上 下
46 / 72
〈番外編〉皇太子殿下の苦悩

11.婚約破棄

しおりを挟む
 ジェラルドは婚約破棄についてじっくり考えたくて自室へと戻った。

 ヴィクトルの忠告は正しいと思う。もし、婚約破棄をするとしたらジェラルドからの申し出ということになる。そうなると再婚約はジェラルドから申し込むことは出来ない。

 ジェラルドがアメリアに話をすれば、きっとアメリアは再婚約したいと言ってくれるだろう。アメリアとは離れていてもお互いを思い合っているとジェラルドは信じている。

 けれど、結婚は家と家がするものだ。辺境伯と皇帝の承認が必要になる。辺境伯が再婚約に応じなければ、ジェラルドとアメリアが願っても実現しないのだ。

(しかし、婚約破棄せずに動いてアメリアに何かあったら……)

 たとえ、アメリアと結婚することが叶わなくなっても元気でいてくれる方がよっぽどいい。それでも、ジェラルドはアメリアの隣に自分以外の男が並んでいるなんて想像すらしたくなかった。

(どうすればいいんだ)

 ジェラルドはだらしなくソファーに寝っ転がった。こんなことを昼間からするなんて、いつぶりのことだろうか。ジェラルドは12歳で本格的に仕事を初めてからいつも忙しくしていた。

(そういえば仕事を初めたばかりの頃、アメリアが会いに来てくれていたのにソファーで寝てしまった事があったな)

 仕事をはじめた頃は皇太子とはいえ周りは年上ばかりで能力をいつも試されているようだった。重圧に負けてベッドに入ってからも仕事の事が抜けずに夜もあまり眠れていなかった。そんな事をぼんやり思い出していて、ジェラルドはガバっと起き上がる。本棚に向かうと分厚い他国の辞書の後ろに隠すようにしまわれていた箱を取り出した。

 ソファーに戻って箱を開けると見覚えのある表紙が出てきた。

『皇太子殿下の恋人』

 6年前ソファーで眠ってしまっていたジェラルドが目を覚ますと、幸せそうな顔をしてアメリアが本を読んでいた。声をかけたら小説について熱弁された事を思い出す。そのとき渡されたのがこの小説だ。

「あのね、聞いてよ、ジェラルド! 皇太子殿下が真実の愛に気づいて婚約破棄するんだけど、皇帝陛下が恋人との結婚を許してくれないの。それで皇太子の地位を捨てて恋人と一緒に手をつないで逃げるのよ。その時のセリフが……」

「どこが素敵なんだよ。そんな不吉な小説なんて読むか!」

 怒鳴ってしまったときのアメリアの寂しそうな顔を思い出すと情けない気持ちになった。

 結局アメリアの前でゴミ箱に捨てた本をジェラルドはすぐに拾って読んだ。皇太子殿下とヒロインの容姿を知ってアメリアがどんな気持ちで読んでいたのかを想像して真っ赤になりながら。

 ジェラルドは読んだ事を知られたくなくて謝ることもできずに本を箱に入れて見えない場所に隠したのだ。

(思い出すと情けないな)

 ジェラルドは苦い思いで『皇太子殿下の恋人』をペラペラとめくる。

 中盤の山場「卒業パーティー」皇太子殿下は自分が浮気したにも関わらず、婚約者を多勢の人の前でさらし者にするひどいシーンだったとジェラルドはよく覚えている。

(アメリアは素敵な場面とか思っているのかもな)

 このシーンを再現すれば婚約破棄の書類を提出しなくても婚約破棄したと世の中に勘違いさせられるのではないだろうか。

 アメリアも大好きな小説の見せ場なのだし、若い女性が多勢いる卒業パーティーで再現すれば、その出来事はあっという間に広がるだろう。

 それに、小説を完全に再現すれば、全てが無事に解決してアメリアに話したときに本気で破棄しようとしていたと誤解されにくい。アメリアを罵倒するなんて、とても自分の考えた言葉ではしたくないし丁度いい台本だ。

 ジェラルドはそう決めると辺境伯に話す前に父である皇帝陛下に話をつけにいった。卒業パーティー後ざわつく世間に対して沈黙を保ってもらわなくてはいけない。王家が公式に発言すれば、書類がなくても婚約破棄が真実になってしまうからだ。

 了承を得ると辺境伯を呼び出した。最初は渋っていた辺境伯だったがジェラルドの考え抜いた説得に負けて了承した。

 ジェラルドと辺境伯はアメリアが狙われていると知って不安にさせないために、アメリアにはすべて終わるまで何も知らせないことにした。
 
 アメリアは3年も領地から出られずにいる。影武者が領地に戻って来たなら王都に遊びに来たがる可能性もある。アメリアを領地で退屈させないためにお気に入りのパンケーキカフェを辺境伯領に出店させることをジェラルドは辺境伯に頼んだ。

 辺境伯領には安全対策のため領外の人間の出店はとても難しい。常連でジェラルドと顔見知りのカフェ店主もジェラルドが出資するから辺境伯領に出店して欲しいと伝えると喜んで了承してくれた。

 ミケはアメリアに内緒での婚約破棄を嫌がっていたが、説得に負けて当日も演じてくれることになった。

 こうして、シャルト学園卒業パーティーで前代未聞の婚約破棄が行われたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央
恋愛
 アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。  自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。  だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。  しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。  結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。  炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥  2021年9月2日。  完結しました。  応援、ありがとうございます。  他の投稿サイトにも掲載しています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される

葵 遥菜
恋愛
「死んでくれればいいのに」  十七歳になる年。リリアーヌ・ジェセニアは大好きだった婚約者クラウス・ベリサリオ公爵令息にそう言われて見捨てられた。そうしてたぶん一度目の人生を終えた。  だから、二度目のチャンスを与えられたと気づいた時、リリアーヌが真っ先に考えたのはクラウスのことだった。  今度こそ必ず、彼のことは好きにならない。  そして必ず病気に打ち勝つ方法を見つけ、愛し愛される存在を見つけて幸せに寿命をまっとうするのだ。二度と『死んでくれればいいのに』なんて言われない人生を歩むために。  突如として始まったやり直しの人生は、何もかもが順調だった。しかし、予定よりも早く死に向かう兆候が現れ始めてーー。  リリアーヌは死の運命から逃れることができるのか? そして愛し愛される人と結ばれることはできるのか?  そもそも、一体なぜ彼女は時を遡り、人生をやり直すことができたのだろうかーー?  わけあって薄幸のハリボテ令嬢となったリリアーヌが、逆行して幸せになるまでの物語です。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...