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第三章 戦争なんて真っ平御免だ

まるっと全部をクリーニング

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「まさか……これって全部、お前が今まで征服してきた国の象徴的なものか⁉︎」
「こんなにたくさんの国が……? 信じられないわ」


 すかさずウキョウの言葉に反応して驚愕の声を上げたのはパトリック様、その後にグレース様も真っ青な顔で震えながら小さく呟いた。
 聞き間違いじゃなかったのか……どうやら、この部屋の床に転がっている高価そうな調度品の数々はこのベッドで横たわるクソボケ空腹大魔王が今まで征服してきた国から降伏の証として奪ったもののようだ。
 よく見るとわかるけど、どれにも聞いたことある国の名前が彫ってあるし、これってそれぞれの国で代々受け継がれてきた由緒正しいものなんじゃないの? それが今は床の上で山積みって……


「もっと信じられないのはこの保管方法ね……人類側としてこんなこと言いたくないけど、もうちょっと丁寧に扱えないわけ? あと、意地張ってないでさっさとサンドイッチ食べな」
「誰が……お、お前の作ったものなど……‼︎」
「じゃあ、息絶えるなら、あたしたちが見てないところで息絶えてね。せめて、死ぬ時くらいは迷惑かけないでよね?」


 血も涙もない最低野郎だとは思っていたけど、本当にいよいよこいつの長所は顔だけなんじゃないかと思ってしまった……
 とりあえず、絶対に何が何でもこの部屋の掃除は手伝わせてやると思っていまだに手付かずのサンドイッチを食べろと急かせてはみるが、このクソボケ強情大魔王は意地でも食べないつもりのようだ。
 まあそれで餓死でもするならはっきり言って人類としては願ったり叶ったりだもっとやれと、あたしは半分本気で言葉を吐き捨てながらどこからこの樹海のような部屋は手に付けたものかと見回していると、あたしはある違和感を覚えた……


「つーか、息絶える前に質問なんだけど。あんたって過去に、何か相当な因縁でもあるわけ?」
「……は? 何が言いたいんだ」


 あたしはいくら考えていても時間の無駄だと思ってクソボケ大魔王に尋ねるが、当の本人はその面にまったく似合わないキョトン顔……耐えろ、あたし! どんなにそのキョトン顔にムカついても耐えろ!


「別に深い意味とかないけど、この部屋にただ違和感を感じただけよ? ざっと見ただけだけど、無造作に置かれてるように見えてほとんど埃をかぶっていないから、あんたが手入れしてるんでしょ? そうなると、まったく要らないわけじゃないけど、大して興味もないと……まるでこの部屋は、自分の行いを振り返るための実に皮肉めいたアルバムって感じ?」


 どうにか己との葛藤に耐えながら、あたしは駆け引きを使う場面じゃないだろうと思って割とストレートな物言いでクソボケ大魔王に思っていることをぶつけたのだが……本当に一瞬だけ、タービュランスが顔色を変えたことをあたしは見逃さなかった。
 あたしが覚えた違和感は、この部屋が思っていたよりも汚れていなかったということだった。
 それは視覚情報的にという意味ではなくてだ……この部屋は一見すると、そこら中にガラクタが積まれた目を瞑りたくなるような汚部屋だが、よく見るとただの汚部屋ではなく手入れされた汚部屋なのだ。
 どうも言葉が矛盾してるけど……普通はここまで足の踏み場がないほどになると自然と埃がそれぞれの個体に溜まっていくし、どこかが破損していたって不思議じゃないのに、この部屋に散らばっているものやその他の家具にもそれは見受けられず、何なら空気だって淀んでもいなかった。
 ここはつまり、ぞんざいに扱っては見えるけど、最低限の手入れはしてあるという盛大に矛盾した空間が出来上がっているというわけだ。
 初めは何のためにと思ったが、この光景には見覚えがあった……両親を亡くしたばかりの、両親の部屋だ。
 どうしても両親が死んだことを受け入れられず、ある日ひょっこり帰ってくるのではないかなんて叶わない幻想を抱きながらあたしとアニキは元の家を引っ越すまで、寝坊したと言ってタンスから服を出しっぱなしにしたまま慌ただしく両親が出て行ったあの日の、事故が起こったあの日の両親の部屋をそのままにしていた。
 そうだ、まさにあの部屋は、あたしとアニキが毎日のように掃除をしていたから一見すると散らかった部屋なのに埃一つ落ちていないという矛盾した空間だった……あの部屋と、この部屋は似てる。
 過去に縛られてその現状を変えたくなかった、とても皮肉で残酷なアルバムのような空間……けど、そんなこと考えすぎだな。
 このクソボケ大魔王の場合、単純に自分の功績を四六時中その目に収めておきたいだけっていうくだらない理由の可能性があるな……というか、絶対にそれじゃねえか?


「まあ、どうでもいいわ。あたしは一度やり始めた大掃除を完璧に終わらせたいだけなの。興味ないなら、この品々は持ち主に返せば? あとの残りはあんたが要るって言わない限りは問答無用で捨てるから」


 これ以上考えていたら気分がますます悪くなりそうだったので、あたしは自分で話を振っておきながらその答えを待たずに、掃除を始めることにした。


「はあ⁉︎ 俺様は了承してな……‼︎」
「これは? あ、そう。要らないのね? ゴミですね、と!」
「待て待て! 判断する時間が短すぎるだろう⁉︎」
「そんなの人それぞれでしょ? これは? あらこれもゴミなのね?」
「俺様の話を聞けと言っている!」
「みんなも、さっさとやっちゃってね? 今日中に終わらせるから!」


 まあ、当たり前にクソボケ大魔王は大声で抵抗してくるけど、当然のごとくあたしはその声をすべて無視してどんどん要らないものと書かれた箱に床に散らばったそれらを壊れないように配慮しながら投げ込んでいく。
 そうすれば、空腹でまともに頭が働かないのだろうクソボケ大魔王は諦めたようで、しばらくするとベッドにへたり込んでいた……そうそう、役に立たないならせめて邪魔はしないでほしいもんだ。
 最終的に明らかに奪い取ったであろう国々の降伏の証なるものは、ほとんど確認を取らず要らないものと書かれた箱に山積みになっていった……そんな時に、あたしはそれを手にした。


「クソボケ大魔王、これは?」
「ああ? もう勝手に……⁉︎」


 久方ぶりに声をかけられたクソボケヘロヘロ大魔王は、どうにか視線だけでもを動かして向けて力のない悪態をつこうとしていたようだが、あたしの手にあるそれを見た途端に目の色が変わる……ほほう、やっぱりね。


「これは違う! 捨てたら、殺す……これは要るものだ!」


 そして瞬く間にあたしに駆け寄ってその手にあるものを奪い取ると、必死の形相でクソボケ大魔王はあたしに怒鳴る……その様子に、あたしはやっぱり声をかけて正解だったなと凍りつく空気の中で密かに思っていた。


「あっそ……? じゃあ、しっかり保管しときなよ? あと、意地はってないでサンドイッチ食べな。毒なんて入ってないし、本当に餓死されたら目覚めが悪いからね」


 内心ではクソボケ大魔王の反応に驚いてはいたが、それを悟られないようにあたしは淡々と言葉を吐き捨てて作業に戻る……ように見せかけて、あたしはクソボケ大魔王を振り返る。
 正確にはあたしの手から奪っていった、この薄気味悪い魔王城には似合わない鮮やかなネモフィラの髪飾りをあたしは盗み見ていた。
 明らかに女物のそれはこの魔王城すべてにおいて異質で、迷わずこの髪飾りには何かがあると思ってクソボケ大魔王に尋ねれば返ってきたのはあの過剰な反応……誰のものなの?
 しかし、そんな疑問が解けることはなく、あたしが魔王城に来たその日から始まった長すぎる大掃除はようやく終わりを迎えた。
 その日の夜はお祝いというわけでもないけど、自分へのご褒美と改めてよろしくの意味を込めて少し豪華な夕食を並べてみたのだが、大いに盛り上がった夜だった……そこにクソボケ大魔王の姿はなかったけど、部屋の前に置いた夕食は回収しに行くと残さず綺麗な状態で部屋の前に置いてあったから良しとはしておく。
 とにかく、ようやく最低限の生活環境を整えたあたしは、そこから毎日欠かさずパトリック様とグレース様を解放しろとクソボケ大魔王のことを追いかけ回し、三バカ大将のことはこれでもかとこき使って、パトリック様とグレース様とは魔法やその他の勉強をして、アニキ達とはこまめに連絡を取りつつ、普通に過ごしていた。
 あいかわらずクソボケ大魔王とはわかり合うということに関しては程遠かったが、それでも最初に出会った頃よりはいくらかマシな関係になれていたのではないかと思った。
 栄養のあるものを食べて、綺麗な場所で生活をして、明るく健康的な生活を送れていれば、そのうち考えを改めてくれるのではないかと思っていたのだが……










 そんな見せかけだけの平和な時間が長く続くはずもなくーータービュランスを滅ぼそうと、一つの国が攻めてきたことにより、大きな戦争が起ころうとしていたのだった。
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