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第26話、最終話

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「お前が浮気したら……その凶悪なモンを切り落としてやろうと思っているくらいには、お前に夢中だ」
「ククク、愛の言葉を直接囁かないあたりが碧也らしいな」
 アスモデウスが大口を開けてカラカラ笑った。
「少し、時間をくれ」
 心なんて必要ないと思っていた。
 もしかしたら昔は両親から愛情を貰っていたのかもしれない。記憶にはなかったが、あの日の記憶を鮮明に覚えているという事はそれまで対極的な日常をおくっていたのだろうと容易に推測出来る。そしてあの日全てが壊れた。
 己の中で歪な形で構築されていた価値観や見解を全て壊して、その上で欠けてた部分を治して補ったのはきっとアスモデウスだ。
 運命なんて単なる出会う為のきっかけでしかなくて、その後に続いたのは切なくてどうしようもないくらいの恋情だった。
 まだ、全ての感情を言葉にして上手く伝えられないのがもどかしい。
「……死ぬなよ、アスモデウス。消滅なんて、これからも許さない。ずっとオレの側にいろ」
 頬を撫でられていた手を引き寄せて、拳に口付けた。
「お前がそれを言うのか」
 生に執着していなかったからこそ言える言葉もある。
 フッと笑みをこぼした。
「だからもうそっちの契約は解けよ。オレは……お前だけのオメガで居たい。オレの方が先に死ぬけど、それまではお前と生きていたい」
 アスモデウスの手を緩く甘噛みする。
「あー……、俺の嫁が可愛くて辛い」
 もう片方の手で口元を覆ったアスモデウスが顔を背けて体を震わせ悶絶していた。
 ——お前本当に魔王かよ。
 似合わないにも程がある。その後で思い出したかのようにアスモデウスが口を開いて言葉にした。
「ああ。そうだ。それなんだがな、碧也」
「どうかしたのか?」
「ラファエルがこのタイミングで此処へ来たのを鑑みるに、お前の年齢の経過は二十歳になった時点でもう止まっているはずだ」
 想定外の内容に大きく瞬きする。
「そうか。この姿のままお前と居られるのは有難いな。お前より年上になるのは気が引けるし。そんな事より、なあマジで最初の契約は解けよ」
 アスモデウスを見つめた。
「仕方ないな。契約を解除するとしよう。お前との暗殺ごっこは楽しかったんだがな」
 顎に手を当てられ、唇をなぞられる。指の細かな動きが擽ったくてアスモデウスの手を掴んで唇を押し当てた。
 誘うように舌を出して指の隙間を舐め上げると、アスモデウスの手がピクリと反応を示したのが分かってほくそ笑んだ。
「あ? それは辞める気ねえよ。オレの生き甲斐を奪う気か」
 喉を鳴らして笑ったアスモデウスが何かの言葉を口にすると、丸い球体が体の中から出てきてやがて空で霧散した。
「碧也」
 名前を呼ばれて、アスモデウスを見上げると口付けの嵐が降ってくる。大人しく受け入れていると、やっと唇に到達した。
 緩く口を開けると舌が潜り込んできて、口付けは濃度を増していく。
「ん、アスモデウス」
「どうした?」
 少し体を離すとアスモデウスと近距離で視線が絡んだ。
 数秒の間を開けて微笑んで見せる。するとアスモデウスの体が微かに硬直した。
 碧也はアスモデウスの首に回した両腕に力を込める。
「碧也?」
 アスモデウスの問いに応えるようにその首を引き寄せると、口を開いた。
「……お前が好きだ」
 運命とか関係ない。
 今言える精一杯の愛を囁く。また体を引き離されて深々と口内を貪られる。
「俺なんかとっくに運命ではなくお前に堕とされてるわ。魔王を陥落させたんだ。責任取れよ」
「それオレのセリフだろ」
 笑った後でもう一度口付けた。
「アスモデウス……」
「どうした?」
「抱かれたい。腹ん中、まだ切ない」
「くく、淫乱。何度でも付き合ってやるぞ」
 どちらともなく口付けて、そのまままた体を重ねた。


 ***


 それから一年半後、碧也は一人の男児を出産した。
 生まれたばかりの我が子をアスモデウスと二人でジッと見つめる。
「オレ、浮気してないぞ?」
 問われるまでもなく、先に口を開いたのは碧也だった。
 己にもアスモデウスにも似ていない。
 白と黒のツートンカラーで銀灰色の瞳をした、小さな白い羽根の生えた赤子だったからだ。
 確かにアスモデウスみたいに頭の両側に角っぽいのはあるが、微かに頭皮が盛り上がっているくらいなので本当に角かは分からない。
 子を見つめた後で、アスモデウスと顔を見合わせる。
「俺の子で間違いないぞ」
 どこか複雑そうな顔でアスモデウスが苦笑した。
「いや、どっからどう見てもお前の子じゃないだろ。天使の羽根生えてるし。ツートンカラーなとこだけは同じだけど」
 碧也からの問いにアスモデウスが言いたくなさげに口を開く。
「あーー……、元々俺は天界に住んでいたから羽根もあったぞ。堕とされた時に無くなったが。それに今の毛色は此処に堕ちて変わったものだ」
「え、そうなのか?」
 初めて知り、驚いた。
「て事は天の使いの血が濃いのか、この子。でもそれなら此処に居られないんじゃないのか?」
 かつて世良に言っていたアスモデウスの言葉を思い出す。天の使いでは此処の空気は肺を病むと話していた。
「碧也、お前みたいな例外って線もあるから様子見だな。今の所具合は悪く無さそうだ。最悪、育てるのは地上になるかもしれんが。それまで対策を考えよう」
 アスモデウスと話しているところにイアンとロイとジェレミが遊びにきた。
「わー、さすがにまだ小さいですね!」
「お世話はお任せください」
 三人揃って碧也の腕の中を覗き込む。その直後だった。
「うおっ! は? 何だこれ」
 ジェレミが突然体をのけ反らせて驚いた顔をする。
「どうした、ジェレミ?」
 アスモデウスからの問いかけにジェレミが挙動不審気味に口を開いた。
「いや、何か今……雷に打たれたようなすげえ衝撃つうか……痺れがきました」
 その言葉に、アスモデウスと視線を合わせた。
 ジェレミの声に驚いたのか子まで泣き出し、碧也は慌てて我が子をあやす。
「もう! ジェレミうるさい!」
「はあ? しょうがねえだろ!」
「ジェレミ、それは多分運命だ」
 アスモデウスが笑いを堪えながら言葉にした。めちゃくちゃ肩が揺れているのを見るに、ツボに入ったらしい。
「へ?」
 ジェレミが呆気にとらわれた顔をしている。それを見て全員が笑い出した。
「くふふふ、やったねジェレミ、最後の最後で報われて。似てるの紹介してって言ってたじゃん、ふははは」
「ぶふっ……」
 ロイがお腹を抱えて笑い出し、その横でイアンが堪えきれなかった笑いをふきだしている。
 ——そうきたか。
 想定外のまさかの展開に碧也は天を仰ぐ。
 ジェレミはまだ固まったままだ。
「ジェレミ、はい。落とすなよ、お前の運命」
 ジェレミに抱っこするポーズを取らせてその腕の中に子を乗せた。泣いていたはずなのにピタリと泣き止みまた寝入っている。
「ジェレミはお世話係に決定ですね」
 イアンの言葉に全員が頷く。
「あー、まあ良いけどよ。ていうかコイツ軽っ。なにこの生き物。体ぐにゃぐにゃなんだけど……生きてんのか?」
 微動だにせずにブツブツと呟き、ジェレミはどう動いていいのか分からないのか固まっていた。
 生まれてすぐに運命の相手が出来てしまった我が子に同情しないでもない。
 しかし、相手がジェレミならいいかという安心感もあって、アスモデウスたちと共に碧也も笑い声をあげた。


【了】


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