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二、虎の腹具合
一、まとまるものちらかすもの 二
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幹部達は、ヌエはおろか猿組ができたかできないかのころに頭吉が一人一人見こんで手下にした。金代や折り目などは、頭吉がいなければ物知りの貧乏人として惨めな人生を強いられたことだろう。切り目はまた格別で、頭吉とともに何度となく生死の境を切りぬけてきた。
彼らが頭吉の遺品を欲しがるのも無理はない。いずれ時期がくれば、そうするつもりでいた。
幹部達の感傷とはまた別に、頭吉が注いでくれた愛情は……いささか歪んでいるものもあったにせよ……与無蔵なりに感謝しているし忘れるつもりもない。
ただ、死んでまでべたべた愛着を持たれるのも博徒として恥ずかしいだろうと思う。死を残念に感じるのは当然としても、与無蔵個人は遺品で人の存在を思い返す情緒に興味がない。他人がそうするのは理解できるし、好きにさせるが。
それやこれやで、形見分けがすんだら、換金して問題ないものは金代に処理をさせるつもりだ。残りは捨てる。仕わけについて、折り目に記録をとらせるのも外せなかった。ここしばらくは、そうした作業にさく時間も人手もない。
金代達は、無我夢中になって与無蔵の命令をこなしている。猿組がなくなれば、与無蔵はもちろん彼らも身の破滅だから。そうした保身もある一方、頭吉の死がもたらした悲痛を激務で癒そうという気持ちもまた事実であった。
さっき解散した直参組長らは、今ごろぶつぶつ不平をこぼしているだろう。彼らは、自分達の立場を保証してくれさえすれば、筆頭親分が頭吉であろうとなかろうとこだわらない。
与無蔵からすると、じつは金代達にこそ注意が必要であった。
直参組は、与無蔵がしかるべき力を発揮すれば、からくり仕掛けよろしく自動的についてくる。
金代達はずばぬけて有能であり、猿組そのものへの奉仕意欲も人一倍高い。だからこそ、直参組よりもずっと複雑な要領をとらないと、忠誠心を保たせられない。
頭吉の遺品は、そうした繊細な配慮の象徴でもあった。
頭吉の部屋をすぎると、ほどなくして与無蔵の私室となる。手ずからふすまを開け、率先してはいった。
「これから猿組をまとめていくのに、よそから口だししてくるのがいるだろう。お前達の意見を聞いておきたい」
自分のあとを追って、金代達が座るが早いか与無蔵は促した。
「まず虎組できまりでしょう」
切り目がまっさきに口を開いた。いつもよけいなことは喋らないだけあって、重味がある。
「どうしてそう考えた」
「狸組は、自分で絵は描いても実行はよそにやらせます。蛇組は危ない橋は渡りません」
「お上はどうだ」
「賄賂さえ切らさなければ、なんにもしてきません」
切り目は、ただの用心棒ではない。ふだんから、ヌエ内外での力関係に注意している。
「その賄賂は、三ヶ月ごとに払わねばなりません。ご承知でしょうが、次は六月末です」
金代が補った。あと正味で二ヶ月近くは時間があるものの、再開した賭場で客足がどれほど回復するかは楽観できない。
「虎組が揺さぶりをかけるなら、どんなやり口だ」
「さすがに、賭場を荒らすような露骨な嫌がらせはしないでしょう。やり口としては、飛脚の足をわざと遅くさせるようなことをしてくるかと」
賭場の金は、使用人に任せて気軽に移せるような代物ではない。不浄とまではいわないが、表沙汰にできる金とは異なる。それと知らずに手をだす流れ者がいるかもしれない。融通の利かない仕事馬鹿な侍がとがめるかもしれない。
だからこそ、飛脚を介する。その飛脚がまともに働かなくなっては、猿組はそれこそしびれてしまう。虎組としては、よそでいくらでも『本業』を請け負えるので困りはしない。
「狸組や蛇組が、虎組に入れ知恵することはあると思うか」
「ないです」
これまでずっと静かだった折り目が、ようやく自分の判断を明らかにした。
「根拠は」
「方部さんは人に指図されるのが嫌いです。それに、知恵を借りることで、あとあと干渉されることだってあります」
折り目の主張は誰が耳にしても理路整然としていた。もっとも、非公式な場とはいえ……また、猿組が二代目になったとはいえ……先代と五分の兄弟を、オジキと呼ばずにさんづけですませるのは相当な度胸が必要だった。
「なら、虎組に絞って対策をたてよう。飛脚の遅参以外にどんな手がありそうか」
「あとは、悪い噂を吹きこむくらいです」
切り目が即答した。
「えげつないが単純だな」
「あいつらは一つか二つ方策を思いついたら、あとは効果がでるまで執着してこだわります」
切り目も、方部についてはよく観察しているようだ。
「切り目さん、どれも正しいが一つだけ傷がありますよ」
折り目がやんわりと指摘した。
「なんだ、それは」
と、尋ねたのは与無蔵ではなく切り目である。
「方部さんが、親分を呼びつけて直談判するってことです。それも今すぐ」
初七日もすんでない内から、まさに生臭い話をするのは礼に外れるばかりか野暮としかいいようがない。そんな先入観に陥ってしまうのは、切り目であれ金代であれ無理もなかった。義理でがんじがらめになった世界に生きてきたのだから。
「方部の兄弟ならやりかねん」
ここでいう兄弟とは、同格の兄弟分という意味である。方部の個人的な血縁者ではない。
与無蔵は、頭吉の息子であるから方部達をオジキと呼ばねばならない。それを兄弟と呼んだ。
彼らが頭吉の遺品を欲しがるのも無理はない。いずれ時期がくれば、そうするつもりでいた。
幹部達の感傷とはまた別に、頭吉が注いでくれた愛情は……いささか歪んでいるものもあったにせよ……与無蔵なりに感謝しているし忘れるつもりもない。
ただ、死んでまでべたべた愛着を持たれるのも博徒として恥ずかしいだろうと思う。死を残念に感じるのは当然としても、与無蔵個人は遺品で人の存在を思い返す情緒に興味がない。他人がそうするのは理解できるし、好きにさせるが。
それやこれやで、形見分けがすんだら、換金して問題ないものは金代に処理をさせるつもりだ。残りは捨てる。仕わけについて、折り目に記録をとらせるのも外せなかった。ここしばらくは、そうした作業にさく時間も人手もない。
金代達は、無我夢中になって与無蔵の命令をこなしている。猿組がなくなれば、与無蔵はもちろん彼らも身の破滅だから。そうした保身もある一方、頭吉の死がもたらした悲痛を激務で癒そうという気持ちもまた事実であった。
さっき解散した直参組長らは、今ごろぶつぶつ不平をこぼしているだろう。彼らは、自分達の立場を保証してくれさえすれば、筆頭親分が頭吉であろうとなかろうとこだわらない。
与無蔵からすると、じつは金代達にこそ注意が必要であった。
直参組は、与無蔵がしかるべき力を発揮すれば、からくり仕掛けよろしく自動的についてくる。
金代達はずばぬけて有能であり、猿組そのものへの奉仕意欲も人一倍高い。だからこそ、直参組よりもずっと複雑な要領をとらないと、忠誠心を保たせられない。
頭吉の遺品は、そうした繊細な配慮の象徴でもあった。
頭吉の部屋をすぎると、ほどなくして与無蔵の私室となる。手ずからふすまを開け、率先してはいった。
「これから猿組をまとめていくのに、よそから口だししてくるのがいるだろう。お前達の意見を聞いておきたい」
自分のあとを追って、金代達が座るが早いか与無蔵は促した。
「まず虎組できまりでしょう」
切り目がまっさきに口を開いた。いつもよけいなことは喋らないだけあって、重味がある。
「どうしてそう考えた」
「狸組は、自分で絵は描いても実行はよそにやらせます。蛇組は危ない橋は渡りません」
「お上はどうだ」
「賄賂さえ切らさなければ、なんにもしてきません」
切り目は、ただの用心棒ではない。ふだんから、ヌエ内外での力関係に注意している。
「その賄賂は、三ヶ月ごとに払わねばなりません。ご承知でしょうが、次は六月末です」
金代が補った。あと正味で二ヶ月近くは時間があるものの、再開した賭場で客足がどれほど回復するかは楽観できない。
「虎組が揺さぶりをかけるなら、どんなやり口だ」
「さすがに、賭場を荒らすような露骨な嫌がらせはしないでしょう。やり口としては、飛脚の足をわざと遅くさせるようなことをしてくるかと」
賭場の金は、使用人に任せて気軽に移せるような代物ではない。不浄とまではいわないが、表沙汰にできる金とは異なる。それと知らずに手をだす流れ者がいるかもしれない。融通の利かない仕事馬鹿な侍がとがめるかもしれない。
だからこそ、飛脚を介する。その飛脚がまともに働かなくなっては、猿組はそれこそしびれてしまう。虎組としては、よそでいくらでも『本業』を請け負えるので困りはしない。
「狸組や蛇組が、虎組に入れ知恵することはあると思うか」
「ないです」
これまでずっと静かだった折り目が、ようやく自分の判断を明らかにした。
「根拠は」
「方部さんは人に指図されるのが嫌いです。それに、知恵を借りることで、あとあと干渉されることだってあります」
折り目の主張は誰が耳にしても理路整然としていた。もっとも、非公式な場とはいえ……また、猿組が二代目になったとはいえ……先代と五分の兄弟を、オジキと呼ばずにさんづけですませるのは相当な度胸が必要だった。
「なら、虎組に絞って対策をたてよう。飛脚の遅参以外にどんな手がありそうか」
「あとは、悪い噂を吹きこむくらいです」
切り目が即答した。
「えげつないが単純だな」
「あいつらは一つか二つ方策を思いついたら、あとは効果がでるまで執着してこだわります」
切り目も、方部についてはよく観察しているようだ。
「切り目さん、どれも正しいが一つだけ傷がありますよ」
折り目がやんわりと指摘した。
「なんだ、それは」
と、尋ねたのは与無蔵ではなく切り目である。
「方部さんが、親分を呼びつけて直談判するってことです。それも今すぐ」
初七日もすんでない内から、まさに生臭い話をするのは礼に外れるばかりか野暮としかいいようがない。そんな先入観に陥ってしまうのは、切り目であれ金代であれ無理もなかった。義理でがんじがらめになった世界に生きてきたのだから。
「方部の兄弟ならやりかねん」
ここでいう兄弟とは、同格の兄弟分という意味である。方部の個人的な血縁者ではない。
与無蔵は、頭吉の息子であるから方部達をオジキと呼ばねばならない。それを兄弟と呼んだ。
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