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第三章-⑹ サトルと菜々美とモーリス

何かが崩れ落ちる音がした

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「あんたのせいよ!! この偽善者!!」


 聞き覚えがあるのに、まったく聞き覚えのない怒号。
 談話室にいたほとんどの人間が、女子部屋に続いているドアを、思わず振り返っていたのではなかろうか。


「菜々美! 待って! しっかり話し合おうよ!?」
「ついて来ないでってば!!」


 そのドアから出てきたのは、早歩きで今にも泣きそうな橘さんと、焦った顔をした真由。
 まさかとは思ったが、やっぱりさっきの怒号は橘さんだったのだと、俺は再認識した。


「菜々美……え? 喧嘩?」
「あ、二人とも、どうしたの……?」


 すぐさま、ソニアとクレアが心配して二人に駆け寄るが……


「何かあったの? 菜々美?」


 ある人物の呼びかけに、橘さんは体をビクつかせたかと思ったら、そのまま誰とも目を合わせることなく談話室と、家を飛び出して行ってしまった。


「サトル? お前ら何かあったのか?」
「え? あ、いやあ……?」


 シンの言葉に、橘さんの出て行った方向を見つめていたサトルは振り返り、首を捻りながら曖昧に答えた。
 そう、ある人物とはサトルのことだ。
 橘さんはサトルの呼びかけに、一瞬だったけれど、とても傷付いた顔をした。
 そして、そのまま部屋を飛び出したわけで……けど、シンはの質問に答えるサトルの様子からして、本気で理由に身に覚えがないということを感じた。


「あ……菜々美! 追わなきゃ……!!」
「真由、待って! 今の状況で真由が菜々美のことを追いかけるのは、あまり良くないと思うわ……」


 俺は真由の声にハッとして、慌てて引き止めようと、口を開くが……もう既に俺の代わりにクレアが、真由のことを止めてくれていた。
 普段なら橘さんを追いかけるのはどう考えても真由が適任だけど、今みたいなお互いがお互いに冷静さを欠いた状態では、さらにひどいことになる。
 それを理解したのか、クレアの言葉に真由は悲しそうに、小さく頷いていた。


「あ、じゃあ、僕が……」
「サトルくんも……多分なんだけど、今は行かない方がいいと思うよ?」


 そんな様子に、それなら自分が行くと名乗りを上げたサトルだったが、言いにくそうだったジェームズに、やんわりと止められていた。
 俺も、その意見には同感だった。
 あの橘さんのただならぬ雰囲気を見た後では、サトルに連れて帰って来いとはとてもじゃないが言えない。
 多分、他のみんなもそうで、そんな雰囲気を察したのか、サトルもわかったと気まずそうに返事をしていた。


「ごめん、二人とも……代わりに、私が見て来るわ!」
「あ、クレア待って! あたしも!」
「俺も行く。もうすぐ暗くなるからな」


 クレアは気まずそうに謝ると、気を取り直すように、橘さんのことは自分が捜してくると言う。
 そんなクレアに続き、ソニアとデルタの二人も声を上げた。
 あまり大人数で行っても大事になってしまうだろとのことで、俺達は、三人に橘さんのことを頼んで見送った。


「ハロルド! ジェームズ!」


 その見送った直後に、ずっと黙って傍観したままだったゾーイが、ハロルドとジェームズの名前を呼ぶ。
 条件反射なのか、二人とも呼ばれた瞬間にビクッっと肩が跳ね上がっていた。


「ゾーイ、どうしたのだ?」
「何か用事?」
「あのさ、ナサニエルの……あ、やっぱり、そうじゃなくて……」


 気を取り直すようにハロルドとジェームズは、ゾーイに問いかける。
 しかし、珍しいことに問われたゾーイは、何かを言い淀んでいた。
 そんな様子に、俺もだけど、ハロルドとジェームズは不安そうに、ゾーイのことを見る。
 そうして、ゾーイは考えがまとまったとでもいうように向き直り……


「モーリスってさ、今どこにいるとか知ってる?」


 ゾーイからの質問に、ハロルドとジェームズの二人はキョトンとしていた。


「あ、そうだな……ジェームズ、どうだっただろうか!?」
「そこ丸投げなの!? あ、ゾーイ? ごめん、僕達もモーリスが作業時間以外で何をしてるか、わからないんだ。元々、ナサニエルにいた時から、あまり話すタイプでもなかったし……」
「そっか、オーケー」


 ハロルドはポンコツだが、ジェームズはすぐに我に返り、ゾーイに答える。
 けど、二人の反応は、ある意味当然のことのように思う。
 ゾーイから、よりによってモーリスの名前が出てくるなんて、あまりに意外だし、異色だもんな……


「じゃあ、サトル! モーリスの居場所とか知ってる?」
「え? あー、モーリスは……ちょっと知らないかな?」


 すると、次にゾーイは、サトルにモーリスの居場所を聞く……何でだ?
 サトルとモーリスは特に仲が良いってわけでもないのに……ついでに聞いただけかな?


「真由、大丈夫か?」
「あ、昴……どうしよう、私……!!」
「うん、夜に部屋行くよ。そこでゆっくり話を聞く」
「ありがとう……」


 そんなゾーイの様子を気にしつつ、俺は真由の隣に座って手を握った。
 俺の右手を弱々しく握る真由は、泣くのを我慢してるように見えた……本当に何があったんだよ?


「望! お前も、今日の夜は真由の部屋集合な!」
「え? あ、ああ……わかった!」


 そして、俺だけだと、あまり良いアドバイスもできないと思って、俺は部屋を出て行こうとしてた望に声をかけた。
 少し驚きながらも、返事をしてくれた望だったけど……その後に何倍も驚く言葉が、投げかけられた。


「ねえ。あたしも真由の部屋行くわ」
「……え?」


 思わず、自分の耳を疑ってしまった。


「ぞ、ゾーイ、有難いけど……」
「お前、どういう風の吹き回しだよ?」


 次の瞬間には、真由と望まで、俺と同じような反応を見せていた。
 俺達の普段は、ゾーイのもとに集まるといった表現が正しい。
 俺達が集まりに誘うと、本当にたまの気が向いた時は来てくれるが、ほぼほぼ自らの交流はしてはくれないのだ。

 
「別に深い意味とかないけど? 三人寄れば文殊の知恵じゃん?」


 ほぼほぼ確定で何か裏があると俺は思ったが、それを見抜けるほど、まだ俺は君に近付いてはいなかった。
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