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第一章 物語は落下して始まった

背負える勇気なんてなかった

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「どうも理解していないみたいだから言うけど? 少なくとも、ここにいるあたし達に他の生徒の、何百っていう人間の命がかかってるの」


 ゾーイは、どんな気持ちでその言葉を告げたのだろうか。
 今までの言動から、俺の中のゾーイの人間像が固まりつつあったのに、何だかまたわからなくなってしまった。
 少なくとも、今この瞬間に他の生徒達のことを考える人間は、このコックピットにはいなかった。


「それともう一つ。あたしは、こんなとこで終わるなんて死んでも御免よ」


 ゾーイははっきり宣言すると、メインパイロットの席に座った。


「え!? 何で、そこに座るんだよ!?」
「そこはあなたが座るべき場所ではありません。どいてくれませんか?」


 シンが真っ先にツッコミを入れ、モーリスが絶対零度の顔で話しかける。
 そりゃそうだ、俺だって思わず声が出そうになった。
 けど、ゾーイは怯むことも動揺することもなく、はっきりと告げた。


「はあ……あのさ? 無茶を言った責任はとるって意味だって。それにあんた達全員、他人の命なんてクソ重いものを背負う勇気ないでしょ?」


 軽く言われた言葉だけど、そのゾーイの言葉には覚悟があった。
 この場の誰にもない覚悟が。
 そして、ゾーイの言葉は見事に俺達の図星をついていて、誰もゾーイに言い返すこともなく俯いて黙るだけだった。


「けど、ゾーイ……操縦できるの?」
「そんなものする気ないよ?」
「はい!?」
「死なない程度に、このナサニエルを不時着させるのよ」


 ソニアの言葉に、ゾーイはそんなの当然だとでもいうように答えた。
 それを聞くと、アーデルは固まって話し合いを始めた。
 他のみんなは言葉を失っている。
 不時着とは、地上に下りるということを意味する。
 恐怖、不安、期待など、一気に様々な種類の感情が俺の体をすり抜けた。
 不時着以前に、そもそもこの空島を着陸させられる人間なんて探しても、きっとこの世にはいないだろう。
 俺達は地上を知らずに、空だけで生きてきたのだから。
 命と地上と天秤にかけるなら、それは命が勝つけど、空島の人類最大の選択だといっても過言ではないことをこの少女はあっさりと受け入れる。


「あのさ、話し合いとか、地上に下りる決断とかどうでもいいから! さっさとサブに座って、操縦桿握って! さすがに一人じゃ重いの!」


 というか、本当に何でそんなに自信満々なんだよ……
 けど、ゾーイの言葉を聞いても俺が動けずにいると、八席あるサブパイロットの席にサトル、望、クレア、ハロルド、モーリス、アランが座った。


「やっぱり、予想通りのメンバー。面白味に欠けるわね~?」
「ありゃまあ、それは申し訳ないね」
「お前の希望なんて、知るか」


 通常運転なゾーイに、宥めるようにサトルが答え、望は吐き捨てた。


「あなたに全てを押し付けるなんて、申し訳ないもの……」
「ま、まあ! 私はアーデルのリーダーとしてここに座るのは当然というか、必然というか!」
「これがアーデルの責任です」


 俯いて涙声で話すクレアに続いて、これでもかと震えているハロルドに被せるように、機械的な答えを返すモーリス。


「そんで、あんたは?」
「……お前達に命を預けるなんて、自殺行為以外のなにものでもない」
「あっそ! 残り全員、しっかりどっかに捕まってなよ? これから半端なく揺れるだろうからさ! あ、もし、酔って吐いたら自分で片付けなよ?」


 緊張感のないゾーイの質問に、心底イラついているという態度を隠しもせずにアランは答えた。
 俺はじっと、あと一席残るサブパイロットの席を見つめた。
 けど、俺はやっぱり動けなかった。
 そして、ゾーイのあいかわらず冗談なのか本気なのかわからない言葉に素直に従って、コックピットの柱に捕まる。


「ね、ねえ……」
「え?」


 呼ばれた方に振り向くと、そこには泣きすぎて顔がぐちゃぐちゃなっているジェームズがいた。


「ぼ、僕、今死ぬほど怖いんだ……」
「……そりゃそうだよ」
「けどね? 死にはしないんじゃないかと不思議と思うんだよ……」
「え?」
「……あの子、ゾーイだっけ? 一緒だと平穏な日々っていうのは無理だろうけど、ゾーイは必ずその身に降りかかる試練をクリアするだろうなって」
「必ずクリアするか……」
「全然上手く言えないんだけど、さっさと行くよって、常に前を歩いている姿が思い浮かぶっていうか……」


 ジェームズがわかりにくかったよねと謝ったそれらの言葉は、俺には痛いほど刺さった。
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