上 下
8 / 72
2.王都

5.冒険

しおりを挟む
 翌朝、アメリアは久しぶりに女性らしいワンピースを着て、ジェラルドに会うために王宮へと向かっていた。商家の娘が着るような服なので町を歩いても目立つことはない。

 通常、皇太子に謁見するためには申請してから数日かかる。手続きを踏んでも申請が通らないことすらあるくらいだ。ジェラルドに会いたがる者は多く、こんな形で王都に出てきたアメリアはきっと本人に伝わる前に申請しても却下されてしまうだろう。

 しかし、アメリアには特別な方法がある。ジェラルドがアメリアのために考えてくれた方法。それがまだ使える事を祈りながらアメリアは王宮を目指した。





 あれはアメリアが10歳の夏だった。

 いつものようにジェラルドに会いに王宮に行くと、珍しくジェラルドの私室に案内された。

 アメリアがジェラルドの部屋に入ると、部屋の中にはすごく楽しそうなジェラルドと憂鬱そうなミカエルが待っていた。

 ジェラルドは侍女たちに大事な話をするからと言って人払いを済ませると、アメリアに歩み寄り、服と靴を押し付けるように渡してきた。

「遅いぞ、アメリア。そっちの部屋でこれに着替えてこい。」

 ジェラルドは時間通りについたはずなのに文句を言ってくる。渡された服を広げてみると商家の子が着るような男物の服だった。靴も走りやすいような革靴で、アメリアは剣の打ち合いでもするのかと思って、素直に着替えてジェラルドたちの待つ部屋に戻った。

「少し服が大きい気がするが問題ないな。アメリア、護身用の剣は持ってきているか?」

「王宮に持って入れるわけないでしょ。」

「しょうがないな。これ使え。」

 ジェラルドは王家の紋章の入った剣を無造作に渡してくる。紋章入りの品物は褒賞として贈られる事はあるが、基本王族しか持つことを許されていない。アメリアが使っていい剣では絶対にない。

「こんなすごい剣持っていたくないわ。」

 アメリアが言うがこれしかないと言ってジェラルドは取り合わず、自分も紋章入りの別の剣を腰に取り付ける。

「ねぇ~、ジェラルド。本当に行くの?」

 ミカエルがソファーでクッションを抱きしめながら、捨てられた子犬のような顔をして不安そうにジェラルドを見ている。

「嫌なら、ミカエルはここで待ってろ。」

「ジェラルド、どこに行くの?」

「アメリアにはまだ秘密!」

 アメリアが聞くとジェラルドはそう言っていたずらっぽく笑った。不意打ちの笑顔にアメリアは頬を染める。

「僕、ここで待ってるね。」

 ミカエルのいつもふわふわしている茶色の髪が気のせいか、しおれて見えた。アメリアは慰めたくてミカエルに近づいて手を伸ばすが、その手をジェラルドが乱暴に掴んで歩き出した。

「アメリア行くぞ。」

 向かった先はなぜか窓で、ジェラルドはアメリアの手を離すと、バルコニーにおいてあったロープをなれた手付きで下に垂らし、3階なのにスルスルとロープを使って降りてしまった。

「来いよ。」

 地上に降りたジェラルドが手招きしている。アメリアは呆気にとられてジェラルドを見下ろした。

「まさか、怖いのか?」

 ジェラルドがニヤリと笑うので、アメリアもムキになってすぐにロープを掴んでスルスル降りる。

「馬鹿! ゆっくり降りてこい!」

 挑発しておいて焦りだすジェラルドの声を聞きながら、アメリアは問題なく着地した。側に立つジェラルドにどうだとばかりに、アメリアがにっこり微笑むと、ジェラルドがわかりやすくホッとした顔をした。

 気を取り直した様子のジェラルドが、アメリアの手を再び握って走り出す。アメリアはジェラルドの後を追うように王宮の庭を走り抜けた。

 生け垣の前で立ち止まったジェラルドは、少し悩んでからそのうちの一本を押して倒した。そうすると、人一人が通れるくらいの隙間ができて、ジェラルドの後に続いてアメリアも通る。アメリアが通り抜けるとジェラルドが木を持ち上げて元の位置に戻した。木を戻してしまえば、どれがその木だったのかアメリアにはもう判断できない。

 しばらく歩くと古い建物が現れて、ジェラルドが扉の鍵を開けて入る。アメリアが入って扉をしめるとジェラルドが再び鍵をかけた。

「これって、王族の避難経路?」

 アメリアが聞くとジェラルドは得意気に頷いた。建物の中は暗くて埃っぽい。いくつかの扉を入ったり出たり。そのたびにジェラルドが厳重に鍵をかける。

 アメリアは一人では絶対に戻れそうにない。

 アメリアは怖くなって繋いでいたジェラルドの手をギュッと握ると、アメリアを勇気づけるようにジェラルドもしっかり握り返してくれた。アメリアはそれだけで安心できて何があっても問題ない気がした。

 階段を降りて登った先の扉の前でジェラルドがアメリアを振り返る。

「行くぞ。」

 短く言われて開かれた扉の向こう側はもう王宮の外だった。

 使用人の寮なんだと教えられて周りをみると、王宮に入る門も遠くに見える。その前には騎士が数人立っていて、王宮へ出入りする者を確認しているようだ。しかし、町に行くための出口は小さな小屋の中に一人の老人がいるだけで、誰が出入りしているのか確認している様子もない。

 ジェラルドは老人が座る小屋の下をしゃがみながら通っていく。アメリアもそれにならって通り抜けると、そこから先は王都の城下町が広がっていた。

「ジェラルド、これからどこ行くの?」

 アメリアは少し不安になって目の前にあるジェラルドの黄金色の瞳を見つめる。

「馬鹿、名前呼ぶなよ。バレたら連れ戻される。」

「え、でも……」

 アメリアが戸惑っているとジェラルドも立ち止まって何やら考え出す。

「それじゃあ、俺はジョージで、アメリアはアルロな!」

 思いついて嬉しかったのかジェラルドが天使のような笑顔をアメリアに向けている。アメリアは頬が熱くなるのを感じて誤魔化すように慌てて言った。

「分かったわ! ジョージにアルロね!」

「『分かった。ジョージとアルロだな。』って言え。名前をアルロにした意味ないだろ。」

 ジェラルドは得意げに言った。

「分かったよ。ジョージ!」

 アメリアが微笑むとジェラルドは視線をそらす。

「どうしたの?」

 アメリアは気になって回り込んでジェラルドの顔を覗き込むが、ジェラルドは困った顔をするだけで怒っているわけではなさそうだ。

「アルロ、行くぞ。」

 ジェラルドがアメリアの手をぎゅっと握り直して歩き出す。アメリアの目の前にあるジェラルドの耳は少し赤かった。

 アメリアはジェラルドがつけてくれた秘密の名前が嬉しくて何度も『ジョージ』を呼んだ。

 意気込んで歩き出した2人だったが、しばらく歩いていると、ものすごい殺気とともに現れたアメリアの兄ヴィクトルにみつかってしまった。連れ戻されたアメリアは屋敷に戻った後まで長い長い説教をヴィクトルから受けて震え上がることになる。

 その後もジェラルドはアメリアと一緒にあの道を使って城下に出た。老人しかいなかった小屋の前には騎士が立つようになったが、ジェラルドは平然と挨拶をしていたので、国王の許可がとれたのだろう。

 12歳で皇太子の仕事を本格的に始めたジェラルドは、小屋の前の騎士を自分が信頼している2人の騎士に任せた。

「俺に会いたくなったらこの2人に言えば迎えに行く。」

 ジェラルドがそう言ってくれたので、アメリアは実際に約束なしに会いに行った事が数回ある。

 そのたびにジェラルドは息を切らして迎えに来てくれた。「急がなくていいのに……」と言ってアメリアが笑うと、決まってジェラルドは困った顔をしてアメリアを黙って抱きしめてくれていた。



(寮の前で会うジェラルドはいつもより優しかった気がする。)





 王宮に近づけば近づくほどジェラルドとの思い出がよみがえる。アメリアは考えないようにして、王宮使用人の寮へと急いだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央
恋愛
 アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。  自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。  だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。  しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。  結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。  炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥  2021年9月2日。  完結しました。  応援、ありがとうございます。  他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...