上 下
32 / 80
シックザール学園 第三章

あの子には涙が似合わないから

しおりを挟む
「スピカ様、どうか……ちゃんと食べてください!」
「シャーロット、ごめんね……」


 泣きそうな顔をされたシャーロットには申し訳ないことをしてる。
 けど、私は目覚めてから食べ物が上手く喉を通ってくれない。
 昼間も毎回誰かがお見舞いに来てくれるけど、本当に申し訳ない。
 私は上手く笑えていないだろう、来てくれた人達には悲しい顔ばかりさせてしまっている。


(何をしてるのだろう……)


 最近はすっかり寝不足である、あまり眠れなくなってしまった。
 目を閉じると浮かんでくるから。
 あの夜、お母様に手が届かず、ゴードンの恐怖に負けてしまったことを。
 あの夜のことを何度も思い出しては後悔ばかりしてる。
 私はいつからこんなに情けなく、泣き虫になってしまったの……


(どうしてこうなった……?)


 お父様はもうボロボロだ、誰よりもボロボロになって帰ってくる。
 そんなお父様は、私を守ろうとしてくれてる、安心させようとしてくれる。
 不安で心が押し潰されそうなのはお父様も同じなのに、私は何て声を掛けるべきかも分からない。


「お母様ぁ……」


 私は夜になると、お母様のことばかり思い出してしまう。
 私の名前を呼ぶ声、手を繋いでくれた時の温もり、私を怒る怖い顔。
 娘でも惚れ惚れするほどの、艶やかな笑顔を思い出す。
 その時だった、ガタッとバルコニーの方で音がしたのは……
 私が後ろを振り向くと、ここにいるはずのない人物。


「……オリオン様?」
「スピカ」
「ど、どうしてここに……王宮を抜け出して来たのですか!? きっと、今頃は王宮中が大慌てですよ!?」
「そうかもな」
「何故、こんなことを!?」


 こんな無茶をして大勢の人を困らせるなんて、オリオン様らしくなかった。
 いつだって周りを見て、最善の策を取るような第二王子として相応しい、未来の王国を治めるのに相応しい行動を取る人なんだから。
 生まれながらにして、オリオン・ライアネルは王族なのだから。
 けど、私の質問に答えたオリオン様は王族ではなかった。


「分からない……けど、お前が泣いてるような気がしたんだ」
「え……」
「気付いたら、体が動いてた……お前の隣にいたいと思ったんだ」


(もう無理だ、決壊した……)


 私はオリオン様の腕の中で泣いた。
 優しく壊れないように抱き締められてるようで、更に泣いた。
 涙が止まるまでオリオン様は私を抱き締めてくれていた。


「あ、お召し物が……すみません……」
「気にするな、落ち着いたか?」
「大丈夫です……」


 泣き止んでからもオリオン様も私を離さなかったし、私もオリオン様から離れようとしなかった。
 二人で壁に背を預けて、私はオリオン様の肩に頭を預けていた。
 そして、オリオン様は私の手を握ってくれていたから私も握り返した。


「お母様のことばかり考えます……」
「考えない方が無理だろ」
「後悔ばかりして……ゴードンに負けてしまった自分が私は許せなくて……」
「スピカ」
「はい……」
「このまま諦めれば、お前は確かにゴードンに負けるぞ?」
「え……」
「引き下がるのか? そんなの俺の知るスピカ・アルドレードではないぞ」
「けど……」
「奪い返してやればいいんだ」
「オリオン様……」
「もう一度、封印してやればいい! お前にはそれが出来る! 自分を信じろと俺に教えたのはスピカだぞ?」


 あなたがいてくれて良かった、目の前のその人にそう言いたいのに涙がまた溢れて上手く言葉にならなかった。
 そのまま私は眠ってしまい、気付けばベッドに寝ていた。
 朝、目覚めた時には部屋にも、隣にもオリオン様はもういなかった。
 ありがとう、伝え忘れちゃった……


(私はモブなのに……)


 私の心が揺らいでいたことに、私自身も気付いていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。