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悪あがき

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「まあ、そういう理由なら仕方あるまい。それに関しては後日話をしよう」
 そこまで話が纏まった時だった。一匹のカラスのような黒い鳥が飛んできて、手紙を王の膝に落とす。
 文字を視線で追っていた王が視線を伏せて、すぐに腰を上げた。
「レザイル国の国王陛下が引き渡しの要求に応じた。好きにしろとの仰せだ。これにより、我が国、ロアーピス国はレザイル国と同盟を結ぶ。後は……」
 視線が啓介に向けられている。それに対して啓介が鷹揚に頷いてみせた。
「勿論、ユロス帝国も同盟に応じる。予め予想はしていたからな。オークション前に話だけは通していた」
「お前……いつの間に」
「お前を手に入れる為なら俺は何でもする」
 今度こそ抱き寄せられて、猫の子が甘えるように、首元に額を擦り付けられた。
「了承した。ならば、ハルジオンを嫁に出そう。ハルジオンを手放すのは、我が国としてはかなり手痛いのだがな」
 恐縮です、と頭を下げる。
「あ、そうだ。ルドさんかカイル、キアムに魔法の使い方を教えてあげて欲しいんだが?」
「ちょうどコイツもアルファの力の使い方を覚えたいだろうし、纏めて引き受ける。お前と同じやり方でいいんだろ、ハルジオン?」
「あ、うん。あーーー、カイル、キアム……頑張れ」
 幼少期にハルジオンを鍛えていたのはルドだった。
 それから数年もしない内にルドはカイルを連れてレザイル国へと立ったが、容赦ない手解きは夢にも出てくる程で、何度悪夢に魘されたか分からない。
「この二人は魔法をかけたまま、地下の牢獄に入れておけ」
「はっ」
 日比谷とテオが警備隊数名により運ばれていく。その時だった。閉じられていた筈の日比谷の目が開いて、口元に歪んだ笑みを浮かべる。
『地獄に落ちるなら道連れですよ』
 警備隊の内の一人が頭を押さえて蹲る。
「おいどうした?」
 手に持っていた槍が魔法を帯びて、赤く炎を噴く。咄嗟に防御壁を張ってみたものの、その槍は防御壁さえもものともせずに切先を食い込ませた。
 ロアーピス国には魔法だけじゃない、魔術や呪術が伝わっている。
 組み合わせる事で魔法を無効化する技が編み出されていた。
 王の側近ともなれば、常備されている特殊な武器だ。テオと組んでいたのなら知っていておかしくない情報だった。
 その兵士に、お得意の暗示をかけておけばいざという時に使えるコマになる。
『私がこの十年何もしていなかったとでも? ひひひ、貴方ずっとヒートを止めていたんでしょう?』
 ——ああ、これはマズイ。
 完全に油断していた。この槍の刃は再生に時間を有するのを身をもって知っていた。
 昔、カイルが受ける筈だった槍の刃をこの身で受けた事があるからだ。それもあり、カイルは国を出る羽目になった。
『今の貴方は〝再生を使えない〟』
 ——は? 使えない? 何故言い切れる? そうだとしてもヒートと何の関係が?
 心臓を一突きされると身構えていると、黒い物に包みこまれた。
 ドラゴン化した啓介の翼の中にいて、完全に外野の攻撃から保護されている。ドスッと鈍い音が響いた。
「平気かハル?」
「俺は大丈夫だ」
「なら、いい……っ」
 啓介の右肩から斜めにかけて刃が突き刺さっていて、滴り落ちる体液が床を濡らしていく。
「啓介!」
「大丈夫だ」
「今治して……っ、あれ? 何で……?」

『再生を使えない』

 ——嘘だろ。何で再生能力が使えない?
 日比谷の声が蘇ってきて、喉を嚥下させる。しかも刺された場所が変色していた。
 ——まさか毒か?
「リュクス! リュクス、来てくれ!」
「どうした?」
「……っえないんだ。再生が、再生能力が使えない。頼む、啓介を治してくれ!!」
「え、それって……。とりあえず、啓介、触るぞ!」
 翳したリュクスの手を中心に光が漏れ始め、啓介を包み込んでいく。全ての事象を中断していき、再生し始める。
 手を離す頃には、状態は良くなる筈なのに様子がおかしかった。啓介が大量に吐血する。
「もしかしたら何かの猛毒が塗られていたのかもしれません。僕が先に毒の成分を破壊します」
『お前……、お前は何なんだっ!?』
 レヴイの言葉に日比谷が目を剥いていた。この世に二人といない珍しい能力を有しているのだ。使い方次第では全てを無に帰す事ができる。再生とは真逆に位置する能力だけに、レヴイは好んで己の能力を使わない。
「すみません。一度痛みが増すと思いますがどうか僕を信じてください」
「構わ……ん」
 啓介の傷口に指を当てて、レヴイが目を閉じる。発光し始め、数分程度の時間がやけに長く感じた。啓介が苦悶に顔を歪めていく。
「母さ……、あ、リュクス様もう一度再生をかけてください!」
 レヴイからの指示にリュクスが頷いた。
「啓介、は?」
「治った。ただ、猛毒の副反応で今は寝ているだけだ」
「良かった……」
 直後、ハルジオンの体が唐突に弛緩して倒れ、その体をリュクスが支える。
「ハルジオン!!」
「何をしている? 早くこやつらを牢へ連れていけ!」
「はっ!」
 王からの言葉に日比谷はまた強制的に眠らされ、テオと共に牢獄へと移動されていく。日比谷に限っては最も深い牢獄へと幽閉される事となった。






 啓介が目覚めた直後から、ハルジオンは啓介の首に両腕を巻きつけたまま離れなくなっていた。
 ハルジオンを纏わり付かせたまま、啓介はベッドの上に腰掛けている。
「ハル、それじゃ啓介もお前も碌に食事を取れないだろう? いい加減離れろ。それと話もあるんだが?」
「んー……」
 ハルジオンはリュクスからの問いかけでさえも、どこか虚ろで聞いているのか聞いていないのかも分からない素振りだった。
 これが二日も続いている。
「アニキ相変わらずですか?」
「ああ」
 キアムを含む不知火会の一行ももう城内を自由に行き来出来るようになっている。
 啓介に割り当てられた部屋の中に全員大集合する形となっていた。
「多分番が死にかけた事によるショック性の何かの影響もあるとは思うけど、ハルの場合は懐妊の影響が大きいだろうな。再生が使えないと言っていた。オメガが特殊能力を使えなくなるのは妊娠兆候の内の一つだ」
「「「懐妊??!」」」
「お前らうるさい」
 リュクスに叱られ、皆口を噤む。その横でルドだけが「成程」と納得のいった顔をしていた。
「リュクスがレヴイ様を孕った時、カイル様が周りに噛み付かんばかりに威嚇していたのもそうか?」
「アルファ側からすればそうだと思います」
「言われてみれば確かに誰かがリュクスに近付くのが嫌っしたわ。つか、様付け止めて欲しいんすけど? しかも微妙におれだけ仲間外れみたいにするのやめてくれないっすか?」
 カイルの立っている位置だけ大人が二人は入りそうな空間が開いていて、皆より遠い。
「そりゃまあ、次の国王陛下様だもんな」
 渡辺の声にウンウンと皆が頷く。
「そんなカイル様に同じ様に接するなんて事は俺たちにはどうも」
 またしてもウンウンと皆が頷く。
「だっから、それを辞めてって言ってるんすよ!」
「マジになんなってカイル。冗談だよ」
 リュクスが言うと皆も笑っていた。過去から今世においてもイジられキャラは変わらない。
「けーすけ」
「どうした? 水でも飲むか?」
 頷いたハルジオンに啓介が口移しで水を与える。
「イチャイチャし始めましたよ、この人たち」
 キアムの言葉に全員苦笑した。


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