モブでも認知ぐらいしてほしいと思ったのがそもそもの間違いでした。

キングダム・レボリューション 開幕（シックザール学園 第四章）

全ては離れる準備のために

　私はあの日、前世を思い出して物語を壊そうと決めた時から覚悟していた。
　ダムレボの世界から出て行くことを。


「お父様、どうかお願い致します」


　十三歳の誕生日を迎える前日に、私はお父様に婚約者探しは十六歳になるまで待ってくれとお願いした。
　お父様とお母様は当然動揺してた。


「理由は何だ？」
「まだやりたいことがあるからです」
「そのやりたいことは、婚約者がいたら出来ないことなのですか？」
「……お許しください」


　適当に嘘をつこうとも考えたが、私はお父様とお母様にそれが出来なかった。
　どうせ、バレると思ったからだ。
　そこで私は嘘もつかず、真実も伝えずに両親に頭を下げ続けた。
　こうなった私がテコでも動かないことを両親は誰より理解しており、折れるような形でその約束は成立した。
　少し気になったのは、その後で両親が特に私に干渉してこなかったことだ。


「スピカ様、本当にすっかりお強くなられて……」
「私なんてまだまだよ？　アダム、今日も相手をしてくれてありがとう」
「スピカ様！　今ならば、料理長が手が空いたとのことです！」
「シャーロット分かった、今行くわ！」
「お前、剣術の次は料理なのか？」
「思ってたけど、伯爵令嬢に必要か？」
「結構楽しいのよ？　ベロニカとゴードンも一緒にやる？」
「悪いが、遠慮させてもらう」
「僕もちょっとね？」


　中庭でのアダムとの稽古を終え、料理長が待つ厨房に向かう途中で私はみんなに言われたことを思い出していた。
　そんなに強くなってどこを目指すつもりなのですかと、アダムは言う。
　そんなに勉強して将来の夢が何かあるのですかと、シャーロットは言う。
　伯爵令嬢に料理や掃除の知識が本当に必要なのかと、ベロニカは言う。
　何かあったら僕らがいるのに自分でやりたがるよねと、ゴードンは言う。
　伯爵令嬢の私が剣や武道の稽古をし続けるのも、料理や掃除のやり方を学んで手伝いをするのも、マナーや教養以外の勉強の方を頑張るのも……
　全ては、どこに行っても生きていけるようにするためだ。


「海の向こうがいいよね……」


　私は机に向かって世界中の地図が載る本を見ながらそう考える。
　私に歴史を教えてくれる先生は、元探検家で世界一周をしたことがある人だ。
　その先生に子どもの頃からずっと外の世界のことを聞いてきた。
　子どもの好奇心だろと思って、その先生は国や地域について、地形、文化、宗教、衣食住、習わしなど、とても詳細に私に話してくれた。
　好奇心なんかではなかった、全ては王国を出てからの生活のため。


「次まで、まだ時間はあるし！」


　この王国には定期的に旅芸人の一座が何組もやって来る。
　私はその中に紛れ込み、各国の検問所を通過しようと考えていた。
　王宮のパーティーや行事などで顔を合わせる機会が多く、馴染みの一座は何組もいるから問題はないと思う。
　それに旅芸人というのはそれぞれワケありが多く、伯爵令嬢の私が頼み込んでも何も言わず、きっと受け入れてくれるという勝算もあった。
　海の向こうに渡って、適当に良さげな国で仕事を見つけて住み着こう。
　前世でのバイトは居酒屋だったし、飲食店とかイケると思うんだよね。


「十六歳になっちゃったよ……」


　夕食の後で両親から話があると、私は呼び出しを申し付けられている。
　約束の十六歳、三日後には新学期が始まってしまう。
　きっと、婚約者探しを始めようという話をされるだろう。


　私はここにいてはいけないんだ、私は物語に関わりすぎてしまった。
　モブ……名前もないモブなのに。
　攻略対象者、ヒロイン、悪役令嬢、隠しキャラ、お助けキャラというダムレボの最重要人物達と深く関わりすぎた。
　本来はダムレボには出てこないはずの伝説の魔女、大魔王を蘇らせたのは私の存在がイレギュラーだからだ。
　そして、シャーロット、アダム、シリウス殿下、ガブリエル様、エレノア様の人生を変えた。
　私の存在は、誰かの人生を大きく狂わせてしまうものなんだ。


「そう、私は異物なのだから……」


　夕食の準備が出来たとシャーロットが呼びに来るまで、私は泣いていた。
　みんなからどうしたのかと心配されてしまったが、読んでいた本に感動してと嘘をついた。
　しっかり誤魔化せただろうか……
　私は夕食を済ませると、真っ直ぐにお父様の書斎に向かった。
　結論から言うと、私は両親のことをやっぱり甘く見ていたのかもしれない。


「スピカ、私達から離れてどこへ行こうとしてるんだ？」