上 下
12 / 17

第12話

しおりを挟む
 ◆

 蝗害で住めなくなった農村が頭から離れない。馬車に揺られながら、そっと窓の外を見る。

 私が城で王妃教育を受けていたころ、たくさんの人が哀しみ、苦しんでいた。私だけ、何もしないで自由になって良いのかしら……。
 膝の上で丸まって寝ているレオを、そっと撫でる。

 今向かっている場所は、悪役令嬢が没落したあとに暮らす海の町だ。ゲーム内では一家みんなで移り住むことになるけれど、爵位は残ったので、自分ひとりで訪れることになった。
 
「お嬢さま、海の近くに看板猫がかわいいと評判のカフェがあるそうですよ」
「猫さんを愛でながらお茶ができるの? 最高ね。ぜひ行ってみたいわ」

 ローリヤに明るい声を掛けられてやっと笑えた。
 王妃教育中のティータイム相手は、いつも無愛想なレオンだった。

 弾まない会話も今は良い思い出ね……あら。私ったらまた、レオンさまのことを思い出してしまったわ。これで何度目かしら。
 浮かんだ記憶を打ち消すように扇子を開き、ぱたぱたと仰いだ。

 カフェは細い路地の奥だと町の人に聞いて、馬車を降りた。
 蝗虫の被害は少ないようで、少し先に見える防風林は青々と茂り、緑が溢れていた。町をのんびり散策しながら向かった。

「海が近いのね。潮の香りがする」
 前世でも海にはよく遊びに行った。懐かしくてつい笑みが零れる。
「お嬢さま、カフェはこの角を曲がった先だそうで、あら?」

 少し先を行っていたローリヤは何かを見つけたらしく、立ち止まった。レオを抱き上げ追いつくと、彼女の視線の先を追った。

「え。ユリアさまと……レオンさま?!」
 まず目に止まったのは、町中で黒い馬に跨がるレオンだった。腕の中には白猫を抱いている。そして、ちょこまかと人の間を縫うようにして走り回るユリアを視界に捉えた。
 明らかに異様な光景で、とても目立っている。

「やっと追いついたぞ。聖女!」
「王子、来ないで!」
「そうは行かない!」
 乗馬したままでは人混みの中は進めない。レオンは馬からひらりと下りると、そのままユリアを追いかけて行った。

 え、こんなところまで来て痴話ケンカ?
「何しているの。あの人たち……」
 呆気にとられて棒立ちなった。

「お嬢さま、鉢合わせしないうちにここから離れましょう」
「そうね」と答えた次の瞬間、目の前の角からユリアが飛び出してきた。
 驚いてローリヤ、レオと一緒に肩を跳ね上げる。

「いた! ジュリアさまと……仔猫?」
 今回は追跡者を寄こさず、本人が直接探しに来たらしい。
 彼女から甘い香りがした。腕の中にいるレオがウーッと低い声で唸りだし、私は抱きしめたまま後ろに下がった。

「悪役令嬢はこの町に追放される。いると思ったわ。さあ、猫神さまはどこ?」
「猫神さま?」
「とぼけないで。私はライオンのように猛々しい金色の猫神さまにどうしても会いたいの! それなのに連れ去るなんて酷いじゃない!」
「私が旅をしている猫は、この子よ」

 ユリアは視線をレオに向けると、目を見開いた。

「まさか、その猫が猫神さま? ずいぶん小さいけれど」
「え。この子、猫神さまなの?」と驚いていると、
「ジュリア!」
 ユリアの後ろにレオンが現れ、目が合った。

「……会いたかった」
 私は熱い眼差しを送ってくる彼から、ぱっと視線を逸らした。
「お二人とも、仲よくね? ごきげんよう!」 
 ここは逃げるが勝ち。私は二人に背を向け駆け出した。

「ジュリア、お願いだ、待ってくれ!」
「王子さま、邪魔しないで。ジュリアさまに用事があるのは私よ? そもそも勝手について来るなんて最低。やめてよ!」
 レオンの行く手をユリアが邪魔した。

「レオンさま、あなたの追いかける相手はユリアさまです。私じゃありません!」
 走り去りながら叫んだ。
 ユリアの妨害のおかげで、時間を稼げた私はレオを抱きかかえたまま海を目指した。

「見えた。海!……なんてきれいなの」
 息を切らしながら防風林を抜けると、青い空と煌めく海が広がっていた。
 ざざっと音を立てて打ち寄せる白波に胸が躍る。

「ジュリアさま、猫神さまを寄こしなさい!」
 振り返ると、ユリアがすごい形相で追いかけてきていた。

「お嬢さま、ここは私が食い止めます。お逃げください!」
 ローリヤが両腕を開いて道を塞ぐ。彼女を置いて行くことに躊躇していると、
「お急ぎください。猫島でお会いいたしましょう」
「わかったわ。先に行く。無理はしないでね」
 彼女に声をかけて再び駆け出した。

 防風林の遊歩道を抜けてこの場を離れようかと思ったけれど、そっちからは回り込んだレオンが現れた。私は、海に向かった。

 大きな石混じりの砂浜は走りにくい。足を取られて進んでいると、小さくて黄色い花を咲かせたネコノシタの傍に、錆びネコが寝転がっていた。
 驚かせてしまったらしく耳をぺたんと倒して警戒している。
「猫さん、お昼寝の邪魔をしてごめんなさい!」
 猫に謝っているとレオンに追いつかれた。

「みゃあーん!」
 突然、腕の中にいたレオが大きな声で鳴いた。すると、群生していたネコノシタから、猫がわらわらと現れた。みんな一斉に王子に群がる。

「猫たち、すまない。邪魔しないでくれ!」
 腕や足に猫がぶら下がっている。とてもうらやましい。と思っている場合じゃない。

 今のうちに逃げなくちゃ。
 身を隠して逃げられないかとあたりを見たとき、ふと気づいた。海の向こうに見える島に、数軒の家がある。

 もしかして、あそこが猫島?

 引き寄せられるように波際に近寄った。
「ジュリア、何している。それ以上近寄ると波にさらわれる!」
 群がる猫を振り切り、追いついたレオンに腕を掴まれた瞬間、太腿が浸かるほどの波が押し寄せた。

「みゃあッ!」
 波とレオンに驚いたレオが、腕から逃げようとしてそのまま海に落ちてしまった。

「レオ!」
 すぐに海に飛び込んだ。あわてて追いかけたけれど、水分を含んだスカートが足に纏わり付き前に進めず、膝から崩れ落ちた。
 急いで立ち上がり、手で波をかき分け、小さな仔猫を探す。
 
「レオ! どこ!?」
 引き波の力は強い。仔猫の小さな身体をあっという間にさらってしまう。不安と焦りで声を荒げてレオを呼んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、どうやらずっと好きだったみたいです

朝顔
恋愛
リナリアは前世の記憶を思い出して、頭を悩ませた。 この世界が自分の遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気がついたのだ。 そして、自分はどうやら主人公をいじめて、嫉妬に狂って殺そうとまでする悪役令嬢に転生してしまった。 せっかく生まれ変わった人生で断罪されるなんて絶対嫌。 どうにかして攻略対象である王子から逃げたいけど、なぜだか懐つかれてしまって……。 悪役令嬢の王道?の話を書いてみたくてチャレンジしました。 ざまぁはなく、溺愛甘々なお話です。 なろうにも同時投稿

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

【完結】転生悪役令嬢は婚約破棄を合図にヤンデレの嵐に見舞われる

syarin
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として転生してしまい、色々足掻くも虚しく卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまったマリアクリスティナ・シルバーレーク伯爵令嬢。 原作では修道院送りだが、足掻いたせいで色々拗れてしまって……。 初投稿です。 取り敢えず書いてみたものが思ったより長く、書き上がらないので、早く投稿してみたくて、短編ギャグを勢いで書いたハズなのに、何だか長く重くなってしまいました。 話は終わりまで執筆済みで、雑事の合間に改行など整えて投稿してます。 ギャグでも無くなったし、重いもの好きには物足りないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。 ざまぁを書きたかったんですが、何だか断罪した方より主人公の方がざまぁされてるかもしれません。

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

婚約破棄された悪役令嬢は、満面の笑みで旅立ち最強パーティーを結成しました!?

アトハ
恋愛
「リリアンヌ公爵令嬢! 私は貴様の罪をここで明らかにし、婚約を破棄することを宣言する!」  突き付けられた言葉を前に、私――リリアンヌは内心でガッツポーズ!  なぜなら、庶民として冒険者ギルドに登録してクエストを受けて旅をする、そんな自由な世界に羽ばたくのが念願の夢だったから!  すべては計画どおり。完璧な計画。  その計画をぶち壊すのは、あろうことかメインヒロインだった!? ※ 他の小説サイト様にも投稿しています

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

処理中です...