべきだと思ったジェラルドはアメリアの視線に気づかない振りをした。
ジェラルドがさり気なく立ち上がって執務用の椅子に座り直すとヴィクトルがその場でアメリアに説教を始めた。
(あんなに心配してたのに無事で良かったとか怪我はないかとかはないんだな。)
兄弟のいないジェラルドにはそのへんがよく分からない。
「お兄様、ごめんなさい。」
ヴィクトルの説教をアメリアはしゅんとなりながら聞いている。ジェラルドも子供の頃はよくアメリアと一緒に叱られていた。2人より10才年上のヴィクトルは当時、護衛というより教育係の側面の方が強かったのだ。ジェラルドは昔を懐かしみながら平和の象徴のようなその光景を静かに眺めていた。
「ヴィクトル、そのくらいにしてやれ。今回はアメリアだけの責任ではない。」
アメリアが涙目になってきたのでジェラルドが口を挟む。
「分かりました。後は部屋に戻ってからに致します。今日はこの後お休みを頂きますね。」
ヴィクトルは笑顔で要求してくる。まだ説教を続ける気でいる事にジェラルドも驚いてしまうが反論出来そうにない。
「お兄様、私のことは気にせず仕事に戻って下さい。」
必死に訴えるアメリアを引き摺ってヴィクトルは執務室を出ていった。
アメリアは少し可愛そうだが仕方ない。
今日は久しぶりに安心して眠れそうだ。ジェラルドはそんなことを思いながら机の上の仕事に戻った。
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