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あの子の棺は空っぽ

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 三年六組の、佐倉弥生さくらやよいという女子生徒は、俺が十八歳になる三日前に突然その姿を消した。
 秋がすぐそこまで迫っていた、九月の初めのことだった。


「佐倉が死ぬなんてな……」
「正直、殺しても死ななそうな奴だったのに、あっさりと逝ったもんだよな」
「しかもさ、家族全員だもんな?」
「けどよ、一人ぼっちで生き残るよりはよかったんじゃねえかな……」


 俺、櫻井諒は、友人達四人の話を軽く聞き流しながら少し後ろの方を、制服のまま、涼しくなった河岸を歩いている。
 今は佐倉弥生の葬儀の帰り道だ。
 佐倉弥生の葬儀は、何事もなく……終わった。
 三年全員に教師、地元の見知った顔の連中もほとんどは参列していて、特に女子は、ほとんど泣いていたんじゃないだろうかと思う。
 葬儀が明るい雰囲気だなんてことはほとんどないであろうが、先ほどまで行われていた葬儀は、その場をすぐに逃げ出したくなってしまうほど、重く苦しい悲しみに包まれた葬儀だった。


「海難事故だったっけか?」
「ああ……けどよ、話では海に投げ出されたみたいで、まだ遺体とか遺留品とかは見つかってないらしいぞ?」
「は? 待てよ! それじゃあ、あの棺の中って空だったのかよ!?」
「どうりで、最後のお別れとかしないわけだな?」


 佐倉弥生の突然の訃報は、俺の使う連絡手段という連絡手段を瞬く間に駆け巡った。
 信じられないだとか、何かの間違いだとか、ドッキリなんて言葉を、この数日の間に何度目にしたことだろう。
 しかし、その訃報が届いた翌日の朝の帯番組のニュースのコーナーで、佐倉弥生の事故の詳細が数分間、しっかりと報道されたのだ。
 それで俺は悟った……ああ、あいつは本当に死んだのだと。
 ニュースの詳細だとか、教師からの話をもとにまとめると、佐倉弥生は家族でクルージングを楽しんでいた時に、波に煽られたかの理由で転覆。
 そのまま溺死したのではないかとの警察側の見解で、事件性は低いとのこと。
 佐倉弥生、父親、母親の三人ともの遺体は見つかってはいないが、もし見つかったとしても、とても目にできる状態ではないだろうと誰かが言っていた。


「諒? 大丈夫か?」
「……あ、何?」


 ぼんやりと、そんなことを考えていると、友人の一人から声をかけらて、俺は覇気のない返事を返した。
 おそらく、その時の俺は、それは間抜けな顔をしていたことだろう。
 しかし、そんな反応をした俺を見た振り向く友人達の顔がみるみる曇っていくのがわかった。
 ああ、これはやってしまった……気を遣わせてしまったと、俺は思った。
 

「ごめん! 諒の前で佐倉の話はやっぱりまずかったよな……?」
「は? 何でだよ?」


 中学が同じだった友人がこれでもかと焦ったように謝ってくるが、一方でその隣では、高校からの付き合いの友人が不思議そうに首を傾げていた。


「別に構わないけど……悪いな、俺、用事あるから、先に帰るわ」


 しかし、途端に居た堪れなくなり、俺は用があるからと嘘をついて、まるで逃げるように友人達と別れた。
 その場を走り抜けていく時に、俺のことを制止する声が後ろから聞こえたが、そのまま俺は絶対に振り返ることなく走り続けた。
 そのまま家までの道を走り続ける脳裏に思い浮かんだのは、訃報が届く三日前の佐倉弥生と交わした会話だった。


――「……諒、また昔みたいに南小の子達と集まれないかな?」
――「はあ? またそれかよ……何度も言うけどよ、そんなことをして、一体何の意味があるんだ? それぞれの場所でそれぞれやってるんだぞ?」
――「けどさ、久しぶりに……!!」
――「昔みたいになんて戻れねえよ。俺達は大人になったんだ。そして、それぞれの立場ってのがあるんだからよ」
――「うん、そうだね……」


 俺と佐倉弥生は腐れ縁だ、同じ若葉南小学校というところの出身で、世間的には幼なじみというやつでもある。
 佐倉と俺の名字の櫻井の関係から出席番号が前後で、一学期の初めは必ず席が隣になっていた。
 しかも、くじ引きをしても席の場所だけが変わって、また席が隣になるということが何度も続いた。
 小学生時代の六年間、それは一度も変わらなかった。
 家でさえ、俺が引っ越すまでは割と近くて、放課後に遊ぶこともあの頃は多かったなという記憶がある。
 帰りも、そのままの成り行きで一緒に帰ったりだとか、通っているスイミングスクールまで一緒だった。
 俺と佐倉弥生はよく喧嘩をした、よく子ども同士がじゃれあうようなそんな喧嘩を……
 俺の小学校は人数が少なく、特に俺達の代は人数が二十六人しかいなかった。
 クラス替えなんてのもなし、全員が全員の家を知っていたし、クラス全員で放課後に遊ぶなんてのも当たり前だった。
 とにかく、小学生の頃のクラスメイトは仲が良かった、良すぎるくらいに。
 そんな俺達クラスメイトが、ただの仲良しでいられなくなった理由は大人になったからだ……
 小学生時代の六年間は、ある意味閉鎖的な人間関係しかなく、中学に上がり、それぞれがそれぞれのポジションにつくようになった。
 何かにつけての物事の中心人物、得意の勉強で地位を確立、異性にモテるかモテないか、共通の趣味の仲間、コミュニケーションを上手く取れないなど……
 そんな些細なことで、俺達クラスメイトは小学生時代の面影もなく、バラバラになっていった。
 けど、佐倉弥生はそんな小学生時代にどこか固執していた気がする。
 何かにつけて、また集まりたいと、戻りたいと、そんな言葉を聞かされた気がする。
 そんなことを思い出し、夏の終わりとはいえ全力疾走した俺は、家の前に到着した時には、汗だくになっていた。


「はあ、はあ……!! あの頃に戻ろうと思えば、簡単に戻れたんだろな……」


 息も絶え絶えになり、整えようと酸素を求めながら、俺は静かに吐き出した。
 今日の佐倉弥生の葬儀で思った……
 参列していた同じ南小出身の奴らは驚くことに全員で……そのほとんどが周りの目なんかは気にもせずに、大声で泣き叫んでいたからだ。
 正直、佐倉弥生と同じ南小出身だって知らない奴からしたら、何でお前が泣くのか、仲良かったかとなるくらい離れてしまっていた奴も、全員泣いてた。
 俺、櫻井諒を除いてはだけど――
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