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第二章 未知の世界への移住

それって何語なんですか

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 何も考えずに出た、シンにとっては純粋な疑問だったのだろうけど、一瞬でその場は静まり返った。


「言われてみればそうよね……?」
「気が付きませんでした」


 クレアは困惑したように、モーリスは不審そうに眉間にしわを寄せて呟く。
 今のこの状況は、よく考えたら何も普通じゃないのだ。
 まあ、元々が普通じゃないけど……
 俺達は空島、レオ達は地上での約千年分の歴史があり、文化がある。
 まったくの未知の世界であって別物なはずなのに、こんなすんなりと交流ができているのは言葉が通じるから。
 言葉が通じなければと言うが、まずその前提がおかしいのだ。
 これは、とても奇妙な状態なんだ。


「ねえ、レオ達が話している言葉って何語なの?」
「え? 何語とかあるのか?」
「あ……私達は、生まれた時からこの言葉を自然に使っているわ」


 橘さんがレオにそう尋ねるが、レオは途端に驚いた表情になる。
 付け加えるように、モカが不安げな表情でそう答えた。


「思ったんだけど……レオ達の言葉って普通に日本語なんじゃないかな? ここは日本だった場所なんだから」
「確かに、一理あるわね!」
「そ、そそそ……そうかな? へへっ」
「……ジェームズ、その笑い方やめて」


 すると、ジェームズが、おずおずと手を上げてそう告げる。
 自信がなさそうだったけど、デルタが賛成してくれたことに誰が見てもわかるぐらい嬉しそうにしていた。
 それを見たソニアがこれ以上ないほどの冷めた目で、ジェームズに告げる。
 はっきり言うソニアに、俺は苦笑いが出る。
 まあ、確かに、そのジェームズはあまり見ていられない顔だったけどな……


「そうなると、僕達が話してる言葉は日本語ってことになるのか?」
「けど、そんな話聞いたことなかったわよね? どういうことなの……」


 サトルと真由が難しい顔をしながら話を進めるが、それに待ったをかけたのはハロルドだった。


「諸君、待ちたまえ! 私の中の記憶が正しければ、地上時代の使用言語は一位と二位が独走していた! そして、それは日本語ではない! よって、仮に私達の言語が日本語だというのなら、その事実は大いに違和感がある!」


 一息で言ったよ……ハロルドは胸を張って、得意げにそう宣言した。


「じゃあ、お前の言う一位と二位の言語は何なんだよ」
「え……? あ、いや、その……」
「確か、英語と中国語よ?」
「そ、そうだ! さすがだ、クレア! まさに、私もそれを言おうと……」


 得意げな態度から一転し、望の指摘にしどろもどろになるハロルドだが、クレアのフォローに助けられていた。
 やっぱり、ハロルドはハロルドだな。
 俺が謎に感心する横で、ハロルドが言葉を続けようとした時……


「Be quiet! 嘈杂!」


 生まれてから一度も聞いたことない言葉が、突然耳に入ってきた。


「今のって……お前か?」


 アランが無表情で尋ねると、ゾーイは首を縦に動かした。


「今のが英語と中国語よ。略すと、静かにしろうるさいってとこかな?」
「……ゾーイ、どうして、それらの言葉を話せるの?」
「あー、史学科ってさ、結構幅広いこと学ぶのよ」
「そうなのね……え、ゾーイ、あなた史学科なの!?」
「クレア、驚くのは無理ないけど、もうそのくだり二度目なんだよ」


 サラリとゾーイが言った史学科という単語に、クレアをはじめとした元代表組の俺達以外はすごく驚いていた。
 すかさず、サトルがクレアやみんなにフォローと説明をしてくれる。
 てか、史学科ってそんなことまで勉強してるんだなと思っていると……


「ねえ、聞くけど、もったいないって言葉の意味、全員わかるでしょ?」
「は?」


 突然、話の流れから逸脱したようなことをゾーイは投げかけた。
 今度は何を言い出すのかと思えば……


「聞いて何になる。もったいないの意味を知らない奴なんていねえだろ」
「う、うん。全員知ってると思うよ?」


 コタロウが、不機嫌丸出しの早く帰らせろオーラ全開で返事をする。
 俺は慌てて、険悪な空気を変えるように続き、ゾーイに答えた。
 すると、ゾーイは少し考えて……


「やっぱり、それが空島と地上の使用言語が日本語だって証拠よね」
「え? それどういう意味?」
「そのまんま、もったいないって言葉は日本語にしかないの。他のどの言語にだって上手く訳せないのよ」
「そ、そうなの!?」


 ゾーイは何かを納得したように、俺達に説明した。
 そうなると、俺達が話す言葉は地上時代の日本語ということになる。
 空島は、基本的に全体が共通言語だ。
 けど、俺の記憶が正しければ、今までの義務教育の授業の中で、空島の言語が日本語だなんて習ったことは一度もなかったはずだ。
 そんなことあるのだろうか?
 これって、そこそこのレベルで重大事実な気がするんだけど……
 俺がそう考えていると、ハロルドが混乱したようにゾーイに問いかける。


「しかし、ゾーイ! あえて、空島の共通言語を日本語に設定した理由が、私にはさっぱりだ!」
「確かにね、かつて地上での使用言語は英語と中国語がツートップ。日本語を母国語とするのは、基本的には日本人だけ。ハロルドの言う通り、空島の使用言語が日本語になった理由が謎だっていうのはある意味当然の意見だと思うよ?」
「そ、その通りなのだよ!」
「……ねえ、第三次世界大戦での被害の規模が約八十億人いた世界の総人口を約二十億人にまで減らすものだったってことは、知ってるわよね?」


 ハロルドの質問にまた少し考えるようにして発せられたゾーイの言葉に、俺達は無言で頷く。
 その光景を見たレオ達は、まさに三者三様の反応をして驚いていた。
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