上 下
8 / 100

私はあなたの味方⑵

しおりを挟む
「味方? どうして? きみはフルラの魔女だろう。数年前まで両国は戦争をしていた。なのになぜ」
「みんなが魔女を恐れ、悪いと言います。その中で陛下は毎年クレアの墓参りをしてくれる。魔女なのに大事にしてくれた。私があなたの味方になる理由は十分です」

 彼の碧い瞳が心なしか揺れた。

「陛下。他言はいたしません。だからどうか、凍化病の原因を教えてください」

 ミーシャとして直接会うのは今日が初めてだが、婚約を打診している相手の願いは無下にはできないはずだと思った。 
 しばらくミーシャを見つめていたリアムは、観念したようすで肩の力を抜いた。

「わかった。きみは、クレア師匠の親族だ。信じよう」

 リアムは手をひらいて見せた。なにも持っていなかったのに、瞬時にさらさらの雪が発生した。

「令嬢の言うとおり俺は冷への耐性がある。魔力も王家の中でも歴代一と言われるほど桁違いの量を持って生まれた。力は無限にあると言える。だがらこそ俺は、国を守るために、常に大量の魔力を使っている」

「……もしかして、冷の耐性を越える量の魔力を、常時使っているということですか? 身体が蝕まれ、凍化病という形で影響が出るほどに」

 リアムは黙ったまま頷いた。彼の手のひらでは雪が溶け、水になったかと思うとすぐに蒸発して消えた。

「陛下ほどのかたが、そんなにたくさん、なにに魔力を使っ……、」

 ミーシャの脳裏に、昼間見た絵本が浮かんだ。
 
「原因は……魔女を拒む、氷の結界ですか?」

 ――氷の皇帝は、侵入者を凍り漬けにする『流氷の結界』で国を守っている。川を流れる氷は青白く輝き、炎の魔女は近づくことができない。

「魔女を拒む? 令嬢はあの嘘ばかり書かれた絵本を読んだのか?」
 
 リアムの顔が険しくなった。

「……はい。昼間、新作だという絵本を見かけました」
「魔女に対して悪意がある本だ。流氷の結界は、いつ、いかなる者でも我が国を侵略することは許さないという意思表示。魔女を限定して拒んでいるわけではない。誤りのある絵本は許せない」

 気温が一気にさがったことで、彼が怒っていると察した。

「陛下、魔女の件はひとまずあとにしましょう。今は陛下の身体についてもう少し教えてください。結界は国内すべてに張り巡らせているのは誇張ではなく、本当ですか?」

 グレシャー帝国の土地面積はフルラ国の三倍以上ある。国内に流れる川すべてとなると、想像できないくらいの魔力の消費だ。

「結界は、どうしても必要ですか?」
「必要だ。戦争回避の抑止力になる。これは、俺にしかできない」
 
 凍化する原因が流氷の結界の維持ならば、止めればいい話だが、リアムは結界を解く気はないようだった。

 昔から責任感のあるやさしい子だった。誰かが傷つくことに心を痛め、寄り添うことができる人。リアムは帝国で暮らす人々を守るために、自分の身体と命を犠牲にしている。誰にも知られないように、隠しながら。

 皇帝としてのリアムの覚悟を感じた。それならば、

「では、陛下の負担を減らすには、別の方法を考えたほうが良さそうですね。耐性を超えないように、魔力消費の負担を減らすか、補う力が必要です」

 ミーシャは炎の鳥から魔力を補っている。リアムにもなにか方法はないかと、腕を組んで考えこんだ。

「……きみは、真面目だな」

 治療方法を真剣に考えているとリアムの手が、手紙に伸びてきた。あわてて取られないように後ろにさがった。

「な、なんですか、いきなり」
「その手紙だが、破棄してくれていい」

 ミーシャは目を見開いた。

「その手紙がなくなれば、俺の身体がどうなろうときみは関係なくなるだろう」

「意味がわかりません」とミーシャは答えた。
 今朝はエレノアに手紙を突き返そうとした。だけど今は、彼との唯一の繋がりだ。取り返されないように手紙を胸の前でぎゅっと抱きしめた。

「……言いましたよね。私はあなたの味方だって。見て見ぬふりはできません。陛下がそのようなお考えなら、手紙を破棄したくありません」

 リアムはため息をついた。手紙を指さすと口を開いた。

「手紙の破棄は、きみのために言っているんだ。どちらにしろ、俺はもとから妃を持つつもりはない。婚約の申しではこれまでどおり、そちらから辞退してくれ」
 
 冬空のような寒々とした碧い瞳が、自分に向けられていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

恋愛
セラティーナ=プラティーヌには婚約者がいる。灰色の髪と瞳の美しい青年シュヴァルツ=グリージョが。だが、彼が愛しているのは聖女様。幼少期から両想いの二人を引き裂く悪女と社交界では嘲笑われ、両親には魔法の才能があるだけで嫌われ、妹にも馬鹿にされる日々を送る。 そんなセラティーナには前世の記憶がある。そのお陰で悲惨な日々をあまり気にせず暮らしていたが嘗ての夫に会いたくなり、家を、王国を去る決意をするが意外にも近く王国に来るという情報を得る。 前世の夫に一目でも良いから会いたい。会ったら、王国を去ろうとセラティーナが嬉々と準備をしていると今まで聖女に夢中だったシュヴァルツがセラティーナを気にしだした。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

泉花ゆき
恋愛
伯爵令嬢のケリーティアは侯爵令息であるウィリアムとの結婚を控えている。 いわゆる婚約者同士ということだ。 両家の話し合いもまとまって、このまま行けば順当に式を挙げることになっていたが…… ウィリアムとは血の繋がらない妹のルイスが、いつまでも二人の結婚を反対していた。 ルイスの度重なる嫌がらせは次第に犯罪じみたものになっていき、ウィリアムに訴えても取り合われない……我慢の限界を迎えたケリーティアは、婚約破棄を決意する。 そして婚約破棄をしたケリーティアは遠慮することなくルイスの悪行を暴いていく。 広がってゆく義妹の悪評は、彼女がベタ惚れしているルイス自身の婚約者の耳に入ることとなって…… ※ゆるゆる設定です

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...