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15話
孤児院にて④
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15
星羅くんが紅葉と雪を発つ日がやってきた。
事前に知らされてはいたのだけれど、やっぱり寂しくて泣いてしまった。星羅くんはその日のことをずっと前に私に教えてくれた。その時星羅くんは
「あのね、望未、ボクもうすぐ紅葉と雪を出る。ボクのことを引き取りたいって、そう言ってくれる方が院長先生に連絡をくれたんだって。勿論嬉しいしありがたいことなんだけど凄く寂しくなるなぁ。望未はもう少ししたら16歳になるからお祝い考えてたんだけどな。学校に通わせて貰えるみたいだから、勉強も頑張らなきゃなぁ。ねぇ、望未。ボクはさ、もう、此処には来れない。元気でね。」
そう聞かされて私は取り乱して泣いてしまった。
星羅くんの前では弱いとこばっか見せているなぁ、って頭ではわかっていたけど、涙が止まらなかった。泣きながら星羅くんに
『星羅、くんっ...ね、てがみ、手紙って書いてもいいかな?まだ沢山話したいことがあるよ。だ、だからっ、』
嗚咽混じりにそう言って。顔を上げて、星羅くんの顔を見ようとして。そうしたら、頭が上がらなくて、なんだろうって思ったら、星羅くんの手が私の頭を撫でていた。少し力強い手だった。
「うん、ん、そうだね、手紙、沢山書くよ。便箋も封筒もお願いしてみる。沢山書くから、望未も返事してね、待ってる」
そう言う星羅くんの声が濡れていたから、彼も泣きそうなのだと理解した。数年間本当の兄妹みたいに過ごしてきた私たちは決してぶつからないように、絆を確かに感じながら別れを告げた。別れ際も泣いてしまったけれど、次があると信じていた。
それから、手紙を何通も送った。大切にされていたのだろう。大切にしていた。お互い兄妹みたいに、親友みたいに、決して恋人にはならない位置にいた。その距離感が心地良かった。
そうして16歳になり。私も紅葉と雪を発つ日がやってきた。私は引き取り手が現れたわけではなく、ただ潮時だと思ったのだ。星羅くんのいない此処で生きてはいけないと思った。また私を慕ってくれるようになった子たちもいたけれど、私から心を寄せようとしてそれには成功したのに、駄目だった。信頼も信用も出来なかった。院長先生も子どもたちもみんな。私はお姉さん役ではあってもお姉さんにはなれなかった。星羅くんが紅葉と雪を発つ時は皆泣いていたけれど、私の時は誰も泣いてはいなかった。
行き先は決まっていないのだけれど、孤児院を出る時に幾らか補助金が出るみたいだった。そして本当に久しぶりに海里さんと会った。私のことを聞いていたのだろう。心配そうな顔をしてはいたけれど、何も聞かれなかった。だから何も言わなかった。ただ
『お久しぶりです。またお世話になる、のかな、お願いします』
と頭を下げた。海里さんは頷いて
「いいんですよ。これから何がしたいとかはありますか?行きたい場所、やってみたいこと。勿論希望があれば全力で支援します。」
そう聞かれた私は、気付いたらこう口にしていた。
『特には、あ、でも。探して欲しい人がいます。藍沢 夏生くん。私が孤児院に入る前に、いえ、家が燃えた時に、家族を失った時に、そこにいたであろう人。会えるならその人に会いたいです。お願い出来ますか?』
私が会いたいと思ったのは、星羅くんではなく。生きているかも分からない幼馴染。私がかつて誰よりも会いたいと願って会えずにいるひと。私の好きな人。どうしてだろう。どうしてこんなにも心にいるのだろう。もう何年も行方すら分からないのに。
それを聞いた海里さんは、しばらく口元に手を当てて考えていた。どうだろうか。会えるだろうか。探して貰えるだろうか。
「成程。分かりました。調べてみます。分かり次第お伝えしますね。その間、私といて頂いてもいいですか?手狭な家にはなりますが、もし宜しければ。」
行く宛もない私だ。断る理由はなかった。私は頷いて、海里さんと共に彼女の家に向かう。
それから、海里さんの家で数年の時を過ごした。夏生くんのことを考えながら、海里さんの仕事を少し手伝わせて貰ったり。そんな日々を過ごして舞い込んだ報せは。
「雨ノさん。分かりましたよ。藍沢夏生さんのこと。長らくお待たせしました。彼は今、とある施設にいるようです。小学校から高校と、通われていたようですが、その、」
嬉しい報せ、けれど言葉を濁す海里さん。私は嫌な予感がした。続きを促す。海里さんは深呼吸をして言う。
「長い間酷い虐めを受けていたようです。親からも同級生からも。誰も味方にはならなかったようで、不審に思った近所の方が通報したと。」
そして私は、知ることになる。夏生くんのこれまでを。夏生くんを苦しめていた存在を。天使のように優しかった悪魔の存在を。知ることになる。
星羅くんが紅葉と雪を発つ日がやってきた。
事前に知らされてはいたのだけれど、やっぱり寂しくて泣いてしまった。星羅くんはその日のことをずっと前に私に教えてくれた。その時星羅くんは
「あのね、望未、ボクもうすぐ紅葉と雪を出る。ボクのことを引き取りたいって、そう言ってくれる方が院長先生に連絡をくれたんだって。勿論嬉しいしありがたいことなんだけど凄く寂しくなるなぁ。望未はもう少ししたら16歳になるからお祝い考えてたんだけどな。学校に通わせて貰えるみたいだから、勉強も頑張らなきゃなぁ。ねぇ、望未。ボクはさ、もう、此処には来れない。元気でね。」
そう聞かされて私は取り乱して泣いてしまった。
星羅くんの前では弱いとこばっか見せているなぁ、って頭ではわかっていたけど、涙が止まらなかった。泣きながら星羅くんに
『星羅、くんっ...ね、てがみ、手紙って書いてもいいかな?まだ沢山話したいことがあるよ。だ、だからっ、』
嗚咽混じりにそう言って。顔を上げて、星羅くんの顔を見ようとして。そうしたら、頭が上がらなくて、なんだろうって思ったら、星羅くんの手が私の頭を撫でていた。少し力強い手だった。
「うん、ん、そうだね、手紙、沢山書くよ。便箋も封筒もお願いしてみる。沢山書くから、望未も返事してね、待ってる」
そう言う星羅くんの声が濡れていたから、彼も泣きそうなのだと理解した。数年間本当の兄妹みたいに過ごしてきた私たちは決してぶつからないように、絆を確かに感じながら別れを告げた。別れ際も泣いてしまったけれど、次があると信じていた。
それから、手紙を何通も送った。大切にされていたのだろう。大切にしていた。お互い兄妹みたいに、親友みたいに、決して恋人にはならない位置にいた。その距離感が心地良かった。
そうして16歳になり。私も紅葉と雪を発つ日がやってきた。私は引き取り手が現れたわけではなく、ただ潮時だと思ったのだ。星羅くんのいない此処で生きてはいけないと思った。また私を慕ってくれるようになった子たちもいたけれど、私から心を寄せようとしてそれには成功したのに、駄目だった。信頼も信用も出来なかった。院長先生も子どもたちもみんな。私はお姉さん役ではあってもお姉さんにはなれなかった。星羅くんが紅葉と雪を発つ時は皆泣いていたけれど、私の時は誰も泣いてはいなかった。
行き先は決まっていないのだけれど、孤児院を出る時に幾らか補助金が出るみたいだった。そして本当に久しぶりに海里さんと会った。私のことを聞いていたのだろう。心配そうな顔をしてはいたけれど、何も聞かれなかった。だから何も言わなかった。ただ
『お久しぶりです。またお世話になる、のかな、お願いします』
と頭を下げた。海里さんは頷いて
「いいんですよ。これから何がしたいとかはありますか?行きたい場所、やってみたいこと。勿論希望があれば全力で支援します。」
そう聞かれた私は、気付いたらこう口にしていた。
『特には、あ、でも。探して欲しい人がいます。藍沢 夏生くん。私が孤児院に入る前に、いえ、家が燃えた時に、家族を失った時に、そこにいたであろう人。会えるならその人に会いたいです。お願い出来ますか?』
私が会いたいと思ったのは、星羅くんではなく。生きているかも分からない幼馴染。私がかつて誰よりも会いたいと願って会えずにいるひと。私の好きな人。どうしてだろう。どうしてこんなにも心にいるのだろう。もう何年も行方すら分からないのに。
それを聞いた海里さんは、しばらく口元に手を当てて考えていた。どうだろうか。会えるだろうか。探して貰えるだろうか。
「成程。分かりました。調べてみます。分かり次第お伝えしますね。その間、私といて頂いてもいいですか?手狭な家にはなりますが、もし宜しければ。」
行く宛もない私だ。断る理由はなかった。私は頷いて、海里さんと共に彼女の家に向かう。
それから、海里さんの家で数年の時を過ごした。夏生くんのことを考えながら、海里さんの仕事を少し手伝わせて貰ったり。そんな日々を過ごして舞い込んだ報せは。
「雨ノさん。分かりましたよ。藍沢夏生さんのこと。長らくお待たせしました。彼は今、とある施設にいるようです。小学校から高校と、通われていたようですが、その、」
嬉しい報せ、けれど言葉を濁す海里さん。私は嫌な予感がした。続きを促す。海里さんは深呼吸をして言う。
「長い間酷い虐めを受けていたようです。親からも同級生からも。誰も味方にはならなかったようで、不審に思った近所の方が通報したと。」
そして私は、知ることになる。夏生くんのこれまでを。夏生くんを苦しめていた存在を。天使のように優しかった悪魔の存在を。知ることになる。
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