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私はあなたの味方⑵
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「味方? どうして? きみはフルラの魔女だろう。数年前まで両国は戦争をしていた。なのになぜ」
「みんなが魔女を恐れ、悪いと言います。その中で陛下は毎年クレアの墓参りをしてくれる。魔女なのに大事にしてくれた。私があなたの味方になる理由は十分です」
彼の碧い瞳が心なしか揺れた。
「陛下。他言はいたしません。だからどうか、凍化病の原因を教えてください」
ミーシャとして直接会うのは今日が初めてだが、婚約を打診している相手の願いは無下にはできないはずだと思った。
しばらくミーシャを見つめていたリアムは、観念したようすで肩の力を抜いた。
「わかった。きみは、クレア師匠の親族だ。信じよう」
リアムは手をひらいて見せた。なにも持っていなかったのに、瞬時にさらさらの雪が発生した。
「令嬢の言うとおり俺は冷への耐性がある。魔力も王家の中でも歴代一と言われるほど桁違いの量を持って生まれた。力は無限にあると言える。だがらこそ俺は、国を守るために、常に大量の魔力を使っている」
「……もしかして、冷の耐性を越える量の魔力を、常時使っているということですか? 身体が蝕まれ、凍化病という形で影響が出るほどに」
リアムは黙ったまま頷いた。彼の手のひらでは雪が溶け、水になったかと思うとすぐに蒸発して消えた。
「陛下ほどのかたが、そんなにたくさん、なにに魔力を使っ……、」
ミーシャの脳裏に、昼間見た絵本が浮かんだ。
「原因は……魔女を拒む、氷の結界ですか?」
――氷の皇帝は、侵入者を凍り漬けにする『流氷の結界』で国を守っている。川を流れる氷は青白く輝き、炎の魔女は近づくことができない。
「魔女を拒む? 令嬢はあの嘘ばかり書かれた絵本を読んだのか?」
リアムの顔が険しくなった。
「……はい。昼間、新作だという絵本を見かけました」
「魔女に対して悪意がある本だ。流氷の結界は、いつ、いかなる者でも我が国を侵略することは許さないという意思表示。魔女を限定して拒んでいるわけではない。誤りのある絵本は許せない」
気温が一気にさがったことで、彼が怒っていると察した。
「陛下、魔女の件はひとまずあとにしましょう。今は陛下の身体についてもう少し教えてください。結界は国内すべてに張り巡らせているのは誇張ではなく、本当ですか?」
グレシャー帝国の土地面積はフルラ国の三倍以上ある。国内に流れる川すべてとなると、想像できないくらいの魔力の消費だ。
「結界は、どうしても必要ですか?」
「必要だ。戦争回避の抑止力になる。これは、俺にしかできない」
凍化する原因が流氷の結界の維持ならば、止めればいい話だが、リアムは結界を解く気はないようだった。
昔から責任感のあるやさしい子だった。誰かが傷つくことに心を痛め、寄り添うことができる人。リアムは帝国で暮らす人々を守るために、自分の身体と命を犠牲にしている。誰にも知られないように、隠しながら。
皇帝としてのリアムの覚悟を感じた。それならば、
「では、陛下の負担を減らすには、別の方法を考えたほうが良さそうですね。耐性を超えないように、魔力消費の負担を減らすか、補う力が必要です」
ミーシャは炎の鳥から魔力を補っている。リアムにもなにか方法はないかと、腕を組んで考えこんだ。
「……きみは、真面目だな」
治療方法を真剣に考えているとリアムの手が、手紙に伸びてきた。あわてて取られないように後ろにさがった。
「な、なんですか、いきなり」
「その手紙だが、破棄してくれていい」
ミーシャは目を見開いた。
「その手紙がなくなれば、俺の身体がどうなろうときみは関係なくなるだろう」
「意味がわかりません」とミーシャは答えた。
今朝はエレノアに手紙を突き返そうとした。だけど今は、彼との唯一の繋がりだ。取り返されないように手紙を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
「……言いましたよね。私はあなたの味方だって。見て見ぬふりはできません。陛下がそのようなお考えなら、手紙を破棄したくありません」
リアムはため息をついた。手紙を指さすと口を開いた。
「手紙の破棄は、きみのために言っているんだ。どちらにしろ、俺はもとから妃を持つつもりはない。婚約の申しではこれまでどおり、そちらから辞退してくれ」
冬空のような寒々とした碧い瞳が、自分に向けられていた。
「みんなが魔女を恐れ、悪いと言います。その中で陛下は毎年クレアの墓参りをしてくれる。魔女なのに大事にしてくれた。私があなたの味方になる理由は十分です」
彼の碧い瞳が心なしか揺れた。
「陛下。他言はいたしません。だからどうか、凍化病の原因を教えてください」
ミーシャとして直接会うのは今日が初めてだが、婚約を打診している相手の願いは無下にはできないはずだと思った。
しばらくミーシャを見つめていたリアムは、観念したようすで肩の力を抜いた。
「わかった。きみは、クレア師匠の親族だ。信じよう」
リアムは手をひらいて見せた。なにも持っていなかったのに、瞬時にさらさらの雪が発生した。
「令嬢の言うとおり俺は冷への耐性がある。魔力も王家の中でも歴代一と言われるほど桁違いの量を持って生まれた。力は無限にあると言える。だがらこそ俺は、国を守るために、常に大量の魔力を使っている」
「……もしかして、冷の耐性を越える量の魔力を、常時使っているということですか? 身体が蝕まれ、凍化病という形で影響が出るほどに」
リアムは黙ったまま頷いた。彼の手のひらでは雪が溶け、水になったかと思うとすぐに蒸発して消えた。
「陛下ほどのかたが、そんなにたくさん、なにに魔力を使っ……、」
ミーシャの脳裏に、昼間見た絵本が浮かんだ。
「原因は……魔女を拒む、氷の結界ですか?」
――氷の皇帝は、侵入者を凍り漬けにする『流氷の結界』で国を守っている。川を流れる氷は青白く輝き、炎の魔女は近づくことができない。
「魔女を拒む? 令嬢はあの嘘ばかり書かれた絵本を読んだのか?」
リアムの顔が険しくなった。
「……はい。昼間、新作だという絵本を見かけました」
「魔女に対して悪意がある本だ。流氷の結界は、いつ、いかなる者でも我が国を侵略することは許さないという意思表示。魔女を限定して拒んでいるわけではない。誤りのある絵本は許せない」
気温が一気にさがったことで、彼が怒っていると察した。
「陛下、魔女の件はひとまずあとにしましょう。今は陛下の身体についてもう少し教えてください。結界は国内すべてに張り巡らせているのは誇張ではなく、本当ですか?」
グレシャー帝国の土地面積はフルラ国の三倍以上ある。国内に流れる川すべてとなると、想像できないくらいの魔力の消費だ。
「結界は、どうしても必要ですか?」
「必要だ。戦争回避の抑止力になる。これは、俺にしかできない」
凍化する原因が流氷の結界の維持ならば、止めればいい話だが、リアムは結界を解く気はないようだった。
昔から責任感のあるやさしい子だった。誰かが傷つくことに心を痛め、寄り添うことができる人。リアムは帝国で暮らす人々を守るために、自分の身体と命を犠牲にしている。誰にも知られないように、隠しながら。
皇帝としてのリアムの覚悟を感じた。それならば、
「では、陛下の負担を減らすには、別の方法を考えたほうが良さそうですね。耐性を超えないように、魔力消費の負担を減らすか、補う力が必要です」
ミーシャは炎の鳥から魔力を補っている。リアムにもなにか方法はないかと、腕を組んで考えこんだ。
「……きみは、真面目だな」
治療方法を真剣に考えているとリアムの手が、手紙に伸びてきた。あわてて取られないように後ろにさがった。
「な、なんですか、いきなり」
「その手紙だが、破棄してくれていい」
ミーシャは目を見開いた。
「その手紙がなくなれば、俺の身体がどうなろうときみは関係なくなるだろう」
「意味がわかりません」とミーシャは答えた。
今朝はエレノアに手紙を突き返そうとした。だけど今は、彼との唯一の繋がりだ。取り返されないように手紙を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
「……言いましたよね。私はあなたの味方だって。見て見ぬふりはできません。陛下がそのようなお考えなら、手紙を破棄したくありません」
リアムはため息をついた。手紙を指さすと口を開いた。
「手紙の破棄は、きみのために言っているんだ。どちらにしろ、俺はもとから妃を持つつもりはない。婚約の申しではこれまでどおり、そちらから辞退してくれ」
冬空のような寒々とした碧い瞳が、自分に向けられていた。
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