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〈番外編〉皇太子殿下の苦悩
2.動揺
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辺境伯に助言を受けつつ慎重に調べ上げた結果、ジェラルドは半年ほどで首謀者へと行きついた。
「まさか、そんな筈はない!」
ジェラルドが思わず大きな声を出すと執務室に報告書を届けにきていた近衛騎士が怯えたように固まってしまった。報告書にある首謀者の名前はそれほどジェラルドにとって信じられないものだったのだ。
「どうしたの、ジェラルド? 大きな声出してさ」
ミカエルが心配そうに近づいて来たのでジェラルドは投げるようにして報告書を渡す。ミカエルは驚きながらも受け取ってパラパラとめくった。
「武器を密輸入してたのって皇弟殿下だったの?」
「叔父上がそんな事するはずない!」
ジェラルドは八つ当たりだとわかっていてミカエルを睨みつける。
「僕の事を睨まないでよ」
ミカエルは子犬のように潤んだ瞳でジェラルドを見ると報告書を返して自分の席に戻っていった。
ジェラルドの叔父である皇弟ノーマンはジェラルドを小さいときからとても可愛がってくれていた。皇太子教育で行き詰まったときやアメリアとの関係についても相談にのってくれた。ジェラルドにとっては兄のような存在だ。
皇太子の仕事が忙しくなってからはあまり会えていなかったが……
あの穏やかで謙虚な皇弟がまさか皇帝の座を狙っているというのだろうか? 少し目尻の下がった優しい黄金色の瞳を思い出すと、ジェラルドはとても信じられなかった。
「増員して構わない。今回の情報に間違いがないか、いろいろな方面から徹底的に調べさせろ」
報告に来ていた近衛騎士はジェラルドの指示を聞くと執務室を出ていった。
「そんな指示を出したのですか? 皇弟殿下が関わっているなら慎重に事を運ばなくてはなりません。皇弟殿下が一人で動かれているとは思えませんから、どこに敵の眼があるかわからないのですよ」
席を外していたヴィクトルが珍しくジェラルドに苦言を呈した。ジェラルドも理解している。こちらの人数が増えれば相手にも気づかれやすい。
それが分かっていてもジェラルドに命令を撤回する気持ちなど起きなかった。
ジェラルドの味方だと思っていた皇弟の裏切りに動揺していたのだ。いや、それもただの言い訳か。何度このときに戻ったとしても同じ事を繰り返してしまいそうだと解決した後もジェラルドは苦い思いで当時の決断を振り返ることになる。
それでも、事件の全体像が見えてきたことだけは救いだった。同時に皇弟の関与も決定的になってしまったが……
ジェラルドの捜査拡大で上がってきた報告書にはサモエド侯爵が関わっている可能性について示唆されていた。
サモエド侯爵とはジェラルドが皇太子に決まる直前までジェラルドの立太子に反対し、皇弟を皇太子へと推していた人物だ。ほとんどの者がジェラルドを皇太子にしようとしていたので、当時子供だったジェラルドでさえ、よく覚えている。その事もあり能力と身分はあるのに侯爵は国の重要ポストに付いていない。
不満に思って謀反を企てたとしてもおかしくない人物なのだ。そして、盤石な現在のシャルト王国において謀反を考えそうな人物は他にいないと言っても過言ではない。皇弟が関わっていることを考えるとジェラルドが信頼している者が他にも関わっているのではと密かに心配していたので、この事は逆にジェラルドを安心させてくれさえした。
しかし、証拠と呼べるような物は何もなかった。ただ、薄ぼんやりと侯爵に近い人間が皇弟に近づいているという噂程度の小さな手がかり。
その程度の事でジェラルドがサモエド侯爵の関わりを確信したのは、この時を境に何も情報が入ってこなくなったからだ。今までたどっていた細い糸の先もプツンと切られてしまった。
別の角度から捜査をしていた辺境伯も武器の流入がとまり情報が消えたという報告とともにジェラルドの元へ押し掛けてきた。
「皇太子殿下のおっしゃるとおり、皇弟殿下とサモエド侯爵が組んでいるとみて間違いないでしょうな。皇弟殿下にこんな事を考える能力はありませんから侯爵が首謀者でしょう。ただ、どうする事もできませんがね」
辺境伯がアメリアと同じ紫色の瞳をジェラルドに向けている。まったく感情のこもらないジェラルドへの興味を失ったかのような瞳。それは言葉以上にジェラルドの心に突き刺さった。
今回は完全にジェラルドのミスだ。返す言葉もない。
辺境伯の話ではジェラルドが生まれる前からサモエド侯爵は皇弟にすり寄っていたようだ。一時期は侯爵の娘を皇弟の妻にと考えていた。しかし、今も独身の皇弟が興味を示さなかったため実現にはいたっていない。
「しばらくは静観ですな。これ以上動くのは悪手でしょう」
辺境伯は淡々と言ってジェラルドの執務室を出ていった。
「まさか、そんな筈はない!」
ジェラルドが思わず大きな声を出すと執務室に報告書を届けにきていた近衛騎士が怯えたように固まってしまった。報告書にある首謀者の名前はそれほどジェラルドにとって信じられないものだったのだ。
「どうしたの、ジェラルド? 大きな声出してさ」
ミカエルが心配そうに近づいて来たのでジェラルドは投げるようにして報告書を渡す。ミカエルは驚きながらも受け取ってパラパラとめくった。
「武器を密輸入してたのって皇弟殿下だったの?」
「叔父上がそんな事するはずない!」
ジェラルドは八つ当たりだとわかっていてミカエルを睨みつける。
「僕の事を睨まないでよ」
ミカエルは子犬のように潤んだ瞳でジェラルドを見ると報告書を返して自分の席に戻っていった。
ジェラルドの叔父である皇弟ノーマンはジェラルドを小さいときからとても可愛がってくれていた。皇太子教育で行き詰まったときやアメリアとの関係についても相談にのってくれた。ジェラルドにとっては兄のような存在だ。
皇太子の仕事が忙しくなってからはあまり会えていなかったが……
あの穏やかで謙虚な皇弟がまさか皇帝の座を狙っているというのだろうか? 少し目尻の下がった優しい黄金色の瞳を思い出すと、ジェラルドはとても信じられなかった。
「増員して構わない。今回の情報に間違いがないか、いろいろな方面から徹底的に調べさせろ」
報告に来ていた近衛騎士はジェラルドの指示を聞くと執務室を出ていった。
「そんな指示を出したのですか? 皇弟殿下が関わっているなら慎重に事を運ばなくてはなりません。皇弟殿下が一人で動かれているとは思えませんから、どこに敵の眼があるかわからないのですよ」
席を外していたヴィクトルが珍しくジェラルドに苦言を呈した。ジェラルドも理解している。こちらの人数が増えれば相手にも気づかれやすい。
それが分かっていてもジェラルドに命令を撤回する気持ちなど起きなかった。
ジェラルドの味方だと思っていた皇弟の裏切りに動揺していたのだ。いや、それもただの言い訳か。何度このときに戻ったとしても同じ事を繰り返してしまいそうだと解決した後もジェラルドは苦い思いで当時の決断を振り返ることになる。
それでも、事件の全体像が見えてきたことだけは救いだった。同時に皇弟の関与も決定的になってしまったが……
ジェラルドの捜査拡大で上がってきた報告書にはサモエド侯爵が関わっている可能性について示唆されていた。
サモエド侯爵とはジェラルドが皇太子に決まる直前までジェラルドの立太子に反対し、皇弟を皇太子へと推していた人物だ。ほとんどの者がジェラルドを皇太子にしようとしていたので、当時子供だったジェラルドでさえ、よく覚えている。その事もあり能力と身分はあるのに侯爵は国の重要ポストに付いていない。
不満に思って謀反を企てたとしてもおかしくない人物なのだ。そして、盤石な現在のシャルト王国において謀反を考えそうな人物は他にいないと言っても過言ではない。皇弟が関わっていることを考えるとジェラルドが信頼している者が他にも関わっているのではと密かに心配していたので、この事は逆にジェラルドを安心させてくれさえした。
しかし、証拠と呼べるような物は何もなかった。ただ、薄ぼんやりと侯爵に近い人間が皇弟に近づいているという噂程度の小さな手がかり。
その程度の事でジェラルドがサモエド侯爵の関わりを確信したのは、この時を境に何も情報が入ってこなくなったからだ。今までたどっていた細い糸の先もプツンと切られてしまった。
別の角度から捜査をしていた辺境伯も武器の流入がとまり情報が消えたという報告とともにジェラルドの元へ押し掛けてきた。
「皇太子殿下のおっしゃるとおり、皇弟殿下とサモエド侯爵が組んでいるとみて間違いないでしょうな。皇弟殿下にこんな事を考える能力はありませんから侯爵が首謀者でしょう。ただ、どうする事もできませんがね」
辺境伯がアメリアと同じ紫色の瞳をジェラルドに向けている。まったく感情のこもらないジェラルドへの興味を失ったかのような瞳。それは言葉以上にジェラルドの心に突き刺さった。
今回は完全にジェラルドのミスだ。返す言葉もない。
辺境伯の話ではジェラルドが生まれる前からサモエド侯爵は皇弟にすり寄っていたようだ。一時期は侯爵の娘を皇弟の妻にと考えていた。しかし、今も独身の皇弟が興味を示さなかったため実現にはいたっていない。
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