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お嬢様への特効薬は泣き落とし!?

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 とある日の早朝、クレイジョー家の一室で今日もアクヤお嬢様は何かをしようと机の上で紙と睨めっこをしている。

 あの顔がこちらを向いた時、俺の今日の平穏は終わりを告げるのだ。

 そう、こんな感じで。

「シュー! やっぱり悪役令嬢と言えば婚約破棄よね! やるわよ!」

 その声と共に突き付けられた紙には、


 学校に行く!→教室で婚約をかっこよく破棄する!→悪役令嬢!いえーい!
 と書かれていた。
  
 ……馬鹿なのだろうか。1時間くらいかけて書いた結果がコレか。

 いや、そもそも、アンタ誰とも婚約してないじゃん。当主ご夫妻が婚約相手を見繕ってきたのを、私には心に決めた相手がいるのよ!って全部頑なに断ってきたじゃん。もうその相手つれて来いよ。

「はぁ……ちなみに、相手役の目星とかは……」

「あんたに決まっているじゃないの。行くわよ、シュー!」

 まじかぁ……。

「アクヤお嬢様」

「なによ?」

「まだ早朝、お嬢様が行こうとしている学園はまだ空いていません」

「……朝食、食べましょっか」

 朝食はフレンチトーストを作って二人で食べた。はちみつを垂らすと美味しいんだこれが。


「着いたわね!」
「着きましたね」

 先日、成人の儀を迎えて16になったばかりのアクヤお嬢様は元気が有り余っている。
 学園内で走らないという、お嬢様らしさを見せつつも、歩く限界の速度で教室へ向かうアクヤお嬢様の後を追う。

「教室までそんなに急いで、教室でなんかあるんですか?」

「え、朝に話していたじゃない。婚約破棄よ、婚約破棄」

「うそん……。俺、してもいない婚約を、毎日顔を出す教室で破棄されるの? 何その地獄。明日からどういう顔をして教室で過ごせばいいの?」

 ここまで来たらもはやいじめである。どうせなら食堂や舞踏会の場といった、毎日は顔を出さない場所にしてほしかった。いや、そっちもそっちで嫌なのだけれども。

「どんまいっ!」

 とてもいい笑顔で親指を立ててくるアクヤお嬢様。
 欲しい言葉はどんまいではなく、やっぱりやめるわ。という類の言葉なのだけれど、このお嬢様にはそれが分からないらしい。

 それならばこちらにも考えがある。

「お嬢様、どうしても私を相手に教室で婚約破棄をするというお考えを覆してはくれませんか?」

「そうね、これは悪役令嬢として必要なことなのよ! わかって頂戴」

「そうですか……であればこのシュー。最終手段に移らせていただきたく思います」

「なによそれ。いいわ、面白そうだからやってみなさいよ!」

 言ったな……後悔しても知らないぞ。
 ここは学園の玄関、教室に着いてしまえば俺の学園人生はもう終わりだ。ならば、やるしかない。

 俺は前髪をかきあげてやる気を入れる。


 よし、やろう。俺は大きく息を吸い込み口を開いた。


「やだやだ~! アクヤお嬢様の意地悪っ! なんでも、なんでも言うことを聞くからそれだけはやめくださいっー!」

 秘技、泣き落とし。

「ちょっ、号泣しながら縋り付いてこないでよ! 私が悪いことをしているみたいじゃないの! みなさーん! 私はなにもしてないの! なぜかこいつが突然泣き出しただけなんだから!」

 そんなことで弁明をしたところで一度始めたことを止める俺ではない。
 寧ろ追い打ちをかける。

 通常、成人した男(16)が何もしていないのに勝手に泣き出すなんてありえないという常識を逆手に取った捨て身の戦略である。はたから見ればアクヤお嬢様が、成人男性が人目を憚らずに泣くほどのナニカ極悪なことをしでかしたことは明白。

 この場での悪者はアクヤお嬢様、つまり! 王様の願い通り悪役令嬢としての役割を果たしつつ、俺は婚約破棄を逃れる一石二鳥の一手なのである!

「アクヤお嬢様ああああああああああ捨てないでええええええええええ(泣)」

「わかった、わかったから! 婚約破棄・・・・はなし! なしにするから!」

「ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 当然、衆目を集めた中でこんなことをすれば噂になるのは必然である。
 これは……勝ったな。


 後日、俺は公衆の面前で婚約破棄されそうになったのを、泣き落としで無かったことにした男として有名になった。
 

 解せぬ。
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