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第三章 記憶(メモリー)
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グラットピア、最北部。
ここの支配者――スティング兄弟は特殊な能力を用いて、各々の役割を担っていた。
「おい、クソ雑魚兄貴。あんた……マジでいい加減にしろよ」
それは、アッシュが領主邸のバルコニーで優雅な一人茶会を慈しんでいる時のこと。彼の弟である、グレイは苛立ちを露にして訪れていた。
「おや、グレイ。そんなに血相を変化させて如何なされたのですか。整った顔立ちが台無しですよ」
「……きっも。素でほざいてるにしろ、世辞だろうが身内に言われるとか普通にサムい。つーか、当然のように話を逸らすんじゃねーよ」
「おやおや。私なりに機嫌取りをしたつもりでしたのに、裏目に出てしまいましたか。果て、今度は何を激昂しているのか。ふふ、楽しみですね」
「くっ、テメェ……」
煽りスキルが高い兄と、煽り耐性皆無の弟。
彼らが互いに顔を見合わせた日には、皮肉と悪意のある言葉だけが飛び交う。吸血鬼兄弟、三百年の歴史に変化が生じることは一度も無かった。
「とはいえ、大体は察しが付きます。少し、待っていてください。……エラ」
「は、はい! アッシュ様」
主君からの呼称を受け、エラは素早く移動する。
「申し訳ありません。今から少々大事な話をしますので、耳を一時的に封じさせて頂きますね」
アッシュは手を翳して、にこりと微笑む。
行為と同時にエラはその場で倒れて深い睡眠へと陥った。
「おい、聴覚障害だけじゃねぇのかよ」
「ふふ。寝て頂いた方が何かと都合が良いかと思いまして」
顎に右手を置き、彼は上品に笑う。
兄のことは一生理解出来ない、いつしかグレイは自身を正当化するように深掘りはやめた。代わりに皮肉が飛ぶ。
「あ、そう。……ハッ、便利だな。長男殿の森羅万象(って奴は」
「ありがとうございます。あなたの能力もとても素晴らしいですよ。いつも助かっております」
グレイは鼻で嗤う。口頭で交わすことが出来ない苛立ちを添えて。
森羅万象――。
アッシュの能力。他者に対して手を翳したり無言の圧を掛けるだけで、あらゆる制約が可能なそれは弟にとって羨ましくもあり、憎いものでもあった。
自身の能力は彼の不可能な一部分を抜き取ったようなもの、だから。
「記憶操作、でしたっけ? 私はお相手の脳までは支配出来ませんからね。願うなら、是非とも加護を得たいですよ」
皮肉を逆手に取ったような、嫌味が爆裂する。
「……っち。あーあ、能力が世界一いけ好かない野郎でも効いたらすっげー良かったのに」
「ふふ、奇遇ですね。私も口が悪く、自己中心的でたった一人の兄を敬う気持ちを知らない小生意気な弟君をどう始末しようと考えておりました」
何百年と続く、上乗せの喧嘩。
能力は同族相手には効果が無い。当然、それは兄弟同士も例は外れず互いに不老不死の吸血鬼である故に手は出せず休戦――正確には欠点を補う形で指先程度の協力関係を長年保っていた。
その、収集の付かない口喧嘩に毎度の折れるのは決まって弟の方である。
「……はぁ。二ヶ月前、人間の餓鬼が一匹死んだ」
「おや、もう語彙に限界が来ましたか。ふふ。残念です、張り合いが無い」
「ウッザ。あんたみたいな狂人と一秒でも同じ空気を吸いたくないから、早く済ませたいだけ。調子に乗るなよ」
「そういうことにしておきます。続けてください」
余裕な表情を浮かべるアッシュ、対してグレイは呆れを交えながら嫌々続けた。
「……結論から言うと、奴隷どもの死が多発してる。二ヶ月前、それから昨日――六匹の連続死」
紅い瞳を細め、兄を睨み付ける。
これ以上、何も言わなくても分かるだろと言わんばかりに。だが、そう上手く行かないことも頭では理解していた。
「…………ほう。二ヶ月前は存じておりますが、昨日も。それは大変興味深い内容です――」
「しらばっくれるなよ!」
ドンッ、と音を立ててテーブルを叩く。
躊躇、加減を知らない吸血鬼の馬鹿力はカップに注がれた紅茶が跳ねた。
「……テメェだろ。相変わらず良い趣味してるよな、この豚箱じゃない余所者を連続で犯すとか。さぞ、胸が高鳴っただろうなッ!」
「………………ふふ、ふふふ……」
口元が緩む。
面白く、可笑しく、動機を正当化させる為に。
「ええ、そうです。私ですよ、幼子も六名もね。彼らには、私の大切なエラを奪おうとしたという明確な罰を与えただけですので」
アッシュ=スティング。
普段は物腰が柔らかく、紳士的な彼だが本来の姿は執着心が異常に強い人物である。そんな嫉妬深さと独占欲の高さは周囲にも影響を及ぼすもの。何百年と、付き合いのあるグレイはそんな性癖を持つ兄に傍迷惑を掛けられてきた。
「……はぁ。そんなくだらないことだと思った」
「くだらない? グレイ、聞き捨てなりません。今の単語を直ちに撤回しなさい。然もなくば」
「はいはい、殺したいなら殺してどーぞ。どうせ、死なねぇし」
「……ふふ、残念。連れないですね」
何百年と、何千、何万とした同じやり取り。これからも恐らく、変化はないと信じて。
「ま、そういうわけだから。俺の仕事を増やした罪として、こいつは借りる」
グレイは睡魔に陥ったエラを迷い無く指名する。当然、片時も離れたくない兄にとって阻止すべき事であるが故に。
「……ご存知かもしれませんが、エラに呪術は使えませんよ?」
「知ってるし、それに期待してねぇ。どこぞのクソ兄貴がやらかした記憶本の整理を片付けてもらう」
「……わかりました。まあ、いいでしょう」
渋々許可が下ろすが、その言い回しが上から目線であることに頭に血が上るが溜息と舌打ちだけで彼は何とか抑えた。
グレイは軽蔑な眼差しを一瞬だけ兄に向け、エラを軽々と肩に抱えて早々にバルコニーを離れる。
孤独となり、寂しさのあまり自身の腕を躊躇無く噛み千切るアッシュを一人残して。
ここの支配者――スティング兄弟は特殊な能力を用いて、各々の役割を担っていた。
「おい、クソ雑魚兄貴。あんた……マジでいい加減にしろよ」
それは、アッシュが領主邸のバルコニーで優雅な一人茶会を慈しんでいる時のこと。彼の弟である、グレイは苛立ちを露にして訪れていた。
「おや、グレイ。そんなに血相を変化させて如何なされたのですか。整った顔立ちが台無しですよ」
「……きっも。素でほざいてるにしろ、世辞だろうが身内に言われるとか普通にサムい。つーか、当然のように話を逸らすんじゃねーよ」
「おやおや。私なりに機嫌取りをしたつもりでしたのに、裏目に出てしまいましたか。果て、今度は何を激昂しているのか。ふふ、楽しみですね」
「くっ、テメェ……」
煽りスキルが高い兄と、煽り耐性皆無の弟。
彼らが互いに顔を見合わせた日には、皮肉と悪意のある言葉だけが飛び交う。吸血鬼兄弟、三百年の歴史に変化が生じることは一度も無かった。
「とはいえ、大体は察しが付きます。少し、待っていてください。……エラ」
「は、はい! アッシュ様」
主君からの呼称を受け、エラは素早く移動する。
「申し訳ありません。今から少々大事な話をしますので、耳を一時的に封じさせて頂きますね」
アッシュは手を翳して、にこりと微笑む。
行為と同時にエラはその場で倒れて深い睡眠へと陥った。
「おい、聴覚障害だけじゃねぇのかよ」
「ふふ。寝て頂いた方が何かと都合が良いかと思いまして」
顎に右手を置き、彼は上品に笑う。
兄のことは一生理解出来ない、いつしかグレイは自身を正当化するように深掘りはやめた。代わりに皮肉が飛ぶ。
「あ、そう。……ハッ、便利だな。長男殿の森羅万象(って奴は」
「ありがとうございます。あなたの能力もとても素晴らしいですよ。いつも助かっております」
グレイは鼻で嗤う。口頭で交わすことが出来ない苛立ちを添えて。
森羅万象――。
アッシュの能力。他者に対して手を翳したり無言の圧を掛けるだけで、あらゆる制約が可能なそれは弟にとって羨ましくもあり、憎いものでもあった。
自身の能力は彼の不可能な一部分を抜き取ったようなもの、だから。
「記憶操作、でしたっけ? 私はお相手の脳までは支配出来ませんからね。願うなら、是非とも加護を得たいですよ」
皮肉を逆手に取ったような、嫌味が爆裂する。
「……っち。あーあ、能力が世界一いけ好かない野郎でも効いたらすっげー良かったのに」
「ふふ、奇遇ですね。私も口が悪く、自己中心的でたった一人の兄を敬う気持ちを知らない小生意気な弟君をどう始末しようと考えておりました」
何百年と続く、上乗せの喧嘩。
能力は同族相手には効果が無い。当然、それは兄弟同士も例は外れず互いに不老不死の吸血鬼である故に手は出せず休戦――正確には欠点を補う形で指先程度の協力関係を長年保っていた。
その、収集の付かない口喧嘩に毎度の折れるのは決まって弟の方である。
「……はぁ。二ヶ月前、人間の餓鬼が一匹死んだ」
「おや、もう語彙に限界が来ましたか。ふふ。残念です、張り合いが無い」
「ウッザ。あんたみたいな狂人と一秒でも同じ空気を吸いたくないから、早く済ませたいだけ。調子に乗るなよ」
「そういうことにしておきます。続けてください」
余裕な表情を浮かべるアッシュ、対してグレイは呆れを交えながら嫌々続けた。
「……結論から言うと、奴隷どもの死が多発してる。二ヶ月前、それから昨日――六匹の連続死」
紅い瞳を細め、兄を睨み付ける。
これ以上、何も言わなくても分かるだろと言わんばかりに。だが、そう上手く行かないことも頭では理解していた。
「…………ほう。二ヶ月前は存じておりますが、昨日も。それは大変興味深い内容です――」
「しらばっくれるなよ!」
ドンッ、と音を立ててテーブルを叩く。
躊躇、加減を知らない吸血鬼の馬鹿力はカップに注がれた紅茶が跳ねた。
「……テメェだろ。相変わらず良い趣味してるよな、この豚箱じゃない余所者を連続で犯すとか。さぞ、胸が高鳴っただろうなッ!」
「………………ふふ、ふふふ……」
口元が緩む。
面白く、可笑しく、動機を正当化させる為に。
「ええ、そうです。私ですよ、幼子も六名もね。彼らには、私の大切なエラを奪おうとしたという明確な罰を与えただけですので」
アッシュ=スティング。
普段は物腰が柔らかく、紳士的な彼だが本来の姿は執着心が異常に強い人物である。そんな嫉妬深さと独占欲の高さは周囲にも影響を及ぼすもの。何百年と、付き合いのあるグレイはそんな性癖を持つ兄に傍迷惑を掛けられてきた。
「……はぁ。そんなくだらないことだと思った」
「くだらない? グレイ、聞き捨てなりません。今の単語を直ちに撤回しなさい。然もなくば」
「はいはい、殺したいなら殺してどーぞ。どうせ、死なねぇし」
「……ふふ、残念。連れないですね」
何百年と、何千、何万とした同じやり取り。これからも恐らく、変化はないと信じて。
「ま、そういうわけだから。俺の仕事を増やした罪として、こいつは借りる」
グレイは睡魔に陥ったエラを迷い無く指名する。当然、片時も離れたくない兄にとって阻止すべき事であるが故に。
「……ご存知かもしれませんが、エラに呪術は使えませんよ?」
「知ってるし、それに期待してねぇ。どこぞのクソ兄貴がやらかした記憶本の整理を片付けてもらう」
「……わかりました。まあ、いいでしょう」
渋々許可が下ろすが、その言い回しが上から目線であることに頭に血が上るが溜息と舌打ちだけで彼は何とか抑えた。
グレイは軽蔑な眼差しを一瞬だけ兄に向け、エラを軽々と肩に抱えて早々にバルコニーを離れる。
孤独となり、寂しさのあまり自身の腕を躊躇無く噛み千切るアッシュを一人残して。
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