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第三章-⑹ サトルと菜々美とモーリス

君はゆっくりと転び始めた

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 ナサニエルでの激闘から一夜明けた翌朝に俺達は、突然ゾーイによって緊急招集をかけられた。
 そのおかげで談話室にはゾーイ、レオと、事件の発端であるモーリス、フウタ以外の全員が集合していた。
 まあ、さすがに緊急招集がかった理由は、全員が理解してたとは思うけど。


「全員、ちゅうもーく!」


 そんなことを考えている間に、談話室のドアが、激しい音を立てて開く。
 立っていたのは予想通り人物、そんなゾーイの声に俺達は一斉に振り返った。


「それでは、ナサニエル墜落後最大の裏切り者のモーリスと、今回の戦犯のフウタのご登場です! 皆さん拍手でお迎えくださ~い!」


 何とも明るい声と相反する内容の人物紹介に苦笑いをしながら、俺は一応、控えめに拍手をしておいた。
 他のみんなも俺と同じようなまばらな拍手をしていたり、ドアから入って来た二人のことを睨みつけていたり……
 とにかく、気まずそうにフウタとモーリスが席についたのは、確かだ。


「それじゃ、まずは、あたしのこの顔に数々の傷を作ることになった経緯を、あの場にいなかった全員に伝わるように話して? 煮るのも焼くのもその後よ」


 けど、そんな気まずくて繊細な空気は何のその。
 ゾーイは今日も我が道を突き進むのであった……というわけで、俺達が呆気に取られて静まり返っていると、早く話せと急かすゾーイによって、半場強制的に話し合いが始まった。


「王国を出たその足で、俺はまっすぐ百鬼夜行の溜まり場に行って、お前ら人間のことを洗いざらい話したんだ。初めは取り合ってくれなかったが、具体的な話をするうちに俺を信じるようになった」


 初めはフウタが、どうして百鬼夜行とナサニエルを制圧するにいたったのかを話してくれた。


「そして、人間を支配しようという話にまとまって……そのためには、人間側の誰かをこちらに引き込んだ方が手っ取り早いって話になった。そこで、俺はモーリスを選んだ」
「何で、そこでモーリスだったの?」


 落ち着いた口調で淡々と話すフウタに対し、ゾーイが質問を投げかける。


「ほとんど直感だ。強いて言うなら、モーリスはお前らの輪を外れて、後ろの隅の方で一人でいることが多かったってことが、理由かもな」
「あっそ。それじゃ、モーリスは何で賛同したわけ?」


 ゾーイの質問に、フウタは軽く肩を竦めて、何でもないことだと言うように吐き捨てた。
 それを聞いたゾーイは、これまた軽く流すようにして、話の対象者はモーリスへと移り変わっていた。


「……私がまだまだ未熟だったというだけの話です。薄々罠だとは気付いていましたが、気付こうとしなかった」
「なるほどね? サトルの銀髪のことは知ってたの?」
「昔、本で読んだことがありました」
「菜々美の誘拐は?」
「私達がどれだけ本気なのかを伝える意味と、雨野サトルに影響を与える人物だと思ったので……」


 まるで、その二人のやり取りは尋問そのものという感じで、そこから最後まで誰も口を挟むことはなかった。
 

「さて、これで今回の事件の確認は以上となります。ようやく、このアホどもの処遇を決める時です! さあ、アイデアをどうぞ?」


 十分ほどして、全ての事件の概要を話し終わり、ゾーイの言う通りに今度はモーリスとフウタの処遇を決める時間となっていたが……


「それなんだが、今回俺達は、処遇決定権をゾーイに託すことにした」


 そのコタロウの言葉に、モーリスとフウタは目を見開いて驚く。
 一方で、ゾーイは通常通りに真顔。
 本当に何回も言うけれど、どういう感情なのさ?
 このコタロウの言葉は、ゾーイ達が談話室に来る前に決めていたことだ。
 今回、最大限に体を張り、戦争を一歩手前で押し止め、一番功績を残したのは絶対にゾーイだ。
 何よりも、今までだって何かある度にその人物の処遇を決めてきたのは、ゾーイだった。
 二人の処遇をゾーイが決める、これが最良の選択だと俺達は思ったのだ。


「あらそう? じゃあ、あたしがこのアホで独りよがりな、裏切り者達の処遇を決めちゃっていいわけね?」


 すると、目に見えて楽しそうにニヤリと笑ったゾーイ。
 あれ、ほとんど賭けだったけど、これ選択間違ったかな?
 そう思って、若干後悔をしてると、ゾーイは立ち上がって、モーリスとフウタのもとに歩を進め、そして……


「じゃあ、とりあえずは、一日で十人にありがとうって言ってもらうこと。その十人の中には、絶対にあたしを入れること。どう? あんたらにとっては無理難題でしょう?」
「……今、何と?」
「はあ?」
「わかってる? あんたら二人は、それは深刻なコミュニケーション不足よ? おかげで、ますます孤独に陥って、その孤独に引っ張られているから、人相までそんな極悪になってくるのよ? 笑顔をどこに忘れてきたのよ、ホラーか!」


 その課題に、フウタとモーリスはゾーイに対して、お前は死んでもありがとうを言わないだろうと文句を言う。
 けど、俺はすぐに、ゾーイお得意の遠回しの優しさだとわかった。
 ありがとうと言われるように、会話をして、親切をして、早く自分達の罪を忘れさせてしまえということだろう。
 そうすれば、嫌でも王国は二人のことを受け入れてくれる。
 その時に、ゾーイはありがとうと言葉を紡ぐだろう……その時だった。
 

「じゃあ、今日からまた……うおっ!?」
「え、ゾーイ? 大丈夫?」


 ゾーイが後ろによろめいて、そのまま転んでしまった。
 俺はすぐに、ゾーイに駆け寄るが……


「あの、ゾーイ?」
「……少し疲れたんかな」


 ゾーイは沈黙の後、何事もなかったかのように笑った……
 それがなぜか、俺に言いようのない不安が胸の奥の底からせり上がってくる感覚に陥らせた。
 ゾーイが転んだ、たったそれだけのことなのに――
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